全16232件 (16232件中 1-50件目)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月27日 明師良友明師良友は我々の隠れたる内在の性に通ずる道を拓き、我々をこの道に鞭撻する。我は何であるか。真実何を有つかを徹見(徹底的な理解)せしめる。人には種々の豊富な潜在的な能力(才徳)があるが、ちょうど色彩に対する鋭敏な感覚を有する画家の作品によってはじめて我々も自然における色彩美を感知し、今まで単純な音響しか聞く耳を持たなかった者が、微妙な音楽家の弾奏によってはじめて音楽の世界を発見するように、人の潜在的能力も明師良友を待ってさまざまな風情を現じ、徳音を発する。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 27, 2026
コメント(0)
![]()
涼み舟団扇の端をぬらしけり 子規1898年(明治31年)の作品です。こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 27, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月26日 先世の結縁或は一國に生れ、或は一郡に住み、或は一県に処り、或は一村に処り、一樹の下に宿り、一河の流れを汲み、一夜の同宿、一日の夫婦、一所の聴聞、暫時の同道、半時の戯笑、一言の会釈、一坐の飲酒、同杯同酒、一時の同車、同畳同坐、同床一臥、軽重異るあるも、親疏別有るも、皆是れ先世の結縁なり 聖徳太子「説法明眼論(せっぽうみょうげんろん)」*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 26, 2026
コメント(0)
![]()
携へし避暑案内や汽車の中 子規1899年(明治32年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 26, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月25日 自分(2)そういえば、なんでもないようで、実は自分を知り、自分をつくすほど、むずかしいことはない。自分がどういう素質、能力を天賦されているか、それを称して「命」という。これを知るのを「知命」という。知ってこれを完全に発揮してゆくのを「立命」という。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 25, 2026
コメント(0)
![]()
夏草やベースボールの人遠し 子規1898年(明治31年)の作品です。子規が野球に興味をもったのは第一高等中学校(東京大学予備門が1886年に第一高等中学校と改称)時代。捕手だった彼のユニフォーム姿の写真を見ていると夏草の向こうから聞こえてくるベースボールの声が私の耳にも確かに届いたような気がした。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)円周率の日はいつ? 由来や覚え方について‥‥
July 25, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月24日 自分(1)自分というものは良い言葉である。ある物が独自に存在すると同時に、また全体の部分として存在する、自分の自の方は独自に存在する、自分の分の方は全体の部分である。この円満無碍なる一致を表現して「自分」という。われわれは自分を知り、自分を尽くせば良いのである。しかるにそれを知らずして自分、自分といいながら、実は自己自私を恣いままにしている。そこにあらゆる矛盾や罪悪が生ずる。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 24, 2026
コメント(0)
![]()
日ざかりに泡のわき立田面哉 子規1892年(明治25年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 24, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月23日 三悪(2)人間の生命にも必ず機というものがある。つまり、そこを押さえたら、それが他の部に、また、全体にひびく所と、一向何にもひびかぬ所がある。つまり、「ツボ」「勘どころ」というものがどんなものにもある。時というのは、そういうツボ、勘どころの連結なのである。安岡正篤一日一言7 7月22日 三悪(1)善を見て而も怠り、時至りて而も疑い、非を知って面も処る。この三者は道を止む所なり。この三つがあると、進歩が止まってしまう。「善を見て怠り」、この時期ということを見ながら、これを実行せず怠る。時期、時というものは、のべつ幕なしにあるわけではない。必ず機というものがある。だから時期というのだ。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 23, 2026
コメント(0)
![]()
庭の木にらんぷとどいて夜の蝉 子規1896年(明治29年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 23, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月22日 三悪(1)善を見て而も怠り、時至りて而も疑い、非を知って面も処る。この三者は道を止む所なり。この三つがあると、進歩が止まってしまう。「善を見て怠り」、この時期ということを見ながら、これを実行せず怠る。時期、時というものは、のべつ幕なしにあるわけではない。必ず機というものがある。だから時期というのだ。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 22, 2026
コメント(0)
![]()
瓜くれて瓜盗まれし話かな 子規1900年(明治33年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 22, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月21日 師友一、物識りよりも物分りが肝要。二、得なことよりも正しいこと。三、財よりも信が大切。四、退屈せず。仕事に身心をうちこもう。五、くよくよせず。いつも笑を含んで。六、書を読み、教を聞こう。七、私事に捕らわれず、公儀に尽くそう。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 21, 2026
コメント(0)
![]()
持ち来るアイスクリームや簟(たかむしろ)子規1899年(明治32年)の作品です。※簟とは、竹で編んだむしろ/竹でできたすのこなどの意味をもつ漢字。18画の画数をもち、竹部に分類される。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 21, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月20日 人間の深浅物を評するは己を告白することだ。深い人は何でもないことを深く解釈し、詰まらぬ人間は深いことを浅く解釈する。心暗ければ世暗し、心明るければ世明るし、心深ければ世深し、心浅ければ世浅し。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 20, 2026
コメント(0)
![]()
くひながら夏桃売のいそぎけり 子規1893年(明治26年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 20, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月19日 現代を生きる術一、ハッスルhustle(あたり構わず押しまくる)が流行語となる世相である。粗暴無法の横行する世の中である。これを放置してはならない。二、繁栄の裡に頽廃没落するという文明の常例が日本にもあてはまってはおらないか。レジャーleisureヴァカンスvacanceで好い気になっておれる時勢であろうか。三、闘争・闘争、何でも闘争、平和の為にも闘争が呼号される。それは錯乱である。堂々と話し合いでかたづける明快な風を養おう。四、組織と大衆と機械に制せられて、人間は段々自主性を失い、人間味を無くしている。恐ろしい滅亡への道である。俗悪な時流に動かされず、真実の意義ある生活を営もう。五、空虚で傲慢な運動を戒め、自ら一燈となって一隅を照し、万燈遍照に努力しよう。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 19, 2026
コメント(0)
![]()
大仏のねむたさうなり茂り哉 子規1893年(明治26年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 19, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月18日 日本人なぜナショナリズムというものがいけないかと申しますと、これは自分の国民だけをむやみに主張して他を排斥する。つまり排他的民族主義になる。そういうものをショウディニズムと申します。これがいけない。しかしナショナリティ(国民性)というものは大事である。これなくして世界性、国際性、宇宙性というものは何も出てこない。やはり日本人は日本の個性、特殊性というものがあって、どこまでも日本人は日本人でなければならぬ。それでなくて世界市民になれるわけがない。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 18, 2026
コメント(0)
![]()
白百合や蛇逃げて山静かなり 子規1894年(明治27年)の作品です。白百合と蛇、季重なりの句だが、蛇が逃げてしまったあとの静けさが白百合の白さに収斂していくような不思議な味わいの作品だ‥‥彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 18, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月17日 善人よ強くなれ善人はこの際最も大事なことは、言葉・善弱・善怯ではなくて、善にして且つ強くなければならない。パスカルは「正義が強いか、強いものが正義か、正しい者が強くなるか、強い者が正しくなるか、より外に人間は救われない」と言うでおりますが、救われるためにはどうしても善人が強くならなければいけません。強くなるためには、感情的・感傷的にならずに、線が太くならなければいけません。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 17, 2026
コメント(0)
![]()
蛇の殻何を力に抜け出でし 子規1901年(明治34年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 17, 2026
コメント(0)
![]()
