北の浪漫人

北の浪漫人

2005.04.15
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カテゴリ: ひとりごと

祖父が大正14年にここ美深にわらじを脱ぎ商売の拠点を築いた。
わらじを脱ぐまでの、数年間は、春に来て品物を置いて回る
秋に来て集金、農産物での支払いも受けてそれを内地に貨車で送り転売する。
次の年の注文を聞き、また春に・・・
近江商人といわれる仕事を生業としていた。
足は、自転車。後ろに大きな荷台を特注したものであったらしい。
当時は珍しい乗り物で、行くところ、行くところ、子供たちが追いかけてきたと聞く。
単に商売だけではなく、お嫁さんの世話、屋根の葺き替えの柾の量の相談、・・・
”信用”を商売の第一に考え、『商い』を展開していた。
私の自慢の祖父『岩崎甚四郎』
遠い思い出の中に、最初に浮かぶことは、大きな蔵(倉庫)と母屋の間にあった屋根掛けの土間に
薪(まき=一冬、暖房と調理に使う燃料)を積み上げる作業に、祖父と2人で取り組んだ思い出。

積み上げる高さが増すにつれ全体が不安定になり、崩れる可能性があること。
その防止を考え積み上げること。
そのためには、手前に下駄をはかせて、重心を倉庫の壁に預けること。
いわれたとおりに積み上げ、当時の私の2倍以上の高さにまで積み上げ
その上に載ってもびくともせずに積み上がった薪の山・・・
2列も3列もその作業を繰り返す。
祖父の智恵の大きさに感動しながら『物理』を教わった。
小学校1、2年のころだったと記憶する。
屋根の雪下ろし、スコップの効率よい使い方を学んだのも祖父であった。
今でも、誰にも負けない雪降ろしの自信がある。

私は、3代目。
私のDNAがこのホームページの『三方よし』にある。
AKINDO委員会











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最終更新日  2005.04.15 21:52:23
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