ココロの森

ココロの森

2006.05.29
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(※ ネタバレあります)





  不思議な、あやしい、ありそうにない話。

 しかしどこか、あなたの近くで 起こっているかもしれない物語。


  (『東京奇譚集』帯フレーズ より)








5つの 不可思議な物語からなる短編集。

どこにでもありそうで、でもなさそうな物語。






  ゲイである主人公が ふとした偶然から出会った女性には
  耳にほくろがあった。
  十年来仲たがいしたままになっている姉と同じ場所に…。

「偶然の旅人」





  彼を悼み、毎年その海を訪れる母。
  その浜辺で 彼女が追い求めているものに、彼女だけが会えない…

「ハナレイ・ベイ」




  忽然とマンションの階段で消えてしまった男性。
  かたちの見えないドアが、このどこかに きっとある…

「どこであれそれが見つかりそうな場所で」





  作品の展開に行き詰まっていた小説家が 偶然巡り合った女性。
  彼女は 『男が一生に3人だけ出会う』という
  「本当に意味を持つ女性」のうちの ひとりなのか?

「日々移動する腎臓のかたちをした石」





  ある日突然、自分の名前だけが思い出せなくなる。
  それは、遠い昔に封印していた名札を 
  知らぬ間に盗まれていことが原因だった…

「品川猿」









-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




何よりも 大事だったんです。
  僕はそのときにふとこう考えました。
  偶然の一致というのは、
  ひょっとして実はとてもありふれた現象なんじゃないだろうかって。

  つまりそういう類のものごとは
  僕らのまわりで、しょっちゅう日常的に起こっているんです。
  でもその大半は僕らの目にとまることなく、
  そのまま見過ごされてしまいます。
  まるで真っ昼間に打ち上げられた花火のように、
  かすかに音はするんだけど、空を見上げても何も見えません。
  しかしもし僕らの方に強く求める気持ちがあれば、
  それはたぶん僕らの視界の中に、
  ひとつのメッセージとして浮かび上がってくるんです。
  その図形や意味合いが鮮やかに読みとれるようになる。

  そして僕らはそういうものを目にして、
  『ああ、こんなことも起こるんだ。不思議だなあ』
  と驚いたりします。
  本当はぜんぜん不思議なことでもないにもかかわらず。
  そういう気がしてならないんです。
  どうでしょう、僕の考えは強引すぎるでしょうか」


 彼の言ったことについて考えてみた。
 そうだね、そうかもしれない、と返事をすることはできた。
 でもそんなに簡単に結論をだしてしまえることなのかどうか、
 もうひとつ自信がなかった。


  「僕としてはどちらかといえば、もう少しシンプルに、
  ジャズの神様説を信奉し続けたいけどね」と僕は言った。










         ( 東京奇譚集『偶然の旅人』より )






------- ------ ------- ------ -------



 「ねえ淳平くん、この世界のあらゆるものは意志を持っているの」
  と彼女は小さな声で打ち明けるように言った。

 淳平は眠りかけている。
 返事をすることはできない。
 彼女の口にする言葉は、夜の空気の中で構文としての形を失い、
 ワインの微かなアロマに混じって、彼の意識の奥に密やかにたどり着く。

 「たとえば、風は意志を持っている。
  私たちはふだんそんなことに気がつかないで生きている。
  でもあるとき、私たちはそのことに気づかされる。
  風はひとつのおもわくを持ってあなたを包み、あなたを揺さぶっている。
  風はあなたの内側にあるすべてを承知している。
  風だけじゃない。あらゆるもの。
  石もそのひとつね。
  彼らは私たちのことをとてもよく知っているのよ。
  どこからどこまで。
  あるときがきて、私たちはそのことに思い当たる。
  私たちはそういうものとともにやっていくしかない。
  それらを受け入れて、私たちは生き残り、そして深まっていく」





------- ------ 



 「何より素晴らしいのは、そこにいると、
  自分という人間が変化を遂げることです」

 と彼女はインタビュアーに語った。

 「というか、変化を遂げないことには生き延びていけないのです。
  高い場所に出ると、そこにいるのはただ私と風だけです。
  ほかには何もありません。
  風が私を包み、私を揺さぶります。
  風が私というものを理解します。
  同時に、私は風を理解します。
  そして私たちはお互いを受け入れ、ともに生きていくことに決めるのです。
  私と風だけ──ほかのものが入り込む余地はありません。
  私が好きなのはそういう瞬間です。
  いいえ、恐怖は感じません。
  一度高い場所に足を踏み出し、その集中の中にすっぽりと入ってしまえば、
  恐怖は消えています。
  私たちは親密な空白の中にいます。
  私はそういう瞬間が何よりも好きなのです」





         ( 東京奇譚集『日々移動する腎臓のかたちをした石』より )












 小説の 村上春樹ワールドよりも
 少しだけ 現実に近いぶん、
 不可思議さが増す。


 そんな 5つの物語だった。









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最終更新日  2006.05.29 16:14:16
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