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生まれてきた意味皆さんの中には自分の人生は非常にちっぽけなものであり意味がないと思っている人がいるだろう。 社会や世界に与える影響が本当に小さく小さいため、自分の存在意義が見出せない人も居るだろう。私も大きな貢献ができなければ、多くの人のためにならなければ、いくら心を磨いたところでその行為の大きさは、本当に小さいものだと思っていた。 社会や世界に対し名の知れている人たち。その人たちに比べ、自分の人生はなんと小さいことか。人に与える影響がなんと小さいことか。私はそのことについて悩んでいた。美しく星が瞬く夜空を眺めた時のこと。私はあることに気がついた。あのかすかに見える小さな小さな星は、もしかしたら、どの星よりも大きいのではないかと。 あの小さな小さな星は、私の足元を照らすどころか、月の光にさえ隠れてしまうくらい微弱な輝きだ。しかしあの光は何億光年先から届いた光で、その光を発している星はどの星よりも大きく、そして綺麗に光輝いているのかもしれない。 社会や世界に与える影響は少なくても、誰かのために、たった一人のためでも、ただ平凡に、毎日を心を磨きながら生きていく。そうすれば、社会に届く光は弱くとも、大きく綺麗に光り輝く魂になれるのではないか?この私たちの生きる世界には、沢山の命の光があふれている。それは小さいものもあれば、大きいものもある。 私たちが一人一人が一つ一つの光なのである。 たとえ小さくても誰かの光、灯明になれるならば、それがあなたのこの世に生まれてきた意味になるだろう。神代の世界に戻る時、心の中の神様に恥じぬ生き方が出来たか。 自分の心・魂は行動、想い、生き様など全てを観ている。心と魂を磨き、あのなつかしい世界に戻ることがあなたの生まれてきた意味なのかもしれない。私は今、私も今、心を磨きながら生きている。木村藤子さんから神様の御言葉を頂いて・・・完
2014.07.20
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私が木村藤子さんにお会いして、そして今まで不安や苦しみの中でもがきながら学んだこと。それは、日々一生懸命良心に従って生きる大切さ他に頼るのではなく、自分の心と魂を見つめることの大切さこの2つを心に刻み、愚直にそして懸命に生きるならば人生というものはやがて好転していく。木村藤子さんに御会いして、この世界の輪廻の輪から抜け出るためには今やらずしていつやるのか。その事を私は永い永い魂の旅を経て、ようやく体験と知識により感じ取れたと実感している。今の自分が、幾多の過去世の集大成であり一番ベストであると胸を張っていえる。そしてその自分が愛おしく思う今日この頃である。
2014.07.20
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私は今、紆余曲折があったが、幸運なことに自分の天職ともいえる仕事で頑張っている。けれどもたとえ天職といえども、苦労がたえず会社や仕事を辞めたくなる事も多い。それでも日々自分の良心に従い、出来る努力をして懸命に生きている。木村藤子さんに最後にお会いしてから数年経つが本当に色々な事があり、歯を食いしばりながら頑張ってきた。なぜならば自分の力で、心で問題に取り組み解決していかなければ、結局何も解決しないからだ。人は過去世や現世で自ら生み出した行い、カルマにより様々な問題に直面したり、幸福が舞い込んだりする。辛いことがあれば悪いカルマを解消するための機会と捉え、これ以上悪いカルマを生む出すことなく先延ばしすることなく、解決の努力をしたりカルマを完全に消化するまで心を磨いていく。幸せなことがあれば、その幸せとそれをもたらしてくれた人達や様々なお蔭様に対し感謝する。そしてその幸せを他の人達にも分けてあげる。日々の生活の中でカルマは作られ、そして私達の未来も作られていく。今を真剣に一生懸命良心にしたがって生きていく。その地道な毎日こそが心と魂を磨く最良の手段であると気がつきつつある。
2014.07.20
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木村藤子さんに視てもらったことををブログなどに書いている人はいるが、その後の生活について書かれた情報はほとんどないのではないか?当たった当たってない、と一喜一憂しても結局何も変わらない。そこには一瞬の高揚感があるだけだ。実は視てもらった後の生活の方が、重要なのではないかと思う。なぜなら結局視ていただいて神様のお言葉を伝えていただいても、実生活に役立てることが出来なければ無意味だからだ。これから書く内容は木村藤子さんから視ていただいた相談者のその後である。
2014.07.20
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下北駅では、他の相談者が色々と話をしていた。今回の旅に納得できた人。無言で地面を見つめる人。その想いは人生のように人それぞれ。しばらくすると野辺地へと向かう一直線の線路に列車が到着した。そして相談者たちは再び明日を生きるため人生の列車に乗り込んでいく。私はその列車に様々なものを視ていた。1億2千万人の日本全国からやってきて同じ列車に乗った数十人の人たち。同じ列車に乗り同じ空間で同じ時間を共有する。これも何かの縁であり、カルマなのである。それと同じことが私たちの日々の生活にも見られる。それは会社であり学校であり、家庭にも同じように見られるものである。一本に引かれたレールとそこを走る列車。その中で景色の良い椅子に座れるかも知れないし、逆に揺れの激しいところに立たなくてはいけない時もあるだろう。それと同じように、同じ社会に生きていても人それぞれで立場や環境が異なる。けれどもそんな些細な事にもきちんと意味があり、その小さい現象は大きな真理を含んでいることがある。小さな気づきにも大きな神意があり、神様は常に暖かな目で私たちを見守っている。心地よくゆれる列車の中で、私は多くの相談者を視てそう感じた。先ほどまでとは打って変わり、どんよりとした雲は姿を消し、やさしい柔らかな光がどこまでも線路を照らし続けていた。
2014.07.20
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お礼を言い拝殿を出た後、私は玄関の椅子に少し掛けていた。あっけなく終わってしまった事と緊張の糸が途切れたためか少しぼっ~としていた。私が相談をしている間に列車が到着し、少し込み合っていた。多くの相談者とあわただしい木村邸。その時だった。廊下から現れた木村藤子さんが「あら、よろしければコーヒーでも飲んでいけば?」と声をかけてくださった。私はちょうど席を立とうとしていたこともあり、丁重にお断りし、木村邸を出た。木村藤子さんはリビングにパタパタと入ってったのだが、もしかしたらほとんど質問をしない私のことが気になったのかもしれない。帰り道、今日の天気は曇り空。私の心も曇り空。だいたい自分の予想通りの答えだったけど、木村藤子さんに相談しても、木村藤子さんはただ神様のお言葉を伝えて下さるだけで、何も解決しない。解決するのは結局は自分自身。そう思うと何か憑き物が落ちたように心の中で腑が落ちた気がした。
2014.07.20
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今日、木村藤子さんの相談スペシャルがテレビで放映されていましたね。そのせいか、ブログのアクセス数が非常に多くなっています。ワールドカップの予選がありましたが、私は木村藤子さんの番組をずっと見ていました。本ブログですが、もうすでに最後まで原稿が出来ています。あとはアップロードするだけの状態です。けれども最近、日々の生活を通して自分の意識などの内面的なことが大きく変化する兆しがあり(大きく変化する途中なのかもしれません)そのことをふまえて、原稿を修正、追記していくつもりです。おそらく今日はじめてこのブログを訪問してくださる方も大勢いらっしゃると思います。長い長い話ですが、一番古い記事から順にご覧頂ければ、一人の相談者の苦悩や想いがわかるかも知れません。また、いつもいらしてくださる皆様、私は最後までブログを完結させますので、ゆっくりとお見守り下さい。このブログが内面を見つめ、自分の心、魂をほんの少しずつでも磨く大切さ、本当の幸せとは何か、どうすれば幸せになれるのかを考えるヒントになれば幸いです。幸せのヒント、最近私はそのことに気づきつつあります。おそらく木村藤子さんが皆様にお伝えしたいことと私が気づきつつある幸せのヒントは、同じような気がしています。ゆっくりと書いていきますが、どうかご容赦ください。
2013.06.04
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木村氏「仕事ですが、今の職場は長く勤められないとのことです。できれば転職活動を行いながら勤めたほうが良いでしょう。あと結婚についてですが、、、う~ん。う~ん、38・・・。あなたはまじめすぎるからねぇ、たぶん縁はないと思います。」私「仕事ですが、どのような仕事が私に向いていますか?」木村氏「今仕事を探すのは難しいですからね。ご縁があったところで、(あなた自身を)合わせなさい。とのことです。」(時間にして10分程度。もう少し言葉を交わしたと思うが当時のメモもないため、ご了承いただきたい。)その時私はなぜか非常に落ち着いていた。ああやっぱりと。今いる会社は長く勤められないと感じていたし、転職したいと考えていた。また以前木村藤子さんにいただいた言葉でも、飽きっぽい性格を指摘されており職場に自分を合わせる必要があるとの旨を気づいていたため仕事についてのお言葉はスーッと心に入ってきた。そして結婚については、何ともいえない気持ちになった。けれども、前述のもう一人の能力者?の方から、すぐ近くに運命の人が来ているという言葉を信じていたことから、私は何とかなるだろうと感じていた。
2013.05.12
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そこには木村藤子さんの後ろ姿があった。木村氏「どうぞ、お入り下さい。」私「失礼致します。」木村氏「相談ごととは、仕事と結婚についてですね?」私「はい。仕事は今の仕事を続けることができるのか、結婚とは、結婚する縁に恵まれるのかというのをお願いします。」木村氏「わかりました。それでは後ろのソファーにお掛け下さい。」いつもと同じような、まるで神社で御祈祷を受ける時のようなやりとり。(なれなれしさや親しみなどを抜きにした、ビジネスライクな感じ。たぶん初めての人は、相談っていろいろ話を聞いてくれるのではないの?とか、普通のカウンセリングならもっとお互いの緊張をほぐすような会話から始まるよね?と違和感を覚えると思う。)そして、神様への祝詞が奉上された。
2013.03.23
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私よりも先に来ていた方々の相談が終わり、私の番号が呼ばれた。木村藤子さんにお会いする緊張感、そしてまた再会できる喜びが心の中に沸きあがってきた。細長い暗いトンネルのような廊下の先の扉を目指して進む私。粗相がないよう、緊張する私。木村藤子さんにお会いするからといって、その場でしゃきっとして素の自分を隠したからといってどうにかなる問題ではない。神様の目を気にする、これって人の目を気にするのと同じような気がしている。人の目を気にして、心の中では悪態をついても、振る舞いだけは良い人を演じる。初対面の人ならともかく、そんなことをしても自分の心の中の神様は一挙手一投足を常に見続けている。そう思った瞬間、私は素の自分でお言葉を聴こうと思った。そして私は拝殿の扉を開いた。
2013.02.21
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その日、9時前に到着するように木村邸に向かった。野辺地と下北を結ぶ鉄道は本数が限られている。列車の到着の前に木村邸に行けば、少しは落ち着いて相談にのっていただけると思っていたからだ。木村邸に到着した時、既に何人かの相談者が訪れており、少しあわただしい雰囲気が漂っていた。私は数名の相談者とともに待合室で待機した。木村邸でいつも感じている、不思議な暖かさ、清清しさ、そして視られているという感覚をその時も感じた。既に霊視ははじまっている。この感覚は目に見えない世界に接触した時、自分の心を見透かされるのに似た感覚である。想いが筒抜けの世界、想念の世界。それが見えない世界なのである。
2013.01.27
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今回、私は木村邸から歩いて10分ほどの民宿に泊まることになっていた。夕食を済ませたあと、8時過ぎだったと思うが、私はなんとなく木村邸に程近いとまむモールに向け歩いていた。今までのことが頭の中にいろいろと浮かんでくる。初めて木村藤子さんから神様のお言葉を頂いた時の事や電車が風雪のため止まってしまい、なんとかむつまで来れた日のこと。そして最後の相談から今までの自分の歩んできた道。必要な時につながった神様とのご縁のこと・・・しばらく国道を歩くと木村邸が見えてきた。窓から漏れる光。木村藤子さんは日中は神様にお使えしているが、相談が終わった夜はほっと一息つきながら、普通の人として過ごしているのだろうなぁと思いながら、私は心の中でそっと一礼をしてその場を後にした。私はまた下北に来ている。明日、人生が変わる・・・悩みから開放される・・・そう、私は多くの相談者と同じ気持ちで下北の大地にやってきたのだ。
2013.01.23
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午前中函館を観光し、午後からむつに向かった。函館からむつに向かう列車の中で、私は思っていた。もし木村藤子さんから良いお言葉を頂けなくてもあの人なら、私と彼女の関係を良くしてくれる・・・当時、私は彼女から彼女のカウンセラー(霊能力関係)の人に会うように言われ、何度かあっていたのだった。はじめは、う~んと思っていたが、彼女に振り回され心身ともに疲れ、何とか彼女の気持ちを私だけに振り向かせたい、そのためには彼女のことをよく知るその人の助けが必要だと考え会ううちに、ずぶずぶと嵌まってしまっていたのである。木村藤子さんともう一人の霊能者。もし悪いことを言われても二人いるのだから、どちらかに頼れば何とかなるのでは?私はそう思っていた。私は二人の能力者がいるのだから、非常に心強いと安心していた。今回、木村藤子さんに見ていただいて自分の思うようなお言葉でなければ、もう一人の方に自分の人生を委ねようと考えていた。私はジプシーになりかかっていたのかもしれない。占いジプシーと呼ばれる人々、つまり自分に都合の良い答えを求め、彷徨う人々である。人は来もしない未来に対し、期待や不安を抱きながら生きている。それは本来、過酷な自然環境で生き残るためのなくてはならない本能として備わったものだろう。しかしながら、その「未来を想う本能」が時として人を苦しめる。それは未来が未確定だからである。未来に起こる出来事を知りたい。多くの人がまだ来ぬ未来を求め、彷徨っている。未来を知りたい理由はただ一つ。苦難を出来る限り避け、未来を自分の思い通りにし、自分の心を安心させるためである。多くの人は、自分の我を満たすために未来にばかり気をとられ今という大切な大切な時間をないがしろにする。私もそのおろかな彷徨う人々の一人だった。
2013.01.20
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今回の旅は8月3日の月曜日に木村藤子さんから神様のお言葉を頂くことになっていたので、土日は観光をしようと思い8月1日~2日は函館に行くことにした。陸奥と北海道はかなり距離があるが、JRのフリー区間乗り放題切符を使うことで、比較的安く抑えることができるのだった。函館には午後につき、祭りと花火、そして美味しい物を堪能し、私は宿泊施設へ行き体を休めることにした。その夜、私は悪い夢を見た。当時付き合っていた人は非常に難しい人だった。今思うと境界性人格障害?のようだったが、感情の変化が激しく甘えてくると思ったら、ひどくけなしたり、暴言を吐くなど私はとても振り回されていた。そして仕事の不安もあいまって、心身ともに疲弊しきっていた。その中で見た悪夢。それは次のようだった・・・彼女は私の知らない男性と手をつなぎ、親しげに歩いていた。どこか悪い方向に向かおうとする彼女。私はその後姿を見て、止めなくてはと思い彼女に近づくのだが突然複数の男が恐ろしい形相でこちらに向かってきたのだった。つかまったらヤバイ!そう直感し全力で逃げる私。けれどもあっけなく男たちに捕まりひどい暴行を受け続けたのだった。夜が明け目を覚ました時、ベッドは汗で濡れていた。一抹の不安を覚えつつも、木村藤子さんなら何とかしてくれる。余裕だった心が、焦りに変わっていた。
2013.01.17
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あの頃、私は木村藤子さんに相談すれば何かしらの道は開けるのだと信じていた。今回の相談内容についても、このように考えていた。仕事について、本当に合わないと感じていたことと、会社の業績が悪化していたため、もう転職したい。木村藤子さんに一押しして頂きたいと考えていた。そして結婚については、今付き合っている女性が運命の人だといって欲しいと願っていた。ある意味、自分の中でも人生の区切りのための相談であり良い解決法が得られるだろうと思っていたため、心に余裕があったのを覚えている。8月1日、私は北の大地に向け出発した。
2013.01.14
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2009年8月3日のあの日から3年以上の月日が経った。自分の現状に思い悩み、未来に不安を感じていたあの日・・・今思うと、あの日からの3年は本当にいろいろとあった。私は今・・・あの日から今までの私の歩みをここに記していきたいと思う。
2012.12.16
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8月3日に仕事が入り、行けなくなりそうな雰囲気でしたが本日、やっと何とか青森に行けることになりました。私が木村藤子さんに予約した相談内容は次の2点です。1)仕事について会社の業績悪化により人員削減が行われている。私もリストラ候補の可能性が高く、この会社に残っていいのか迷っている。もし残る場合、どうしたら仕事が上手くいくか教えて頂きたい。(会社で非常に体力精神力共に消耗してしまうのでどうにかしたい)もし転職する場合、どのような仕事に着いたほうが良いか具体的に(ご縁のある会社名や場所、業種などを)知りたい。2)結婚について将来、結婚できるような縁があるのか?どうしたらその人と出会えるのか教えていただきたい。 ここ2ヶ月ほど朝4時頃に目が覚めてしまう。そのため、仕事で頭が働かず、消耗し非常に疲れている。また恋愛についても、お付き合いさせて頂いた方の色々な秘密を知ってしまい、かなりの衝撃を受けている。 8月から会社では肩たたきが始まりそうな雰囲気で、かつ恋愛についても変調で、人生の転換期の真っ只中にいる今、まさにその時がやってくる。 木村藤子さんに神様の御言葉を伝えていただく瞬間が・・・ 続く・・・ このような御縁を再び頂けた事、木村藤子さんに再会できること、そして下北に行くことが出来ること自体、大変ありがたいことだと感じております。また木村藤子さんには申し訳ないですが、このようにブログを書かせて頂いているご縁というのは、本当に本当に不思議なものです。自分でもよく2年も書き続けているなぁ・・・と感じています。当日ブログ主の私に気づいても、他の相談者と区別することなく同じように相談に応じて下さるようお願い申し上げます。 それでは8月3日、何卒よろしくお願いいたします。
2009.07.29
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木村藤子さんの新刊が先日発売されました。 幸せの風が吹いてくる早速拝読させていただきましたが、今までの著書の中で一番本人の考えがわかりやすく書かれているような気が致します。カルマとか縁とか天職についてとか、大変参考になります。
2009.07.24
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翌朝、私はホテルから木村藤子さんの家の前を目指していた。昨日のことが少し気になっていたからだ。長い道のりを経て木村邸の前に着いた時、相変わらず車やタクシーが駐車場にたくさん止まっており、相談者が家の中に入っていくのが見えた。私はその姿に安堵を覚え、神様に一礼し下北駅へと向かった。 下北駅では、相談を終えた人たちが待合室でストーブを囲みながら談笑していた。「今日、木村藤子さん忙しそうだったね。」そのような話し声が聞こえた。私はそれを聞き、木村藤子さんはお役目を終えるまで、相談者に向き合い神様のお言葉を伝え続けるのだろうな、と思った。そして私の旅は終わった。 私は今、相談しに行ったときと同じ職場に勤めている。そして大変ながらも何とか幸せに生きている・・・と言いたい所だが、会社の業績悪化による人員整理、そのしわ寄せ、さらには恋愛?問題etc.といった様々な問題を抱え、人生の岐路に立っている。そのような状況下、6月5日午前10時、一本の電話がつながった。 8月3日、私は再び木村藤子さんから神様のお言葉を頂きに最果ての地に赴くことになった。
2009.07.23
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私はお礼を言い、部屋を出た。その後玄関でDVDを直接木村藤子さんから購入したのだが、おつりの間違いに気がつかなくこちらで指摘すると「あら、ごめんなさい。」ととても慌てていた。そしてパタパタとリビングに入っていった。私は木村邸を出てから、下北の町を歩いた。空にはどんよりとした雲が広がり、少し雪が待っていたが寒さはあまり感じなかった。途中昼食をとり、前田ストアで食料品を買い込みホテルへ向かった。あっという間の相談、大変な時に相談に応じてくださったこと、既に自分の中にある答えを確認できたこと・・・正直言うと、もう少し視ていただきたかったという気持ちもあったが大変な時にでも相談者に応じる木村藤子さんには頭の下がる想いだった。ここまで書けば1月16日に何故ブログを更新していたかご理解いただけると思う。ここでも不思議なことが起こったのだった。実は1月16日、私は初め木村藤子さんのだんな様のお姉さまが亡くなったため、もしかしたら明日は相談が難しくなるかもしれません。関係者の方々がいらっしゃいましたら、その御対応をお願いいたします。との書き込みをした。それから数時間後、テレビを見ていた私の右肩をツンツンと叩く感触があった。この感触は、以前坐禅を行い全ての煩いを一瞬に払った後に起こった感触と同じだったため、私はそのメッセージに気がついた。私はブログのメッセージを今の形に修正した。その後、右肩を突付く感覚がなくなったため、私は安心して眠りに着いた。
2009.07.22
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数分後、木村藤子さんが拝殿に入ってきて私の相談用紙を見て相談事の確認をした。それから神棚に向かい祝詞を奏上した。私はソファーに座っていたのだが、今思い出すと木村藤子さんのすぐ後ろに座っていたような記憶が強い。祝詞の途中、木村藤子さんの声が止まり、数秒神殿が静まり返った。木村氏「あなた、転職は一度じゃないわね。そんなこと続けていると働く先がなくなってしまう。」私「・・・。今回の職場が初めて勤めさせていただいているところです。ただ、大学院をいくつも変わっておりまして・・・」木村氏「・・・。辞めないで今の会社に勤め続けなさいとのことです。よっぽど良い会社じゃない限り移らないほうが良いです。」 数分だっただろうか、相談はすぐに終わってしまった。あまり当たっていない事もあり、透視の精度が落ちていると感じたが、ある意味、自分の中で答えが出ていたこともあり、それで満足だった。相談終了後、御玉串とお菓子をお渡しした時、ふっと木村藤子さんの口から言葉が漏れた。木村氏「ごめんなさいね、主人の姉が亡くなって・・・」そういうと携帯電話を取り出し、チラッと見た。そう、本当は相談を断ってもいいはずなのに、神様のお言葉を伝えて下さっていたのだ。
2009.07.20
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目を閉じて神棚を視るとまぶたの暗闇の中にいくつかの明るい光があった。その光はちょうど神棚の中央に重なるように視えていた。そして再び目を開ける。そこには全国から届いたと思われるお酒やお礼の品々が御供えされていた。確かに、木村藤子さんとの出会いで救われる方々が全国にいるのだろう。 誰もいない薄暗い拝殿を眺めていると、相談を終えた木村家の日常にいるような感じがした。この静かな空間に多くの相談者が座り、悩みを解決したり涙をこぼしながら想いを置いていく。木村藤子さんにとってそれは日常の風景なのかもしれないが、相談者にとっては人生の大きな、そして大切な一コマである。しかし、それは単なる一コマに過ぎないのかもしれない。 神様はその一コマを淡々と見つめ、木村藤子さんを介しお言葉を与え続けてきたのだろう。それは永遠のように続くものと思いがちだが、いつかは終わりが来る。人の命には限りがあり日常が非日常に変わるのが世の常だからである。 数分だったが、私は拝殿の中で神様と対面するお時間を頂いていたのかもしれない。神様から観た人の生の長さについて、静かに語りかけてくる何かがあったような気がする。
2009.07.14
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しばらくすると、拝殿にお越しくださいとの声が聞こえた。扉は開いており、神棚の前に木村藤子さんが座っていた。木村氏「今日あなたの予約時間は9時じゃなかったのではないですか?」私「電車が遅れてしまいまして・・・」木村氏「もっと早い電車に乗っていたら間に合っていたはずです。それに電車が止まるような天気でもなかったですし・・・。」うつむく私。確かに電車が止まったことは本当だったが、午前5時にホテルを出発すれば時間通りに着いたのだから、返答のしようがなかった。木村氏「どこからいらしたの?」私「○○県です。そのぉ、もしお忙しいようならこのまま帰らせて頂こうかと・・・」木村氏「せっかく視てあげようと思ったのに・・・。今の若い方はみんなそうなんです!」私「すみません、お願いします。」木村氏「それではちょっと拝殿でお待ちになってください。」そう言うと木村藤子さんは拝殿から出て行かれた。私は神棚の前に座り、正面をまっすぐ見ていた。
