ココロの森

ココロの森

2010.08.19
XML


「言葉の風景画家」と称される著者が、
硬質な透明感と静謐さの漂う筆致で描く青春の焦燥。
生の実感を求め自衛隊に入隊した青年の、
大地と草と照りつける太陽に溶け合う訓練の日々を淡々と綴った芥川賞受賞作「草のつるぎ」、
除隊後ふるさとに帰り、友人と過ごすやるせない日常を追う「一滴の夏」
長崎・諌早の地に根を下ろし、四十二歳で急逝した野呂邦暢の、
初期短篇を含む五篇を収録。

【目次】
狙撃手/白桃/日が沈むのを/草のつるぎ/一滴の夏




久々に落ち着いた心持ちで
読み終えた後、静かに本を閉じられる、、、そんな作品集。


中でも私がとりわけ惹かれたのが
受賞作や表題作ではなく
「日が沈むのを」 だ。


失恋したばかりの女性が、
仕事のことや別れた男のことなどに思いをめぐらせながら
ひとり暮らしのアパートで夕陽が沈むのを見ている。
そして日が暮れて、ふと外をみやると、見慣れた人影が見える。


言の葉の才のあるひとの手にかかると
これだけの佳作になるのか、と唸る。


芥川賞作家は、そういった日常の何気ない一コマを切り取りつつ
そこから時空やら何やらを縦横無尽に広げて
主人公の過去や未来、周囲の状況、ココロの移り変わりなどを
たくみに拡げてみせる作品がおおいけれど
昔の受賞作と、昨今の受賞作とでは
その広がりの幅がベツモノだなと感ずる。

一言で言えば、最近の芥川賞作品は、浅い。
広がりはたいそうのびやかであるのに、奥行きがない。
と、私は感ずる。


小難しい話はイヤ、あっさりしたのがいいと言う人が最近は多いのだろうから
完全に好みの問題だけれども
私はするすると筆が滑るように軽やかに広がっていく世界よりも
狭い産道をむずむずともがきながら、遅々として話が進まずとも
その、少しだけ進んだ先に、

それを針の穴のような小さな光がこぼれて来る隙間から垣間見られるような、
そんな世界が私は好きなのだ。







 * * * * *


仕事をすることはやさしい、生きることもやさしい。
なぜ、生活はやさしいといわないのか。
わたしは人生を涙の谷だなどとは決して思わない。
高校生のころ、よく教師たちが一段高い所から重々しく説いたものだ。
生きることは重荷を負って坂道を上るようなものだ、と。

わたしは笑わずにはいられない。
道徳の教師に反対するつもりはないが、人生は慰安と歓びを求める者を裏切りはしないということも彼は同時に教えてくれてもよかったのだ。
人生は失意の総和だ、などと語る教師の得意げな表情といったら。

あの夕日、あれはわたしのものだ。
夕暮れの菫色の空、これもわたしの属する世界の一部だ。
暮れてゆく空にのぼる街の音、燈火のきらめき、
子供たちの喊声、足音、遠くを走りすぎる電車の響き、
これらはみな世界がわたしに対して無関心であるしるしだ。

そう、ついにわたしは発見した。

(おまえのことなんか構っていられないよ)とひややかにいい放つ世界に対して、
わたしもまた同じ無関心を装えばいいわけだ。
つまりそういう取りひきなのだ。
裏切った恋人はただ忘れてしまえば良い。
決して幸福を与えない世界に対しては、わたしも世界の外にでもいるように冷静にそっけなくふるまえばいい。
距離が生じるとにわかに世界が好ましい細部を現してくる。
今まで見えなかった微妙な事物が目に映るようになってきた。

たとえばこの夕日である。

わたしが世界の外に立ち去って、すべての事物に無関心でいようと決心したとき、
夕日は無限の優しさをこめてわたしを見まもっているように思われた。
おまえはそこにいる、わたしはここにいる……
と夕日は囁きかけ、うなずいているように見えた。







                   (「 日が沈むのを」より )

 * * * * *







傾きかけた陽を眺めつつ、それが山の稜線にかかり、
すっかりおちるまでの、わずかなひととき。

その、ほんのひとときに彼女におとずれた
回想と発見。

その新しい発見による彼女のココロと、
暮れなずむ風景とが見事にシンクロしてゆく。







「言葉の風景画家」 との紹介文に、納得だった。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010.08.19 13:00:50
コメント(0) | コメントを書く
[読書のココロ(小説)] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

*藤紫*

*藤紫*

カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索

コメント新着

向日葵@ Re:霊媒体質(08/05) 霊媒体質について、感じることを書いてみ…
向日葵@ Re:ものごとは心に導かれる(03/25) もう十年以上も前に、藤紫さんのこの記事…
せーちゃん@ Re:『4 of Us』(04/06) こんばんは。 ずいぶんと昔の記事に返信申…
http://buycialisky.com/@ Re:ビビる(05/25) 20mg cialischeap cialis softtabscialis …
http://buycialisky.com/@ Re:若葉の頃(04/19) cialis en andere medicijnendiferencias …
http://buycialisky.com/@ Re:新月に願いを 51(02/13) cialis soft from canadageneric viagra l…
http://buycialisky.com/@ Re:『クローバー』島本理生(10/15) mechanism of action of the drugs viagra…
http://cialisbuys.com/@ Re:ビビる(05/25) cialis generika rezeptfrei bestellencia…
http://viagrayosale.com/@ Re:若葉の頃(04/19) viagra causa aneurisma <a href=&quo…
http://viagraessale.com/@ Re:新月に願いを 51(02/13) viagra and excessive alcohol <a hre…

バックナンバー

2026.08
2026.07
2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01
2025.12
2025.11

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: