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2009/09/14
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小さな影が夕焼けの空に弧を描きながら、王宮東棟の屋根に舞い戻った。
連絡を受けたレオンハルトが、窮屈な螺旋階段を大股で駆け上がる。
その先の屋上ではグストーが巣箱の側に立ち、尾に入った二本の黒羽が印の鳩を手に取っていた。
「マスター、それで?計画通りに?」
勢い込むレオンハルトの問いかけに、グストーは鳩の背を一撫でして答える。
「どうやら余計な駒まで顔を出したらしい。我々も動くぞ。」

その42時間前――
朝から続く北東の風が正午になっても濃い雲を吹き流し、時おり太陽の姿をのぞかせていた。
「陛下、間もなく到着ですわ。ほら、街の外壁が見えました。」
同乗する侍女イルゼの言葉に、レティシアは顔を上げて馬車の窓から景観を眺めた。
その日、沿道には出迎えの市民や官吏の姿もあったが、彼らの様子に歓待の熱狂はなく、どこか儀礼的である。
この一帯の首領、ジークムント公への遠慮がはたらいているのだろう。
彼女は誰に言うとでもなく呟いた。
「ここがフライハルトの辺縁だと、肌身で感じるわね。」
なだらかなすり鉢状の土地に聖ミハエル大聖堂を中心として、街の北に居住区、南に商業区域が広がっている。
これといった産業もなく、郊外の大麦生産と諸侯の寄進、そして巡礼者の落としていく僅かな銅貨に頼っている街は、近ごろ発展めざましい王都と対称的に、フライハルト古来の姿を残していると言えるかも知れない。
顔を傾けて斜め後方を見ると、竜騎兵隊の先頭に立って馬を進めるユベールと視線がぶつかった。
6頭立ての王家の馬車が、聖堂前の広場に止まる。
教会の巨大なアーチ扉では、純白の法衣に金の十字架を身につけた司教が、司祭や助祭達を従えて王の到着を待っている。
馬車のステップが下ろされ、レティシアが騎士フォルクマールの介添えで姿を現した。
ユベールを始め警護の兵士達は、フライハルト聖職界の頂点に立つ司教に敬意を表して一様に下馬する。
老齢の司教の前へ進み出たレティシアは、深々と恭順な礼をする。
「お久しゅうございます、ゲイラー司教様。」
「ご無事のお着き、何よりです。」

司教に招き入れられ、レティシアは武装を解いたフォルクマールと数名の供回りを連れて、礼拝堂の内部へと踏み入れる。
この先は、王族と付き従う騎士のみに許された秘儀である。
二人の助祭によって、大扉が鈍い悲鳴のような音を立てて閉ざされ、聖堂の門扉に待機するユベールは視界を遮断された。

女王は、久方ぶりに味わう荘厳な空気に包まれていた。
頭上高く空間を覆う広大な大伽藍は、表面がうっすらと丸みを帯びた上品な乳白色の石で組み上げられ、控えめな色彩のステンドグラスが柔らかな光を注いでいる。
イタリア建築のような華やかさはないが、間違いなくフライハルト随一の意匠であろう。
この場で、亡夫エグモントとの婚礼許可を得たのは10年以上も前になる。
陽光に照らし出された主祭壇の背後には、16世紀に作られたキリストと十二使徒の像が控え、祈りを捧げる者たちの寄る辺(べ)となっている。
その祭壇に向かって奥へと見やると、礼拝席の最前列に一人の男が腰掛けていた。
彼が床石にステッキを立てると、硬質の音が静まりかえった空間に反響した。
「そなたでも懐かしく思い起こすものがあるか、レティシア。あの頃のそなたは若く、まだ無垢で罪がなかった。」
濃紺の上着をまとった男が、ゆっくりと立ち上がり振り返る。
「ジークムント叔父上・・・。」
「息災のようだな、我が姪よ。」

その声が合図となって、左右の内扉から1個小隊ほどの人数が堂内になだれこむ。
武器こそ手にしていないが、女王を威圧するには十分だろう。
レティシアはジークムントに視線を定めたまま、教会の裏切りを問いただす。
「ゲイラー司教、あなたも叔父に与(くみ)していたのですね。」
黙したままの老人に代わって、ジークムントが断じた。
「出自の怪しい偽司祭と不義の関係を結び、そやつの還俗を許可するよう司教殿に強要したのは誰であったかな。愛人の言いなりとなって、秘密裏にバイエルンの公子と婚礼を進めようというのに、司教殿が加担できるはずもない。」
ジークムントは兵士達に待機の指示を出し、レティシアへと歩み寄る。
彼女を守るように立ちはだかったフォルクマールの腕を、ジークムントはステッキでしたたかに打った。
「さて・・・女王陛下には、しばし滞在を延ばしてもらおう。なに、案ずるな。街の周囲は我が三千の兵が守りについておるゆえ、とても安全だ。」
皮手袋をはめたジークムントの手が姪の頬に伸び、彼女は指先でそれを払いのける。
「とても残念ですわ。叔父上のお振る舞い、フライハルト君主に対する叛意の証となりましょう。」
ジークムントの口元に、侮蔑と冷笑の混ざった笑みが浮かんだ。
「地に堕ちた罪深きレティシア。これは謀反にならんのだよ。なぜなら儂は、いや、儂に同意する諸侯と教会も、そなたを国家に対する反逆と夫殺しの罪で告発するからだ。」


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*作者のコメント:はるか昔、第二部7章( 改革の口火 )でグストーが還俗し、子爵位を受けた時、レティシアは教会に(無理矢理)推薦状を書かせています。
その時の遺恨が、ここまで続いているという。^ ^;
ジークムント公だけでなく、教会組織まで敵に回してしまったレティ様。
ある程度予測はしていたようですが・・・
彼女の運命や、いかに。ということで次回に続きます。





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Last updated  2009/09/14 11:37:17 PM
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