2009.07.13
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11時45分、到着。玄関に入った時、ちょうど相談を終えた人が帰る準備をしており、私に話しかけてきた。ご婦人「今私で最後だったのよ。次の人呼んでと言っていたから早く拝殿に向かったほうが良いですよ!」私「ありがとうございます、すぐに行きます。」 私は相談用紙に相談事と住所を記入し、拝殿に向かった。 重い扉を開けると木村藤子さんとソファーにドンと座っているご主人の姿があった。こちらを見る二人。私はすごい違和感を感じてしまいたじろいでしまった。そして非常に気まずい雰囲気が流れた・・・。私「あのぉ、遅くなってすみません。今日予約していた者ですが・・・」木村藤子さん「・・・。待合室でお待ちになってください。」 待合室に行くと、そこは電気が消えており静まり返っていた。数分後、玄関に誰か二人位女の人が入ってきたのがわかった。実は今日、どなたかと食事にでも行くつもりだったので、相談を早く切り上げたかったのかな?う~ん・・・今までとは違う空気だし、もしかしたらこの数ヶ月で木村藤子さんは変わってしまったのかな?と思った。
2009.07.11
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冬の下北半島を車で走るのはこれが初めてだった。夏は青々と木々や草花が生い茂り、穏やかな陸奥湾を望むことが出来る。冬の道は、どこか閑散としており一面銀世界であった。途中強風により電車が止まっているとのことだったが、ほとんど風らしい風は吹いておらず、何故強風のため電車が止まったのかわからなかった。 タクシーに乗っているとき、心の中に不思議な声というかなんというか、ある言葉が浮かんできた。「相談の時間は12時になるだろう。ただ・・・」私は、時々ささやかれるこの声を「心の声」と認識している。これは一体何なのか?小さい頃からいつも疑問に感じていた。 何かあるな?との直感で感じ取り、「心の声」に問いかけたが返答は何もなかった。 そうこうするうちに下北駅へタクシーが到着した。そして私は下北駅から木村邸へ他のタクシーに乗り換え向かったのだった。
2009.07.07
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野辺地駅に大湊線の電車が到着しておらず下北駅に行くことが出来ないとのことであった。駅員の説明によると、途中強風のため電車の運行がストップせざるを得なく、再開は未定だという。 今の時刻は午前9時50分。電車が順調に動いていれば木村邸には午前11時20分頃に到着し、相談時間内に十分間に合う時刻だった。けれども再開のめどが立たないため、焦りと不安が私を取り巻いていた。 しばらくすると、タクシーによる代替輸送を予定していると駅員から待合室にいた乗客に告げられた。時刻は10時20分。電車で一時間くらいなので、車では1時間半~2時間。過去3回の訪問では12時半頃でも相談が行われており、何とかギリギリ大丈夫な時間である。 タクシーが着いたのはそれから10分後だった。
2009.07.04
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次の日、八戸は気持ちの良い日差しに恵まれていた。ホテルで食事を済ませ、早めにチェックアウトし八戸駅へ向かう。そして電車に乗り、下北へ。 車窓から見る青森は白と黒のコントラストが広がりまるで墨絵の世界のようだった。私はこのような寒々としているがこのような日本的な情緒のある風景がとても好きである。ただただ自然の美しさに心打たれながら私は見入っていた。 この頃の私の心の中には、相談に対する自分なりの答えを持っていた。仕事に関しては辞めずに続けるということである。辞めてもどうにもならないし、大学院を一年単位でいくつか変わっているため今辞める事も出来ない。自分の中に答えがあったため、それを確認する旅だと感じていた。そのためか、木村藤子さんへ相談しにいくのには最低でも5万円の旅費が掛かる。その費用を親孝行に使用したほうが良いのかもしれないと考えていた。電話がつながらない方々には大変申し訳ないが、この旅はあまり意味がないのではと想っていた。 そうこうするうちに、下北の玄関口、野辺地駅に到着した。 野辺地駅で大湊線に乗り換えて下北駅へ。ついに私は木村邸へ到着することができたのだった、と言いたいところだが想定外のことが起こっていたのだった。
2009.07.02
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1月15日、仕事が忙しかったため私は午後7時過ぎの新幹線に乗った。時間の都合上、その日は下北に到着することが出来ず八戸に泊まる事になっていた。 暗闇の中を光を求めるように進む列車は遅れることなく無事、午後11時に着いた。そしてタクシーでホテルにつく頃には午前0時にさしかかろうとしていた。 木村藤子さんの相談の予約時間は午前9時。八戸からその時間に間に合わせるためには午前5時前に出発しなくてはならない。連日仕事で帰宅が午前になっていたのと、相談の日は陸奥に泊まることになっていたため、そして何より一番最後に視てもらい色々と生きる意味について、輪廻の渦からどのようにすれば人は抜け出せるのかなど、話をしてみたいと考えていたので私は午前7時過ぎに出発し、午前11時過ぎに木村邸を訪れる予定を立てていた。 冬の東北地方は一面真っ白で道が凍りつくほど冷えきっていた。何一つ音がしない静寂な闇夜をなんとなく眺めていた。木村藤子さんに初めて御会いしたのが2007年9月。それから約1年半の歳月が経過していた。私の生きる環境は大きく変わり、あの日と違い自分の稼いだお金で再び最果ての地に来ている。そう想いつつ私は床についた。そして夜が更けていく・・・
2009.07.01
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その日からも、私の生活は何一つ変わることなく続いた。今までの経験上、あまり気にしすぎて普段の生活をおろそかにしてはいけない事を理解していたからだ。ただ、心の中では少しずつ覚悟のようなものが形成されつつあった。 もし今の仕事は合わないので辞めたほうが良いと言われたら人生を考え直すきっかけを頂いたと考えよう。 もし今の仕事を続けたほうが良いと言われたら、これも魂の修行としての人生に必要不可欠なものだと考えよう。 秋から冬へ季節が移り変わると共に、大変だけど辞めない方が良いのかという気持ちの変化が出てきた。そして1月15日、私は本州最北の地、下北へ再び赴くことになったのだった。 自分の生き方を再確認するために・・・
