アオイネイロ

November 16, 2012
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カテゴリ: 空狐-karagitune-
物心ついた時、両親なんてものは既におらず、その存在すら知ることはなかった。
何で、等と疑問を持ったことも一度もない。ただ、そういうものなのだと思っていた。

「お前は鬼子だ、災いの子なんだ」

何度も良い聞かされたその言葉も、ただ、そうだというふうに受け取るしかなかった。
私の世界は狭かったのだ。街の外どころか、この一つの部屋しかない家からすら出ることは稀で、出たとて朝早くか夜遅く。人のいなくなった頃合いを見計らってそうっと外へ出た。
だから勿論他人とかかわることなぞ無かったし、関わろう等とも思わなかった。
疎まれ忌避される忌人。

一度も街の外に出たことがなかった。
街の外どころか、街にすら行った事など無い。

それが“虚人”である私の、生まれ持った性なのだ。
力を持ってして生まれてきてしまった、私への罰なのだと。思っていた。



「僕はソラ。………君は?」

透けるように蒼い瞳の彼は、私に手を差し伸べながら優しくそう問いかけてきた。
咄嗟のことで言葉に詰まりながら、ややあって私は小さな声を絞り出した。
「……キサラギ。と、街の者は呼んでる」
だから多分、それが私の呼び名なのだろうと考えていた。
けれど目の前の少年、ソラも、そしてその脇に佇む黒い狼も、私の言葉を聞いてなぜか顔をしかめた。
『それは違ぇ』
ややあって、狼の方が低い声でそう言い放った。
訳が分からずきょとんとしている私に対し、ソラは苦笑交じりの顔を向けながら狼の頭をくしゃりと撫でた。

優しく、子どもに言い聞かせるみたいにソラはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「じゃあ、私の名前は……?」
不安になって思わずそう聞き返す。その答えを目の前の少年が知っている筈が無いのに。
今までずっと、鬼だと呼ばれていたことに気付きもしなかった。その現実が、私を何故だかとても心細くさせた。

その時、びゅうっとひと際強い風がこの部屋の中に吹き付けた。

炎のような赤いそれは、風に煽られてひらひらと舞い踊りながら私の目の前にぱたりと着地する。
するとそれを見ていたソラが、クスリと笑みを零した。
「僕はこれから、君のことを“楓”と呼ぶよ。どう? 君のその綺麗な瞳の色みたいじゃない?」
床に落ちたカエデの葉を拾って私の髪にあてがいながら、まるで悪戯っ子のように笑ってソラはそう言った。

私の顔を覗きこんできた、彼のその海のように蒼い瞳に、
私の紅い瞳が映ったような気がした。


彼は私に、自由と、名前と、それから
紅く色づく恋心を教えてくれた。





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Last updated  November 16, 2012 11:21:56 PM
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