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こんにちは。 本日は、最新作 「おもしろ歴史ウォーキング 最新東京編」からのネタです。 新たに取材したネタと写真をもとに書き下ろした本書は、激変する東京にある歴史スポットの紹介で人気を博しております。 今回は、第2章の『 名門江戸氏ゆかりの慶元寺と東京23区内に存在した唯一の藩・喜多見藩の痕跡を探す旅 東京都狛江市、世田谷区 』をお送りさせていただこうか、と。 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、コロナの感染拡大が比較的抑えられていた2020年7月に行った時のもの。 一日も早く、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.美しい花を眺めなからウォーキングが楽しめる岩戸川緑地公園 今回は、東京都狛江市と世田谷区を歩きます。 歴史好きの人には釈迦に説法ですが、徳川家は、江戸の近くを譜代の小藩で固め、大きな所領を持つ外様大名は、遠隔地に配置するのが基本方針でした。 江戸から近い藩というと、川越や岩槻、佐倉などが思い浮かびますが、それでも多少の距離はありますね。 実は、この辺りは、江戸時代に、東京23区内唯一の藩があった場所なのです。 将軍家のお膝元に、藩があったとは驚きですね。当然、由緒ある神社仏閣も多く、古墳などの歴史スポットなど見どころもいっぱい。 以前、訪れたとき、それらの観光スポットをつなぐ緑道にも魅力を感じました。 ウォーキングのスタートは、小田急小田原線の狛江駅。 狛江通りを歩き、世田谷通りにぶつかる狛江三叉路で住宅街の小道に入ります。しばらく歩くと、緑道が現れました。 ここは、岩出川緑地公園。 ここにはかつて、岩出川という灌漑用の川があったらしい。都市化に伴い、狛江駅の南口から砧浄水場付近までの約2キロが暗渠化され、跡地が公園に利用されているのですな。 住宅の間を縫うように伸びる小道ですが、周りに緑が多く、森林浴気分を味わうことができました。 しばらく歩くと、道の傍らにせせらぎが現れます。 歩くにつれ、流れが広くなったり、狭くなったり、岩場が現れたりと、変化する景観が面白い。 民家の近くには、あじさいが見事に咲き誇っているところがいくつもありました。 こちらは、タチアオイの花ですか。 花の管理は、住民の方たちがされているのでしょうか。暑い日でしたが、美しい花に癒されて、快適に歩くことができました。 2.岩戸八幡神社に残る創建時の興味深いエピソード やがて目の前に岩戸児童センターが現れ、左の信号の先に、岩戸八幡神社と明静院というお寺が並んで建っているのが見えました。 まずは、正面に鳥居のある岩戸八幡神社からお参りします。 神社の創建は1558年というから、後北条氏が支配する戦国時代ですか。解説板には、社殿は明治3年に改築し、更に昭和37年木造一部鉄筋コンクリート造りに補修されたとありました。 解説板を読んでいて、創建時の面白いエピソードを見つけたのですよ。 小田原北条家が支配していた時代、領地内の諸将を召しだし、鎌倉鶴岡八幡宮に参詣したことがあったそうです。その際、足利左馬頭義氏という力自慢の武士と、ここ岩戸の領主である世田谷城主吉良左兵衛佐頼康が力比べをすることになったのだとか。 足利左馬頭義氏という人物は知りませんが、おそらく将軍家にまつわる高い身分の武士だったのでしょう。 頼康は、家来の中から岩戸の住人秋元仁左衛門を指名し、相撲により決着を図ったところ、見事に義氏を倒したそうな。 勝利の懸賞となったのが鶴岡八幡宮のご神体だったのですね。この神社は、武士が相撲に勝ち、ご神体をこの地域に持ち帰ったことで勧請されたのですか。 それが縁で、今でも世田谷八幡宮の祭礼には相撲が行われていると言われています。 世田谷八幡宮の近くには世田谷城址があります。そういえば、以前、世田谷八幡宮へお参りしたときに土俵を見たことがありました。 今でも、戦国時代の世紀の対決の痕跡が残っているのは興味深い。当時、吉良家ゆかりの地域では、阪神が優勝するくらいの歓喜に包まれたのもわかります。 秋元仁左衛門の凱旋パレードが行われたのかもしれませんね。 3.室町時代後期の仏像を有する古刹・明静院 隣の明静院にも、お参りします。 このお寺は、1530年というから、岩戸八幡神社より歴史が古いのですか。 寺伝に寄れば、喜多見地区などを所領していた喜多見家第13代の江戸駿河守廣重の保護により、台順法師が開山したそうです。 昭和54年に本堂、平成3年に山門が建立されたそうだから、まだ建物は新しいですな。逆に、戦国時代に造られた当初のイメージに近いのかもしれません。 こちらのお寺の薬師如来坐像は、胎内に納入された文書から1574年に作られたのだとか。制作年代が確認できる中世の仏像はとても貴重だそうです。 明静院と八幡神社の前には、中島に市杵嶋姫命を祀る池がありました。 立派な池で、2本の松が良い味を出しています。 ここには以前、農作物の洗い場となっていた湧水があったらしい。この池は、その湧水があった場所に作られたのでしょうか。 きれいな水は、湧水にも見えますが…。 この周辺は、昭和の半ばまで田園が広がり、遠くには多摩川の土手が見えたそうです。現在は住宅が建ち並んで、当時の面影はあまりないですね。 ただ、都内としては緑が多く、道も、家の敷地もゆったりしており、普通に歩いているだけでも癒されました。 4.杉木立の参道、江戸中期の本堂、地域風景資産の三重塔と見どころ満載の慶元寺 岩戸川緑地公園をさらに歩き、喜多見中学近くの喜多見緑道へ入ると、道は広く、緑はさらに深くなります。 緑のシャワーを浴びながら進み、ところどころ置かれているベンチで水分補給をしました。 次に向かうのは、いよいよ本日の目玉スポットのひとつ慶元寺。 このお寺は当初、鎌倉幕府の成立前後の1186年に、現在の皇居周辺に作られたらしい。 慶元寺を創建したのは、平安末期から鎌倉時代初期の武将であった江戸太郎重長です。江戸氏は、室町時代に入って没落し、太田道灌に江戸城を明け渡して、ここ喜多見に本拠を移したとのこと。 それに伴い慶元寺も、1468年にこちらに移転したのですか。 江戸時代になると、三代将軍徳川家光から朱印状を賜る格式ある寺院となって現在まで続いているのですね。 門前に立つと、広々とした杉木立の中に伸びる参道が目に入りました。 初めて訪れたとき、京都の古刹に参拝したような気分になったのを覚えています。歴史的価値が素晴らしいだけではなく、このお寺はビジュアルでも東京屈指の寺院かもしれません。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 最新東京編」に続く) このあと、古刹の雰囲気の漂う慶元寺の境内を散策しました。 せたがや地域風景資産になっている金ぴかの三重塔のビジュアルが素晴らしい。 ちなみに、この周辺は、東京23区内にあった唯一の藩・喜多見藩の陣屋があった場所です。 その痕跡を探そうと歩き回り、喜多見陣屋にあったと伝えられる門を発見しました。 23区内にあったという貴重な藩・喜多見藩の立藩と消滅の謎についても迫ってみましたよ。 ほかにも、喜多見陣屋の遺構かどうか紛らわしい古墳など、興味深い歴史アイテムが目白押し! 東京の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 最新東京編」 (参考)目次より第1章 赤穂義士とスター旗本ゆかりの場所、高輪ゲートウェイ駅近くの歴史スポットをめぐる旅 東京都港区 1.伸びしろに期待が持てる高輪ゲートウェイ駅 2.高輪ゲートウェイ駅の由来のひとつになった高輪大木戸 3.赤穂義士の強い意志が今も生きている泉岳寺 4.個性豊かな赤穂四十七義士のお墓がある 5.大石内蔵助ほか16名の義士切腹の場所 6.江戸時代の有名人のお墓がいっぱい 7.有名な朝顔の井戸がある薬王寺 第2章 名門江戸氏ゆかりの慶元寺と東京23区内に存在した唯一の藩・喜多見藩の痕跡を探す旅 東京都狛江市、世田谷区 1.美しい花を眺めなからウォーキングが楽しめる岩戸川緑地公園 2.岩戸八幡神社に残る創建時の興味深いエピソード 3.室町時代後期の仏像を有する古刹・明静院 4.杉木立の参道、江戸中期の本堂、地域風景資産の三重塔と見どころ満載の慶元寺 5.東京23区内にあった唯一の藩・喜多見藩の痕跡を探せ 6.土塁か、古墳か、にコーフン 第3章 自然豊かな国分寺崖線沿いに並ぶ神社仏閣、空中庭園、古墳をめぐる散歩道 東京都世田谷区、狛江市、調布市 1.喜多見家ゆかりの世田谷区内最古の鳥居がある氷川神社 2.「真田幸村」にちなむ興味深い風習がある喜多見不動堂 3.国分寺崖線の魅力を満喫できる神明の森みつ池と成城みつ池北緑地 4.人工基盤の上に作られているとは思えない、きたみふれあい広場 5.巨大な古墳とのかかわりが気になる糟嶺神社と明照院 第4章 東京で、お花見と歴史スポットを一緒に楽しみたいなら、芝離宮と浜離宮がおすすめ! 東京都港区、中央区 1.芝公園の桜は、歴史スポットとコラボで楽しみたい 2.東京のアイコンのひとつに数えられる増上寺と東京タワーのコラボ 3.たっぷりゆっくりお花見が楽しめる旧芝離宮恩賜庭園 4.旧芝離宮恩賜庭園は、絶景スポットも歴史アイテムもいっぱい 5.全国的にも珍しい鴨場がある浜離宮庭園 6.城跡でもある浜離宮は、歴史スポットもいっぱい 第5章 大森貝塚、馬込文士村、郷土資料館、城跡…考古学、文学、歴史学好きにはたまらない大田区馬込周辺を歩く 東京都大田区、品川区 1.大田区の馬込地区には、都内屈指の文士村があった 2.最近まで場所が特定されなかった、日本考古学発祥の地・大森貝塚 3.「人生劇場」の著者・尾崎士郎の居宅跡に作られた記念館 4.中高年に勇気を与えてくれそうな山王草堂記念館 5.有名作家の文学碑めぐりと鎌倉幕府成立に欠かせない梶原景時ゆかりのお寺 6.考古学、文学ファン必見の大田区立郷土資料館 7.住宅街に眠る戦国の大城郭・馬込城 第6章 オシャレな街の中に垣間見える歴史と伝統 東京・自由が丘の魅力に迫る旅 東京都目黒区、世田谷区 1.「衾駅」という駅名が有力候補だった「自由が丘駅」 2.大蛇が鳥居に絡みついている奥沢神社 3.自由が丘の「女神祭り」を知っていますか? 4.異国情緒漂う自由が丘をタウンウォッチング 5.昭和を代表するアイドルのオフィシャルショップがあった自由が丘 6.かつての自由が丘、武蔵国荏原郡衾村谷畑の鎮守であった熊野神社 7.スイーツの街・自由が丘のアイコンともいえるスイーツフォレスト 第7章 お面かぶりと戦国の城の魅力が満載の九品仏浄真寺とエピソードいっぱいの神社仏閣を歩く 東京都世田谷区、目黒区 1.昭和の洋画壇を代表する画家のアトリエ跡に作られた宮本三郎記念美術館 2.東京都指定の有形、無形文化財が満載の九品仏浄真寺 3.今なお圧巻の土塁が存在感を発揮する奥沢城跡 4.世田谷の小公園、緑道は、癒しスポットがいっぱい 5.大正時代、新聞で紹介された怪談で賑わったという氷川神社 6.大迫力の大イチョウが印象的な二つの古刹 第8章 野猿峠に点在する極上スポットと中世の見張り所があったと言われる平山城址公園を歩く 東京都八王子市、日野市 1.多摩丘陵に並ぶ二つの都立公園 2.変化に富んだ沢の景観が楽しめる都立長沼公園 3.あゝ野猿峠、あるウォーカー哀史 4.野猿街道に突如現れる逆ピラミッド 5.森の中に佇む囲炉裏料理の店と小さな美術館 6.源氏の侍大将の見張り所があったとされる平山城址公園 7.平山城跡は、平山城? 第9章 関東厄除け三大師のひとつ西新井大師と、異国情緒漂う公園、歴史ある神社仏閣をめぐる下町散歩 東京都足立区 1.ベルモント公園で、オーストラリア旅行のアリバイが作れる? 2.国内最大級のネット遊具と大人も癒されるプラネタリウムがあるギャラクシティ 3.歴史ミステリーのネタになりそうな伝承が残る猿仏塚 4.徳川家の祈願所位牌安置所であった国土安穏寺 5.神々が船で上陸したという神話の場所に祀られた鷲神社 6.源頼義・義家父子と小林一茶の暑いエピソード満載の炎天寺 7.関東厄除け三大師のひとつ・西新井大師 8.見どころが盛りだくさんの西新井大師の境内
