全6件 (6件中 1-6件目)
1

バラバラに同期したので、どうして良いのか。狭い路地の先端がオレンジ色のアパート。ピザ屋の二階だ。日当たりに若干の不満はあるが、まったく関係無い。バルコニーから見た三叉路。日本車、ほとんどなし。圧倒的に、ベンツ、BM、アウディ。 確かに、プリウスとか求めてなさそう。関税が高いのでしょうな。
2013年09月06日
コメント(0)
ホテルの中庭で、ちっとも前に進まない事態に、泣きたい気分でベンチに座っていた。ふと、そこへ若い女性が対面のベンチに腰掛けると声を上げて泣き出した。一瞥したが、無視していた。少し泣きやんだので「Are you all right?」と声をかけた。(お節介でしょ、日本のおっさんは)彼女は意外にも機嫌が直り「Are you Korian?」と聞いてきた。あのな、一番間違われたくない人種やわ。私のイメージの日本人と違うと彼女。確かに、日焼けしてるとよくベトナム人に違えられる。自分が泣いた理由をアイルランド訛り?の英語で説明したが、全く聞き取れず。分かったようなふりをする。「Life is sometimes like that. 」とビートルズの歌詞にあったフレーズを口にする。「Don't look back! Look forward next time! The most important thing is in your MIND.」神父様のようなことを言ってしまった。貴女に言っているのではないよ、Jeniffer。俺自身に言ってるんだよ、今いちばん泣きたいのはオレや。彼女は近づいてきて握手をしに来た。「今日はあなたに会えて本当によかった。 What is your English name?」English name?そんなんあるかい!とっさに「My English name is John Lennon」
2013年09月02日
コメント(0)
ーベルガモ3日目ーイタリアに入って色々戸惑う。本当に英語が通じない。イタリア語、マジで勉強しなきゃという感じだ。エレベーターの階は1階が0、2階は1、3階は2・・・何でやねん。グランドフロアで1階をGとかく国はあるけど、2階は2階でしょということ。ベルガモに着いて学校は休みで電話に出ない。仕方ないから、観光案内所で紹介されたホテルへ。いちばん近くて、安いホテルを頼んだが、来てみてびっくり。6人部屋で、男3人に女3人、confusedというレベルではない。いちばん主みたいな女性がI'm from Al*/?_%??(アルメニア?)と話しかけてきた。これは普通だと説明されたが、いや、ぜんぜん普通じゃないでしょ。と思う。若い女性がバスタオル一枚でウロウロして、おかしいよ。しかも、イビキのうるさいことこの上ない。塾仲間のM先生を彷彿とさせる。朝になると、当然ながら入れ替わり立ち替わり皆がバスルームへ。しかも、私がシャワーしているのに、アルメニアのババアがいきなり入ってきて、どっかりと座るではないか。おい、チョットExcuse meくらい言えよ!しかも、その上にトロンボーンか?と思わせる高らかなオナラ2発!私は下ネタは好きではないが、明らかにトランペットの音域を越えている。一日中ショックから立ち直れず、食欲もない。一刻も早くアパートを決めたいのに、学校から紹介されたDorisさんとはSee you tomorrow!ばかりで話が進まない。来る前に、イタリア人は休日とシエスタ(12:00-14:40)は動かないと言われたが、本当に365日24時間年中無休でサービスに努める日本人からすれば、信じがたいマイペースだ。仕方ないから、日曜日にベルガモの観光名所チッタ・アルタに行った。とある教会の扉が開いていた。中にはいると、ノートがあって、書き込める。「日本から来ました。何もありません。ただ、ここまでにたくさんの人の支援があります。頑張りますから、どうかご加護を。」と書いた。ふと視線を感じ、横を見ると10mほど離れたところに座っている白髪のおばあちゃんが微笑んでいた。
2013年09月02日
コメント(0)
30日に成田を発った。イタリアのベルガモでモンテッソーリ教育のDiploma課程を勉強するため。横浜モンテッソーリスクールの高根先生夫妻に格別のご推薦をいただいた。突然の決定で日程が足りず、イタリア領事館で留学VISA申請でもたついた。出発前日の午後5時半、イタリア人二人の事務官に「私は自分のためにではなく、日本の教育のために、どうしてもモンテッソーリ教育が必要だと考えている。日本人の真面目さと学力はご承知の通りだ。しかし、足りないものがある。自分にはそれを持ってくる使命がある。どうか、行かせてください。」と、ありったけの英語力を振り絞って説得した。国籍を問わず、オバチャンを落とすのは自分の得意分野だ。というわけで、今、乗り替えのため、モスクワ空港にいる。私の英語力など英検3級レベルだから、イタリア語の先生に英語の通訳の授業で快適な訳がない。「落ちこぼれ諸君!、私も今から仲間入り。お互いに頑張ろう!」思い返せば、1月に参議院選挙に出ると決めてから、落ちるところまで落ちた。お金も、人も、仕事も、役職も、信用も、すべてを失い、最後に自信も失いかけた。おだてた人を恨み、当選した人を妬み、何よりも塾人を卑下する自分自身がいちばん嫌いだった。事前に落選の苦痛をカミングアウトしてくれたS君、お陰で軽傷で済んだ。3日間、海岸で放浪させてくれたN君、お陰で自分の甘さが見えた。猛烈な暑さの中で、過酷な労働と美味しい魚で迎えてくれたI先生、お陰で癒された。そして、「イタリアへ行きなさい」神の声を下さった高根先生、ありがとう。I専務、Nさん、Kさん、そして、特にこの半年、お世話になった皆さんに、心から感謝します。行ってきます。
2013年08月30日
コメント(0)
国会議員になることは目的ではありません。「教育制度」を変えたいのです。日本の初等教育はレベル・質・制度色々な問題を抱えています。ここで,きちんと修正しないとどんどん手遅れになっていきます。私は2002年にギリシャの学習塾協会に招かれて日本の教育事情を発表しました。身の回りに日本製品が溢れ,何が行われているのか聞いてみようという会でした。当時,ギリシャは「ゆとり」の先進国で,学校も学習塾も文部省が管理して,ゆったりした教育(昔の半分)をしていました。 私は当初「さすがに歴史のある国は違うなぁ」と感心しましたが,ある老先生がこう語りました。「日本がなぜ発展してきたのか,貴方の説明で分かったよ。ギリシャはかつて世界一の数学レベルを誇っていた。今は教師が大変だから教える内容を半分にした。その結果,だれもソクラテスやプラトンを原語で読めなくなった。だから,ギリシャの教育は質が落ちた。」 それから10年の後,2012年ギリシャは債務危機に陥り,国が破綻しようとしています。私はまさに,その元凶を見てきたたった2人の日本人の一人であると思っています。私の使命はこの危機を伝えるためにあると考えています。 日本を救いたい。こんなに心優しく品格のある日本を,このまま続けて行くには,教育レベルを上げていくこと。ただそれだけのために,頑張る。 お金も票もない・・・だから勝てない(当選しない)・・・それでアキラメるわけにはいかない。
2013年01月17日
コメント(0)
中国大使が救援物資の受け入れ対応が悪いと記者会見で発表した。批判される日本政府も情けないが、大使の発言は未曾有の震災に見舞われた東北の被災者を愚弄するものであった。 ボランティアや支援などというものは自己犠牲の上に成り立つもので、同じ日本の中でも救援物資を届けるのが困難な時期に、外国からの物資がスムーズに届けられないからと不満を口にする筋合いのものではない。これは避難訓練ではない。本当に起きて実際に多くの方々が亡くなり苦しんでいる現実である。ある広報官は「中国は世界で一番多くの物資を支援している」と豪語した。大変ありがたいことだが、支援の価値は物資の量ではない。小さくても「心」がこもったものが尊い。むしろ救援物資に群がり、争い奪い合うことなく整然と行動する日本人のモラルの高さを少しでも勉強してもらいたい。治安を乱したり、職場放棄して国外退去した外国人が多い中、不法入国,滞在の管理等で恥ずかしい立場にあるのはむしろ大使の方だ。東北の被災者の皆さん、生きてその地におられる皆さんは愛別離苦の哀しみを乗り越えて故郷を復興再建する使命が神様に与えられています。今は屈辱に耐えて下さい。そして日本は心ある人と力を合わせて美しい国を作りましょう。
2011年03月31日
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1