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ちょっとヒマだったので真鍋かをりのココだけの話 に書いてあった「ひとり同窓会」なるものをやってみた。これは昔の同級生などの名前をGoogleで検索してみて、ヒットしたらそのリンクを辿る遊びである。中には実際の同級生を発見出来る場合もあるらしい。真鍋さん曰く「本人発見率は10分の1」くらいだそうな。何か高すぎない?で、先ずやってみたのが昔のGFの名前。ヒット数504件・・多すぎ・・たしかによくある名前ではあったが。。ちなみにこの検索は旧姓だったので今度は結婚後の名前でやってみる。今度は61件。小児科医とか不動産鑑定士とかライフコンサルタントとか明らかに違う人ばかりのようだ。結局本人は見つからず。他にも何人かの昔馴染みを検索してみたがどれも立派な肩書きをお持ちの同姓同名の人ばかりだった。う~む。。確立低いなぁ。ここで最後に自分の名前で検索してみる。むぅ?ヒット数2件・・少なっ!そしてその僕と同姓同名の載ってるサイトをよくよく見ると・・・ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!何と僕本人じゃん!?家を建てたことで不動産関係のホームページに勝手に実名と住所を載せられちゃってるし!ちょっと気分悪いんですけど!ムカムカ・・・しかしそう多くは無い名前だとは思ってたけど、たったの2件でしかも本人ヒットなんて・・こんなブルーでダークな気分の日曜日になるならひとり同窓会なんてするんじゃなかった・・ていうか同級生の名前を殆ど覚えてないという事実にも改めて愕然。辛うじて覚えてるのは僕とナニかしらの関係があったヒトたち(しかもそう多くは無い)とごく僅かな友人だけという有様。なんだか悲しくなってきた。欝だ。死のう。←最近覚えた2ちゃん用語を使ってみたかった
2005/10/10
昔オートバイで旅をしていた頃、走行中に時々不思議な錯覚に見舞われることがあった。 今オートバイで走っている自分の肉体は既に現世の物ではなくて、魂だけが肉体が滅んだことを知らずにただ走り続けているような感覚。或いは自分の肉体を置き去りにして、その遥か前方を魂が疾走している感覚。 これらは「ライダーズ・ハイ」と呼ばれるような類のものだと思っていた。つまり蓄積された疲労からくる脳内麻薬の分泌が見せるある種の危険信号なのだと。 オートバイを降りた今でも僕は時々幻を見る。主に仕事で身体が疲れ切った時なのだが、それ以外にもフトしたことがきっかけで自分の肉体が今いる場所とは違う世界に運ばれたように感じることがある。今いる場所じゃないどこか。それは昔訪れたことがある土地もあればまだ見ぬ場所(或いは忘れてしまったどこか)のときもある。でも、どれにも共通しているのがその錯覚の最中の僕はなんともいえぬ安らぎを感じていることだ。 それは幸せな旅の記憶と繋がっているからなのかもしれない。僕の旅の記憶を紐解く鍵はa:空の色b:雲の形c:空気の匂いの三つにほぼ凝縮されている。この中のどれかが記憶の中の旅と結びついて、一瞬であるにせよ僕を「旅人」へと回帰させるのだろう。 しかしそれらが僕に与えるものはいつも安らぎばかりとは限らない。現に先日起きた錯覚は僕にほんの少し恐怖を感じさせた。 僕は外で仕事の後片付けをしていたのだが一瞬の眩暈と共に自分が違う世界の人間になってしまったような錯覚を覚えた。違う場所、違う服装で同じような作業をしている僕。見上げた空の景色も全然違う。色は同じく夕暮れのブルーなのだが頭上にはクレーターが剥き出しの巨大な星が浮かんでいるのだ。当たり前のように星を見上げている幻の僕の思考は現実の僕のものに取って代わり急に恐ろしさがこみ上げてきた。幻覚は一瞬で終わり、僕はすぐに元いた世界に戻ってきたけれどその時感じた不安は中々拭えなかった。もしかすると僕の住む世界とどこか別の世界が繋がっていて一瞬それが混線してしまったのでは?と。 映画のストーリーじゃないけれど別の世界にもやはり「僕」がいてその世界の「僕」は一体どんな暮らしを送っているのだろう?などととりとめもなく考えた挙句、最後に浮かんだ疑問が一番僕を畏れさせた。 その世界の「僕」と今の僕とどっちが幸せに生きているんだろう?
2005/06/30
僕は子供の頃「吉永小百合」にソックリだった。母はそんな僕に日舞を習わせようとした。だが僕は断固拒否した。「日舞なんて恥ずかしいからヤダ!」と。母は寂しそうに僕を見つめながら「お前が女に生まれていたら天下を取れたのに・・」とワケのわからないことを呟いた・・・だが、そんな僕に信じられないような悲劇がっ!?母の「日舞を習わせたい」という野望は母親同士の世間話から町中に尾ひれがついた形で広まってしまった。当の僕はそんなこととは露知らずスクスク(?)と成長し中学生になりテニス部に入った。だが、入部早々ある先輩から「お前、日舞の名取りなんだってな!」と言われてしまったのだ!習ってもいないのに名取りって。。。その後僕は「日本舞踊」というありがたくないあだ名で呼ばれるようになった・・・だが悪夢はこれで終わりではなかった・・僕は「テニスにも日舞の動きを取り入れているに違いない」と先輩達にからかわれた。そしてフォアハンドは「日舞打ち」、バックハンドは「扇の舞い」、ネットダッシュは「柳腰(意味不明)」と名づけられてしまった。だがサーブだけは「幻のサーブ」という普通(?)の名前で呼ばれた。それはたま~にしか決まらなかったからだ。そんなワケでもう日舞はコリゴリのはずだったが、そんな僕をして「踊りのヒトツも習っておけば・・・」と後悔させる事態が勃発するのだった。僕が大学生になり、とある野望を胸に映画研究部に入った時のこと。ちなみに、とある野望とは部員を己が意のままに操り、映画で世界制覇する為の足がかりにすることだ(痛)その僕に早速大役が回ってきた。それは大学名物「女装美人コンテスト(通称カマコン)」への出場!一見フザケて見える企画だが、実は各クラブが鎬を削る名誉を賭けた戦いなのだ。最初は勿論いやがった僕だったが人生何事も経験と思い引き受けることにした。そして「僕のメイク担当はF子さん(部のアイドル)にして下さい!」と注文まで付けた。「女に生まれてたら天下を取れたとまで言われたオレだ!たかがオカマコンテストで優勝できなくてどうするッ!映画界で天下を取る前祝にしてやるぜ!!!オーホッホッホ・・・」大会当日がやってきた。僕が女子部員に発注した衣装は黒のサテン調のミニスカドレス。スカートの裾がフリルになってる昔のアイドルが着てたような服だ。腋毛とすね毛も剃った方がいいと言われたが当時は銭湯に通う身だったので黒いストッキングでごまかした(笑)(今思えば二度とない経験なので剃ってみればよかった)そしてメイク開始!ちなみにF子さんはスッピン美人でメイクは苦手だった為、部で一番のセクシー系美人の先輩にお願いすることになった。「キレイ。。キレイよ・・K君」先輩は暗示にかけるかのようにそう囁きながら僕のメイクを完成させていった。すっかり出来上がった僕を見た女子部員達から「ホぅ。。」というため息が漏れた・・・いよいよ本番だ。景気付けにと渡された一升瓶の日本酒をラッパ飲みしていざ出陣!僕は華やかなスポットライトの下へと躍り出た。まばゆい光に目を細めながら会場を見渡すと審査員として呼ばれた教授達の姿が見えた。司会者にもう一度名前をコールされたのだが一体何をすればいいのか?そこにはただBGMとしてダンス音楽が流れているのみだった。「お、踊れというのか?僕に??」僕は頭の中が真っ白になってしまった。(人前でダンスなんてできねーよぉ。。。)「こんなコトならあの時日舞を習っておけば・・・」と後悔しても後の祭である。(サンドラ・ブロック主演の「デンジャラス・ビューティ」をご覧になった方ならこういう場で全く無芸というのがいかにキツイことかお分かりになるだろう)「そ、そうだ!オレにも踊れるダンスがある!」僕はおもむろにそのステップを刻みだした。ド、ド、ドリフのだいばくしょぉ~。。。チャンネル合わせりゃ顔馴染みぃ~・・・それも仲本工事ばりのやる気の無さで。僕のやる気の無い「ドリフダンス」は会場の失笑を買ってしまった・・・音楽が鳴り止みスゴスゴと舞台の袖に引っ込んだ姿はまさに負け犬。結果は勿論予選敗退。つまり天下取りの前祝い失敗!このことが後の僕の運命に暗い影を落としたのは言うまでもなかった。先輩達からは「お前の踊りはフテくされたロボットみたいだった」と言われる始末。。。だがコレで良かったのかもしれない。何故ならもし優勝でもしようものなら思い込みの激しい僕のことだから「違う生き方」を見つけてしまいかねないからだっ!ただ僕は転んでもただでは起きなかった。後に僕はこの時のダンスへのコンプレックスをバネ(?)にして、「ウエストサイド湯煙旅情ストーリー」というミュージカル映画を監督兼振付師として完成させたのである!(内容に関してはタイトルから察して欲しい・・つまりどう考えても失敗作。。)僕はコレでダンスの呪縛からを解き放たれたと思った。そう、あの日までは・・・あるコンパで「ムーンウォーク」を(出来もしないのに)披露しようとしてスベってしまうその日が来るまで。。
2005/06/19
今日から楽天ブログを始めることになりましたKと申します。よろしくです。
2005/06/18
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