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野草が教えてくれたこと
子供は大人への準備期間ではなく、特別な期間だといった人がいます。子供時代の原体験が人生を決めるからなのでしょう。
朝鮮で生まれ5歳の頃父から山登りと魚の手づかみ、そして山菜の食べ方を教わりました。新潟へ引揚げ、高校では山岳部。鉄砲水で遭難、先輩の凍死に遭遇。それでも山と渓流はその後の人生で家族とともに生活に組み込まれてきました。
家族揃って正月を雪山で過ごし、渓流釣りをし、山菜を摘む生活を毎年続ける中で自然の変貌に気づきはじめました。
下流にダムができると、上流には砂防堰堤がたくさんつくられます。ダム湖に土砂がたまらないように水が堰きとめられ、渓流漁は降海できなくなります。生態系は分断され崩れます。
林道工事が行われると、山側は土留めをしますが谷側はしませんので、雪解けの春や台風の後に土砂が谷へ流れ落ちます。谷が埋まって水が死んでしまいます。
日本の山は1957(昭和32)年に始まった拡大造林政策によって、薪炭が時代遅れになったという理由で雑木林が伐り払われ、日本の全山林面積の40%(1000万ヘクタール)に杉と檜が植えられました。これが1964(昭和39)年の外材輸入自由化以降放置されました。外材が安くなったからです。杉も檜も保水力が弱く根が浅いので、大雨が降ると水は地下に浸透せずに谷に直接流れ込み濁流になります。谷はドブ川になってしまいます。また、杉や檜だけの林は自力で繁殖できませんから花粉を異常に飛ばします。花粉症の原因はこれです。
このような自然破壊の元凶は何かを自問する内、どうも経済が貨幣経済だけになったからではないかと考えるようになりました。1965(昭和40)年を境に、若者が都会へ出てサラリーマンになり、農山村の地域共同体が機能しなくなりました。自給自足も助け合いも消えて、むきだしの個人が金ですべてを解決するようになったのです。
私は自分の原体験から、新しい共同体を模索し、自給自足や助け合いを再構築する役割使命を痛感するようになりました。町内自治会が生活共同体になるように働きかけ、里山を管理する方式の市民農園モデルを実験し、自らは野菜だけでも自給自足できる耕作を行い、市民グループの緩やかな連帯組織づくりにも取り組みました。野草てんぷらもその流れから出てきた活動です。野草てんぷらの実演はもう10年は続けています。
そして、これらの背景にあるのは1万年以上にわたって自然採取の生活をしながら定住していた“縄文人の魂”であり、それは植物の“動かない生き方”ではないかと思っています。
このような毎日の生活の中から、折に触れ、感じたことを纏めて、 2008年7月栄養になる野草哲学
「野草てんぷら」と題して出版いたしました。
この度、BLOGに公開いたしますので、皆様のご感想をお聞かせください。
・、動かない生き方の知恵
その1:芽生えた場所の自然に適応した体をつくる
動物は生きるために自分に合う自然条件を選んで移動します。野草や木などの植物は芽生えた場所を動けません。芽生えたその場所の自然に適応するしか生きる術がありません。こんな言い方をすると、動物は積極的な生き方をしており、植物は消極的な生き方をしているように聞こえますが、植物の生き方は決して消極的ではありません。とてもしたたかで、たくましい生き方をしています。むしろ動かないという生き方の知恵を豊富に持っています。それをこれからみていくことにしたいと思います。
野草も木も植物の体は、茎と葉と根という三つの器官からできています。花もありますが、これは葉が変形したものです。
茎は根と葉の間で水分や養分のやりとりをして、葉の足場になりますが、葉に太陽の光をあてるという役割があります。そのためにはほかの植物との太陽光の取り合い競争に勝たなければなりません。例えば、茎の高さが足りなくてほかの植物の陰になって太陽光が充分でないような場合には、早めに花を咲かせて種を飛ばし、将来に備えてもっと自然条件のいい場所を狙います。
葉にはさまざまな形や大きさがありますが、葉の形と大きさは近くにあるほかの植物との太陽光の奪い合い競争や自然条件や遺伝子によって決まります。例えば、流水を頻繁にかぶる水辺の植物は、その心配のない陸地の植物に比べて葉が細くなっています。これは水の抵抗を排除するためです。ほかにも葉と虫との協力関係などもあります。ある種類のアカシアに巣をつくるアリは、葉を食べにくる動物を集団で攻撃して排除します。
根は水分と養分を吸い上げますが、根は水分を追って水分のあるところまで深く伸びます。そして根には株を支えるという重要な役割もあります。そのために根は枝張りの先端まで伸びます。
その2:エネルギー源となる物質を自前でつくる
動物は生きるために必要な物質を自前でつくることができません。ですから、他の動植物を食べることで生きるための物質を得ます。そして、動物は植物が放出する酸素をもらって生きています。
植物はエネルギー源となる物質を自前でつくります。その基本は太陽の光エネルギーを使って生きるという動かない知恵としての生き方です。これが光合成といわれます。
光合成というのは、葉緑体で太陽の光エネルギーを電気エネルギーと化学エネルギーに変換して、空気中の二酸化炭素と水から炭水化物を合成する炭酸同化作用です。糖は炭水化物です。でんぷんは糖がたくさんつながったものです。水が分解される過程で酸素が発生し、二酸化炭素が固定されて炭水化物になるわけです。
人間が一回の呼吸で吸う息は500ml、そこには酸素が100ml含まれています。吐く息に含まれる酸素は75mlで、吐くたびに25mlの酸素が減ります。こんなデータから3,000年で地球上の酸素はなくなるというSF小説がありました。しかし、まだ地球上には酸素があります。植物が酸素を供給し続けているからです。
人間は1分間に15回呼吸をするのだそうですが、先のデータを使って計算すると1時間で22,500ml、重量で32gの酸素を吸います。この酸素を賄うためには10cm四方のトウモロコシの葉が700枚必要だそうです。植物の光合成と動物の呼吸が釣り合うためには莫大な葉がなければならないとうことになります。
3. 体の一部を失っても
すぐに修復する
生きものが生命を維持するために最も大切なものは自己修復能力だといわれています。脳が高度に発達した生きものはこの能力を失うようで、その意味で人間は最低だとされています。それでも体に受けた傷は大抵治ります。トカゲなどは尻尾が切れてもすぐに生えてきますから人間よりは優れた修復能力を持っています。
しかし、動物に比べると植物の修復能力は抜群です。植物の器官は葉と茎と根の三つしかありませんが、そのどこが失われてもすぐに修復します。
特に草木の根や茎はたったその一片が植物体全体を再生してしまいます。ほんの切れの根が草そのものになります。木の小枝が木自体になります。
これは凄いことです。例えば、人間の器官は脳・目・肺・胃・筋肉・血管・骨などと多様ですが、そのひとつが人間の体全体を再生することはできません。人間は異なる器官を組み合わせて体をつくるからです。
植物は同じ器官を繰り返し使って体づくりをします。そして、植物は一生体づくりを続けます。生まれる前の胚の段階で体が出来上がっている人間とは全く違っています。
草や木は体の一部の機能が失われると、残りの部分が変化して、自動的に壊れた部分を治して全体の機能を取り戻します。
茎を折られても、根を切られても元へ戻ります。挿し木や挿し芽は草や木の自己修復能力を利用した技術といわれますが、人間の技術というよりも、植物自体が持っている能力なのです。
その4:必要なものを呼び寄せる
植物はその殆どが有性生殖ですから、どういう方法で授粉するかが子孫を残す基本になります。授粉とは花粉を種や雌しべに付着させることですが、その方法として何を選択するかが植物の生存戦略です。大別すると四つの方法があります。
・風を呼ぶ(風媒)
風に授粉を託すことを選択した植物があります。種がむきだしの裸子植物の大半がそうです。ソテツ、イチョウ、針葉樹の仲間です。種子植物ではこの風媒が原始的な授粉方法だったといわれています。風媒植物は地味で目立たず、花粉はサラサラして風に乗りやすくなっています。また、マツなど花粉に浮き袋がついているものもあります。
・水を呼ぶ(水媒)
授粉を水に託す選択をしているのは水生植物です。マツモのように水中で授粉するものと、セキショウモのように水面で授粉するものがあります。水媒植物も風媒植物同様、あまり目立たない体になっています。
・虫を呼ぶ(虫媒)
ハチ、チョウ、アブなどを授粉の仲人に選択しているものがあります。種が子房で包まれている被子植物の多くがそうです。虫媒植物は花がきれいで、蜜を出したり、香りを発したりします。虫を誘うためです。また、花粉は虫につきやすいように粘り気があります。
・鳥を呼ぶ(鳥媒)
授粉の媒介者に鳥を選んでいるものがあります。ヤブツバキやザクロです。メジロ、ヒヨドリなどが授粉を助けます。鳥媒植物も虫媒植物と同じ特徴を持っています。
・以上のほかに、コウモリを呼ぶサボテンやバナナ、陸貝類のカタツムリ・ナメクジを呼ぶユキノシタやオモト、さらに自分で自動的に授粉するものもあります。
その5、すべてを受け容れながら自在に生きる
草や木などの植物は動かずにすべてを受け容れます。虫や鳥や動物が巣をつくり、葉・花・蜜・実・茎・樹皮・樹液・根などを食べにきます。他の植物が寄生したり、まきついたりします。折れた枝や落ち葉はバクテリア・細菌・藻などの糧になります。さらに、倒木や落ち葉は同じ植物の肥料になります。
人間はもっと勝手で木を薪にし、家や家具の素材として伐採します。草は時に薬として使われたり、人間や家畜の食料にされたり、肥料にされたり、雑草といわれて刈り取られたりします。
火山の爆発や地震や雪崩や洪水や津波によって根こそぎ倒されてしまうこともあります。乾季や渇水や害虫によって枯れてしまうこともあります。
そういうもののすべてを植物は受け容れます。100%自然に随う生き方をしています。自然界のあらゆる生き物の自在な生き方を全部受け容れます。すべての生き物の自在な生き方が植物の生存戦略の前提になっているともいえます。
植物はあらゆる生き物の自在な生き方を前提として、自らもたくましく自在に生きています。
バクテリアなどの微生物を含んだ有機体としての土壌が、空気と水から元素を摂取して植物が使えるようにします。植物はその土壌を利用し、光合成によって太陽からエネルギーを取り込みます。動物は植物がつくったエネルギーを取り込んで使います。動物が利用した物質は排泄物や遺体となりますが、これをバクテリアが分解して無機化します。植物はこの無機物を再び取り込んで利用します。植物は微生物を含む土壌を前提として、生態系の起点になっているのです。
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