ココロの森

ココロの森

2008.09.30
XML


“辺境の人”に置き忘れられた幼子。
この子は村の若夫婦に引き取られ、
長じて製鉄業で財を成した旧家赤朽葉家に望まれ輿入れし、
赤朽葉家の“千里眼奥様”と呼ばれることになる。
これが、わたしの祖母である赤朽葉万葉だ。
千里眼の祖母、漫画家の母、そして何者でもないわたし。
高度経済成長、バブル景気を経て平成の世に至る現代史を背景に、
鳥取の旧家に生きる三代の女たち、
そして彼女たちを取り巻く不思議な一族の姿を、
比類ない筆致で鮮やかに描き上げた渾身の雄編。



私にとって初めての桜庭一樹作品は、真っ赤な表紙に二段組の強面。
おまけにフィクションでありながら
歴史小説さながらの丹念な時代背景の描写に序盤から躓いてしまい、
前半はなかなか読み進める事が出来なかったのですが
中盤からどんどん話が面白くなり、後半は一気読みだった。

昨年の 「このミステリーがすごい!」 第二位に選ばれた作品だそうだが
終盤にようやく現れる謎解きよりも、

母から娘へと受け継がれる「おんなたちの物語」の描かれ方が見事。
最初はどうなる事かと頭を抱えたけれど、
さすが作者が 「佐々木丸美作品へのオマージュ」 と謳っただけのことはある物語でした。
(それが本書を最初の桜庭作品に選んだ理由なのです)






佐々木作品にも通じる部分はいくつかあったけれど
まず、一番印象的なのは、登場人物たちの名前。

万葉の4人の子どもたちは上から順に、
泪(なみだ)、毛毬(けまり)、鞄(かばん)、孤独(こどく)。
名付けはすべて、万葉の姑である、赤朽葉タツ。
泪、毛毬はまだしも、鞄、孤独なんてあんまりだと思うけれど
彼女によると、

「名前が運命を決めるのではないよ。
 この子の運命は孤独としか名付けられないものなんだよぅ。
 この名になるのは,決まっておるの」



『千里眼奥様』万葉の先代もまた、未来が『視得(みえ)る』千里眼だったらしい。

この赤朽葉家の、家自体にうごめく不穏な空気を、
おんなたちだけしか感じ取れないというのも佐々木作品に通じている。

男達は時代の礎となって働き、女は先の時代の風をよむ。
この作品全体にそんな空気が流れているが、これは佐々木作品とは真逆の価値観で




そんな、半分神代が懸かった時代(といっても戦後の地方都市)に生きたタツと万葉。
万葉の娘・毛毬は、レディースから売れっ子漫画家に。
そして、毛毬の娘・瞳子(とうこ)は、
やりたい事も見つからず仕事もしないニート暮らし。

姑から嫁へ、母から娘へと時代は流れ
徐々に、しかし確実に、軽薄でうすっぺらく、
なのに底が見えない何かに飲み込まれるように
混沌としていく日本の社会。

この物語を語る瞳子自身、本来タツによって
「自由」 と名付けられるはずであった。

『幻の自由』。
 その時代を見つめる瞳子は、やはり
「この名になるのは,決まって」 いて、
ひ孫の「自由」が幻となるのも、タツには「視えて」いたのかもしれない。



 - * - * - * -

「毛毬ちゃん。女の子がダメになりたい気持ち、わかる?」

(中略)

「ダメになりたくなるくらいだったら、そんなにがんばらなくていいだろ。
 勉強だけじゃないんだ,世の中は」

「勉強だけよ。わたしたちの義務は」

(中略)

「男の悪いところを真似する事が、強い女になるってことか?
 それはちがうぜよ、チョーコ、ぜったいにちがうぜよ」

 - * - * - * -



瞳子の母、毛毬がレディースだった頃、
「優等生」だった親友の蝶子とファストフード店で交わした最後の会話。

あの頃が、「楽しかった昔」の、古き良き日本の、
終わりの始まりだったのかもしれない。





「男はよぅく働くのがいちばんじゃし、女はよぅく産んで育てるもんでしょう。
 わしはそう信じて生きちょったし、
 そしたら、人が産んだ子でも、関係あるまいね!」



かつて、万葉の育ての親である多田の妻は
万葉自身から
「なぜ、戦後の食うや食わずの中、捨て子である自分を育てたのか」と問われて
当然のようにこう答えた。

まさに「古き良き日本」の、もうとっくの昔に流れ去ってしまった時代の価値観だけれど
これは、毛毬と蝶子のファストフード店での会話と、まさに対照的だ。

生まれおちた瞬間から「生きている」ことが当たり前となってしまっている
「豊かな」時代。
だから子供達も、おとなたちも、
その当たり前がである”生きること”が見えなくなってしまっている。
そして、実際にはあるかどうかもわからない「何か」ばかりを追い求めて
本来の姿を見失ってしまっている。

それでは本末転倒なのに。





物語最後の謎解きの部分(誰が『殺された』のか)は,
何となく想像がついてしまうけれど、
それの鍵となる万葉の「未来視」のからくりには
意表をつく大どんでん返しが隠されており、
それが「このミス」大賞2位に選ばれた所以だろう。


視点を変えれば、
天と地が、幸と不幸が、生と死が、善と悪が入れ替わってしまう。

事実は何も変わらなくても。




そんなところまで奥深く示唆できる。

それがこの物語の「からくり」であり、すごさだろう。


















お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008.09.30 16:08:41
コメント(2) | コメントを書く
[読書のココロ(小説)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

*藤紫*

*藤紫*

カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索

コメント新着

向日葵@ Re:霊媒体質(08/05) 霊媒体質について、感じることを書いてみ…
向日葵@ Re:ものごとは心に導かれる(03/25) もう十年以上も前に、藤紫さんのこの記事…
せーちゃん@ Re:『4 of Us』(04/06) こんばんは。 ずいぶんと昔の記事に返信申…
http://buycialisky.com/@ Re:ビビる(05/25) 20mg cialischeap cialis softtabscialis …
http://buycialisky.com/@ Re:若葉の頃(04/19) cialis en andere medicijnendiferencias …
http://buycialisky.com/@ Re:新月に願いを 51(02/13) cialis soft from canadageneric viagra l…
http://buycialisky.com/@ Re:『クローバー』島本理生(10/15) mechanism of action of the drugs viagra…
http://cialisbuys.com/@ Re:ビビる(05/25) cialis generika rezeptfrei bestellencia…
http://viagrayosale.com/@ Re:若葉の頃(04/19) viagra causa aneurisma <a href=&quo…
http://viagraessale.com/@ Re:新月に願いを 51(02/13) viagra and excessive alcohol <a hre…

バックナンバー

2026.08
2026.07
2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01
2025.12
2025.11

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: