2001年10月25日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 私が同じ所に13年も住んでいることもめずらしいが、13年も同じ人と同じように生活をし続けていることもめずらしい。しかし、そのため私には、「老い」という問題に直面せざるをえな
くなった。

 そもそも祖母と同居するとき、祖父もいた。しかも、大病を患っていた。病院に毎日のように通う祖父母と付き合うことは、決して楽しいものではなかった。私は、家にできるだけいたくなかった。その気持ちは、今も変わらない。しかし、なぜそんなに家にいたくないのか。それは、老いを目の当たりにするつらさである。

 いつかはおとずれる自分自身の老いが常に目の前にあることは快いものではない。これは、死を目の前にしているのと同じではないか。しかも忘れたくても忘れさせてくれないのだ。それは朝から迫ってくる。足を引きずる祖母の足音。電気をつけっぱなしのトイレ。足元をぬらした洗面台。朝から、自分の能力の低下を嘆くぼやき。何度も一日の予定を言わされる。私が玄関に立つ、車に物をとりにいくだけで、「どこに行くの?」とたずねる・・・・。 祖母の愛情は、とても深く感謝をしている。それは、わかっているが、不快で仕方がない。

 非情な孫だと思われるかもしれないが、祖母との同居は、もう限界に近い。しかし、父や母にそのことが言えない。父や母に負担をかけたくないという思いといい息子でいたいと言う両方が私の口を閉ざしてしまう。

私自身こうやってぼやくのは、「老い」のせいかもしれない。 





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2001年10月25日 22時43分09秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

atomkun2

atomkun2

コメント新着

コメントに書き込みはありません。

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: