2017/05/17
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エピローグ あるいは一つの序曲

時は流れる――
1865年 ザンクトブルク

窓から見えるガス灯の明るい光線を眺めていたローレンツ侯爵は、再び書き物に戻ってペンを走らせる。
時折、机に積まれた年代物の紙束を確かめながら。
あぁ、このくだりは好きだ・・・気持ちの昂揚を抑えられず、彼は優美な笑みを浮かべる。
「・・・おじいちゃま。ねぇ、聞いてるっ?!」
「えっ?」
彼の机に手をつき、ぴょんぴょんと跳ねている幼い孫娘に、侯爵はようやく気付いた。
「とっくにお夕食の時間なのに、おばぁちゃまはカンカンよ。」
「すまない、すまない。」
彼は眼鏡を外して、まだ未練がある風にため息をついた。
「――何を見ていたの?」
少女の問いかけに、侯爵は目を輝かせる。
「お前の、ひいおじい様が残した手記・・・日記のようなものだよ。」
「ひょっとして、ユベールさまのこと?」
「そう。」

ユベール・・・先代のフーベルト・ローレンツ侯爵。
フライハルト中興の祖と称えられる女王レティシアに仕え、軍人として位階を極めた彼の名は、今でも知らぬ者はないだろう。
対仏戦争の中、国内外の戦場を駆け巡り、自分とは疎遠であった父。
その手記をザンクトブルクの城内で発見して以来、侯爵はフライハルトの失われた歴史を書き起こそうと、努めてきた。
消し去られた過去、“黒獅子の騎士”の叛逆について、先代は事細かに記録していたのだ。
恐らく、いつか――真実が明らかにされ、騎士たちの名誉が回復される日を願って。
手記の中には、生涯にわたって持ち続けた、女王への深い憧憬も読み取れ、いささか複雑な思いもあるが・・・
「とにかく、最上級の一次史料といってよい・・・あぁ、失敬。お前には難しい話だったね。」

ふくれつらの孫娘の手を取って、侯爵が階下へ向かうと、彼の奥方が迎えに来るところであった。
長く連れ添った、愛する妻の額に口づけして、侯爵は囁く。
「ようやく、埋められそうな気がするのだよ。」
「エミール。よかったわ。」
二人の間で、少女が叫ぶ。
「私のクランベリー・パイ!」
侯爵は破顔して彼女の頭を撫で、皆の待つ晩餐の席へ赴(おもむ)くのだった。



かくして、物語はつむぎ続けられる。
激動の時代にあって、祖国に身を尽くした女王レティシアと、彼女を愛し支えた者たちの記憶。
そして新たに書き加えられていく、無限の調べ。

フライハルト――
手に取ったならば、頁をたぐり、耳を傾けてほしい。
彼らの息吹に。
そして静かに本を置くも、再び開くも、御意のままに。


『天空の黒 大地の白』完






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Last updated  2017/05/18 08:08:38 AM コメントを書く


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