2009.06.30
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「プルルルル、プルルルル・・・・」突然聞こえた呼び出し音。一度目で呼び出し音が鳴った。普通ではあまり考えられない。留守番電話につながったのではないかと思った次の瞬間だった。女の人「はい、木村でございますが相談のご予約でしょうか?」私「・・・。あのぉ、木村藤子さんのお宅ですか?」女の人「そうですが、ご予約ですか?」何気なくかけた一本の電話。そしてつながった不思議な縁。あまりに突然なことだったので、私は頭の中が真っ白になった。女の人「ご予約ですか?ご予約でしたら御相談内容をお願いします。」私「えっと、、、仕事についてでお願いします。あと、相談内容は1つだけなんですか?」女の人「2~3つなら大丈夫ですが。」私「では・・・、今後どのようなことに注意して人生を歩めばいいか。」女の人「木村先生に聞いてみなくてはなりませんが、伝えておきますね。それではご住所とお名前をお願いいたします。はい、はい・・・それでは当日お気をつけてお越しください。」小春日和の中、私は再び神様からの御縁を頂いたのだった。
2009.06.28
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2008年11月のある晴れた日のことだった。私はその日、木村藤子さんに電話した。 私は社会人となって3ヶ月目が過ぎようとしていた。新人教育らしい研修がほとんどなく、会社の主要な業務とはかけ離れた事を独りで任されていた。その業務内容に対応できる人間がおらず、相談できる人もいない。周りの人はいろいろと良くしてくれてはいたものの、週3日は午前様の日々。社会人としての基礎も全くないままに、自分の将来に対する不安を抱き、早朝うなされながら目が覚める。そんな毎日を送っていた。 携帯電話のアドレスから木村藤子さんの予約番号を呼び出し電話をかけた。木村藤子さんの電話には多くの予約電話がかかってきており、いつも話中なのはこのブログを御覧頂いている皆様はご存知だろう。私も話中というのを前提に、どうせつながらないだろうと思い、電話を手にしていた。
2009.06.25
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木村藤子さんと御会いして約5ヶ月が経った。あの日、青森は空には白い雲がかかり大地には雪が積もっていた。下北の寂れた町は寒々としていたが何かほっとさせるものがあった。 1月16日、私は木村藤子さんに再び御会いしたのだがそれ以降、神仏霊の世界への興味が薄れている。確かに忙しいという事もあったが、大切なことを悟ったからかもしれない。 不思議な事に今度のさいかいにも、何か見えざる存在の導きがあったように感じている。それを語るためには2008年11月まで遡らなければならない・・・
2009.06.23
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実は11月頃に電話したところ、1月16日に予約が取れました。そのため只今下北のとあるホテルにいます。仕事や電車の関係で11時半過ぎご自宅にお伺いしたのですが、そのとき木村先生の旦那様のお姉さまがお亡くなりになられたとお聞きしました。たしか木村先生の旦那様の家庭は姉が家を継いだということだったと思います。そのため木村先生はお葬式の準備などとてもお忙しいと考えられます。木村先生やご主人の心中を察し、行動して頂きたいと思います。
2009.01.16
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ヽ(´ー`)ノ
2009.01.07
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オーブについての話が進んでいったところで司会の新井晴みさんがオーブの話から脱線していった。 Σd(゚∀゚d) goodjob! (私はオーブに興味がない)新井氏「人間て生まれる時親を選んで生まれてくるって言いますけど実際はどうなんですか?」小林氏「まぁその話は午後の部で・・・」午後の部って。。。私はチケットが取れなかったので残念ながらその話は聴けないか・・・と残念に思った。木村氏「午後にいらっしゃらない皆さんもおりますからねぇ。少し申し上げますと、カルマに会う親の元に生まれてきます。」新井氏「カルマって?」木村氏「業のことです。前世の行いによって決まってきます。親を選ぶというより、カルマの合う親のお腹の中に入るのです。良いカルマもあれば悪いカルマもあります。」人はおぎゃーと生まれてくる際、一緒に前世の行い、カルマを背負って修行しにくるというのだ。 新井氏「前世ってよく言うけど本当に在るんですか?」木村氏「以前、凄く不思議な感覚に陥ったことがありましてね。車に乗っていたとき、私たちの住む現世に過去と未来が一緒に存在するという不思議な感覚に包まれたんですよ。その時車から降りたのですが、やはり同じ空間に重なるようにして過去、現在、未来が一緒にあるような・・・」 感じているものは違うだろうけれど、私も過去、現在、未来を同時に観想することがある。以前母親の実家に行ったとき私は寝転がって天井を見ていた。ご先祖様が生きていた場所そこに私がいて、いつの日か私もこの世の命の灯火が消えて過去の人となる。そして次の世代がこの場に存在し生きていく。この感覚は伊勢神宮に行ったとき、杉の大木を見た時にも起こった。 私は数年前、研究のために山に入っていたのだが、そこには我々人間の定義する時間の概念はなく、命の流れ、輪廻転生の輪が時間の全てだった。過去があるゆえ現在があり現在があるがゆえ未来がある。時の流れは途切れることなく一つの空間に存在している。 木村藤子さんは相談者の過去、現在、未来を視るという。とあるVTRでは何故普通の人に視えないのか不思議で不思議でたまらないという事を仰っていた。 木村藤子さんは何を視ているのか?木村藤子さんの視えている世界も、我々の住む世界に重なり合っているからこそ存在するのかもしれない。 日本心霊科学協会主催の木村藤子さんの講演会 あれから・・・ (終わり) 今回で私のブログカテゴリー「あれから・・・」は終了させていただきたいと思います。
2008.12.28