悪党と善人(2)安岡正篤一日一言8 7月16日 悪党と善人(2)だから世の善人と悪人とをくらべてごらんなさい。善人はたいてい引込み思案、消極的で、傍観的であり、団結しない。自然の草木と同じように自ら生きる。他に待たないものです。悪人は猛々しく深刻で、攻撃的積極的であり、必要に応じてよく団結します。私は昔からいろいろの機会に力説してきましたが、悪人は一人でも「悪党」と言います。それじゃ善人をさして彼は「善党」だとは言いません。悪党という語があっても善党という言葉は使わない。だから悪党と善人では一応善人側が負けるものです。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 16, 2026
コメント(0)
![]()
蚤に足らず虱にあまる力かな 子規1895年(明治28年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 16, 2026
コメント(0)
![]()
悪党と善人(1) 安岡正篤一日一言7月15日 悪党と善人(1)そもそも悪は善より感じが深刻です。善というものは生命の発展に従うものですから、柔軟な感じです。刺激がない。素直です。悪というものは生命の本流に抗するもの、逆行するものですから、どうしても感じが強く、身にこたえます。薬でも本当の良薬は生命を助長して副作用がない。効果も遅い。病の局所攻撃をする即効薬というものは、刺激が強く、副作用もひどい。まして毒薬ではたまりません。およそ人々は善に対してはあまり感じません。悪に対して非常に強く感じます。人間も概して悪人は強い。善人は弱い。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである‥
July 15, 2026
コメント(0)
![]()
利の客 安岡正篤一日一言7月14日 利の客史記の中に「利は智をして昏からしむ」と書いている。人間は利益ばかり追求していると、頭が悪くなるというのである。物事の理がわからなくなって、思いがけない恨みを招いたりする。論語に「利を以って行えば恨み多し」と出ているが、経済というものは本来、矛盾衝突を内包するから、利害による恨みが出やすい。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである‥
July 14, 2026
コメント(0)
![]()
一言・人を誤る 安岡正篤一日一言7月13日 一言・人を誤る人間の本当の正しさは、ちょっとした日常の挨拶や振舞にあらわれ、何でもない行動に、案外人間内容やその背景を知ることができるものです。これに反して、大層偉そうな大げさなこを言うものは当てになりません。こんな人程、家の中や友達とのつきあいになると、とんでもない愚劣なことを平気でやるものであります。昔からよく言うように「一言・事を破る。一言・人を誤る」で、ついうっかり言った言葉、ちょっとやった行為がその人の人間を決定します。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである‥
July 13, 2026
コメント(0)
![]()
いかに生くべきか 安岡正篤一日一言7月12日 いかに生くべきかすべて生きんとする意志は、いうまでもなく人生の原動力である。然しながら、ただ生きようとするだけではまだ動物的境界に過ぎない。人格に於いて、始めて如何に生くべきかの内面的要求を生ずる。茲に人にのみ許された至尊なる価値の世界-法則の世界-自由の世界があるのである。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである‥
July 12, 2026
コメント(0)
![]()
這ひてでし虫おさへたる団扇哉 子規1898年(明治31年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 12, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月11日 古賀穀堂(3)なかなか洒々落々とした所があって、「琴鶴亭の記」という文章を書いておりますが、何ぞ知らん、穀堂にお琴とお鶴という二人の愛人がありまして、この二人の名をとって亭の名にする等、意外な感にうたれますが、不通の杓子定規の人でない。まことに自由闊達、その反面に謹厳徹底した人でありまして、閑叟公を育てあげました。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥‥
July 11, 2026
コメント(0)
![]()
月赤し雨乞踊見に行かん 子規1896年(明治29年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 11, 2026
コメント(0)
![]()
安岡正篤一日一言8 7月10日 古賀穀堂(2)そこで俺は何になるのだ、何をもって存するのだというと、これは真の自分になること、自分の信念・学問・信仰に徹することです。これは大きな見識であります。世間では自分を見失ってしまって他人のまねばかりするものですから、ろくな自己ができません。ここに至って古賀穀堂はやはり偉い。徹底した見識をもった人であると思います。さすが名君を育てあげただけのことはある、と感心させられます。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 10, 2026
コメント(0)
![]()
月赤し雨乞踊見に行かん 子規1896年(明治29年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 10, 2026
コメント(0)
![]()