2021年05月29日
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こんにちは。 今回も、4月発売の最新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」からのネタです。 ご紹介するのは、第6章の『 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市 』 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2020年1月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊 今回も、山武市内を歩きます。成東城跡を堪能したあと、再びヘアピンカーブを通って市街へ。 本行寺という、コンパクトな庭が美しいお寺にお参りした後、昭和にタイムスリップしたような懐かしい雰囲気の商店街を歩きます。 しばらく歩くと、朱塗りのあざやかな門が現れました。 門をくぐった先には、小ぶりな丘があり、その中腹には特徴的な建物が…。 露出した大岩の上にダイナミックに突き出るような形。清水の舞台を小さくしたような外観ですな。ちなみにこれを、懸崖造りというらしい。 鮮やかな赤色で、一見、新築されたように見えます。ただ、江戸時代に作られた建物を現代まで改築を加えながら守り続けてきたのですか。 「波切不動尊」と呼ばれており、正式には、「長勝寺」と言うのですな。「波切不動」のネーミングは、江戸時代、漂流した漁船を寺の灯りが導いて、無事に難を逃れたことに由来するらしい。 その灯りが、荒波を切り裂いて、海上を走ったという言い伝えがあるそうです。 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 この寺の縁起によれば、創建は天平時代の731年で、行基が東国を訪れたことに始まるらしい。この付近の海で難破する船が多いことから、海難除けとして不動尊像を作り、一寺を建てたのですか。 平安時代の初めになって、弘法大師がこの地を訪れ、現在の場所に寺を移したと言われています。 行基と弘法大師という、それぞれの時代を代表するお坊様に関連があるとはすごいですね。 早速、お参りせねばと、岩山に作られた階段を上ります。 階段の途中には、弘法大師の袈裟掛け石と硯石がありました。私が訪れるお寺には、弘法大師ゆかりの伝説が残っているところが多い。それだけ、西国はもちろん東国も数多く歩き回られたのですね。ウォーキングのカリスマという一面も尊敬するのでした。 中腹には、古いお堂があり、そこには、「ぼけにかつ」という紙を持ったお坊さんのイラストがあります。 私は、体力的にはまだ大丈夫だと感じていますが、最近、物忘れに不安が出てきたのを思い出しました。 ボケ封じのために、しっかりとお参りしたのは言うまでもありませぬ。 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望 そこから、本堂まで急な階段を上ります。下からお堂を見上げると、柱がたくさん並ぶ様子は、まさにミニ清水の舞台。 本堂の周りは回廊になっていて、そこからは、街が一望できました。 遥かかなたに、太平洋の大海原がぼんやり霞んで見えます。 ちなみに、この本堂がある石塚山は、標高約30メートル。中腹にあるということで、お堂の高さはもう少し低くなるまず。都心だったら、この山より高いビルはたくさんあるでしょう。 周りに高層ビルがない風景は、写真で見た昭和30年代の東京をイメージしてしまいます。 回廊に立っているときは気づかなかったですが、板一枚下には何もない。傍から見ると、かなりスリルを感じてしまいますな。 社殿の背後には、千葉県天然記念物に指定されている石塚の森という自然林がありました。 解説板によると、岩山の上に発達したスダジイ林で、スダジイの平均樹高は7~15メートル。それが南斜面に密生し、北斜面にはアラカシやアカガシなどのカシ類、東斜面にはイロハカエデ、 ムクノキ、エノキなどの落葉広葉樹など、さまざまな木が自生しているらしい。 申し訳ないですが、文系人間としてはあまり植物には詳しくありませぬ。 興味があるのは、成東城の近くに、見事な眺望の高台が存在すること。物見櫓とか作られていなかったかなと痕跡を探したのですが、よくわかりませんでした。 もっとも標高は、成東城のほうが少し高いので、わざわざ見張り所を置くニーズは少ないかもしれませんが…。 絶景に大満足して、再び急な階段を下り、門をくぐって次の目的地へ行こうとしたとき、大失態を演じてしまったのに気付きました。 本堂に、お参りし忘れた…。 眺望に満足して、回廊をぐるっと、歩いただけで降りて来てしまったのでした。お寺にお参りするのが目的だったのに…。 先ほど書いたように、本堂に安置されている不動明王は、奈良時代の僧行基が彫ったと伝えられています。前回、来た時はしっかりお参りしたと思いますが、仏像の記憶はほとんどありません。 もう一度、岩山を登ろうかと悩んだのですが、この先も歩かないといけないので仕方なく断念。 門のところからのお参りを余儀なくされたのでした。 それにしても、お寺に来て、お参りを忘れるとは…。 先ほどのボケ封じは、当日は効力がないのかもしれないと思ったのでした。 4.日本初の天然記念物に指定された成東・東金食虫植物群落がある 山武市の観光スポットで忘れてならないのが、天然記念物に指定されている食虫植物群落地があること。 今回は、津辺城へ行ったので、残念ながらここへは行けませんでした。ただ、前回訪れて、そこへ行くまでの道が魅力的だったので、ご紹介しておきましょう。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」に続く) このあと、伊藤左千夫記念公園で、「野菊の花」の主人公の民さんと政夫の銅像に出会います。 伊藤左千夫が後世に大きな名を残したのは、43歳のとき書いた「野菊の墓」の存在があるからでしょう。 「野菊の花」と言っても、現代の若者は知っていますかね。私たちの年代も怪しかったのですが、あるアイドル歌手が映画で民さんを演じたことで、一気に知名度がアップしました。 ここ山武市は、伊藤佐千夫の故郷であり、今も生家が残っているのですよ。生家の隣には、山武市歴史民族資料館があり、2階の常設展示室には、伊藤左千夫の生涯や作品、遺品などが展示されています。 ここで私が目を引いたのは、彼の風貌と作家になる前の職業でした。作品の内容から、作者をイメージすることはできない、と…。 関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」 (参考) 目次より 第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡 第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡 第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市 1.日本の航空発祥の地・所沢 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11 第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿 5.須賀神社と思川沿いの散歩道 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡 第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市 1.山武市の呼び方を知っていますか? 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城 6.推定本丸と推定二の丸の謎 第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館 第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる 第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる 第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社
2020年07月11日
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こんにちは。 本日は、新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」からのネタです。 今回、ご紹介するのは、第3章の『 世界文化遺産・韮山反射炉とそれに匹敵する観光スポットに育つことを期待したい伝堀越御所、北条氏邸 静岡県伊豆の国市 』。 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2019年1月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.頭を空っぽにしながらでも楽しめる担庵公思索の道 今回も、静岡県伊豆の国市を歩きます。 江川邸を出て、次に向かうのは、世界文化遺産・韮山反射炉。 前回も述べましたが、韮山反射炉の築造に大きな役割を果たしたのが、江川太郎左衛門です。当然、自邸から反射炉まで何度も往復して築造や運営の指揮をしたのでしょう。 その通った道が、現在、担庵公思索の道として整備されているのですよ。 江川邸でもらった地図に、そのルートが示されています。自分も、江川太郎左衛門になった気分で歩いてみようと思いました。 まず向かったのは、江川邸から歩いてすぐのところにある本立寺。 このお寺の裏山に、本立寺付け城跡があるらしい。行ってみたい衝動にかられましたが、この先にも行かなくてはいけない歴史スポットがたくさんあるので自重しました。 本立寺は、室町時代から続く日蓮宗の古刹で、江川家の菩提寺でもあるのですか。 沿道からは、のどかな農村風景を楽しむことができました。 担庵公に倣って、思索をしながら歩こうかと思ったのですが、景色に見とれているうちに反射炉に着いてしまいました。 2.「世界文化遺産・明治日本の産業革命遺産」として東日本で貴重な韮山反射炉 いよいよ本日のトリプル主役のひとつである韮山反射炉の見学です。 さすが、2015年に世界文化遺産に登録された場所だけあって、ガイダンスセンターや物産館、公園なども整備されていて、見どころは満載でした。 今回のように、江川邸と韮山反射炉をコラボで見学するには、700円の共通入場券が便利ですよ。支払った料金の元を取るために、まずは、ガイダンスセンターで、反射炉の概要を勉強します。 反射炉とは、大砲鋳造のために建設された施設。熱をアーチ型の天井に反射させて鉄が溶ける温度の1700度を得る構造から名付けられたそうです。 時は幕末。欧米からの開国要求が激しさを増す中で国防のニーズが高まり、幕府は、お台場などの防御施設を建設しました。ところが、台場に設置する武器も、あわせて作らなければならない。 …ということで、1857年に韮山反射炉を建設し、大砲が数百門も鋳造されたのですね。 申し遅れましたが、韮山反射炉は、国指定史跡であるとともに、通商産業省認定近代化産業遺産でもあるのですな。 ところで、世界遺産に認定されたのは、「明治日本の産業革命遺産」という背景があったからですか。