2001年09月24日
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 仕事のことでまわりを見るゆとりがなかった数ヶ月前に比べて、自由に考えごとができるようになった今、一人の友人のことを思うとき、胸がふさがれる思いがする。
 心を病んで、眠れなかったり、仕事がしたいのにできなかったり、自分なりに思い描く家庭生活がおくれないでいる友人。テロ事件で親族を失った人も、板ばさみになっているイスラムの人も、悲しみや苦しみのどん底にあるかもしれないが、比較ができるものではない。いずれも、どんな言葉をかけても、励ますこともできない状態なのである。
 癒し、という言葉が流行っているが、私はこの流行をあまり快く思っていない。癒されることを求めているうちは、本当に癒されることがないと思うからだ。

平和の祈り(フランシスコの祈り)
                 渡辺義行編より

神よ、わたしを、あなたの平和を実らせるために用いて下さい。
私が、憎しみある所に、愛をもたらすことが出来るように、
また、争いのある所に、和解を、
分裂のある所に、一致を、

絶望のある所に、希望を、
悲しみのある所に、喜びを、
暗闇のある所に、光をもたらすことが出来るように、助け、導いて下さい。

神よ、私に、慰められることよりも、慰めることを、
理解されることよりも、理解することを、
愛されることよりも、愛することを望ませて下さい。
私たちは、自分を与えることによって、与えられ、
進んで赦すことによって、赦され、
人のために死ぬことによって、永遠に生きることが出来るからです。

フランシスコの祈りは、すばらしいが、しかし、今は語る言葉もないのである。






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最終更新日  2001年09月24日 11時15分55秒
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