ボヤキ・ツブヤキ・ヒトリゴト

ボヤキ・ツブヤキ・ヒトリゴト

August 21, 2004
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悪夢の韓国戦から一夜明けました。
でも、まだ夢から・・・悪夢から醒めていないような気持ちです。
基本的にポジティブシンキングが身上の私ですが、一度落ち込むとこのざまです。

ネットで見た各新聞記事。
女子バレーがあれだけ注目を浴び、短期間である意味「持ち上げられた」ぶん、そこから転落させられるのもあっという間ですね。
それがマスコミというものだし、そのことについてあれこれ言っても始まりません。

そして、帰国後、監督だけでなく主将も、マスコミ、世間や協会からの誹りを免れないであろうということも、もう逃げようのない、避け様のない現実なのでしょう。
彼女が今までやってきたこと・・・先頭に立ってチームを引っ張り、若手と中堅をまとめ上げ、選手たちに「闘う心」を伝授してきたという確かな事実。つい一週間前までは賞賛されてきたそれらの事も、本番で結果が出せなかったというこれまた「事実」の前には、一転捻じ曲げられてしまうであろうことも、きっとそう遠くなく起こる現実なのかもしれません。

数日前、監督と選手の間の亀裂うんぬんといった記事が出ました。

でも、今のチームを観ていると、もしかしたら本当だったのかもしれない・・・と思ってしまう自分がいる。それが悲しいです。

ワールドグランプリ。
「手の内を隠す」という監督の言葉を、私は信じていました。
手の内を隠しているのだから、勝てないのはしょうがないのだ、きっとアテネにピークをあわせてくるのだから。
・・・でも、現実はそんな甘いものじゃなかった。
新聞記事にもあったように、五輪直前のほんとうにほんとうに大事な時期に、「負けても良い」試合をさせられてしまった選手たちの焦燥感、不安は、予想以上のダメージとなって今も残っているというのが実際のところではないでしょうか。
そして、大会中に倒れてしまうほど「勝ちたかった」吉原選手は、いつかこうなってしまうことを心のどこかで予測していたのかもしれませんね。だからこそ、「勝ちたかった」。

W杯、OQTと、選手たち12人の目指すものはひとつだった。
たったひとつのそれを、12にんまとめてもっともっと高いところへ持っていくのが吉原選手の仕事だった。
でも、WGPでたったひとつのそれは、ものの見事に崩壊してしまった。
モチベーションを保てなかった選手が悪いのか。

・・・それとも、それでも、まとめきれなかった主将が悪いのか。

そんな事はない、あなたは精一杯やった、あなたは素晴らしかった。あなたとあなたのしてきたことを、誰も土足で踏みにじることなんてできない。

たとえ周りがそう言っても、誰も彼女を責めなくても、吉原知子というひとは、「最後の挑戦だ」と自らインタビューに答えていた彼女は、この結果に決して自分を誉め、労わり、納得する事はないのでしょうね。

「細すぎて使いものにならない」と監督に罵倒された中学時代。
必死でトレーニングを積み筋力をつけて、やがて高校に進むも、一度も「春高」に進む事はできなかった彼女。

バルセロナ五輪が終わって数年、突然の日立解雇。
バレーを奪われ、努力して努力してやっと掴んだイタリアの地でのスタメン。
アトランタ五輪のため帰国したものの、予選敗退という結果から協会の年齢制限・・・事実上の「吉原切り」のため、国内の実力ナンバー1であるにもかかわらず国際試合から姿を消す。その間、所属したチームを次々と優勝に導くも、休部・廃部のため、2度も移籍する事を余儀なくされる。
そして、7年ぶりに主将として代表復帰。
日本代表選手としての誇りを若手選手たちに伝え、自ら「闘将」としてコートに立ち、2大会ぶりの五輪の切符をつかみ獲り、そして・・・

彼女のバレー人生って、なんなんでしょうね。
彼女自身の努力とは全く関係のないところで、大きななにかが動いて彼女自身を呑み込んでいく。
それでも、どんな時でも決して溺れず、もがいてもがいて水上に浮かび上がり、また泳ぎ始めた彼女。

今度こそ報われるのだと思っていました。正直、メダルは難しいだろうなとは思っていましたが、でも彼女は、彼女の作ったチームは、「死ぬほど練習してきたという自信」を、アテネの地で爆発させてくれるだろうと思っていました。信じて疑わなかった。
だって、そうでなければ吉原選手のこの1年はいったいなんだったのでしょうか。

自分で限界を定め、燃え尽きることなくコートを去っていったほかのたくさんの選手のように、いっそ彼女もそうすればよかった。
なぜ彼女だけが、こんなにたくさんの苦しみを背負わなければならないんでしょうか。
コートの中にいる吉原選手を、これから先もずっと見ていたい思いに変わりはないけれど、それはファンのエゴというものなのではないか。もう、吉原選手を楽にしてあげたい・・・そんな思いも、ほんのちょっぴりだけれど湧いてきてしまったのも事実です。

伝統は・・・悲しいけれど、東洋の魔女の伝統は、繋がらなかった。
選手たちは土壇場で闘争心を失い、指揮官は策に溺れた。
それは、もう覆しようのない事実です。

なにがいけなかったのか・・・。素人考えではありますが、目の前にアテネがあるのに、北京を見据えてしまった事が、監督の一番の失策だったのかもしれません。

チームが作られてまだ1年。チームはまだまだ脆弱だった。実は、「吉原」という一本の芯のまわりに選手が集まり、寄り添ってやっと立っているかのようなチームだった。
それなのに、その「芯」だけを見て、強さを過信してしまった監督は、北京の夢まで見てしまった。
五輪前の大事な時期に「芯」を取り払った。まだ、周りの誰にも、「芯」になれるだけの強さを備えた選手はいなかったのに。
「芯」を突然奪われた選手たちは、砂の山を崩すように崩れていった。「芯」はふたたび崩れた砂を集めようとしたけれど、一度崩れた城は、もうもとの形には戻らなかった。
きっと、最初の形のままアテネを経験させる事ができれば、周りの選手たちが「芯」となる事もあったのかもしれません。
時期尚早。まさにそれだったのかもしれません。

でも。
「この子達をオリンピックに連れて行きたい」と言い、その為に想像を絶する努力を積み、そしてそれを実現したキャプテンに、選手たちがほんの少しでも感謝の気持ちがあるなら、五輪に向けて1年しかないと言う時期、チーム作りをキャプテンに丸投げしてきた監督に、ほんの少しでもキャプテンに対する感謝と労いの気持ちがあるなら、もう一度、もう一度立ち上がってください。

そうでないと、もし、次の北京に向けて、この苦い経験を糧としてより強いチームが作られていったとしても、私はこの1年のように、そのチームを心から応援する気になれるだろうか、と思うのです。ひとりの素晴らしいプレーヤーのしてきたことをすべて踏みにじり、顧みることなく、たとえ最強のチームが作られたとしても。

お願いです。
吉原知子というひとりのプレーヤーの歩んできた道を、どうか次に繋げてください。アテネの地であと1試合、がむしゃらに勝利に向かって突き進むあなたたちを見せてください。
だってあなたたちはがむしゃらだったんですから、ほんの3ヶ月前までは。

どうか、吉原選手が去ったあとも、私に、全日本チームを応援させてください。





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Last updated  August 21, 2004 08:42:11 PM
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