それは、西洋から非西洋への産業化の波及を顕し代表する日本国内8エリア、23資産から構成されているらしい。 23の構成遺産を見てみると、官営八幡製鉄所や三菱長崎造船所、軍艦島で有名な端島炭坑などが並んでいます。どれも九州や山口県の萩など西日本にあり、東日本にあるのは釜石の鉱山と、この韮山反射炉だけなのですね。 そう考えると、ますます貴重に思えてくるのでした。 3.実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては、世界で唯一現存する遺構 かつて、反射炉は国内で11基ありましたが、跡として残っているのは、萩と韮山、鹿児島の3基だけ。その中で築造当時の形で現存し、実際に稼働したことが確認されているのは韮山反射炉だけだそうです。 また、実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては、世界で唯一現存する遺構らしい。 反射炉の高さは、約16メートル。連双2基で、合計4炉で構成されており、外側が伊豆石の組積造、内部が耐火レンガで作られたアーチ構造になっておりまする。 レンガの周りの茶色の鉄骨の枠が、なかなかオシャレだと思ったのですが、これは補強されたものですか。 そういえば、昔、萩の反射炉を見たときは、長細いピラミッドのようにレンガが積み重ねられていたことを思い出しました。 構造の解説をじっくり読んでも、文科系にはその仕組みがよくわかりませぬ。この穴から、溶けた鉄が出てくるらしいのですが…。 巨大な大砲を作っていたのですから、当然、大量の溶けた鉄が流れ落ちたのでしょう。 韮山反射炉の近くには、周りを石垣で囲った川が流れています。この川には巨大な水車が設置され、鉄に深い穴を開けて、大砲を作る作業に使用されたらしい。 川のほとりには、江川太郎左衛門の銅像があり、反射炉を背景に写真が撮れるスポットもありました。 4.北条時政建立の願成就院は、運慶作の国宝仏を所蔵 反射炉物産館でお土産を買い、再び次の目的地を目指して歩き出します。 函南反射炉線という道路に出て、田んぼを見ながらテクテク歩き、伊豆箱根鉄道の伊豆長岡駅近くの踏切を渡りました。そして、近くの下田街道を三島方面に向かって歩きます。 結構距離を歩いていますが、実は、「江川担庵散策の路」と「頼朝・政子ロマンの路」という、独立した2つのウォーキングコースをコラボで回っているのでした。 距離は、それぞれ9キロと4.5キロですか。トータルの距離は13.5キロくらいで、個人的には、いつものウォーキングと変わりませぬ。 ただ、韮山城跡をくまなく歩いたから、本当はかなりオーバーしているかも。 さすがに、少し疲れたと思った頃、ようやく願成就院(がんじょうじゅいん)というお寺に到着しました。 このお寺は、仏師運慶が制作した阿弥陀如来坐像が安置されているらしい。運慶の仏像は、残っている数が少ないことで有名ですね。 …と思ったら、なんと、所蔵する5体の仏像が国宝に指定されているのですか。 所蔵している仏像はすごいですが、このお寺は、歴史好きにとっても興味をかきたてられるのですよ。『吾妻鏡』には、源頼朝の奥州平泉の藤原氏討伐の成功を祈り、鎌倉幕府初代執権・北条時政が建立した寺院だと記載されているそうです。 その後、二代執権義時や三代執権泰時によって、浄土様式の壮大な寺院となっていったとか。 訪れた時は、由緒ある名刹だとは感じましたが、歴史的に、ここまですごいお寺だとは思いませんでした。 本堂や境内が、少し小ぶりな印象があったから、と言いますか…。 しかし、境内の近くに、国指定史跡願成就院跡の石碑や解説板があるのを発見。 それを読むと、発掘調査の結果、大御堂や南新御堂、南塔、池畔などの跡が明らかになったという記載がありました。 このお寺の最盛期は、多くの堂宇や塔がそびえ立ち、巨大な池とその中の小島を橋でつなぐ、浄土様式の壮大な寺院として威容を誇っていたのでしょうね。 ただ、北条早雲と堀越公方との戦いで、願成就院はほぼ全焼。その後、僅かに再建された建物も、豊臣秀吉の小田原征伐の際に再び焼けてしまったらしい。 運慶作の国宝の本尊を始めとする仏像は、僧侶らによって運び出され、焼失を免れたのは不幸中の幸いでした。しかし、そのほかの多くの寺宝が失われてしまったのですね。 境内にある北条時政のお墓の写真はゲットすることができましたが、他の歴史スポットを回るために、境内の見学を少し端折ってしまったような。 後で調べると、足利茶々丸のお墓や茶々丸首洗いの池などの見どころもあったのですね。 歴史ウォーカーとして、もう少し下調べをしてから訪れるべきだったと反省するのでした。 5.「箱根の坂」や「里見八犬伝」に登場する堀越公方の御所があったとされる場所 再び下田街道を歩き、光照寺の角を左折。小道をしばらく歩くと、右手に広い原っぱが見えてきました。 ここはなんと、北条早雲を描いた司馬遼太郎の「箱根の坂」や滝沢馬琴の「里見八犬伝」にもたびたび登場する堀越公方の御所があったとされる場所ですか。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」に続く) 実際に現地を訪れると、歴史書の中だけの存在の堀越公方がリアルに感じられました。 このあと、歴史の教科書に登場する鎌倉幕府の執権北条氏の邸宅跡へ向かいます。 場所は、標高約100メートルの守山のふもと。そして立派な河川敷を持つ狩野川がすぐ近くを流れています。 近くには、北条政子産湯の井戸の伝説もあり、日本の中世史ファンにはたまらない歴史スポットですね。 伊豆国の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」 (参考) 目次より 第1章 和泉川沿いに点在する鎌倉時代の武将・泉小次郎の遺跡と横浜市内で唯一残る製糸場を歩く 神奈川県横浜市 1.泉区の名に恥じない、駅前に広がる地蔵原の水辺風景 2.執権北条氏の打倒を図った泉小次郎ゆかりの須賀神社と長福寺 3.鎌倉時代の館か、南北朝時代の城かで迷う中和田城 4.「手づくり郷土賞」受賞の和泉川親水広場と心癒される神社仏閣めぐり 5.横浜市内で唯一残る製糸関連の遺構と♪森と泉に~囲まれた天王森泉公園 6.境川における東泉寺・琴平神社の深い関係と富士塚城跡の謎 第2章 源頼朝の蛭ヶ小島、北条早雲の韮山城、江川太郎左衛門の江川邸がセットで楽しめる韮山を歩く 静岡県伊豆の国市 1.源頼朝と鎌倉北条氏、後北条氏発展の舞台になった韮山 2.源頼朝が配流された場所と伝わる蛭ヶ小島 3.3千6百の兵力で、4万4千の豊臣方の攻撃に約100日間持ちこたえる 4.戦国時代とともに生き、その終わりとともに終焉を迎えた韮山城 5.戦国の城の迫力を今に伝える土塁と急斜面 6.富士山の絶景を独り占めできる韮山城の本丸 7.お台場の築造に大きな役割を果たした江川太郎左衛門 8.大河ドラマ「篤姫」「西郷どん」や「JIN-仁」などのロケに使われた江川邸 第3章 世界文化遺産・韮山反射炉とそれに匹敵する観光スポットに育つことを期待したい伝堀越御所、北条氏邸 静岡県伊豆の国市 1.頭を空っぽにしながらでも楽しめる担庵公思索の道 2.「世界文化遺産・明治日本の産業革命遺産」として東日本で貴重な韮山反射炉 3.実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては、世界で唯一現存する遺構 4.北条時政建立の願成就院は、運慶作の国宝仏を所蔵 5.「箱根の坂」や「里見八犬伝」に登場する堀越公方の御所があったとされる場所 6.意味深な溝や石が点在する北条氏邸跡 7.北条氏邸の跡に建つ、北条一族の菩提を弔う寺院・円成寺の跡 第4章 古代から近世の歴史スポットが満載! 歴史散歩の王道が満喫できるウォーキングコース 神奈川県川崎市 1.古代と中世の歴史スポットがいっぱいのウォーキングコース 2.7世紀末に創建されたと推定される関東の正倉院・影向寺 3.古代橘樹郡の役所跡に作られた眺望の良い古代の丘緑地 4.弟橘媛伝説と古事記との関連が興味深い子母口富士見台古墳 5.川崎の内陸部まで海が広がっていたことを示す子母口貝塚 6.思わず血圧が上がる江戸時代の領主の暴挙と癒しの「農の景色」 7.土塁か、古墳か、人によって見え方が違う井田城跡 第5章 三島駅前の観光スポット・楽寿園は、装飾絵画で彩られた建物と絶景の溶岩庭園が素晴らしい 静岡県三島市 1.かつて伊豆国の国府が置かれた三島市 2.三島駅徒歩3分で、観光客のさまざまなニーズに対応できる楽寿園 3.国の天然記念物および名勝に指定されている絶景の庭園 4.旧東海道を両側から扼するために作られた山中城 5.城が未完成のまま豊臣の大軍を迎え、多くの武将が壮絶な戦死を遂げる 6.ダブルボギー確実の岱崎出丸の巨大な畝堀 第6章 ビジュアルでは、石垣の城に負けない土の城・山中城と伊豆国の一宮・三嶋大社を歩く 静岡県三島市 1.豊臣の大軍と激闘が行われた日本百名城・山中城 2.ビジュアルで石垣の城に負けない、山中城の畝堀と障子堀 3.豊臣軍との攻防戦時の様子が気になる西の丸 4.傾斜地にある二の丸と二段構造になっている本丸 5.厳重に守られ、本丸より標高の高い場所にある北の丸 6.半日で落城した山中城と百日持ちこたえた韮山城の要害度に関する一考察 7.伊豆国一宮・三嶋大社と水辺の景観が美しい白滝公園 第7章 歴史スポットは相模国分寺跡だけじゃない! 巨大古墳に中世の武士の館跡がてんこ盛りの海老名を歩く 神奈川県海老名市 1.七重塔がそびえたつ海老名中央公園 2.船つなぎ用の杭が育った伝説がある海老名の大ケヤキ 3.歴史好きがスルーするのはもったいない、ひさご塚古墳と浜田歴史公園 4.全国的に珍しい建物の配置があったという相模国分寺跡 5.京都の東寺の五重塔より高い七重塔があった 6.大正7年に作られた村役場庁舎を活かした郷土資料館がある 7.パンダとネギでも注目を集めた相模国最古級の有鹿神社 第8章 戦国の城ファン必見の深見城と緑深い水源地を中心に広がる泉の森公園をめぐる旅 神奈川県大和市 1.大和市のネーミングと銀行合併の意外な関係 2.明確な遺構が残るものの、資料が少ない謎の城・深見城 3.当時の縄張りをイメージできる戦国ファンにとって貴重な城 4.日本の原風景とエキゾチックな橋のコラボが魅力の泉の森公園 5.古民家の間取りの変化が理解できる大和市郷土民家園 第9章 戦国関東のスーパースター太田道灌、北条早雲にかかわる大城郭・大庭城を歩く 神奈川県藤沢市 1.ゴージャスなススキの群落に出会える引地川親水公園 2.後北条氏の城の特徴?が気になる裏門公園 3.縄文時代から、人々の生活の舞台であった大庭城 4.いったい誰が、こんな大城郭を作ったのか 5.大庭城にまつわる悲しい伝説が残る舟地蔵 6.もうひとつの大庭神社と裏山に大庭景親の居館があったと伝わる宗賢院 7.はるか彼方に江ノ島の絶景が見える伊勢山公園
2020年11月28日