古賀穀堂(1) 安岡正篤一日一言7月9日 古賀穀堂(1)幕末佐賀の名君鍋島閑叟の師古賀穀堂の自警に「自分は開闢(かいびゃく)以来の第一人になる」の語がある。大変な天狗と思われるかも知れません。然し違うのです。それは第一人を「だい」と一人と読むからです。第は「ただ」とよむのです。古賀穀堂の意地悪ユーモアとお申せましょう。現在でも世界に三十億の人間がおりますが、自分は二人とはありません。これが人間存在の冥利で、個性というものであります。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 9, 2026
コメント(0)
![]()
家のなき人二万人夏の月 子規1900年(明治33年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 9, 2026
コメント(0)
![]()
事として通ぜざるなし 安岡正篤一日一言7月8日 事として通ぜざるなし事物と自己とが一つになることによって、対象はすなわち自己になる。自己が昇華するself-sublimationというもので、そうすると、どんどん物事が解決していく。これがいわゆる「事として通ぜざるなし」であります。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 8, 2026
コメント(0)
![]()
禅寺に何もなきこそ涼しけれ 子規1896年(明治29年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 8, 2026
コメント(0)
![]()
対心一処 安岡正篤一日一言7月7日 対心一処「心を一処に対すれば、事として通ぜざるなし」(「対心一処無事不通」)名言です。「心に一処に対す」ということが勘どころです。我々は、今のように自己と仕事というものが分裂していては駄目なのです。自己と言うものを本当に仕事に打ち込んでいく、そうすると、自分の対象である仕事は、自己と一つになることによって精神化される、すなわち対象に魂を入れる-これが「対心一処」であります。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 7, 2026
コメント(0)
![]()
舟一つ虹をくぐって帰りけり 子規1890年(明治23年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 7, 2026
コメント(0)
![]()
格物致知(2) 安岡正篤一日一言7月6日 格物致知(2)良知の良とは「先天的に具備する創造性を言う。」人は聖人たると凡人たるとを問わず、一様に道義的世界を展開すべき先天的徳性を本具している。これが良知である。これを拡充するのが致である。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 6, 2026
コメント(0)
![]()
政宗の眼もあらん土用干 子規1893年(明治26年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 6, 2026
コメント(0)
![]()
格物致知(1) 安岡正篤一日一言7月5日 格物致知(1)山田方谷が春日潜庵からきた致良知論に復書して「足下の言は致良知に専らにして格物に及ばず」とし、王氏の学は誠意を主とする。致良知は誠意中の事に過ぎぬ。そは必ず格物を以ってこれに配せねばならぬ。致良知でなければ、誠意の工夫が出来ない。二者兼進してはじめて誠意を得る。世の王学を唱える者は、大抵一にも二にも致良知と言って格物の功を廃していることは遺憾なりと言う。※良知とは:人が生まれながらにもっている、是非・善悪を誤らない正しい知恵。※致良知とは:良知を最大限に発揮させること。良知はもと孟子の唱えたもので、王陽明はこれを陽明学の根本的な指針とした。※格物とは:「知識を得るには事物を正しく把握することが必要だ」という意味※格物致知とは(意味・使い方):物事の道理や本質を深く追求し理解して、知識や学問を深め得ること。*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 5, 2026
コメント(0)
![]()
田から田へうれしさうなる水の音 子規1893年(明治26年)の作品です。どの田にもあまねく水の音がする田園風景だがその水の音を「うれしさうなる」と表現できるのは子規の拙なる魅力であるし、率直な旅の喜びの表現でもあるのだろう彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)うさぎ作詞ひらがな‥なに見てはねる♪マグマ大使歌詞‥アースが生んだ正義のマグマ♪365日の紙飛行機(双子のソプラノ歌手)歌詞‥朝の空を見上げて‥
July 5, 2026
コメント(0)
![]()
運はめぐる(2) 安岡正篤一日一言 7月4日 運はめぐる(2)命は天命であると共にその意味では、「我より作す」ものであり、自分から造るものであります。宇宙は時々刻々の新しい造化、創造、変化ですから、常にいわゆる「義理再生の身」とならねばなりません。これを知命、立命と謂います。高校三年生(舟木一夫)歌詞‥赤い夕日が 校舎をそめて一年生になったら歌詞‥ともだちひゃくにんできるかな『やぎさんゆうびん』歌詞、やぎさんはなぜ手紙を読まずに食べてしまったのか‥*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 4, 2026
コメント(0)
![]()
