ビジネス便利屋兼ライター 永嶋信晴のブログ

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2007年01月31日
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カテゴリ: カテゴリ未分類



 この一週間。

 座談会に出席したり、海外のテレビ局の取材を受けたり、国家試験の監督をしたり、賞味期限の切れたチョコレートを食べて気持ち悪くなったり、早くも花粉症の症状が出たりと、とてもエキサイティングでした。

 そろそろ、ビジネスネタや文章ネタを書かなくてはとあせり始める今日この頃。

 なのに、少しも気力が沸き起こってまいりませぬ。

 この脱力感は、花粉症から来るのでしょうか。

 まだ、脳みそが花粉まみれのきなこ餅状態というほどではないのですが、なんとなく頭の中に靄がかかっている状態。

 しかしオイラには、食欲のないときでも食べられる、さっぱり風味のそうめんのようなネタがあるのでした。

 それは、お散歩ネタ。



 不幸中の幸いというか、今年、花粉症が発症する前に撮りためた写真が結構ありますし。

 …ということで、今日のお散歩ネタは、お正月に行った神奈川県の真鶴です。

 真鶴は、東海道線の東京から見て、小田原の先、熱海の手前にある町。 

 首都圏から真鶴へ行くには、小田急で小田原まで出て、そこから東海道線に乗ると格安ですよ。

 ちなみに小田原から真鶴までのJRの運賃は、230円っす。

 オイラが、JR真鶴駅に着いたのは、1月4日の午前11時。

 駅前を国道が通り、ひっきりなしに乗用車やバス、トラックが行き過ぎます。高いビルもなく、コンビニや食堂の家並みの後ろには小高い丘といった風情。

 ガイドブックを見ながら、まず駅の近くにあるという荒井城址公園を訪ねてみることにしました。

 駅の正面から伸びる大通りの横に伸びる小道を行くと、小高い丘の麓に荒井城址公園入り口の標識が。

 階段を少し登ると、明らかに土塁と空堀のあとがわかります。

 思ったよりきれいに城跡が残っているので、うれしくなってさらに階段を登ると、広く開けた広場に出ました。

荒井城址公園


がぁぁぁぁぁぁ~ん。

 ちょっと、整備しすぎ…。

 おそらく、二の丸か三の丸のあとだったと思うのですが、完全にどこにでもある普通の公園になっている。

 あとで調べてみると、かつて城址公園として整備したときに、城郭遺構はかなり破壊されてしまったらしい。

 城址公園とは、この場合、「昔、城のあったところ」という認識なのですな。

 この城は、かつて後三年の役(1083)に源義家の配下として出陣した荒井実継の居城だったとか。その後は荒井氏に代わり鎌倉幕府の有力御家人である土肥氏の持ち城となり、戦国時代には後北条氏の烽火台として機能していたと伝えられる。



 …というのは、現在の地形から当時の城跡をイメージできないのです。ここよりもっと高い地形に、住宅が建ち並んでいるので、そこも城内だったのでしょう。

 おそらく本丸は、もっと高い場所にあったように思えるし。

 腕を組みつつ、当時の城の縄張りを考えましたがわからない。仕方なく後ろ髪を引かれる思いで、真鶴半島へ向かうことにしました。


 真鶴半島は、相模湾に小指を立てたような形状で、その背骨にあたる位置に高い尾根が半島の先端まで続く。

 その尾根道ともいえる舗装道路を、オイラは気持ちよく歩きました。

 時折、木々や家並みが切れる場所から、相模湾のオーシャンブルーが冬の暖かな日差しに光り輝いて広がっているのが見渡せます。

相模湾


 あまりの絶景に、思わず立ち止まって何枚も写真を撮りました。

 快調に歩き、最初の目的地である御林展望公園に到着。

御林展望公園


 広大な芝生の広場と海に面した高台から熱海方面を望むことができます。

 展望公園の横にある中川一政美術館に寄ってみました。

中川一政美術館


 ここは、真鶴町立の美術館で、かつて真鶴町にアトリエを設けていた中川一政画伯から、約600点の作品の寄贈を受け、平成元年に開館したとか。

 中川一政は、昔、日曜美術館で紹介されていた頃から名前は知っていました。昔、ゴジラの映画に出ていた女優の中川安奈は、孫娘だということも。

 でも、彼の作品を間近でしみじみと鑑賞したのは、今回が初めてであったような。

 行った日は、20歳代の初期の作品から97歳で死去する間近の作品まで見ることができましたが、70歳代から80歳くらいまでの作品がすごくいいですね。

 真鶴の福浦港にキャンバスを据え、毎日外で港や港から見える山を描いた油彩の奔放な色使いが見る者を圧倒する。

 絵を飾る額にも、それぞれの絵が引き立つような彫刻を施したり、色を塗ったりしてあったのが興味深かったですね~。

 あと、参考作品として、生前、中川一政が納得できないと思った作品も展示されていました。

 その作品と、他の作品を比べてみて、素晴らしい作品はベクトルが外に向かって放射されているなと、感じました。

 逆に参考作品は、うまくまとまっているけれど、それがかえってベクトルが内側に向かっているのではないか、と…。

 絵のことはよくわからないので、あまりえらそーに書くとボロが出てきますからこのくらいにしておきます。

 でも、70歳過ぎてから、人生でもっとも素晴らしい作品を描き続けることができたというのは励みになりますね。

 オイラも、頑張らねば。

 さて、中川一政美術館を出て、いよいよ半島の先端を目指して歩き始めました。

 美術館の近くの案内板に従って、「お林遊歩道」の緩やかな登りの道に入る。

お林遊歩道


 森林浴気分で道を登ると、やがて十字路に。

 そこをまっすぐ進み、小鳥の観察小屋の近くを過ぎ、うっそうとした森に囲まれた車道に出て、道なりにゆるやかに登っていきます。

 やがて周囲は明るく開け、半島の先端の丘の上に立つ観光施設、ケープ真鶴の正面に出ました。

 裏手の芝生の広場に出ると、目の前は相模湾。

 太陽が直接目に入って、眩しいのなんの。

 それでも、透き通るような青の水平線の向こうには初島や伊豆の山々が見渡せました。

 かすみがかかった先におぼろに見えるのは、大島でしょうか。

 近くに目を転じると、岬の先端には荒波が押し寄せる岩場の風景。海から突き出た岩は、有名な三ツ石ですね~。

三ツ石


 石段を降りて、三ツ石海岸へ向かいました。

 岩に波が押し寄せて、白く砕ける景色はなかなか。

潮騒遊歩道


 この景色が、真鶴のシンボルというのも頷けました。

 ここから、磯伝いに設けられた「潮騒遊歩道」を歩きます。確かに、波の音はウォーキングのバックグランドミュージックとしては絶妙。

 荒波が打ち寄せる岩場の中に舗装された道をゆっくり歩き、青く澄んだ入江の番場浦へ出る。

 月夜の晩だったら、松田聖子の名曲「秘密の花園」が似合いそうな景色。

 ここから潮騒の音に別れを告げ、再び階段を登って、「森林浴遊歩道」へ入ります。さきほど通った道を抜け、舗装された車道を両側に樹林を見ながら歩くと、岬入口の標識がクロマツやくすのきの巨木に囲まれた車道に立っていました。

 ここからは下りで、琴ヶ浜海岸の素晴らしい風景が見渡せます。

 琴ヶ浜には、名物の干物や鮮魚店が並んでいる。

 ウインドウショッピングならぬ店先ショッピングを楽しんだあと、階段を下りて海辺へ出てみました。

 こちらも海岸伝いに広い道が整備されていて、波の音を聴きながらウォーキングを楽しむことができるのですね~。

海岸伝いの遊歩道


 少し浜辺は人工的な感じもしましたが、海はモノホンの素晴らしさ。

 色といい、水のきれいさといい、夏に来たら最高かも。

 ゆっくり海辺の景色を堪能しながら歩き、あっという間に真鶴港へ着きました。

 小さな漁港ですが、近くにヨットハーバーや魚市場、鮮魚料理の店や干物を売る店など、ほとんどすべてのアイテムが揃っています。

 遊覧船の発着場もあって、さきほどの三ツ石など真鶴半島を海から眺めることもできるのですよ。

 魚市場のバス停のそばに、品川台場礎石の碑がありました。

品川台場礎石の碑


 去年行った、お台場の壮大な石垣は、ここから運ばれた石によって作られたのでしょうか。

 巨石の碑の後ろに、しとどの窟という史跡もありました。

しとどの窟


 解説板を読むと、源頼朝が石垣山の戦いに敗れたとき、この岩屋に一時隠れて難を逃れたのだとか。

 岩屋の中を覗き込むと、薄暗くて3畳のスペースもないでしょうね。

 のちの征夷大将軍が、こんな薄暗い穴の中で、息を殺して隠れていたなんて、歴史のロマンを感じました。

 頼朝もかなりやばい橋をわたって創業したのですな。

 それにしても、海のそばだし、前の道からもわりと目立つ場所にあるし、すぐ見つかってしまうような気もするのだけど…。





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最終更新日  2007年01月31日 13時50分58秒 コメント(19) | コメントを書く


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