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昨日、大阪で忘年会があった。場所は、帝国ホテル大阪だったが、久方振りに訪れて、びっくりした。 嘗て、天満と云えば、日雇い労務者の溜まり場であり、通常の人間は近付けない様な危ない場所であったのだが、その面影はもはや無い。 環状線が開通し、名残は多少はあるものの、以前の様な殺気は全く感じられない程であり、ある意味、感慨も一入であった。 やはり、関西は良い、関東とはノリが全く違う。関東は、何処か冷めた部分があるのと対照的に、関西は超ド派手でノリノリで、流石「商売人の都市」だなぁーと、故郷に帰った気分であった。 今、住んでいる中部地方も独特の雰囲気がある。出身地の京都も排他的で、婉曲な言い回しながら、ドギツイが、どうしてどうして、中部地方も排他的で、ある側面では「贅沢」だが、別の側面では「超シワイ」。シワイとは、ドケチという意味だ。 まぁー、これは好みの問題なので、何とも言い難い部分もあるが、「他人に干渉されたくない人」や「ドライに生きたい人」には、東京は善い所なのだろう。 ただ、個人的には「東京」はやはり、肌に合わない。 どうも、馴染めないのだ。東京の方には申し訳ないが、大阪ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪ また、明日から仕事ダァー。
2008年12月14日
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棒高跳びという名のハードル、何も、陸上競技の話ではない。 仕事の話だ。社会復帰して3週間が経ち明日から4週間目に突入する。 職場内でのコミュニケーションは上手く取れていると思う。先週、ミーティングがあり、上層部から提示された3つの条件について、どれを問題点として如何にして達成するか?を、具体的な数値目標を掲げて、まとめるというものだった。 個人的には、1粒で3度美味しいというのが基本的な発想なので、論理的に具体的諸条件を示しながら、見解を述べた。中には、私の考え方に賛同してくれる人も居たが、具体的な数値化した目標となると、中々、難しいので、結局、最も実現が簡単そうな意見に従った。 既に、日常業務の中で、ある程度、任されている仕事が結構ある。更に、日を追う毎に、その中身と範囲と深さや高さは、増して行く。確かに多大なる期待を担って採用され配属されたので、当然と言えば当然だろう。 経営学を少しでも知っている人なら、ご存知だと思うが「マーズローの欲求段階説」というのがある。最も高次な欲求は「自己実現の欲求」であり、これは「エンドレス」である。 簡単に言ってしまえば、逆に、私に求める「スキル」が「エンドレス」に、中身が濃く・範囲が広く・深さが増し・高さが増すと言った感じであろうか? 従って、陸上競技の棒高跳びのハードルが高くなり続けるのと同じ様に、私に課せられる、ハードルも高くなり続けるという事だ。 未だ社会復帰して、漸く4週間目に突入しようとしているので、正直、疲れると言えば、疲れるが、期待が高い分、逆にモチベーションも上がる。 相変わらず、食欲は全く湧かず、晩御飯だけを無理やり食べている感じだ。主治医に言わせると、49日を乗り切れば相当楽になるので、そうしたら食欲が出て来ると、いう事らしい。 3週間を乗り切り、4週間目に突入しようとしている今、私に言える事は・・・I make a plan and prioritize it and carry it out and review a given result and reexamineit and solve a problem. 日本語に訳すと、「計画を立案し、優先順位を付け、実行し、結果を見直し、問題を解決する。」という事になる。 まぁー、至極当然で簡単で当たり前と言ってしまえば、それまでだが、実際にやってみたりやってみようとすると、以外や以外、案外難しい。 でも、私は今の職場に大いに満足している。 人は、他人の欠点や弱点を直ぐに「デフォルメ」して悪い評価を付けたがる。しかしながら、若し仮に、そういう角度でしか他人を見れないとしたら、その人こそ、可哀相な人だ。それでは、了見が狭小になり、「真綿で己自身の首を絞める」如きである。 先ず、己自身の胸襟を開き、もっと幅広い視点で、他人の善い処を見たり、或いは、欠点であったとしても、それを「リフレーミング」(心理学用語で、言い換える事)をすべきだ。 例えば「直ぐに感情が表情や態度に出る」と言えば、これは「マイナスイメージ」になってしまう。これを、「感情表現が豊かである」とか「率直である」と言い換えれば、「プラスのイメージ」になる。 こうすれば、もっと、「夫婦間」でも「家族間」でも「友達同士」でも「恋人同士」でも「町内会」でも「職場」でも、「コミュニケーション」が円滑になり、お互いが気持ち良く、接する事が出来る様になると思う。 確かに今の「政治」は悪い、何処を見渡しても「犯罪」や「不正」が横行している。景気も悪いし、自殺者も後を絶たない。派遣社員や契約社員、企業によっては正社員でも雇用契約を打ち切られる時代だ。それだけに、他人の事を考える余裕が無くなり、自分自身の事だけを考える。 ある意味、致し方無い事なのかも知れない。でも、如何なる事があろうとも、少なくとも「日本」においては、「格差の有る社会」とは言える状況ではない。 視聴率や出版部数を増やそうとする「マスメディア」に皆、騙され踊らされているだけなのだ。 実に嘆かわしい限りだ。 一度は死に、黄泉の世界から甦って来て、第二の人生をスタートさせた私から見れば、今の日本人は甘ったれている。
2008年12月07日
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人生とは何か? 結論から先に言ってしまえば、死ぬ為である。生きとし生けるものは、全て例外無く、死を迎える。人生は、そのプロセスに過ぎない。 何とも味気ないが、余分なモノを全て排除して考えると、こうなる。これは、純然たる事実で、何人も避ける事の出来ない真実だ。 では、そのプロセスは何か? それは、自己満足の世界である。要するに、物心付いた時から、如何に自己満足して死ぬか?それが人生を全うするという事になる。 普通は、こんな事を考えないと思うが、私は黄泉の世界から甦ってきて、二度目の人生を送っているから、悟りを開いた如き事が言えるのかも知れない。 後は、如何にトッピングや味付け・盛り付けをするか?だろう。これは、価値観の問題なので、正解は無い。だからと言って、何をしても良いという事では無い。己の言動に責任を持てる事をしても良いという意味だ。 この事は、極めて至極、簡単な事でありながら、最も実現が難しい事だ。これは、私の価値観なので、人に押し付けるつもりは無い。しかしながら、ただ生きているだけの人間や・ルールを守れない人間・責任能力の欠如した人間に生きる資格というよりも、存在そのものが悪であり、犯罪行為だと思う。 