運はめぐる(1)安岡正篤一日一言7月3日 運はめぐる(1)命は先天的に賦与された性質能力ですから「天命」と謂い、またそれは後天的修養によって変化せしめられるもの、動くものという意味に於いて「運命」とも申します。運は「めぐる」「うごく」という文字であります。然るに人はこの見易いことを見誤って、命を不運命、宿命、即ち動きのとれない、どうにもならない定めののように思いこんで大道易者などにそれを説明してもらおうとする。高校三年生(舟木一夫)歌詞‥赤い夕日が 校舎をそめて一年生になったら歌詞‥ともだちひゃくにんできるかな『やぎさんゆうびん』歌詞、やぎさんはなぜ手紙を読まずに食べてしまったのか‥*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 3, 2026
コメント(0)
![]()
みちのくへ涼みに行くや下駄はいて 子規1893年(明治26年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 3, 2026
コメント(0)
![]()
朝こそすべて 安岡正篤一日一言7月2日 朝こそすべて英仏の古諺に曰く「朝こそすべて」と。一日二十四時間、朝があり昼があり夜があるとするのは死んだ機械の一日にすぎない。活きた時間は朝だけ、換言すれば、本当の朝をもたなければ一日無意義だということだ。朝を活かすことから人生は始まる。人生は、Que sera sera、Let it be、塞翁が馬‥意味や違い*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 2, 2026
コメント(0)
![]()
松島の風に吹かれん単もの 子規1893年(明治26年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 2, 2026
コメント(0)
![]()
大地の徳 安岡正篤一日一言7月1日 大地の徳偉くなることは、必ずしも富士山のように仰がれるようになるためではない。なるほど富士山は立派だけれども、それよりもなによりも大地である。この大地は万山を載せて一向に重しとしない。限りなき谷やら川やらを載せて敢えていとわない。常に平々担々としておる。この大地こそ本当の徳である。われわれもこの大地のような徳を持たなければならぬ、大地のような人間にならなければならぬ。人生は、Que sera sera、Let it be、塞翁が馬‥意味や違い高校三年生(舟木一夫)歌詞‥赤い夕日が 校舎をそめて一年生になったら歌詞‥ともだちひゃくにんできるかな『やぎさんゆうびん』歌詞、やぎさんはなぜ手紙を読まずに食べてしまったのか‥*安岡 正篤 おすすめの本(名言集):一日一言六中観 [正篤 ]忙中 閑有り。 苦中 楽有り。死中 活有り。 壺中 天有り。意中 人有り。 腹中 書有り。甲寅正月 無以会同人 敬しんで呈す亀井老契 座右「私は平生窃(ひそ)かに此の観をなして、如何なる場合も決して絶望したり、 仕事に負けたり、屈託したり、精神的空虚に陥らないように心がけている。」と。安岡 正篤(やすおか まさひろ)1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)陽明学者・思想家。安岡には政界だけでなく、財界にも多くの心酔者がおり、三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも指南していたとされる。終戦時、昭和天皇自身によるラジオ放送の終戦の詔書発表(玉音放送)に加筆し原稿を完成させたことから皇室からも厚い信頼を受けていた。数々の伝説を残し、政界・財界・皇室までもが安岡を頼りにしていたことから「昭和最大の黒幕」と評される。安岡正篤一日一言 心を養い、生を養う⇒ 安岡 正篤 一日一言@おすすめ本・名言集人物を修める [ 安岡正篤 ] ・成功とは、情熱を失わずに失敗を重ね続けることである ・面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり‥
July 1, 2026
コメント(0)
![]()
草枕の我にこぼれよ夏の星 子規1893年(明治26年)の作品です。彩色木版画集『四季の花』は、明治四十年九月に夏の四帖と冬の一帖が、翌年の明治四十一年九月に春の三帖と秋の二帖が、当時の彫師・摺師により木版画化され芸艸堂より刊行された。合計二百三十余の図版に五百三十余の花卉が描かれて、全十帖で完結している。絵画的要素が大きい草花図譜として、日本画家はもとより、工芸家にとっても参考に資する内容となっている。本書は、この木版画集より百五十余図・約三百種の花卉を、おおまかに四季に分類して収録している。俳句の創始者、正岡子規は34年という短い人生で、苛烈な人生の中明るく愉快な句をなんと2万4千ほど詠んだとか‥(子規365日、夏井いつき)こんなにも無邪気で軽快で明るい子規がいたなんて──365日を俳人・正岡子規の365句で、まるごと味わおう! 愛媛在住、MBS「プレバト!!」俳句コーナー講師で大人気の著者が、34歳志半ばで逝った子規の世界をていねいに読み解く快著。夏井いつき(ナツイイツキ)1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教諭を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営、MBS「プレバト!!」俳句コーナー出演など全国的に幅広く活躍。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」、朝日新聞愛媛俳壇、愛媛新聞日曜版小中学生俳句欄、各選者。15年より初代俳都松山大使時候の挨拶一覧(3月初旬・中旬・下旬)‥
July 1, 2026
コメント(0)
全16232件 (16232件中 1-50件目)

![]()