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一通りのオーブ写真紹介が終了した。小林氏「オーブとはなんでしょうかねぇ?霊魂なんですか?」木村氏「私も何度も見たいと思っていたんですよ。そうしたらこの前視ることができましてね。」木村藤子さん曰くオーブの色によって色々な意味があるらしい。赤・青:何かしらの怨念など悪い想念が見られるものこのような写真が写ったら気をつける必要がある。白:その土地の霊とか浮遊している霊魂とか。あまり気にする必要はない(だったかな?忘れました)黄色:神仏とかご先祖様の霊魂とか。見守っているよっていう感じの怖がる必要のないもの。実は私はオーブ写真を持っている。というより私の住んでいる家の玄関付近のトイレの扉を開けて外に出るといつも何やら白い人影のようなものが視えるのだが、その場所を撮影するとオーブがかなりの確率で写る。冬なので虫は飛んでいないし誰もいない玄関なので綿埃も飛んでいない。何かある可能性があるので、翡翠の置物を玄関においてガードしているのだが・・・ 左上、中央下、右斜め上に白い球状のものが・・・ 木村氏「私はオーブというものは霊魂に関係していると考えております。黄色のオーブですが、ご先祖様が護りたくてもその人の心が汚れていると加護が届かない場合もあるんです。先日もとある相談者の方がおりましてね、何度言っても自分の悪いところを改めようとしない。そのため家庭が不幸のどん底に陥ってご先祖様が助けたくても助けられないってね。私もどうしようか大変悩みましたが、私に残っている最後の良心を振り絞って電話をかけて説明したんですよ。その後ですね、つい3日前なんですけど夜中に事情が一転して不幸から抜け出せたと電話がありましてね・・・」小林氏「へぇ、そうなんですか。オーブが出てくる時、電磁波測定器にも異常が見られるんですよ。ところでこの会場にもオーブが今存在しますか?」木村氏「えぇ、少しだけれど飛んでいますよ。」小林氏「実は先ほどこの会場の写真にもオーブが写りまして。」後日、私は撮影した写真を確認してみた。オーブは霊魂か? ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!! 左端に何かが・・・オーブではなく霊魂が写ってしまった?? ※プライバシー(肖像権とかいたずらとか)を配慮して修正しております。
2008.12.21
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ついに心霊っぽい講演会がはじまった。その名も 「オーブは霊魂か?」正直言ってオーブについては私は関心がないので、どういうものか?という感じで見ることにした。木村藤子さん、小林信正さんが登場!その後壇上のスクリーンにオーブ写真や映像がいくつも投影された。暗い廃屋や軒下に写る様々な大きさの球体。オーブという言葉は英語で球体を意味する言葉なのだそうである。オーブの中には核を持ったものも多数あるらしく、拡大写真が紹介された。オーブが出現する時は電磁波?に異常が出るらしく測定装置で図るときちんと異常が数値化できるというのである。小林氏「オーブは壁やガラス窓を通り越して移動するんですよ。こちらの映像を見てください。」廃屋の廊下に設置されたビデオカメラの赤外線映像で窓の外から何やらふわふわと白いものが流れ込んできている。小林氏「窓が閉まっているのに白いものがこちらから入って来ていて、壁のほうに抜けていくんですよ~。」確かに映し出された映像には一定方向に移動していく白っぽい球体が写っている。窓側から現れて壁側に消えていく。けれどもこれはオーブとは言い切れないのではないか?オーブ映像の真実??赤外線を使用して撮影を行った結果見えているとの事だが赤外線ライトからの光を何らかの物体が反射してカメラに映像が写る。ライトの光の届く位置がちょうど窓から壁にかけての範囲の場合、あたかも窓や壁をすり抜けて移動するように見えるのである。撮影条件を考えると、一定方向の気流に乗って埃が移動しているだけなのではないかと思った。小林氏「オーブの写真を拡大すると球体の中に丸い核のようなものが入っている場合がありましてね・・・」オーブの拡大写真いくつかの拡大写真には丸い核のようなものが入っていた。小林氏「写真を撮ったら地面からオーブが出てきたので解体業者さんからの問い合わせ写真がありまして、お払いしたらそのような写真が写らなくなったんですよ。」不思議ワールドが写真と共にどんどん展開されていく。
2008.12.20
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午前10時、ついに講演会がはじまった。月から地球を見た映像が流される。 (;´д`) チキュウガ ヤケニ リッタイテキダ…プロローグとなる映像から、日本心霊科学協会が今回の講演会にかなり力を注いでいるのがわかる。国境を越えた地球規模の問題が広がっており今私たちが霊性に目覚めることにより困難を乗り越えよう!といった感じのメッセージが流れていた。 司会の方の挨拶の後、一人目の講演者の方が入ってきた。先ほど会場に入る前に本を販売していたお兄さんwである!講演開始15分前、会場の外で木村藤子さんの著書の隣に青島広志さんという方の本が並べられていたが、その時青島さん本人が本を買ってくださった方に対しサインをしていたのだった。私が扉で受付を済ませた後、本売り場に明らかに目立つ人がいたのでうすうす気がついていたのだが、やはり青島さんだったのだ。インスピレーションと天才音楽家たち 青島広志さんキンキラキンな服装で目立っていました! 青島さんは一見するとよくしゃべりそうな陽気な普通のおじさんである。けれどもピアノの前に座り、音を奏でると美しいメロディーを生み出す素晴らしきアーティストに変身する。「インスピレーションと天才音楽家たち」というタイトルで講演が行われたが、天才音楽家たちの人生を語りながらその曲を弾いていくという形で話が進んでいった。 偉大なる音楽家の中には、栄光とそれ以上の負の部分があり心の葛藤に常にさいなまれていたり、若くして亡くなる人が多いということが語られた。たとえばベートーベン。彼は音楽家の命といえる聴力を徐々に失うことに苦悩し、最愛の恋人とも別れ人生の辛苦をなめつくした。その苦しみから滲み出た心の叫びがかの有名な「エリーゼのために」という曲である。エリーゼ(恋人の名はテレーゼだった)との恋の甘い一時が聴力を日に日に失っていく絶望へと変わり、少し回復の兆しが現れたために希望が見え始めたが、最後には耳が聴こえなくなりエリーゼとも別れてしまう。そして彼にはエリーゼと過ごした喜び溢れる思い出だけが残った。 たぶん青島さんは、曲に魂を乗せて演奏するために作曲した音楽家の人生や曲の出来る背景を一つ一つ調べていったのだろう。音楽は魂の叫びでありその人の人生そのものである。己の感情や心を音に変える能力を持った人間が偉大な音楽家になるのかもしれない。 話を聴いていて、ある短い期間に特定の地域(ヨーロッパ)に天才たちが集い何かしらの接点を持ち音楽の世界を切り開いていく。そしてそれが現在の音楽の基盤となっている。歴史が揺り動かされる時、そこには何かしらの神の意図が介在していると感じる講演内容だった。 聴衆を魅了する話術と演奏。演奏曲の出来た背景を語りながら演奏するのだが、不思議なことに頭の中に曲のイメージが流れ込んでくる素晴らしい演奏。この青島さんの弾き語りだけでも三千円分以上の価値があると思った。 楽しい青島さんの講演が終わり、ついに次の講演「オーブは霊魂か?」がはじまった。つ、ついにである・・・