以前にも書いたと記憶しているが、自分の軸をしっかり持っていなければ、嘘だと思う。ここは日本なので、確かに「本音と建前」の使い分けは必要かも知れない。後は、如何にして、スイッチをオンにするかオフにするかだろう。 これは、体験して失敗して学んで行くしかない。学校の勉強がどんなに出来ようとも、それは、ただ勉強が出来るというだけに過ぎない。勉強が出来るのと、頭が良い・キレルのとは、全くの別次元の問題だ。 こんな事を、書くと不愉快な思いをする人が多いだろう。でも、東大を卒業して、省庁に入る官僚を観れば、よく解るだろう。連中は、勉強は出来るが、はっきり言って「バカ」のオンパレードだ。 でも、そうでなければ、あの世界では生きて行けない。下手に変革等と、行動を起こせば、たちまち葬り去られてしまう。世の中には、知っていなければならない事と知ってはならない事がある。どの世界にも、裏がある。普通は、表の世界で生きているので、表の事だけ知っていれば良いのだ。裏の事は、知らなくて良い。知ってしまったら、間違い無く、存在そのものが葬り去られてしまう。 まぁー、俗に言う、バカになれる人が、一番長生き出来るという事だ。そして、バカになれる人が、一番成功する。 これだけ知っていれば、プロセス上、何の問題も無い。
2008年12月02日
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これは、ある方への手紙です。 私が何故、そうなったのか?何故、立ち直る事が出来たのか?実のところ、私自身にもよく解らないのです。 おそらく、未だ本調子でない事だけは確かでしょう。 ただ、一つだけ自信を持って言える事があります。それは、「人生は台本の無い劇、主人公は自分自身」。 人生には様々な登場人物が現れます。 しかしながら、その人達は「脇役」だったり「エキストラ」だったりなのです。あくまでも、主人公は自分自身なのです。 確かに、影響を与えてくれる人はいるかも知れません。 でも、それ以上でもなければ、それ以下でもないのです。 人は、よく他人と比較したがります。ここで、考えてみる必要があります。 それは、「生まれ」・「育ち」・「受けた教育」・「環境」・「背負っているモノ」が異なる事です。 よく「他人の芝生は青く見える」などと申しますが、それは無理やり「自分の尺度で評価しているから」に過ぎないからなのです。 先ず、その「枠組み」を取っ払うところから初めてみると良いかも知れません。 そうすれば、かなり「気持ちが軽く」なると思います。これは、私の体験から得た事なので、「ある方」に必ずしも当てはまらないかも知れません。よく人は、世界が・世間が・社会が・他人が変わってくれたら良いのになぁーと、考えてしまいます。でも、それは不可能です。 自分自身が変わる努力をしなければ、第三者も決して変わる事は無いからなのです。 この事は、立場を入れ替えて考えてみれば、解るかと思われます。これは極めて簡単なようで、最も難しい事です。 「ある方」にとっては、厳しい言い方かも知れません。 もし、御気に触ったらご容赦下さい。 人生には、人には見えない「川の流れ」があり、その「川の流れ」が、必ず二度や三度は訪れます。 その「川の流れ」を引き寄せて掴むことが出来るか否かが、人生の分かれ道だと、著名な松下 幸之助氏が生前言っておりました。(親戚の結婚・披露宴の席で聞いた話です) 今でも、この言葉ははっきりと脳裏に焼きついています。 もし、この手紙が「ある方」のご参考になれば幸いに思います。以上敬具ジャックより「ある方」へ
2008年12月01日
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再就職して、二週間が経過した。最初の一週間は、地獄の苦しみを味わい、ボキッと音を立てて折れそうになったが、何とか乗り切る事が出来た。二週間目は、特に最終日は、殆ど1人で業務を遂行しなければならず、大変だったが、周囲の評価もスムーズに動ける様になり、信頼感が持てるようになったという事らしい。 目先の目標であった、至上命題についてはクリアー出来たといって良いだろう。 次は、今後の目標である。先進国になればなる程、「第三次産業」である「サービス業」の割合が高くなる。 私は「薬剤師」であるが、調剤薬局勤務であるので「サービス業」という事になる。「サービス業」の場合、「お客様」が最大の顧客の如く思われる方が殆どだと思う。だが、これは事の本質を全く見抜いていない、妄信に過ぎない。 本当の意味での「最大の顧客」は同じ職場で働く「仲間」なのだ。同じ職場で働く「仲間」のコミュニケーションが出来ていないと、傍から見ていて、不信感を与えてしまう。そうなると、「お客様」は離れて行ってしまうのだ。 私は、コミュニケーションを最も大切に考えている。私は、再就職をしたばかりだが、前職の経歴を評価され、将来を嘱望されている。ボスも、右腕となってサポートする事を求めている。 私も含めて、世の中全ての人に共通する事は「必ず人には知られたくない、ダーティーな側面」を抱えているという事だ。 ボスにも、葛藤があるようだ。 確かに、それは「ボスの問題」だと、ある意味、突き放してしまうのが、最も一般的に、行われていて、最も簡単な事だと思う。 しかしながら、それで本当に良いのだろうか?私は、違うと思う。確かに「ボス」は上司である。でも、「ボス」にも決して口に出して言えない、悩みや葛藤があるのだ。 嘗て私も「管理職」として辣腕を振るっていた。それだけに、「ボス」の苦しみが手に取るように解るのだ。少しでも「ボス」の負担を軽減するように、少しずつでも、過去の経験を活かしサポートしていくのが、今後の私に課せられた「至上命題」であると考えている。 ここで言う「至上命題」は、中長期的視点に立った「エンドレス」の課題だ。一度は死に、黄泉の国から甦って、生れ変った私にもはや「恐れるモノ」は何も無い。私は「ボス」の事が大好きだ。何も「ボス」が「色白」で「美人」で「若く」、「魅力的な女性」であるから、そう思うのでは無い。「人生の先輩」として「管理職経験の先輩」として、心からそう思うからだ。おそらくこれは「究極の無償の愛」だろう。 私は、「ボス」の事を心から尊敬しているし、信頼している。また、「ボス」も私の事を、信頼し、また期待もしてくれている。お互いの「波長がマッチング」しているのだ。この事は、何にも勝る重要な事だ。確かに、お互いに「生まれ」も「育ち」も「教育」も「環境」も、「背負っているモノ」も違う。しかしながら、共通しているのは「お互いの目指すモノ」が一致しているのだ。この事は、一日の中で「最も多くの時間を共有」する「人と人」として、重要にして大事で大切な事なのだ。少しずつでも良い。「ボス」の負担を軽減出来れば、私は嬉しい。月も週も替わる、さぁー「ボス」・「自分」の為に、今出来る最大限の事を成そう!!!I love boss.