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こんにちは。 今回も、4月発売の最新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」からのネタです。 ご紹介するのは、第2章の『 美しい花々と緑がいっぱいの智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市 』 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2018年6月に行った時のもの。取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.広大な芝生広場とさまざまな花で出会える狭山稲荷山公園 今回は、埼玉県の狭山市を歩きます。関東の人は、狭山と言えば何をイメージするでしょうね。 個人的には、小学校時代に狭山湖へ遠足に行った思い出がありますが、狭山茶を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。 狭山茶は、静岡茶や宇治茶と並んで日本三大茶と呼ばれているらしい。 お茶の歴史を訪ねる旅もいいですが、それはまた別の機会にして、今回は、狭山が誇る二つの公園を巡りたいと思います。そして帰りには、狭山市で一押しの城跡を堪能しようという盛りだくさんの趣向です。 …ということで、ウォーキングのスタートは、西武池袋線の稲荷山公園駅。 駅の目の前にあるのが、狭山稲荷山公園。 ここは、1973年に米軍から返還されたジョンソン空軍基地の跡地の一部を整備した公園ですな。 それまでは、基地で働く軍人や関係者の住宅地として利用されていたらしい。 面積は、16.5ヘクタールもあり、広々とした芝生広場は、アメリカの公園や大学のキャンパスのような雰囲気。狭山市営公園だったのを2002年の4月1日から県営公園としてあらたに開園したのですね。 この公園は、別名「ハイドパーク」と呼ばれており、米軍管理下の時代の呼び名が今も残っているそうな。 園内には、ソメイヨシノや八重桜など約300本の桜があって、春には多くの人たちの目を楽しませているのですか。 行った日は6月でしたが、色とりどりのあじさいが出迎えてくれました。 歴史好きにとって忘れていけないのが、園内に「狭山市立博物館」があること。アケボノゾウの骨格標本をはじめ、原始時代から現代までの狭山の歴史や自然、民俗、伝統産業などの展示を見ることができます。 当然、GO!と思ったら、休館日でした。定休日ではなかったのですが…。 やっぱり、歴史ウォーキングに行くときは、きちんと調べておく必要があると改めて思った次第です。 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵 公園を出て、西武新宿線の狭山市駅方面に歩き、駅近くで左折して入間川を渡ります。 道なりにまっすぐ進むと、奥州道交差点の信号があり、その近くにお地蔵さまがありました。 傍らに解説板があり、それには、「影隠地蔵 市指定文化財 史跡」という記載が…。 そこには、源義仲(木曽義仲)の嫡男で、頼朝の娘である大姫と結婚した源義高が、頼朝から追われる身になったとき、このお地蔵さまの後ろに隠れて、一時的に難を逃れたと書かれていました。 だから、影隠地蔵と呼ばれるようになったのですか。しかし、源義高はその後、捕らえられ、斬られてしまったらしい。 せっかくなら、最後まで隠しておいてくれればいいのにと思ったのですが、それがリアな歴史の非情さでしょう。 大姫と義高は、仲が良い夫婦だったそうですね。そんな大姫が、義高が討ち取られたという知らせを受けたとき、父頼朝に対してどんな思いを抱いたのか。 歴史上の大きな悲劇として、当然、映画やドラマ、小説の題材になったはずと思って調べてみたら、やはりありました。 滝沢秀明主演の大河ドラマ「義経」の中で、二人の悲劇が取り上げられていたのでした。そういえば、おぼろげながら覚えています。 ドラマの中で、大姫は、義高の処刑後は白痴状態になってしまい、天皇の女御にとの縁談も頑なに断り、生涯独身を通して亡くなったと描かれていました。 それにしても、こんな小さなお地蔵さまの後ろに隠れても、すぐ見つかってしまうのではないかと素朴な疑問が…。 解説板をよく読むと、お地蔵さまはかつて木像で地蔵堂があり、その中に安置されていましたらしい。道路の拡張により現在の場所へ移動しており、過去にも入間川の氾濫で幾度か場所が移動しているのですな。 地蔵堂の後ろなら、隠れるスペースは問題なかったのでしょう。 ちなみに、石の地蔵尊になったのは明治7年で、それまでの木造の地蔵は、明治政府の廃仏毀釈によって処分されたそうです。 当時のお地蔵さまや当時の場所も不明だそうですが、源義高の悲劇という事実は、これまでも、これからも長く伝えられていくのは間違いないと思いました。 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園 影隠地蔵にお参りして、そのまま道を直進します。やがて、右手に立派な公園が見えてきました。 ここが、智光山公園(ちこうざんこうえん)。 さきほどの狭山稲荷山公園も広かったですが、ここはなんと、総敷地面積が53.8ヘクタールと3倍以上もあるのですか。 公園内には、動物園や植物園をはじめ、体育館やキャンプ場などの多くの施設が、広大な雑木林の中に点在していました。 雑木林は、武蔵野の自然が感じられるアカマツやナラ、クヌギなどで構成されているらしい。園内を縦横に走る遊歩道では、高原の森林地帯を歩いている雰囲気が味わえました。 公園内にある「こども動物園」の面積は、約3.3ヘクタール。 こどもが楽しめる動物を中心に展示しているということで、ライオンや象、キリンなどの大型動物はいなくて、小動物が中心なのですね。 小動物とのふれあいを毎日午前と午後に時間を決めて実施しているのが特徴なのだとか。 動物園のホームページによると、約21メートルにかかった橋を、テンジクネズミたちが並んで渡って帰るようすを観察する「テンジクネズミのおかえり橋」というイベントが大人気だそうですね。 入場料が大人200円、小学生・中学生50円とリーズナブルでしたが、内容が盛りだくさんで時間がかかりそうなので今回はパスしました。 一日公園で過ごすならお勧めですが、いろいろな観光スポットを回りたいときは、広すぎる園内もネックになるようで。 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい こども動物園をパスしても、見どころが盛りだくさんなので、ゆっくりしている時間はありませぬ。 まず向かったには、花菖蒲園。 狭山市のホームページによれば、花菖蒲園は約2,600平方メートルの広さに、約2,600株の花菖蒲が咲き誇るとありました。 毎年6月中旬が見頃だそうですが、行った日は少し遅かったかも。 ただ、毎年6月の初旬~中旬くらい行われる菖蒲祭りは、大変な混み具合だと聞きました。一応、花も咲いているし、すいているところでじっくり花菖蒲を堪能するのも悪くないと思うのでした。 それに、こちらの公園でもしっかりあじさいが見られて、何となく得した気分。 花菖蒲園から公園の奥にある「自然生態観察園」を目指して歩きます。涼しげな湿地帯が汗ばんだ肌に心地よい。 湿地帯の中に続くウッドデッキから、清らかな水を眺めつつ快適なウォーキングをすることができました。 「都市緑化植物園」には、バラ園や薬草園、教材園などがあり、さまざまな植物が展示しています。「緑の相談所」の下には、特徴的なデザインの花壇の中に、美しい花々を見ることができました。 その隣にあるバラ園でも、さまざまな色のバラを堪能することができます。植物園の南側にあるのがひょうたん池。 この辺りは、「桜の園」と呼ばれ、春には桜が咲き誇る景色が楽しめるらしい。 行った日は、桜の花は見られませんでしたが、初夏の日差しに照り映える青葉の森を歩くことができました。 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城 次の目的地は、本日のメインイベントの柏原城。智光山公園を出て、地図を見ながら入間川方面を目指します。 住宅街をテクテク歩き、県道260号線を越えると畑が広がっている景色が見えました。地図で位置を確認すると、城跡は遠くに見える森ではないか。 …と思って、近くに行くと、「城山砦」の解説板が立っていました。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」に続く) このあと、日本三大夜戦の一つであった「河越夜戦」にも関わっている柏原城を綿密にレポートします。 半年も関東管領が陣を構えていた城としては、小さい印象を受けたのですが、あとで調べてみるとそうでもないらしい。 後北条氏が整備したとも伝えられていて、小規模とはいえ三つの郭を持つ立派な城だったことがわかりました。 東京近郊の住宅街の中に、これだけインパクトのある遺構が残ったのは奇跡的ですね。 ほかにも、北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡など、見どころが目白押し! 関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」 (参考)目次より第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡 第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡 第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市 1.日本の航空発祥の地・所沢 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11 第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿 5.須賀神社と思川沿いの散歩道 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡 第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市 1.山武市の呼び方を知っていますか? 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城 6.推定本丸と推定二の丸の謎 第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館 第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる 第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる 第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社
2020年05月16日
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残暑お見舞い申し上げます。 厳しい暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。 これだけ暑いと、さすがのオイラも外をほっつき歩くのを自重したくなる今日この頃。 暑い日は、クーラーの効いた部屋でテレビや読書をするのが一番の贅沢かもしれませぬ。 ところでテレビと言うと、今、あまちゃんが大人気だそうですが、その視聴率を上回ったということで「半沢直樹」が注目を集めていますね。 曲がりなりにも、元銀行員としてはこの大ブームを見過ごすわけには参りませぬ。 銀行を舞台にしたミステリーなので、もしやと思って見ると、やっぱし原作者は池井戸潤氏ですか。 池井戸潤は、乱歩賞を受賞した平成10年からオイラにとって気になる存在でした。 実は今から15年以上前に、オイラも銀行を舞台にしたミステリーを書いたことがあったのですよ。 原稿用紙100枚程度の短編ですが、それを出版社のミステリー新人賞に応募したら、何と2次選考を通ったのですね~。 さすがに最終選考の一歩手前で落選してしまったのですが、生まれて初めて書いた作品が、250編中の17作品に残ったということで結構やる気が湧いて来ました。 よし、今度は銀行ミステリーで新人賞を受賞するぞと息巻いていたとき、池井戸潤が「果つる底なき」で江戸川乱歩賞を受賞したのです。 その作品を読んだとき、もう銀行ミステリーをオイラが書いても駄目だと諦めましたね。 オイラの書いた作品がある程度評価されたのは、それまで銀行を舞台にしたミステリーがほとんどなかったのが理由でしたから。 しかも、池井戸作品は、銀行業務の専門知識とトリックが見事に融合している。銀行業務に対する体系的な知識が豊富にある人なのだと…。 さすが名門・三菱銀行の元行員は違うと思いました。元銀行員の目から見ても、池井戸作品は現場の雰囲気をリアルに伝えているのがわかります。 ただ、マニアックすぎて、乱歩賞の受賞から長い間低空飛行を続けていた記憶があります。 むしろ乱歩賞を同時受賞した福井晴敏のほうが当時は活躍していたかも。ちなみに、福井晴敏の代表作は、『亡国のイージス』と『終戦のローレライ』。 何十年も定期的に図書館に通っているのですが、池井戸作品は長く、いつ行っても借りられる状態が続いていました。 半沢直樹の原作の『オレたちバブル入行組』と『オレたち花のバブル組』は、特に不人気でしたね~。もう少しタイトルをインパクトのあるものにすればいいのにと、いつも思っていたのですが…。 やがて、「空飛ぶタイヤ」で注目を集めたものの、やっぱり潮目が変わったのは、「下町ロケット」で直木賞を取ってからでしょうか。 それからは、いつ図書館へ行っても、池井戸作品は借りられていて、滅多にお目にかかることはなくなってしまいました。 銀行出身のオヤジでも、当時は見向きもしなかった『オレたち花のバブル組』を、若い女性が電車の中で読んでいるのを見たときは驚きましたが。 やはり、直木賞プラス人気テレビドラマの影響度ははかりしれないのだと感じました。 ところで、テレビドラマの「半沢直樹」は、さすがに元銀行員が原作者だけあって、同じ元銀行員の目から見ても納得できるシーンが目白押しです。 とくに、銀行の人事部からの裁量臨店で、本部の人間が偉そうにドカドカと支店にやってくるシーンは納得でした。 メガバンクと地方銀行の違いはあるけれど、そういえばあんな威圧的な顔で本店の人たちが検査にやってきたなあと。 ただ、ドラマとリアルの現場との違いももちろんありますね。 新規先に5億円の無担保融資を行うのは、さすがにメガバンクでも無理があるでしょう。 しかも、支店長が一融資課長に、5億円焦げ付きの全責任を押し付けるのはちょっと考えられない。 銀行の新規融資で、なおかつ無担保の融資になるといろいろな人たちのチェックが入ります。 今のチェック体制はわかりませんが、オイラの頃は融資担当者が稟議書を書き、まず融資課長がチェックして認証印を押す。次に副支店長や支店長がそれぞれチェックして同じように認証印を押します。その後、本店の融資部で、その稟議書をある程度客観的に立場で審査するのです。 それぞれ印鑑を押した人がそれぞれ責任を負うわけですから、その時点で連帯責任なのですね。 もちろん、そのチェック体制をすり抜けて、融資したお金が焦げ付くケースもありますが、一人に責任を押し付けて、それ以外の人たちがすべてセーフということはありえない。 経験上、もっとありえないのは、融資課長の半沢直樹が昼間からかなりの長時間、自由に外を出歩いたりできる点。 メガバンクは違うのかもしれませんが、融資課長は頻繁に来客がありますし、大量の稟議書のチェックを行わないといけない。 資金繰りの厳しいお客さんは、毎日が綱渡りみたいな部分があって、担当者や課長は気が抜けません。 稟議の決済が遅れると、不渡りを起こす会社も珍しくなく、オイラも稟議書に印鑑を押してもらうために、課長が席にいないと探し回ることもよくありました。 本来は、5億の焦げ付きの回収だけに集中して仕事している暇はないかも。 半沢直樹が外をほっつき歩いているとき、部下の行員たちが稟議書を持って、真っ青な顔で探し回っているシーンをイメージしてしまいました。 でも、ドラマはリアルの世界とは違うと言いましたが、ドラマの世界でもないことがリアルの現場では起こることもありまする。 以下のエピソードをドラマにしても、あまりにも類型的すぎて面白くないとカットされるのではないでしょうか。 前にも書きましたが、銀行にはいろいろな検査があります。 お客様から大切なお金をお預かりしている公的な側面もあって、常に健全な仕事の姿勢が求められるのです。 外部からは財務省や日本銀行の検査、内部からも本店の検査など定期的に監査を受けます。内部の検査は、本店の検査部にいる同じ行員から検査を受け、いろいろと指導されるのですよ。 オイラが新人のときに支店に検査が入り、ある検査官から呼び出されました。 検査を行っている部屋に入ると、肘掛椅子に座布団を二枚重ねにして、ふんぞり返って座っている検査官がいました。 銀行に入ったばかりで仕事のミスも結構あったので、徹底的に指導を受けました。 もうほとんど、半沢直樹の裁量臨店状態。 検査官は、徹敵的に新人を懲らしめて、自分の優位さをさらに高めようと思ったのでしょう。「ところで、君はどこの大学を出てるの?」 オイラが答えると、その検査官は勝ち誇ったように、ケッと舌打ちしました。「私立大学じゃ、数字の計算が苦手なわけだ。入試科目に数学がなかったんだろ?」 そのあと、その検査官は薄笑いを浮かべながら、今どきのテレビドラマでも言わないような一言を言ったのです。「俺がどこの大学を出ていると思っているんだ。ふふふ、東大を出ているんだよ」「?????」 当時のトレンディードラマにもないような、あまりにもわかりやすいキャラクターに、呆然とするオイラ。 しかし、そのあと生来のヨイショ魂を如何なく発揮し、検査官の自尊心をさらに高める言葉を連発して危機を脱出したのでした。 その場からはとりあえず解放されたものの、何か嫌~な気分が残ったのを覚えています。 しかし、その30分後、その検査官が烈火の如く怒って、「検査の結果を見て、腰を抜かすなよ」という捨て台詞を残して支店を去って行ったのです。 もうほとんど、遠山の金さんにやっつけられた悪党が「この野郎。覚えてやがれ!」と逃げて行く状態で…。 その検査官を怒らせたのは、当時の支店の得意先課長です。 仕事には厳しい人でしたが、プライベートでは部下にはとても優しい人でした。 しかし、上の人にはズケズケ物を言うタイプの上司。 その得意先課長も、オイラと同じことをその検査官から言われたそうです。 それに対する返答は…。「東大を出て、支店長になれなかったのはお前だけじゃないか!!」 結果的に、課長のその一言で、オイラのいた支店の検査の評価は最低になり、業績表彰を逃してしまいました。 しかし、当時の支店長も、副支店長も、一般の行員も、その課長を責める人は一人もいませんでしたね。 やっぱり、半沢直樹的な人は、いつも時代も好かれるのかも。…ということで、半沢直樹と同じく、銀行員が活躍する「時代、場所、業種を選ばず、どんな人でも成功する新規開拓営業の教科書」(青月社刊 永嶋信晴著)もよろしければ是非。【送料無料】新規開拓営業の教科書 [ 永嶋信晴 ]
2013年08月10日
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こんにちは。 久しぶりに、4月発売の新刊 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」からのネタです。 「おもしろ歴史ウォーキング 相模・伊豆国編」が出版されたので、はやくも最新刊ではなくなってしまいましたが…。 それはともかく、今回、ご紹介するのは、第9章の『 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市 』です。 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2018年1月に行った時のもの。雪景色の写真もあり、季節感バラバラですが少しでも涼を感じていただければ幸いか、と。 取材した頃のように、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁 今回は、埼玉県の春日部市を歩きます。 春日部というと、個人的には日光街道の宿場町で、蔵など古い建物が残っているところというイメージでしょうか。 ただ、私より少し若い人は、「クレヨンしんちゃん」が住んでいる町として有名なのかも。 ずっと昔ですが、ブログで春日部を取り上げたところ、クレヨンしんちゃんの町ですね、というコメントがたくさん寄せられ驚いたことがありました。 子供用の新しいクレヨンの製造工場があるのか、と…。 もちろん、今は知っていますよ。「阿部慎之助」つながりですが。 それはともかく、個人的に春日部市は、観光スポットとしては少し目立たない存在でした。 旅行のガイドブックから、抜け落ちてしまっている部分が多かったのです。確かに、地図を見ても、面白そうな公園や建物は少ないような。 しかし、歴史的には重要な場所ですね。 前にも書いたように、江戸時代、春日部は粕壁宿という宿場町で栄えました。江戸日本橋から、千住、草加、越谷に続く日光道中四番目の宿場町。 きっと行けば何かあるはず、と、まだ路上に雪が残る1月末、路上観察学会のメンバーになったような気分で出かけたのでした。 ウォーキングのスタートは、東武鉄道の春日部駅。 駅のホームでは、クレヨンしんちゃんのテーマ曲の発車メロディーを聞くことができます。案内板や駅名の看板にもしんちゃんの装飾がありました。 確かに、春日部が誇るスターなのだと実感。 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館 駅前に大通りを歩くと、住居表示は、春日部市粕壁1丁目とあります。 市名や駅名は春日部で、宿場町の名前は、粕壁宿ですか。何か、紛らわしいですな。 春日部の語源は、鎌倉時代のこの地の領主・春日部氏に由来するらしい。ところが、粕壁の語源はもっと古く、古墳時代の皇族、春日山田皇女(かすがのやまだのひめみこ)の私有民である部民(べのたみ)が居住したことに遡るのだとか。 「粕壁」が宿の名前に採用されたのは江戸時代、造り酒屋の酒粕と土蔵の壁にちなんでつけられたと考えられているそうです。 確かに、当時の春日部には、造り酒屋や蔵が多いイメージがありますね。 宿場町にある施設と言えば、大名などの泊まる本陣や脇本陣。それから宿駅業務を行う問屋場。一般の旅人の泊まる旅籠などが思い浮かびます。 ところが残念なことに、旧日光街道ぞいの市内の中心部には、案内板はあるものの、パッと目にはそれらの施設の痕跡は残っていませんでした。 ただ、当時の宿場町の様子を伝えてくれる施設があるのですよ。 それは、春日部市郷土資料館。 無料で見学できるのがうれしい。 そこには、当時の宿場町の復元模型がありました。粕壁宿の様子や人々の暮らしに触れることができるのですな。 旧日光街道を歩いてここまで来たのですが、その風景が一瞬で、当時の粕壁宿にタイムスリップする気分が味わえます。 視線を下げると、当時の旅人になった気がしました。 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き 春日部市郷土資料館から少し歩いたところにあるのが、八坂神社。 ここは、粕壁宿の入り口にあたり、江戸時代には牛頭天王社と呼ばれたのですか。宿の市神として信仰され、現在の春日部夏祭りの起源になったと言われておりまする。 由緒がある割には社殿が新しいなと思ったら、旧社殿は、2010年の10月に放火によって焼失してしまったとのこと。 ただ、地元の人たちの努力によって、翌年7月には再建されたのですね。春日部におけるこの神社の重要性が伝わってくるエピソードだと思いました。 八坂神社から大通りを越えたところにあるのが、東陽寺。 松尾芭蕉が宿泊したという案内板があり、それをじっくり読み過ぎて、写真を撮り忘れるという大失態を演じてしまいました。 境内は狭く、本堂はコンクリート造りという点もあったかもしれないと、言い訳しても後の祭り。 「奥の細道」の旅に出た芭蕉は、千住から1日でここ、春日部まで歩いたのですか。何でも同行の曽良の日記に記載されているらしい。 なるほど、と思ったのですが、千住から春日部まで、九里…ってことは、約36キロですよ。 それを1日で歩いたのですか。 すごい。しかも芭蕉は当時、中高年とも言える年だったのですよね。 そういえば、芭蕉の歩く速度の速さから、忍者説がありました。しかも、芭蕉の実家は、伊賀上野でしたっけ。 現地へ来ると、そのすごさを体感できますね。 日本中をいろいろ旅しているから、その場所の断片的な知識が頭の中で組み合わさり、立体化してゆくのも旅の魅力だと感じた次第です。 近くの市民文化会館の前に、石碑があるのを発見しました。 ここには、かつて国立の薬用植物栽培試験場があったのですか。大正11年にできたそうですが、国内初というのはすごい。 歴史好きとしては、江戸時代、小石川に幕府の薬草園があったよねと異議を申し立てたくなりましたが、「国立」と「幕府立」の違いがあるのかも。 東陽寺の門前から続くかすかべ大通りに戻ってしばらく歩くと、古い商家の前に石柱が立っています。 これは、日光道中の道しるべ。 1834年に建てられたそうで、三面にはそれぞれ日光、岩槻、江戸の方角が刻まれていました。 さらに進むと、土蔵造り建物もあります。 昔は、古い家並みとして残っていたのだと思いますが、ここだけだと少し寂しい。でも、粕壁宿の当時の雰囲気を伝える建物はとても貴重です。 春日部は、駅前から少し離れた場所を歩くと、昭和の雰囲気が残っていると聞いていましたが、最近になって一気に都市化が進んだのかもしれませんね。 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋 江戸時代、粕壁宿は、江戸と結ぶ航路としても重要な役割を果たしたらしい。 航路となっていたのは古利根川で、当時、この川は物流にも大いに活用されたのですね。 古利根川は川幅も広く、当時、多くの船が行き交っていたのが実感できました。 春日部駅前から伸びる大通りを進むと、古利根川に特徴的な橋が架けられているのを目にすることができます。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」に続く) このあと、麦わら帽子をイメージしたモニュメントのある橋を見学します。半円形状のアーチを組み合わせた高さ14.5メートルのモニュメントは、春日部の新たなランドマークですね。 近くにあるのが、南朝の後醍醐帝に仕えた春日部重行の墳丘が残る最勝院。墳丘が、古代の円墳のように見え、非業の最後を遂げた武将との関連を考えてしまいました。 最後に向かったのは、春日部の総鎮守・春日部八幡神社。 ここは、この地の領主春日部氏の居館の跡と言われている場所らしい。 複雑な地形のエリアでは、土塁や空堀をイメージすることができます。思わず私の「城跡アンテナ」が反応してしまったのでした。 関東の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 最新関東編」 (参考)目次より第1章 絶景とスリルに満ちた駅伝歴史ハイクで、エメラルドの伝説に挑む 埼玉県小川町 1.新春恒例の駅伝ハイクin埼玉県小川町 2.第1中継所は、名前負けしない眺望の金勝山 3.第2中継所は、エメラルドグリーンの天王沼 4.過去を思い出す薄暗い杉林を貫く九十九折りの山道 5.第3中継所は、360度の大パノラマの官ノ倉山と石尊山 6.フィールドアスレチック好きにはたまらない鎖場がある 7.第4中継所は、埼玉県最大級の方墳・穴八幡古墳 8.駅伝ハイクのゴールは、住宅地に奇跡的に残る中城跡 第2章 美しい花々と緑にあふれる智光山公園と日本三大夜戦にも関わった柏原城を歩く 埼玉県狭山市 1.広大な芝生広場とさまざまな花に出会える狭山稲荷山公園 2.大河ドラマの名シーンを今に伝える影隠地蔵 3.53.8ヘクタールの敷地に、動物園や植物園などの施設が点在する智光山公園 4.花菖蒲園と都市緑化植物園は、美しい花々と緑がいっぱい 5.関東管領・上杉憲政が半年間も陣を敷いた柏原城 6.北条氏飛躍のターニングポイントになった三ツ木原古戦場跡 第3章 航空の町・所沢は、飛行機やヘリコプターだけでなく、伝説や歴史スポットもいっぱい 埼玉県所沢市 1.日本の航空発祥の地・所沢 2.南北朝時代の武将の伝説が残る薬王寺 3.春には見事な桜並木が楽しめる東川沿いの遊歩道 4.関東一の木造閻魔像がある長栄寺 5.日本初の航空機専用飛行場の跡に作られた所沢航空公園 6.50ヘクタールの広さの園内に、航空関連のアイテムがいっぱい 7.歴史的な飛行機やヘリコプターが満載の所沢航空発祥記念館 8.戦後初であるとともに、唯一の国産旅客機YS-11 第4章 鎌倉時代から続く栃木の名門・小山氏ゆかりの城跡、神社仏閣を歩く 栃木県小山市 1.都心からのアクセスが良く、魅力的な歴史スポットが満載の小山 2.小山氏の菩提寺であり、境内に残る土塁や空堀が見事な天翁院 3.藤原秀郷の子孫といわれる名門小山氏の居城・小山城 4.戦国オールスターキャストの小山評定所跡と将軍家の宿泊所であった小山御殿 5.須賀神社と思川沿いの散歩道 6.小山氏の本拠地になったこともある国の史跡・鷲城 7.今も土塁が残る小山氏の城館・神鳥谷曲輪跡 第5章 観光スポットとしての期待が高まる戦国の城のツートップ・津辺城と成東城 千葉県山武市 1.山武市の呼び方を知っていますか? 2.駅から歩いて行ける戦国時代の魅力的な城が2つも 3.台風15号の被害で、さらに難攻不落になった津辺城 4.倒木と複雑な縄張りに阻まれ、攻城戦に敗北 5.訪れるたびに新たな発見がある成東城 6.推定本丸と推定二の丸の謎 第6章 眺望バツグンの波切不動尊と「野菊の墓」の作者ゆかりの土地を歩く 千葉県山武市 1.清水の舞台のような建物が目を引く波切不動尊 2.天平、平安時代のもっとも有名な僧ゆかりの寺院 3.お参りするのを忘れるほどの見事な眺望 4.日本初の天然記念物に指定された食虫植物群落がある 5.名作の主人公の銅像が印象的な伊藤左千夫記念公園 6.野菊の墓の雰囲気を今に残す伊藤左千夫の生家 7.野菊の墓の作者の意外な前職に驚く山武市歴史民族資料館 第7章 東京近郊のラビリンス、北総線沿線の歴史・絶景スポットを歩く 千葉県松戸市・市川市 1.住みやすさで人気上昇中の北総線沿線 2.迷宮の地図のようなウォーキングガイド 3.川が流れていない場所にある橋をさがせ 4.広島の厳島神社のミニ鳥居が印象的な神社がある 5.単独の貝塚としては日本で一番規模が大きいと言われる曽谷貝塚 6.畑や原っぱに、縄文時代の白い貝殻が散らばる 第8章 平将門伝説に彩られた土地と尾瀬の湿原をイメージできる大町公園を歩く 千葉県市川市 1.平将門にまつわる伝承とゆかりのお寺 2.万葉集にちなむ植物が楽しめる市川市万葉植物園 3.さまざまな古刹にみられる現代との接点 4.平将門築城伝説もある戦国の城・大野城 5.ダウンタウンの「笑ってはいけない」に似た伝統行事がある駒形大神社 6.動植物園、アスレチックなど魅力満載の大町公園 7.尾瀬の湿地帯の木道を歩く気分が味わえる 第9章 クレヨンしんちゃんだけじゃない! 歴史スポット満載の宿場町・粕壁を歩く 埼玉県春日部市 1.日光道中四番目の宿場町・粕壁 2.江戸時代の粕壁宿にタイムスリップできる春日部市郷土資料館 3.歴史アイテムを堪能できる宿場町そぞろ歩き 4.巨大なモニュメントとライトアップが楽しい古利根公園橋 5.南北朝時代の非業の武将、春日部重行の墳丘が残る最勝院 6.春日部氏の居館跡に建つ春日部の総鎮守・八幡神社
2020年08月22日
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こんにちは。 本日は、最新作 「おもしろ歴史ウォーキング 最新東京編」からのネタです。 新たに取材したネタと写真をもとに書き下ろした本書は、激変する東京にある歴史スポットの紹介で人気を博しております。 今回は、第6章の『 オシャレな街の中に垣間見える歴史と伝統 東京・自由が丘の魅力に迫る旅 東京都目黒区、世田谷区 』をお送りさせていただこうか、と。 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 ちなみに記事は、2020年8月に行った時のもの。 一日も早く、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。 1.「衾駅」という駅名が有力候補だった「自由が丘駅」 今回は、東京屈指のオシャレなショッピングスポット、自由が丘周辺を歩きます。 よく言えば質実剛健、悪く言えばケチ臭い、ダサい、というイメージの私にとって、自由が丘は、不釣り合いな街だと思われるかもしれません。 しかし歴史的に見れば、自由が丘に、ハイソな街のイメージが定着したのはそれほど古くはないのですよ。 昭和2年に、現在の東急東横線が開通したときの駅名は、「自由が丘駅」ではなく、「九品仏前駅」でした。 そして昭和4年、現在の東急大井町線が開通する際、「九品仏」の門前に新たに「九品仏駅」が開設されることになったとき、改名候補に挙がったのは「衾(ふすま)駅」だったとか。 かつて自由が丘の一帯は、武蔵国荏原郡衾村(ふすまむら)でしたからね。 ただ、「衾駅」という駅名は、田舎臭い、ダサい、と東横線開通後に移住してきた住民から大反対を受け、「自由が丘」という名前に決まったらしい。 当時は本当に田舎っぽい雰囲気だったそうで、せめて駅名や町名をハイソにしたいと思ったのかも。 今日の自由が丘の隆盛を考えると、その選択は正解だったのでしょう。個人的には、衾駅というローカルな駅名のほうが、歴史を感じて興味を覚えたかもしれませんが…。 私にとっては敷居が高い街になってしまいましたが、自由が丘周辺には、興味深い歴史スポットが数多く残っているのです。 今回は、それらを訪ね歩くとともに、自由が丘の駅名の謎にも迫ってみたいと思います。 2.大蛇が鳥居に絡みついている奥沢神社 ウォーキングのスタートは、自由が丘駅ではなく、東急目黒線奥沢駅です。 …というのも、駅近くに由緒ある神社があるのですよ。 それは、駅から徒歩1~2分のところにある奥沢神社。 しっかりお参りをし、心を落ち着かせてから自由が丘を目指そうと思いました。 鳥居をくぐって境内に入ろうとすると、巨大な大蛇が鳥居に絡み付いている。 藁で作られたものだとすぐわかりますが、巨大な蛇が絡みつくビジュアルは、さすがにギョッとなりますね。 この大蛇。長さ約10メートル、直径約25センチで、重さが150キロもあるそうな。 誰がこんないたずらをして、参拝客を驚かそうとしとるのじゃ、と思いましたが、近くにある解説板を読むと、歴史と伝統のある蛇らしい。 なんでも、江戸時代中期、ここ奥沢地方に疫病が流行したそうです。 そのとき、村の名主様の夢枕に八幡大神が現れ、「藁で作った大蛇を村人がかつぎ、村内を巡行させよ」というお告げがあったとか。 さっそく、その通りにしたところ、疫病が治まった。 それ以来ずっと、なんと現代まで、この神社の氏子が藁で大蛇を作り、町内を練り歩く行事が続いているとのこと。 その風習は、世田谷区の無形民俗文化財の指定を経て、平成28年には、東京都の無形民俗文化財にも指定されたのですか。 歴史と伝統に裏打ちされた、由緒正しき、大蛇様だったのですね。 250年間も、その行事が続いてきたというのもすごいけれど、これだけの期間があれば、人々の思考法や価値観も変わるはず。 それなのに、江戸時代の風習が現代まで途切れずに続いているのはすごいことだと思いました。 この神社は、室町時代に、世田谷城主吉良氏の家臣だった大平氏が、奥沢城を築く際の守護神として勧請したそうです。 東京23区内で、室町・戦国時代の歴史スポットに遭遇するのはうれしいですね。 境内はさほど広くはないのですが、巨木を中心に深い緑に囲まれ、森閑とした古社の風格を感じました。 疫病退散に御利益があった神社ということで、コロナの一日も早い収束を願ったのは言うまでもありませぬ。 3.自由が丘の「女神祭り」を知っていますか? 奥沢神社の前の自由通りを歩いて、自由が丘に向かいます。 自由が丘駅に近づくにつれて、次第にオシャレなカフェやショップが増えていきました。 自由が丘といえば、いまやお洒落なショップが建ち並ぶ街として泣く子も黙る存在ですね。ただ、個人的には、セレブというよりはもう少し垣根が低いかも、と思うのです。 若い普通の女性のグループが多いし、高校生も多く歩いている。 青山や六本木に比べると少し庶民的な部分もあるのではないか、と。 ただ、雑誌などのアンケートでは、「住みたい街」として1位に選ばれることもあるほどの人気スポットらしい。 個人的には、自由が丘は昔から何度も来ているのですが、その魅力がイマイチわからないのですよ。 今日こそ、その人気の秘密に迫ろうと決意を新たにしました。 東横線のガードをくぐり、まずは自由が丘のロータリー広場へ。 広場の端に、彫像があるのが目に留まります。 かなり昔になりますが、テレビ東京の「出没!アド街ック天国」という番組を見ていて、自由が丘の人気ランキング第5位になっていたのが、この自由が丘女神像でした。 もう何十回も自由が丘に来ているのに、恥ずかしながらあまり注目したことはなかったですね。今は、どの駅前にも、似たような彫像があることが多いですから。 ただ、自由が丘では、この女神像にちなんだ「女神祭り」が毎年10月に開催されるそうです。それは、昭和48年に始まった自由が丘最大のイベントで、特設ステージでのプログラムをはじめ、周辺の11の商店会が企画した飲食や物販のブース、ライブなどが行われるらしい。 2020年は、新型コロナの影響で中止になったそうですが、毎年約50万人が訪れるイベントなのですか。 そんなにすごい女神像とは知れませんでした。近くの解説板を読んでみると、正式には、「蒼穹(あおそら)の像」と言い、昭和36年に自由が丘駅前広場に建てられたとのこと。 昭和22年に駅前広場が誕生したものの、しばらくは植え込みにロータリーがあるだけの殺風景な風景が続いていたらしい。そこで街のシンボルとして、外国の広場にあるような彫像を設置しようという話になったのですね。 終戦直後に駅前広場を作ったり、街のシンボルとしてモニュメントを設置したりと、当時としては先進的な発想だったのでしょう。 こんなところも、自由が丘の人気が高まった理由のひとつかもしれません。 4.異国情緒漂う自由が丘をタウンウォッチング 駅前から、いよいよ自由が丘のタウンウォッチングを開始します。 自由が丘は、比較的広い道から路地裏まで、服飾・雑貨のお洒落な店やレストランが建ち並ぶ洗練された街並みが大きな魅力らしい。 パリの街角の景観に似たところも多いのだとか。 でも、個人的には、ハードはもちろんですが、ソフト面も見逃せないと思います。 たとえば、自由が丘のネーミング。なんとも、ハイソでお洒落なイメージですよね。 しかし、前にも少し触れましたが、自由が丘と呼ばれるようになる前は、東京府荏原郡衾村字谷畑と言ったらしい。 衾村(ふすまむら)とか、谷畑というネーミングのままだったら、これほどの繁栄はなかったかも。 自由が丘という名前のルーツが、学校だと知っている人は少ないかもしれません。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 最新東京編」に続く) その学校を訪れたあと向かったのは、ベネチアを模したショッピングタウン、ラ・ヴィータ。 水路にはゴンドラが浮かび、カラフルな建物とレンガ造りの洋館。そしてグレーの石畳。 多少コンパクトですが、運河の水映る町は、まるで絵画のようでした。 自由が丘のパワースポットとして人気を集めている熊野神社も、ハイソな街にマッチしています。 何と言っても忘れてはいけないのが、スイーツの街・自由が丘のアイコンともいえるスイーツフォレスト。 日本を代表するスーパー・パティシエたちが交代で登場し、「出没!アド街ック天国」という番組で、自由が丘の人気ランキング第1位になったことがあるらしい。 私事で恐縮ですが、自由が丘は、80年代のスーパーアイドルのオフィシャルショップで、パシリを務めたこともある思い出の街。 そのエピソードや東京の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 最新東京編」目次より第1章 赤穂義士とスター旗本ゆかりの場所、高輪ゲートウェイ駅近くの歴史スポットをめぐる旅 東京都港区 1.伸びしろに期待が持てる高輪ゲートウェイ駅 2.高輪ゲートウェイ駅の由来のひとつになった高輪大木戸 3.赤穂義士の強い意志が今も生きている泉岳寺 4.個性豊かな赤穂四十七義士のお墓がある 5.大石内蔵助ほか16名の義士切腹の場所 6.江戸時代の有名人のお墓がいっぱい 7.有名な朝顔の井戸がある薬王寺 第2章 名門江戸氏ゆかりの慶元寺と東京23区内に存在した唯一の藩・喜多見藩の痕跡を探す旅 東京都狛江市、世田谷区 1.美しい花を眺めなからウォーキングが楽しめる岩戸川緑地公園 2.岩戸八幡神社に残る創建時の興味深いエピソード 3.室町時代後期の仏像を有する古刹・明静院 4.杉木立の参道、江戸中期の本堂、地域風景資産の三重塔と見どころ満載の慶元寺 5.東京23区内にあった唯一の藩・喜多見藩の痕跡を探せ 6.土塁か、古墳か、にコーフン 第3章 自然豊かな国分寺崖線沿いに並ぶ神社仏閣、空中庭園、古墳をめぐる散歩道 東京都世田谷区、狛江市、調布市 1.喜多見家ゆかりの世田谷区内最古の鳥居がある氷川神社 2.「真田幸村」にちなむ興味深い風習がある喜多見不動堂 3.国分寺崖線の魅力を満喫できる神明の森みつ池と成城みつ池北緑地 4.人工基盤の上に作られているとは思えない、きたみふれあい広場 5.巨大な古墳とのかかわりが気になる糟嶺神社と明照院 第4章 東京で、お花見と歴史スポットを一緒に楽しみたいなら、芝離宮と浜離宮がおすすめ! 東京都港区、中央区 1.芝公園の桜は、歴史スポットとコラボで楽しみたい 2.東京のアイコンのひとつに数えられる増上寺と東京タワーのコラボ 3.たっぷりゆっくりお花見が楽しめる旧芝離宮恩賜庭園 4.旧芝離宮恩賜庭園は、絶景スポットも歴史アイテムもいっぱい 5.全国的にも珍しい鴨場がある浜離宮庭園 6.城跡でもある浜離宮は、歴史スポットもいっぱい 第5章 大森貝塚、馬込文士村、郷土資料館、城跡…考古学、文学、歴史学好きにはたまらない大田区馬込周辺を歩く 東京都大田区、品川区 1.大田区の馬込地区には、都内屈指の文士村があった 2.最近まで場所が特定されなかった、日本考古学発祥の地・大森貝塚 3.「人生劇場」の著者・尾崎士郎の居宅跡に作られた記念館 4.中高年に勇気を与えてくれそうな山王草堂記念館 5.有名作家の文学碑めぐりと鎌倉幕府成立に欠かせない梶原景時ゆかりのお寺 6.考古学、文学ファン必見の大田区立郷土資料館 7.住宅街に眠る戦国の大城郭・馬込城 第6章 オシャレな街の中に垣間見える歴史と伝統 東京・自由が丘の魅力に迫る旅 東京都目黒区、世田谷区 1.「衾駅」という駅名が有力候補だった「自由が丘駅」 2.大蛇が鳥居に絡みついている奥沢神社 3.自由が丘の「女神祭り」を知っていますか? 4.異国情緒漂う自由が丘をタウンウォッチング 5.昭和を代表するアイドルのオフィシャルショップがあった自由が丘 6.かつての自由が丘、武蔵国荏原郡衾村谷畑の鎮守であった熊野神社 7.スイーツの街・自由が丘のアイコンともいえるスイーツフォレスト 第7章 お面かぶりと戦国の城の魅力が満載の九品仏浄真寺とエピソードいっぱいの神社仏閣を歩く 東京都世田谷区、目黒区 1.昭和の洋画壇を代表する画家のアトリエ跡に作られた宮本三郎記念美術館 2.東京都指定の有形、無形文化財が満載の九品仏浄真寺 3.今なお圧巻の土塁が存在感を発揮する奥沢城跡 4.世田谷の小公園、緑道は、癒しスポットがいっぱい 5.大正時代、新聞で紹介された怪談で賑わったという氷川神社 6.大迫力の大イチョウが印象的な二つの古刹 第8章 野猿峠に点在する極上スポットと中世の見張り所があったと言われる平山城址公園を歩く 東京都八王子市、日野市 1.多摩丘陵に並ぶ二つの都立公園 2.変化に富んだ沢の景観が楽しめる都立長沼公園 3.あゝ野猿峠、あるウォーカー哀史 4.野猿街道に突如現れる逆ピラミッド 5.森の中に佇む囲炉裏料理の店と小さな美術館 6.源氏の侍大将の見張り所があったとされる平山城址公園 7.平山城跡は、平山城? 第9章 関東厄除け三大師のひとつ西新井大師と、異国情緒漂う公園、歴史ある神社仏閣をめぐる下町散歩 東京都足立区 1.ベルモント公園で、オーストラリア旅行のアリバイが作れる? 2.国内最大級のネット遊具と大人も癒されるプラネタリウムがあるギャラクシティ 3.歴史ミステリーのネタになりそうな伝承が残る猿仏塚 4.徳川家の祈願所位牌安置所であった国土安穏寺 5.神々が船で上陸したという神話の場所に祀られた鷲神社 6.源頼義・義家父子と小林一茶の暑いエピソード満載の炎天寺 7.関東厄除け三大師のひとつ・西新井大師 8.見どころが盛りだくさんの西新井大師の境内
2021年07月23日
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こんにちは。 約10カ月ぶりの更新です。 ご無沙汰して申し訳ございません。かなり間が空いてしまったというレベルではありませんね。 コロナ禍で、これまで普通にしてきたことができなくなり、これはいかんと、いろいろ新しいことにチャレンジしていました。結果が出るのは、まだ先になりそうですが…。 本日は、久しぶりの「おもしろ歴史ウォーキング 武蔵国編」からのネタです。 新たに取材したネタと写真をもとに書き下ろした本書は、東京周辺の歴史スポットの紹介で人気を博しております。 今回は、第5章の『 国分寺、庭園、名水、古刹、総社など、歴史ファン必見のスポットが満載! 古代武蔵国の県庁所在地を歩く 東京都国分寺市・府中市 』をお送りさせていただこうか、と。 諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。 すべての記事は、こちらですよ。 是非、本書もご覧いただければ幸いです。 実は、今回の記事。ウォーキングの途中でデジカメを握りつぶしてしまったのです。液晶にヒビが入って、撮影する際に写真が確認できなくなってしまいました。 写真の構図がゆるい部分が多々ありますことをお詫びいたします。 1.古代の武蔵国の中心地であった国分寺と府中 今回ご紹介するのは、東京のベッドタウンとして発展を続ける国分寺と府中です。 でも、それを聞いたら奈良時代の住人は怒るでしょうね。 なんといってもこの辺りは、律令時代の旧武蔵国の国府があったところです。武蔵国は、今の東京都と埼玉県、神奈川県の一部を合わせた広さをもつ大国で、そこの県庁所在地とも言うべき場所。 当時はこちらのほうが、現在の東京23区なんかよりずっと都会でした。 なんて言うと、大森貝塚のある品川区や大田区から、縄文時代の都会はこっちだと言われそうですが…。 国分寺や府中は、これまで何度か訪れたことがありますが、ここ10年間は行っていないような。 最近の東京は、半年も行かないと様変わりしていますからね。その変貌ぶりを眺めるのも、ウォーキングの楽しみの一つ。 …ということで、国分寺と府中の「今」を探るべく、JR中央線の国分寺駅から歩き始めることにします。 2.国分寺崖線を利用した絶景が見事な国指定の名勝・殿ヶ谷戸庭園 まず向かったのは、駅の南口の近くにある都立殿ヶ谷戸庭園。都立公園ということで、入園料が大人150円とリーズナブルなのがうれしい。 入口でもらったパンフによれば、この庭園は、武蔵野の自然の地形を巧みに生かした「回遊式林泉庭園」とあります。 ここは、大正の初期に、後の満鉄副総裁・江口定條の別荘として整備され、昭和4年には三菱財閥の岩崎家の別邸となった場所なのだとか。 庭は、国分寺崖線の谷を利用し、崖の上の明るい芝生地と崖下の湧水池がコラボで楽しめるらしい。