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もう9年も前になるんですねぇ・・ ポルトガルに行ったのは。
あれ以来 今春のフランスツアー (レポート未完だ!) まで足を踏み入れていなかったんだから ヨーロッパも久しぶりなはずですわ そういえばユーロ使ったのは今年が初めてだったし。
リスボンで知り合った友達とももう9年・・ 社会人になってからできた友達って あっちゅーまに3年や5年経ってしまうわ、 ちょっと最近会ってないと思うと1年ぶりや2年ぶりなんて普通だったりするしー、 と思っていたけど まさかもう9年なんて。 ついこないだと思ってたのに。 この感覚はもしや日々を 「忙しぶって」 過ごしている証拠か、 だとするとよくない兆候です。
で。 そんな 「気付けば久しぶり」 な友人、 Mr.好青年が京都から東京に来るというので 久しぶりに食事をすることにしました。 好青年君と一緒に知り合ったマルコ姉さんと3人で。 本当はもう1人、 文学青年の仮称・実篤氏もいるけど 彼の都合がつかなかったのが残念。
前回 (推定4年前?) 集まったときは中華だったので 「世界三大料理からまたひとつ」 という好青年氏の提案で 「トルコ料理」 を食べようということになりました。 じゃ次はフレンチか? なんて久しぶりにメールをまわしながら そもそもボクらはどうやって知り合ったんだっけ? にまで話が遡る・・。
彼らと最初に会ったのはリスボンの坂に沿って建っている階段状のレストラン。 わたしはその数日前に知り合っていた実篤氏と2人で夕飯でも、 と出かけたところで マルコさんと好青年君と合流したのでした。
2人は どう見ても 「こっちに住んでいる姉、 そこに訪ねてきた弟」 に見えたのですが ついさっきそこで知り合ったばかりだということ。 でもマルコさんは当時フランスに留学中でそこからのバカンスだったので 「こっち慣れしてそう」 という印象は間違いではなかったんですね?
日本人はあまり見ないのに (少なくとも当時はそうだった) こんなに4人も集まるなんて偶然! と一緒に食事することにしたのでした。 それから9年。 あっちゅーま。
その数日前に実篤氏と会ったときというのもかなりの偶然の重なり。 Cristo Rei という大きなキリスト像にのぼりに行ったとき 後ろに日本語が聞こえてきたので話しかけてみたのでした。
ちなみにわたしはその直前にちょっとした事件を起こしていて・・
リスボンの市街地側から Cristo Rei に行くには海のように大きいテージョ河を渡らないといけないのですが 「一番目立つところから行けばいいや」 と軽い気持で4月25日橋を渡ろうとしてたのです、 徒歩で 。 これがまたいま調べたら全長2kmを超える長さ、 しかも高速道路、 どう考えても無謀。 お台場に行くのにレインボーブリッジを歩いて渡るよりも無謀。 歩道がないんだから。
それらしい入り口ってのがないのも当たり前で でもどうにかこうにかしてなぜか橋の上に出られちゃったんですねー。 ガイコクは危険がいっぱいだー。 歩き始めたところに白バイがキューンとやってきて止められたのでした。 いま思えば止めてくれてありがとう、だな。
そんな無謀策に出たのも貧乏ゆえ。 実篤氏はそのとき現地在住の日本人ファミリーと一緒にいたのですが (彼らも直前に知り合ったらしく) 話しかけたのも 「帰りはタクシーをシェアしよう」 なぞというケチくさい野心から。 でその日本人ファミリーがよくしてくださったので 流れでそのままピクニック。 ドングリを食べる豚の牧場や古いお城を見て Setubal という海沿いの町に連れて行ってもらって 大西洋に沈む夕陽 を見ました。 あぁわたしたちは日出ずる国から来たんだなー、 と実感。
その後 わたしは北のポルトまでポートワインを見に行って 数日後リスボンに戻って実篤氏と再会、 例の階段レストランとなるわけです。 その晩は4人で 「ファド」 を聴きに行き、 どういうわけだか朝まで広場で立ち話。
そのとき好青年氏は 「オレはギリシャに行ったとき ここで死ぬと決めたのに ここポルトガルに来て迷っている」 と悩んでましたが 今回その話をしたら 「へ? そうだっけ?」 だって。 間違いなく長生きするタイプなので そんな悩みはあと50年は考えるのはよしましょう。
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