2008年11月30日
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内なる声、「人生、最大の敵は、自分自身!!!」。私が43年間と言っても、もう直ぐ44年間になるが・・・。 この事に気付くのに、こんなに長い時間を要してしまった。これが、長いのか?短いのか?私には判断出来ない。 つい2年前までは、「医師・薬剤師・看護師・栄養士・PT・OT・臨床検査技師・レントゲン技師・事務職」等、全ての職域を対象に常時100人以上を統括マネジメントする職責を担っていた。 私は、就職活動という事をした経験が全く無い、常に人脈やコネで就職や転職をして来た、からだ。 従って、最初からマネジメント職として絶大な権限を有し、思いのままに業務を遂行して来た。 考えられ無い事かと思われるかも知れないが、大卒初年度の年収は別途、確定申告が必要な程の金額を頂いていた。 その後、転職した後も、主として全職員を対象とした管理・教育等の業務を行って来た。今回、生まれて初めて「就職活動」なるものを経験した。 2年間のブランクは、やはり長過ぎた様だ。何もかも全てを忘却してしまったかの様だ。過去の経験から来る「プライド」、「頭で解っていても、思い通りに動かない体」、正直、自分自身に対して、怒りを覚え、腹立たしく思う。 潜在的能力は、何人をも寄せ付けない高度なモノを秘めている筈だ。 現役時代、「頭が良過ぎる」・「近付き難く」・「威厳を感じる」、その道で名の知れた医師でさえ、私が2・3歩近づくと、逆に5・6歩後退りする程であった。 それ故に、周囲の期待感と期待値は想像を絶する程高く、それだけに苦しい。 でも、ここで考えてみる必要がある。全く立場を入れ替えてみると、その通りなのだ。 先方も気を使い、自分の業務の時間を割いてまで、教えてくれているのだ。 逆に私自身も真摯に、先方の期待に副い応えるべく、最大限度の努力をすべきなのだ。 初七日は地獄の苦しみを味わった。が、それを何とか乗り切ったのだ。これで少しは楽になるだろう。 後は、一週間のスパーンで考えて行けば良いのではないだろうか? 私の乗った飛行機は、もう既に離陸してしまっているのだ。今更、着陸するわけには行かないのだ。 三連休の三日間の内、二日間は、「市の講座」以外、何もせずに過した。最終日は、頭の中を整理してみようかと思う。 く( ̄Д ̄)ノガンバレーーー♪く( ̄△ ̄)ノガンバレェェェ!!p(*^-^*)q がんばっ♪自分自身。
2008年11月23日
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表題は、「くたばってたまるか!!!」という意味になる。初七日等と言うと、不幸でもあったのか?と、思われるかも知れないが、私自身の事だ。 二年前に一度死に、二年間かけて生れ変ったが、甦りもそう簡単ではないらしい。 一応、初七日は終わった。通常、次は四十九日だが、禅宗の場合、七日毎に法主さんが来て、法要が行われる。 タイムスケジュールが決まっていて、二週間で管理職相当にならないといけない為、来週で、仕上げないとならない。 今日は、市の講座の日でもあったのだが、出来ないモノは仕方が無い、という事らしい。 しかしながら、本当の事が言えないので、何とかしなければならないのが、実情だ。 来週は、月曜日が休日の為、実質四日間しか無い。 やはり、やるしかないのだ。
2008年11月22日
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表題は、日本語で言うと「八方塞」を意味する英語の慣用句だ。社会復帰して未だ、1週間経っていないが、目先の短期目標として、2週間で全ての業務を完全に把握するのが、「至上命題」だ。 2年間も現場から完全に離れていると、先ず「自分の中の引き出し」から記憶を呼び起こすのに苦労する。 更に、初めての職場であるので「内規」・「業務の進め方」等など覚える事が山ほどある。しかも、期間は定まっているが、覚える事の量が分からない。 これは、正直言って、精神的にかなり厳しい。しかも、突発的な出来事も発生し、トラウマがフラッシュバックする事もある。 そうなると、業務中であっても、一言断ってからだが、「精神状態」を安定させる事も必要となって来る。 現在の職場は、専門職は自分を入れると、3人だが、内1人はパートさんだ。事務職は、2人いるが、内1人はやはりパートさんだ。 私は男性だが、残りの従業員は全て女性である。 その事自体は、全く気にならないが、私を除く全ての人の「私に対する期待値・期待感」は相当強く・高いものとなっている。 本当の事を全て吐き出してしまえば、楽になるのかも知れないが、それは出来ない。 その事を言葉は悪いが、隠蔽して社会復帰したので、最後の最後まで隠蔽したままで、通す事をつらなかなければ「信頼関係」が崩れてしまうだろう。 初日こそ、ほぼ定時で帰れたが、その後3日間は大幅な残業ばかりだ。 翌日に業務を残さないようにして来たが、昨日は若干、業務を残して来てしまった。今日は、少し早く出勤してやるしかないだろう。 肉体的にも精神的にも、追い詰められているのに、食欲は相変わらず全く湧かない。 社会復帰する以前と同様、1日1食・夕食のみだ。 しかも、休憩時間内も拘束され、外に出られない為、隠れるようにこっそり昼の薬を飲まなければならない。常に聞かれるのだが、前職で食べる時間が無かった為、それで慣れて、しまったと言っている。 実は、晩帰って来ても、疲れているのに全く食べる気が起きない。 晩御飯だけは、無理してでも食べるようにしている。 今週は、今日で一応終わる。 やるしかないのだ・・・
2008年11月21日
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お洒落は手元から、大好きなロレックス
2008年11月16日
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今日は雨でしたが、その姿を写真に撮ってみました。
2008年11月16日
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日記の題名を何にするか?少し、迷った・・・結局、表記のとおりにした。意味は、「弱音を吐いたり何て、もう言わない。」だ。 何故、この題にしたか?と言うと・・・。 これは個人的主観・価値観なので、気分を害された方がおられたら、先に陳謝しておく。日本は、基本的に「格差の無い社会」である。理由は、昨今、色々と言われてはいるが、少なくとも多少の不平や不満があろうとも、食べるのに困窮する事は今の日本では無いからだ。もし仮に、本当に困窮していて如何ともし難い状況に追い込まれているとしたら、暴動が起きている筈だからだ。要するに、陰に回って愚痴を言う程度で、まだ何とかやって行けるという事だ。 少なくとも、私個人は、この2年間、全く無収入で人の何倍も税金を納め、年末調整も全く受ける事も無く過して来た。当然、住宅ローンも払って来た。おそらく消費も、平均的な家庭よりも、多い筈だ。 この様な私でさえ、一見富裕層の如き生活を続けて来られたのだ、例え「派遣」であれ、「契約」であれ、仕事があるという事は私のこの2年間から見れば、実に羨ましい限りだ。 要するに、私の立場から考えれば、仕事があるのにも拘らず、不平不満を言うのは、甘えているとしか言い様が無い。 それよりも問題なのは、「日本が差別社会」であるという事だ。 「社会的弱者」に対して、日本人は極めて冷たい。これは、「経済的」な意味では無い。もっと別な意味である。例えば「障害」を持っている人達の事だ。 一応、法令その他で「差別」をしてはならない事となっているのにも拘らず、純然たる事実として「差別」が横行しているからだ。 従って、「障害」を隠して社会復帰せざるを得ないのが、日本の実情だ。 これは、「障害」を隠して社会復帰せざるを得ない人達にとって、実に大きな障壁となっている。 この事を、自己消化していかなければならないからだ。実際に、自己消化が完全に終わるまでに相当な期間がかかる。凡そ2ヶ月間と想定されているが、これには個人差があるので、断定的な事は言えない。 いよいよ明日から、初出勤だ。勿論、「正社員」としてである。正直言って、不安が全く無いと言ったら嘘になる。しかしながら、私は今、希望に燃えている今の私の精神状態は、「一点の曇りも無く、燦々と太陽が降り注ぎ、幸福の女神が手を差し伸べて下さっている。」実に、(..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーー!! 聖書の愛の一節が思い浮かぶ。 「コリントの信徒への手紙」の中に愛について記述されている。 「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。・・・・・・それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」 私は、クリスチャンではない。 でも、上記の一説は、特に好きである。 後、般若心経も好きだ。 たった262文字の経典だが、我々が生きて行くのに必要な英知が凝縮されている。やはり、心の拠り所は必要だ。 しかしながら、一方で、自分は自分でしかなく、生まれも・育ちも・環境も異なる、別の土俵の上で生きている他人と比較しても、それは全く別次元の世界の話を同じ次元で話そうとするのに等しく、他人と比較するのは無駄である。 この無駄をやめれば、己自身を解放出来、「心が楽」になる筈だ。 私は上記の事に気付くのに丸2年を要したが、無駄では無かったと自信を持って胸を張って言える。 さぁー、新しい人生に乾杯しよう。
2008年11月16日
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Life strategy、普通に訳すと「人生戦略」・「人生計画」となる。 しかしながら、洋画の「字幕」を御覧になれば、よくお判りだと思うが、直訳すると真意が正しく伝わらない事が多い。 よって、翻訳家は「意訳」をする。と、いうより、「スラング」を知って、英語は英語で、理解しないと、日本語で正しく伝える事は不可能だ。 Life stratesy、私は「人生設計」と考える。 我々は、10ヶ月間母胎で過し、この世に生を受ける。 大きな意味で、社会生活への参加は、小学生からと考えるのが良いだろう。ここからが、試練の連続となる。「親からは勉強しろ!」・「先生からは何事につけ小言」・「友達や先輩・後輩との関係」、これを繰り返しながら、社会人になる。 若干、社会人となると上記の構成は変化するが、基本は同じだ。 人は、生まれも・育ちも・環境も・価値観も異なる。 人と人が関る時、そこには「緊張」・「摩擦」が生じる事の方が多い。それは、人は、己の価値観で判断しようとするからに他ならない。 ここからが、本題だ、皆さんは「人間関係」をどう考えているのだろうか?少し大げさと思われるかも知れないが、個人的には「異文化間交流」と考えている。 1.自己主張が強い人 2.押しと引き、駆け引きとも言うし、バランスが良い人とも言える 3.他人に合わせてしまう人まぁー、おそらく、大別するとこの3タイプに人を分けて考えると良いと思う。 最も、生きて行く上で楽なのは、2.の「バランスが良い人」だろう。俗に言う、「バカになれる人」、これが処世術としては最上策であろう。次に、3.の「他人に合わせてしまう人」、一見すると良さそうに思えるのだが、「建前」だけで、「本音」は全く違うのかも知れない。最後に残った、1.の「自己主張が強い人」、このタイプには俗に「頭が良過ぎる人」が多い。「1を聞いて10を知る」・「打てば響く」という言葉があるが、正にそれを常識と思っている人で、スーパーコンピューターを遥かに凌ぐ能力を発揮する。このタイプの場合、常に複数の事を同時進行で、かなり先まで見通してプロセスとトラブル・対処法・結果まで計算している。このように、大別して考えただけでも、全く異なるタイプである事が分かる。こういった人達と、常に付き合って行かざるを得ないのだ。私は43年間、生きて来た。私自身は全くそんな認識は持っていないのだが、現役時代、他人からは「1.自己主張が強い人頭が良過ぎる人」と思われていた。従って、常に刃を交え続け、火花を散らし、闘って・闘って・捻じ伏せて・捻じ伏せて、本人は気が付かない内に、ボロボロになって結局「名刀が折れてしまった」、そして現在に至っている。 昨日は、診療日で、1日4回服用する薬をもらって来たが、そこで主治医から言われた。人は誰でも必ず現世から旅立つ時が来る、その時、「初七日」・「四十九日」と続く。 社会復帰して最初の1週間は「初七日」に該当し、かなりキツイらしい。でも、その「初七日」を乗り越えると少し楽になるという、次は「四十九日」で、これを乗り越えると相当楽になるらしい。 従って、社会復帰してほぼ通常モードに戻るまでに、凡そ2ヶ月間は要するという事だ。 私は、この言葉を聞いて、相当、気持ちが楽になった。 もう既にLife strategyは、頭の中で、相当先まで構想が出来上がっている。後は、着実にそれを実行に移すだけである。 ただ、そこで重要なのは・・・。 続きは、実際に社会復帰がスタートしてから記したいと思う。
2008年11月15日
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社会復帰まで、カウントダウンに入った。現場を離れて2年、刀が錆び付いて抜けないかも知れない。 仕事をしていくにあたって、最も重要な事は何だろう? 1.給料? 2.勤務時間(拘束時間or自由時間)? 3.遣り甲斐? 実は、どれもハズレ。 正解は、「コミュニケーション」、もっと「ドライ」に言い換えれば、根回し・裏工作と言うのかも知れない。 これは、経営者若しくはマネジメント職にある者なら、よくご存知であろう。 「人間関係」を如何に良好に円滑にするか?これが、「生産性向上」の全てであると言っても過言では無い。 実は、来週から社会復帰する事となったが、初出勤前に「コミュニケーション」をと考えていたが、先方から申し出があった。 女性の読者の方もおられるでしょうから、若し仮に「セクハラ」と受け取られたのなら先に陳謝しておきます。 新しい職場のボスは、私より若くしかも美人で魅力的である。 しかしながら、これは極めて重要な事の一つでもある。何故ならば、先ず、第一印象が重要だからである。 これは逆の立場から考えても同じ事だ。 昨今、個性・自主性・積極性等がしきりに言われている。例えば、欧米諸外国ならば国の成り立ちから考えて、これはその国の人々が積み上げて来た物なので何ら無理も不都合も無い。 しかしながら、これを日本に持ち込むとややこしい事となる。確かに、63年前に先の大戦に敗北しアメリカに占領され、自由・民主主義国家となったが、これは日本人が自ら勝ち取ったモノではなく、押し付けられたモノだからだ。 時代を経るに従って、日本人独特の良さは失われ、欧米諸外国のモノを自己解釈の下、取り込んで来た為、今の日本は異常に歪んでいる。これは、昨今の日本のニュースを御覧になればよくお判りの事と思う。 確かに、人と違う事を為すのは勇気がいる事ではあるが、逆に言うと最も簡単な事でもあるのだ。 一見すると、欧米諸外国は自由を謳歌しているかに見える。しかしながら、先の大戦を観れば分かる通り、一度、国難が起これば「国民が一致団結」して事にあたるという側面も持っている。 今の日本人は、欧米諸外国の「自由を謳歌する」という一部分のみを切り取り、それを日本バージョンにする事によって作り上げられて来た。 その一方「国民が一致団結する」という日本人の美徳を捨ててしまっている。 それ故に「人間関係」・「コミュニケーション」の重要性はより増して来る。 話を元に戻すが、ボスと2時間ほど、マンツーマンで話しをして来た。お互いにとって、お互いが良かったと感じている筈である。第一印象の次に大切なのは、フィーリングである。 ボスと話をしていてお互いの波長がマッチングしている事をお互いに認識する事が出来、目先の「短期的目標」と将来の「中長期的目標」について確認をする事が出来たからだ。 これは、一緒に仕事をして行く上で、極めて重要な事だと考えている。 確かに、最初の1週間はキツイであろう。しかし、スムーズに仕事を進めて行ける下地作りは出来たと思っている。 今までは、漠然とした「恐怖感」が強かったが、今は、ワクワク・ドキドキ「不安感と期待感」が入り混じった感じである。 気持ち良く働けそうだ。 事前にボスと本音で話をする機会を得て、良かった。
2008年11月13日
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2008年11月12日
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占い本、昨今では、どこの書店に行っても、コーナーが設けられていて、沢山並んでいる。最近では、血液型別・自分の説明書なる本も、相次いで出版されている。 雑誌・新聞・TV・ネット、必ず何がしかの占いが掲載されている。 中には、全く気にしない人も居れば、良い所取りする人も居れば、かなり気にする人も居ると思う。 私は、結構、ゲンを担ぐタイプで、例えば神社仏閣に詣でれば、必ずおみくじは引くし、占い欄があれば、目を通す。 ラッキーナンバーというものがある。 これは、国によって異なる。例えば、ギリシアでは3の倍数が良いとされ、特に3と9は最良と言われている。 カードゲームで、ブラックジャックというものがあるが、この場合21がブラックジャックで最強だ。 キリスト教文化圏では、逆に13が忌み嫌われるし、日本では4が嫌われる、死に繋がるからだろう。 私は、この4がラッキーナンバーで、例えば受験番号(あまり、今は関係ないが)等に、この数字が入っていると、嬉しくなる。 若し、44と並んでいたりすると、併せて8となり、これはこれで末広がりでこれまた、喜ばしい。 別に、特別、何かの宗教を信心しているとか、占いを妄信するとかではないが、案外、気にする方だ。 そして何故か、意外や意外、当たっている。 確かに、テクノロジーが進歩した世の中にあって、一見、アナログ的に思われるかも知れない、しかしながら、あれだけ、様々な占い本が売れたり、神社仏閣でおみくじを引く人が、多いのは、やはり何かに縋りたい、心の拠り所を求めている証ではないだろうか? 世の中は、映画で「私が死んでも世界は動く」という作品があるが、正しくその通りで、何処で何が起ころうとも、基本的には何事も無かったかの如く、日常が繰り返される。 以前、「投資は心理戦」だと書いたが、思うに「人生も心理戦」だと思う。 共通しているのは、「心理戦」の相手が誰でもない「自分自身」という事だ。 これも以前書いたが、確かにある意味では他人との競争だが、冷静になって考えてみると、他人の場合、「生まれ」・「育ち」・「環境」等等、先ず比較対象として不適格である事がよくわかる。 実は真の競争相手は誰でもない「自分自身」なのだ。 日記ではあるが、これは私の中の「内なる声」として読んで頂ければ、嬉しい。一度も、コメントを頂戴した事は無いが、ある意味、自己満足の世界でもあるので、あまり気にはしないようにしている。 でも、案外、思っているより、アクセス数は多いようだ。 常識の範囲内であれば、コメントも大歓迎だ。 皆さんは、どう考えますか?
2008年11月12日
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今日は、今の私の人生にとって最も強い影響を与え、また支えてくれた人達の墓参りに行って来た。 母方の祖母と、母が眠る墓だ。 私の母と、祖母は、先の大戦の中を生き抜いて来た人達で、祖父は戦死している。 従って、祖父の事は「厳しい軍服姿の軍刀を持ったセピア色の写真」でしか知らない。祖母も、母も、激しく厳しい人であったが、「軍国の母」・「軍国の娘」としての生活を強いられて来たせいか、孫や子供には、「自分達の様な思い」はさせたくないと思っていたようだった。 今時、こんな言葉は古臭いが、私は「長子長男(初めての子で長男)」であったので、期待は相当強かったようで、厳しく育てられた。 今の子供達には理解出来ないかもしれないが、父親は「絶対専制君主」の如き存在で、高校3年生の時、大学受験の相談に行くまで、口を利いた事すらなかった。 11年前に、相次いで「祖母」・「母」を亡くしたが、愛情と恩を数知れず受けて育ったのに、何の恩返しも孝行も出来ずに今日に至っている。 現在、43歳、来年を迎えると44歳になるが、この2年間は俗世を離れた「若隠居」生活を送って来た。 でも、この2年間は決して無駄では無かったと考えている。 生花の師匠から、こんなお言葉を頂戴した。「貴方は一度死んで生まれ変わった」のだから何も恐れる事は無い。新たな気持ちで、これからの人生を送れば良い。 普通の人なら、陸上競技のトラックに人生を例えると、たった1周しか出来ないのに、貴方は2周以上出来る。感謝しなさい。 私は、この言葉を聞いた時、涙が止まらなかった。 後、1週間後には「社会復帰」する事となる。 今までは、「仕事命」の生活を送って来たが、これからは「趣味命」の生活を送ろうと、考えている。 やはり、墓の前では涙を流してしまったが、今の偽らざる本音を墓に向かって、1人語りかけて来た。 もう2年も社会との関係を絶って生活を送って来た為、正直、「社会復帰」は怖い。しかし、己自身の人生なのだ、誰も助けてはくれない、自らの力で切り開いて行くしかないのだ。 過去の経験から一言。 当然と言えば当然だが、ネガティブ(マイナス)思考の時には悪い結果しか待っていない。ポジティブ(プラス)思考の時に必ずしも良い結果が得られるとは限らない、しかしながらケーセラァーセラァー(フランス語で、何とかなるさ)、少し消極的だとレットイットビー(英語で、だってしょうがないじゃない)の姿勢で、2周目の人生を送りたいと思う。 今日は、墓参りに行って良かった、大変清々しい気分だ。
2008年11月10日
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バラは、品種も多く、入手が比較的簡単な品種もあれば、中々手に入れるのが困難な品種も多い。庭植え用や、鉢物、切花などによっても異なってくる。極めて珍しい品種では、花弁が「レインボー」になっているものまである。癒しという事で、アロマテラピーがあるが、そこでも「バラから採取された精油」が使われていたりもする。しかしながら、「精油」を採取するのに必要なバラは膨大な数になる為、嘗ては貴族しか利用する事が出来なかった。フェアリーという「食用」の品種もあり、「バラ酒」にすると芳醇な香が何とも言えないし特に女性が飲むと、女性ホルモンの分泌が活性化され、美容に効果があるとされている。好きなバラの品種は多いが、特に「ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ」は、気品があり、ほのかな香と、嫌味の無い華やかさ、清楚な感じが特徴で、私はこの品種が殊の外気に入っている。日本人には、あまりそういった習慣は無いようだが、欧米では基金を設立したり、寄付をするのが、究極のステータスとなっている。故ダイアナ妃も、そういった人の1人だった。王室に入る前は、保母の仕事をした事もあってか、慈善事業に対する姿勢は生前からかなり好印象を多くの人々に与えていた事は、周知の事実だと考えている。以前から、彼女の慈善事業には賛同していたし、「ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ基金」の活動にも、共感している。彼女は、そこに居るだけで雰囲気が明るくなり、惜しい人を亡くしたと今でも思っている。これは好みの問題だが、バラは満開の時より、開花していく過程が最も美しい。蕾の時は、色がはっきりしないが、開花するに従って、色がくっきりとして来る。その色付きはじめた頃が、最も好きだ。花物は、どうしても花に眼が行きがちだが、特にバラの場合、葉が大切だ。葉がしっかりしていないと、魅力が半減してしまう。バラは年間を通じて手が掛かる、それだけに愛着も湧くし、喜びも一入だ。この品種は、比較的強健ではあるが、やはり手入れは欠かせない。今後、大切に育てて行きたいし、少しでも「ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ基金」の活動に役立ってくれたら、大変喜ばしい限りだ。バラが好きな人には、お奨めの一品だと思う。
2008年11月09日
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昨日、今日と、私の住む市でも急に寒くなって来た。毎日、盆栽を眺めては、手入れをしたり、写真を撮ったりしている。今回掲載した画像は、遊恵盆栽さんのプレゼントに応募して当選した、モダン盆栽の櫨(はぜ)です。未だ、少しだが、紅葉して来たので掲載してみました。こういった風景を眺めていると、秋を感じます。後、山紅葉もあるのですが、これは未だ色付いていません。皆さんの所は如何ですか?
2008年11月09日
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今日で2回目だが、私の住んでいる市では、「コミュニケーションの達人になろう」という講座が、毎週土曜日に開かれている。 「コミュニケーション」とは、言葉のキャッチボールと言い換えると判り易いかも知れない言葉という球の遣り取りをする訳だ。 なぁーんだ、そんな事か?と言う人も居るかもしれないが、意外と難しい。 前回は、自己分析が中心だったが、今日は、客観的に観た自分というものだった。 要するに、自分は、他人からどう思われているか?と、いう事だ。 参加して良かったと思っている。未だ、3回残っているが・・・。結構、自分が思い描く自画像と、客観視された分析像とは乖離しているものだという事が、分かった。 ただ、ここで大切なのは、このギャップを純然たる事実として受け止める事だ。そうでないと、前には進めない。 どうしても、自分の価値観で全てを推し量ろうとするが、それだと、ストライクゾーンが、極めて限局されたものとなってしまう。 この事は、裏返して、立場を入れ替えて考えてみると得心が行くだろう。 私の子供時分には、携帯電話も、コンビニも無かったし、夜遅くまで開店している店舗も無かった。 勿論、パソコンも無かったし、離れた人とコミュニケーションしようと思ったら、直接出向くか、電話をかけるか、手紙や葉書を出すかしか無かった。 現代は、大変便利な世の中になったものだ。 メールを使えば、世界中の人達とコミュニケーションが出来るし、メッセンジャーを使えばそれこそ、リアルタイムでコミュニケーションが可能だ。 人と人が直接会ってするコミュニケーションの場合、相手の顔も見えるし、言葉という名のボールの投げる場所さえ間違えなければ、特に問題となる事は少ないように思える。 しかしながら、これがメールとなると変わって来る。 相手に伝わるのは、文字や画像だけの為、誤解が生じやすい。 一度、誤解が生じてしまうと、その誤解を解くのに苦労するし、下手をすると、それで糸が切れてしまいかねない。 やはり、コミュニケーションにも「愛」が必要なのだろう。 残り3回、大いに楽しんで来ようと思っている。
2008年11月08日
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「人生は台本の無い劇、主人公は自分自身」、「身の丈に合った生活」、「頭を垂れる稲穂かな」・・・我々が人生を送るにあたって、最も重要でありながら、最も具現化するのが難しい事を列挙してみた。 中国の古い諺に「一杯のスープで国を失う事もあれば、一杯のスープで命拾いする事もある」という言葉がある。 極めて機知に富んだ言葉だ、例えば、人は誰かに何か施しをすると、直ぐにその代価を求めるという事がしばしばある。 短期的に見れば、一見良さそうに思えるが、中長期的視点に立って考えた場合、これでは、大損になってしまう。 誰でも人は、他人より優位な立場に立ちたいという欲望がある。一方、借りはなるべくなら作りたくないというのが本音だろう。 人間関係を良好にし、尚且つ、己自身にとって最も効果的なのは、貸しは直ぐに返して貰わず「貸しのまま」にしておく事である。 ここが、出来る人とそうでない人の分岐点だ。 誰でも、羽振りが良く・調子が良い時には「ホイホイ」してくれる。しかしながら、一旦、落ち目になれば、潮が引くが如く、皆去って行ってしまう。 これは、常に貸し借りの収支をゼロに保っている事に起因している。 「名を捨てて実を取れ」ではないが、わざと貸しを返して貰わない事が、みそである。 相手に恩を売って、貸しを作っておけば、自分自身が困った時に、必ず手を差し伸べてくれたり、チャンスを廻してくれる事となる。 こういった事は、いくら書物を読んでも、決して身に付かない事だ。 古臭いが、「苦労は買ってでもしろ」と昔の人達は言っている。 最近の例で最も分かり易いのは小室哲哉だろう。 彼の事を個人的に知っているわけではないが、凡その事は想像が付く。 つまり、彼は、自己中で常に収支をゼロどころか、己の懐を温める事に躍起になっていた為結局、一寸した躓きを契機に人が次から次へと離れて行った、典型的な転落人生のお手本であると言える。 中には例外もあるが、基本的には人生の収支はゼロになるように出来ている。 つまり、良い時もあれば悪い時もあるという事だ、今、自分自身が置かれている状況を正しく把握し、優先順位を決めて、矢継ぎ早に打てる手を打って行く、これが成功する秘訣だろうと思う。 誰にでも、2度や3度位は、人生の転機が訪れる。これを活かすも殺すも自分自身なのだ。そういった意味で、この本は、人生の羅針盤となる一冊だと思う。
2008年11月07日
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ここ何年間か、書店に行くと、やたら投資関係の書籍が多い。しかしながら、眼を通してみると殆ど全く中身が無い、投資関係の番組もあるが、そこでも、結果を受けて、取り繕うような事しか言っていない。 丁度2年前に、「サブプライム・ローン問題」がCNNTVで報道された。 実は、この情報を掴んだ後の対処方で、その人の幸不幸の分岐点となった。少なくとも、日本人は「対岸の火」を観るが如くで、この問題が日本に波及して来る等と、その時点では微塵の欠片も想定していなかった筈だ。 私も日本人ではあるが、その情報を掴んだ時点で、以下の様な想定をした。 1.間違い無く、1年後には日本に「サブプライム・ローン問題」が波及する。 2.「サブプライム・ローン」は、低所得者向けの何でもローンの為、その影響は想像以上に 拡大する。 3.一旦、拡大した影響は、更に被害の拡大を続けると共に、表層だけでなく、かなり深い部 分まで侵食する。 4.その結果、国際的な金融恐慌を招き、その影響は、最低でも5年間は続く。 で、私の打った手は、CNNTVで「サブプライム・ローン問題」が報道された時点で、保有する全ての株式を売却するというものだった。 私は、経済や金融の専門家ではないが、根本的に、「専門家」・「評論家」の類が大嫌いだというより、軽蔑している。 彼らは確かに専門的知識は有しているかも知れないが、本質的に理解していないからだ。 真の「専門家」とは、誰にでも分かる平易な言葉で語れなければ、嘘だと個人的には考えている。 しかしながら、全ての「専門家」は小難しい専門用語を羅列して、得意気な顔をしてふんぞり返っている。これは、ある意味、詐欺師より性質が悪い。 詐欺師は、文字通り騙そうとしている訳だから、日本的思考には合致しないかも知れないが騙す詐欺師より、騙される被害者の方が悪い。 目先の利益ばかり追求するから、今の様な事態を招いている事を、「政・官・財」含め、国民ももっと反省すべきだ。 今なら、デイトレーディング(1日の間に何回も売り買いをする事)の空売りで行けば、勝率8割で、笑いが止まらない状況だ。 投資の世界に、小難しい専門知識は不必要だ、例えが悪いが、競馬や競艇をやる人なら、苦い経験が五万とあるだろう。 競馬や競艇の場合、オッズを観て買う人が多いと思う。しかしながら、これでは、失礼だが勝てる訳がない。 要するに、投資は心理戦なのだ。 そして、如何に先を先を読むかにかかっている。 10年後を見通せない人には、大変失礼だが、投資の世界から撤退する事をお奨めする。 何事にも通じる事だが、センス・感性が殆ど全てと理解して間違いない。今年の初頭、経団連の面々は日経平均2万円台等と、戯言を言っていたが、多分、連中の頭の中は、中身の無いスイカなのだろう。 今が底値だから、今こそ買いだ等と書いてある雑誌は多い。騙されてはいけない、こういった偽情報に踊らされると、大火傷の元だ。 もっと、皆さん、センス・感性を磨きましょう。
2008年11月07日
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さっき、楽天のレビューを確認したら、ファンの所に数字の1が、あったぁーーーーーー。レビューを観て、参考になるっていう人が増えるのも(..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーー!!けど、1人でもファンがいるってのは、もっと(..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーー!!誰かは分からないけど、アリガトビーム!!(ノ・_・)......━━━━━━━ ☆-\☆(・_\)キャッチ!