庭園の名前は、かつてこの場所が、国分寺村殿ヶ谷戸という地名であったことに由来するそうです。 平成23年には、国指定の名勝に指定されたのですか。今日は天気も良いし、庭園の絶景が撮影できそう。 …ということで、バッグからデジカメを取り出そうしたのです。そのとき、しっかりデジカメを握ったまま、スイッチを押してしまいました。 レンズが自動で伸びると同時に、バキッという嫌な音が…。 液晶画面を見たら、クモの巣状にヒビが入っている。 画面が真っ黒な状態で、画像が確認できませぬ。しかも、その日は、スマホを持って行くのを忘れていました。 写真が撮れなかったら来た意味がないと、さすがに青くなりましたね。ただ、写真を液晶画面で確認できないだけで、撮影は普通にできるみたい。 目を瞑ったままシャッターを切る感じですが、こうなったら、チャレンジするしかありませぬ。 …ということで、ここから先の写真は,構図が緩めになりますがご容赦ください。対策として、いつもの3倍写真を撮り、その中から使えそうなものを厳選したつもりです。 アクシデントに見舞われながらも、何とか平常心を装いつつ園内の散策を開始します。 傾斜地を下り、まずは、湧水が流れ込んでいるという次郎弁天池を目指しました。 国分寺崖線の高低差は、思ったよりありますね。 次郎弁天池の中の島には、金沢の兼六園のような雪つりがありました。 池のほとりの湧水源からは、毎分37リットルの湧水が池に注いでいるらしい。 池の近くの急な石段を上ると数寄屋作り風の茶室が…。 池にかかるイロハモミジの紅葉が見下ろせることから、紅葉亭と名付けられたそうです。赤く染まった世界の中でお茶を飲んだら、最高でしょうね。 庭園の中には、木造家屋も残っているのですか。 解説板を見ると、ここは岩崎家別邸の一部で、現在は、食堂として使用されていた場所が展示室となっているのですか。 中には、岩崎家別邸時代のパネルなどが展示されていました。 3.武蔵野の面影が残るお鷹の道と日本の名水100選のひとつ・真姿の池湧水群 殿ヶ谷戸庭園を出て、目の前を走る都道立川国分寺線を国分寺方面に向けてひたすら歩きます。しばらく行くと、通りの両側に緑の公園が現れました。 ここは都立武蔵国分寺公園。旧国鉄・中央鉄道学園や郵政省の官舎であった逓信住宅の跡地に造られた公園らしい。 私が若い頃に行ったときはなかったと記憶しています。調べてみると、それぞれ2000年代の初頭に開園したのですか。 広大な芝生の円形広場の周りには、旧中央鉄道学園時代からのサクラやケヤキ、イチョウなどの巨木が存在感を持って佇んでいました。 広い池に流れ込むナイアガラの滝のような景観も見事ですね。 大通りを渡り、逓信住宅の跡地に造られたというエリアへ。こちら側のエリアは、林の中に作られた遊歩道を歩くことができるのですな。 近くには、武蔵国国分寺の跡があり、公園内にも遺構が残されているのですか。 この辺りは、当時の寺域の北辺に当たるそうで、寺の区画溝が今も存在しているらしい。 さらに進むと、さきほど殿ヶ谷戸公園にもあった国分寺崖線が目の前に現れます。 急な崖を下ると、真姿の池に到着しました。 この池は何度も訪れていますが、いつ来ても水がきれい。それもそのはずで、日本の名水100選に選ばれているのですよ。ペットボトルに水を汲んでいる人を何人か見かけました。 近くの解説板には、真姿の池の由来について以下のように書かれています。 848年、不治の病に苦しんでいた玉造小町という美女が、病気平癒のため国分寺を訪れ祈願したそうです。すると、21日目に一人の童子が現われ、この池に案内したとのこと。そして、この池の水で身を清めるように言って姿を消してしまったらしい。 玉造小町は言われたとおりにしたところ、たちどころに病は癒えて、元の美しい姿を取り戻したそうな。 それ以来、人々はこの池を「真姿の池」と呼ぶようになったとか。 伝説といっても年号が特定されており、信憑性の高さを感じてしまいます。当時、似たような事例はあったのかもしれませんね。 それにしても、奈良時代から1000年以上も水質の高さを保っているのは驚きです。 真姿の池から武蔵国国分寺へ向かう道には、お鷹の道という意味深なネーミングがつけられていました。 明治の直前まで、国分寺一帯は尾張徳川家のお鷹場で、その行き来に利用した道というのが由来らしい。 昔来たときは、京都の嵯峨野一帯を思わせる風情あふれる道だった記憶があります。清流の小川と雑木林や竹林が調和して、武蔵野の面影が自然の姿で残されていたような。 さすがに現在は、住宅地が広がり当時の面影は薄れつつありますね。 ただ、興味深い歴史スポットも増えていましたよ。たとえばこの長屋門。 もちろん当時からここにありましたが、現在は、この中を見学できるそうなのです。 ここは、旧本多家長屋門と言い、江戸時代末期、国分寺村の名主であった本多家の屋敷の表門と先代当主の隠居所を兼ねて建築されたらしい。 門でありながらも、座敷や縁側、トイレなどを備える立派な2階建て住宅ですね。 2階には、建物の変遷にまつわる資料や当時の暮らしの様子などが展示されていました。 長屋門の近くにあったのが、七重の塔の大きな模型です。知ってはいても、古代にこんな高くて優美な塔があったのは信じられませぬ。 4.タモリが作った楼門のある国分寺と全国屈指の規模があった武蔵国国分寺跡 お鷹の道に戻り、武蔵国国分寺跡へ行く前に国分寺へお参りします。 跡ではなく、リアルに建物がある国分寺で、武蔵国国分寺の後継寺院になるのですか。江戸時代に造られた建物が数多くあるらしい。 そういえば相模国の国分寺跡へ行った時も、近くに国分寺というお寺があったのを思い出しました。 こちらは江戸時代に造られた楼門で、東久留米にあった大名の菩提寺から移築されたのですか。 (以下、「おもしろ歴史ウォーキング 武蔵国編」に続く) この楼門は、なんとタモリが作ったらしい。 サングラスをかけたタモリがどうかは微妙ですが、江戸時代にタモリがいたのは驚きでした。 このあと、高さ60メートルあったと推定される七重塔や金堂、講堂などの巨大な礎石が残る武蔵国分寺跡へ。近くには国分尼寺跡もあり、どちらもしっかり整備されていて当時の様子をイメージすることができました。 そこから府中駅に向かって歩きます。途中には府中高札場、そして藤原秀郷や源義経、新田義貞、足利尊氏など東国武士界のスーパースターゆかりの高安寺などがあって、見どころが目白押し! ほかにも、武蔵国の総社であった大国魂神社など、歴史好きには見逃せないウォーキングコースでした。 東京周辺の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、こちらをご覧いただければ幸いです。 「おもしろ歴史ウォーキング 武蔵国編」 (参考)目次より第1章 城跡、藩校、郷土資料館がセットで揃う、武蔵国の貴重な城下町・岩槻を歩く 埼玉県さいたま市1.小田原だけではなく、岩槻にもあった城の総構2.江戸城を築いた太田道灌ゆかりの芳林寺3.かつては岩槻警察署の庁舎だったさいたま市立岩槻郷土資料館4.埼玉県で唯一残っている江戸時代の藩校・遷喬館5.さまざまな戦乱の舞台になった戦国最大級の水城・岩槻城6.岩槻城址公園に残る江戸時代の二つの城門7.現代に残る岩槻城の痕跡をさがせ8.今も時刻を知らせる岩槻の貴重な「時の鐘」第2章 縄文時代を体感できる水子貝塚公園と戦国の城のビジュアルを再現した難波田城をめぐる旅 埼玉県富士見市1.埼玉県富士見市で、ウォーキングの新たな楽しみ方を発見2.3つのテーマの景観が楽しめる富士見江川プロムナード3.ハナショウブの時期には是非訪れたい山崎公園4.縄文時代のムラを再現した水子貝塚公園5.縄文時代が身近に感じられる水子貝塚展示館と資料館6.美しく整備された戦国の平城・難波田城7.難波田城公園の江戸時代を感じる明治の古民家第3章 のぼうの城・忍城の痕跡と市内随一の桜の名所・水城公園を歩く 埼玉県行田市1.のぼうの城の大ヒット前から注目していた「忍の浮城」2.江戸時代の存在感が伝わってくる大長寺の大仏3.日本一の足袋どころ、行田を知っていますか4.三階櫓の眺望と行田の歴史文化がコラボで楽しめる行田市郷土博物館5.市街地に残る大城郭・忍城の痕跡6.「忍の浮城」の名残をとどめる水城公園は、市内屈指の桜の名所第4章 武蔵国トップの古墳があるさきたま古墳群は、特別史跡をステップに世界遺産登録を目指す 埼玉県行田市1.埼玉の名前発祥の地、行田2.令和初であるとともに、埼玉県初の「特別史跡」に指定されたさきたま古墳群3.前方後円墳の形にまつわるエトセトラ4.さまたま古墳群と田園調布の深い関係5.国宝の鉄剣が必見のさきたま史跡の博物館6.武蔵国最大の二子山古墳と国宝が出土した稲荷山古墳7.将軍山古墳は、実物の横穴式石室を建物の中から見学できる8.のぼうの城で、石田三成が本陣とした丸墓山古墳第5章 国分寺、庭園、名水、古刹、総社など、歴史ファン必見のスポットが満載! 古代武蔵国の県庁所在地を歩く 東京都国分寺市・府中市1.古代の武蔵国の中心地であった国分寺と府中2.国分寺崖線を利用した絶景が見事な国指定の名勝・殿ヶ谷戸庭園3.武蔵野の面影が残るお鷹の道と日本の名水100選のひとつ・真姿の池湧水群4.タモリが作った楼門のある国分寺と全国屈指の規模があった武蔵国国分寺跡5.訪問するたびに、見やすくわかりやすくなっている武蔵国国分尼寺跡6.府中高札場は、都内に当時のまま残る2つしかない高札場のひとつ7.かつては、新田義貞や鎌倉公方の軍事拠点にもなっていたという高安寺8.古代に武蔵国内の神々を合祀した総社であった大国魂神社第6章 興味深い歴史アイテム満載の「葛飾区郷土と天文の博物館」と戦国の巨大城塞・葛西城の痕跡を巡る旅 東京都葛飾区1.江戸川区の葛西ではなく、葛飾区にあった葛西城2.お花茶屋地域のネーミングに関わった八代将軍吉宗3.事実上の奥州の国主であった武将が創建した普賢寺4.リニューアルしてピカピカになった葛飾区郷土と天文の博物館5.桜の季節は、贅沢なウォーキングが楽しめる曳舟川親水公園6.子供たちのニーズに配慮したアイテムが満載の上千葉砂原公園7.美しい桜並木の亀有さくら通りと長崎奉行を務めた旗本の墓がある宝待院8.戦国の巨大城郭、葛西城の痕跡を探せ!9.ギネスブックにも乗っている「こち亀」の舞台・亀有第7章 前田利家をはじめとする豊臣方の大軍を迎え撃ったと言われる武蔵丘陵森林公園周辺の城を巡る 埼玉県滑川町、熊谷市1.国営武蔵丘陵森林公園の周辺には城跡がいっぱい2.豊臣の大軍を迎え撃ったという伝説が残る羽尾城3.東松山市の大城郭・青鳥城との関連の伝承が残る羽尾神社4.304ヘクタールの広さを誇る森林公園は、見どころがいっぱい5.山田城が未完成の理由に対する一考察6.不可解な縄張りの謎の城・山崎城第8章 歴史好き垂涎の見どころ、エピソードが目白押し! 日蓮宗の大本山・池上本門寺を歩く 東京都大田区1.日蓮上人が入滅された場所に建つ池上本門寺2.加藤清正が寄進した長い石段がある3.大本山の風格が漂う昭和に再建された仁王門と大堂4.重要文化財に指定された関東最古の五重塔がある5.古今東西の有名人のお墓がいっぱい6.日蓮上人に帰依していた池上宗仲の館跡に作られた本行寺7.丘陵の斜面に、約370本の紅白の梅の花が楽しめる池上梅園第9章 都会の喧騒から一瞬で大自然にワープできる等々力渓谷と巨大古墳がコラボで楽しめる散歩道 東京都世田谷区1.23区唯一の渓谷と古墳がコラボで楽しめる街2.地域のランドマークを競う古墳と五重塔3.等々力渓谷へ行ったら、忘れず訪れたい日本庭園4.桜や紅葉が楽しめる見晴らし舞台がある等々力不動尊5.古墳の形の変遷が興味深い御岳山古墳と横穴古墳6.帆立貝型古墳として最大級の大きさを誇る野毛大塚古墳7.昭和の歴史に触れられるゴルフ橋は、等々力渓谷のアイコン
2023年01月12日
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