2008年11月06日
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アメリカ合衆国と言えば、日本にとって最大の同盟国であり、自由主義陣営の旗印と言われている国だ。 これは、EU諸国に行っても同じ事だが、アメリカにおいても「人種差別」未だに公然と行われている。 EUの入管の中には、「ホワイト」・「ブラック」・「アザー」と表記されている国もある当然、我々日本人は「アザー」に並ぶ事になる。日本人は、その他大勢扱いなのだ。 これはアメリカでも同じで、州によっては店の前の表示に「ホワイト・オンリー」と表記されている店舗も多い。 そんな中にあって、今回、バラック・オバマ氏が次期大統領に選出された事は、画期的な事だし、彼の政治力については未知数だと論評するマスメディアもあるが、個人的には大いに期待している。 とかく日本人は変革を嫌うが、欧米人は違う、プロセスよりも成果を重要視する。 また、「嘘」が発覚した時の対応も、例え「嘘」だと分かっていても、その「嘘」を押し通す。 国の成り立ちが異なると言えばそれまでだが、どうも日本人はコミュニケーションや駆引きが下手な様だ。 女性の褒め方も下手だし、どうも一貫性が無い。 私は日本人だが、子供の頃から、生まれが京都だったせいか、常に遊び相手が「祇園の舞妓や外国人観光客」が多かった。 その事が影響しているのだろうか?どうも、日本式スタイルや思考は性に合わない。 私はクリスチャンではないが、聖書の愛の一節が好きだ。 「愛」には様々な意味や形があるが、やはり「愛」は人生において最も大切なモノの一つだと思う。 後、2週間足らずで第三の人生がスタートする。 恐らく、最初の一週間はキツイだろう。 「愛」・・・これを大切にして、今後の2周目の人生のスタートをきろうと思う。
2008年11月06日
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私の住む所は、温暖な気候に恵まれています。庭にデコポン(不知火)が植わっていますが、大きな実が4つ生っています。少しずつ、色づきはじめました。 収穫は、年明けの1月になりますが、丁度、誕生月でもあり、待ち遠しい限りです。実物は、結実するところから、家運隆盛の縁起物として人気があります。 後、盆栽で「山紅葉」と「櫨(はぜ)」があるのですが、「櫨(はぜ)」が紅葉しはじめました。 ようやく、秋を感じられるようになったのですが、こうした風景を眺めていますと心が和みます。
2008年11月04日
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今、書店に行くと数多くの啓発本が売られている。中身は、自己分析型が多いが・・・確かに自分が何者であるかを知る事は重要だと思う。 しかしながら、それで適職が見つかったとしよう、一体、どれ位の人が選択肢の幅を広げられるだろうか? 10代・20代ならば、有効な手段かもしれないが、30代・40代ともなれば、絵空事に過ぎない。 アメリカならば、何度でもチャレンジする土俵は整っているが、日本では、列車に乗り遅れた者は、負け組みとなってしまう。 私は、これから二周目の人生を迎えようとしている。 価値観は人によって異なるのであろうが、私は、自分の時間にかなりのウエイトを置いている。生活の糧を得るという意味においては、仕事は重要かもしれない。 でも、仕事の価値は生活の糧を得るという手段の他に何の価値も無い。 今まで私は、自分が欲した物は殆ど全て手に入れて来た。 自分の人生を考えた時、点数を付けるとすれば100点満点だと思っている。 昔に比べれば、大変便利な時代になったと思うが、どうも逆に人間の方が機械に使われている、情報に踊らされているように思えてならない。 もっと、自分の軸を持つべきではなかろうか? 私は、自分の軸を持っていると自負している、「人生は台本の無い劇、主人公は自分自身」当然、その劇には色々な人が登場するだろうが、自分以外は脇役かエキストラに過ぎない。 当然、一定のルールに従う必要はあるが、人生をトータルで考えた場合、特にサラリーマンの場合には、自分の思い通りに事を運べるのは、最大限に見積もっても打率2割乃至2割5分だろう。実際には、1割台の人が殆どではなかろうか? 仕事上の人間関係は、現役を引退してしまえば、殆ど無関係となってしまう。 だったら、クールにドライにビジネスライクで構わないじゃないか? それよりも、趣味を持って、極端に言えば、趣味の為に仕事をしている位の心構えで良いと思う。 少なくとも、私は、そうして来たし、今後もそうして行く。 皆さんは、どう考えますか?
2008年11月02日
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