2008.12.06
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11月30日、東京両国にて目覚めよう霊性の宇宙へという講演会があった。9月中旬、木村藤子さんが特別ゲストに呼ばれて講演なさるとの事でアナウンスがあり、10月初旬からチケットの販売が行われていた。私は忙しいこともありどうしようか迷った挙句、結局チケットを買うことなく過ごしていたのだが、11月初めになんとなく気になって日本心霊科学協会に電話したところ、午後の部は即日完売ですが午前の部なら・・・ということだったので午前の部に参加させていただくことにしたのだった。 講演会当日、朝8時過ぎ、私は家を出た。東京の空は青く静かに澄んでおり、気持ちの良い朝日を浴びての出発となった。電車に揺られること1時間、車窓からの風景は赤や黄色の木の葉が輝き、まるで美しい絵画を見ているかのようであった。そして両国駅に近づくにつれ雑居ビルがひしめき合う都会の情景が眼下に広がり、やがて日本の国技である相撲が行われる両国国技館が見えてきた。 ようやく両国駅に到着。今回の講演会の会場となる第一ホテル両国は駅から歩いて5分のところにあった。ホテルのロビーには講演会を聴きに来たと思われる方々がおり、私は彼らと共に3階のホールに向かった。エレベーターのドアが開くと共に多くの人々が溢れるフロアーが目に入ってきた。折からの晴天で大きな窓からは明るい日差しが注ぎ込んでいた。入り口の扉のところで入場券のチェックを受け私は会場に入った。400人くらい収容できる会場は既に満員。聴衆は女性8割で40代以上の方が多いように感じられた。意外とオドロオドロしさがないのに驚いた。私としてはもっと幸のない人達が救いを求めてやってきてネガティブオーラに満ち溢れていると思っていたからだ!たぶん私もその中の一人 ヘ(´ω`)ゞ テヘ 会場の人が親切に席まで案内してくださり、私は自分の席についた。少し飲み物を飲みまわりを見渡してみるとやはり心霊科学協会、すぐ近くの人が不思議な話をしている。「この前事故にあったとき、大仏様が見えてそれで軽症ですんだんですよ!」「へーそうなんですか?」「あとで霊能者に聞いたら、大仏様が守ってくださったと・・・」うーむ、これはいきなり濃いぞ!大仏様ってたくさんいらっしゃるのかな?守られるということは何か守るだけの価値のある仕事や役目を持っている人なのかな?とか思いつつ、これからの展開に私の胸は高鳴っていく。 この講演会、なにやら濃そうな気配である。
2008.11.30
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私の不思議?体験でいろいろと不思議な(私の勘違い?)事を書いてきた。2月末、木村藤子さんに御会いしてからというものそのような事に関心を示さないように過ごしてきた。意識しないということは何かあっても徹底的に無視するということ。出来る限りそのような感覚を抑えてきたが、やはり何か感じてしまうことがある。 つい最近、連続殺人事件が起こったが家の近くなので行ってきた。本当は変なところに行くのが嫌なのでやめようと思っていたが、テレビなどで頻繁に報道されどういう感じなのか興味があり足を向けた。駅にも近く高いマンションなども少ないため落ち着きのある閑静な住宅街。現場に近づくにつれて、感覚が変になってくる。軽いめまいというか頭が少しふらふらするような感じ。どこが現場かわからないのにこの辺りだというのが直感的にわかった。 現場は少し坂を上り道を入ったところにあった。犯人らしき人物が自首したため、報道陣がそちらに行ったのかほとんど人がいなかったため、警察官が数名と青いシートをかぶった住宅がたたずんでいるだけであった。私は霊視とか違う世界の影響をうかがい知ることはできないが亡くなった方々の無念な想いの他に霊的背後の存在がありこの事件に関与しているのではないかと思った。何かが違う異空間。このような場所にはあまり近づかない方が良いと思う。
2008.11.23
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>う~ん、年齢的な問題や雇用が厳しいということもありますからねぇ。>あなたはお勤めなされた方が良いですよ。>だけど、頑張りすぎて駄目にならないように。年齢的な問題や雇用が厳しい→面接の時に感じておりました。あなたはお勤めなされたほうが良いですよ。→wikiぺディアに載っている人とか、しょっちゅうその分野でテレビの取材を受けている人とかいろいろと凄い方々との出会いがあります。大学にいた時より、大学でやろうと思っていた内容の仕事かもしれません。だけど、頑張りすぎて駄目にならないように。→先月は会社の残業ランキング1位でした。明らかに無理な仕事が来て終電で対応し何とか良い仕事ができましたが、今後もっと仕事量が増加しそうです・・・ (ToT)助けて~>もう大手は無理だから中小企業でも、中・・・、十数人の企業でも>良いじゃないの!小さな会社でも良いから勤めなさい。>結婚も逃すことになる!」→私のいるフロアは十数人です。ちなみに私はお付き合いしている方がおりませんし、出会いの場や時間もない状態なので・・・どうなることでしょうorz>私「また御会いできますよね・・・」>木村さん「(少し考えた後に穏やかに)次は勤めた時ね・・・」→11月30日、日本心霊協会主催の木村藤子さんの講演会(午前の部)に行ってきます。あとまた御会いできることに。。。
2008.11.18
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最近更新が滞ってしまいました。本日3連休3日目、少し書き込む時間がありますので、近況と一年前の神様のお言葉が的中しているかどうか検証し書き込みたいと思います。 >今の学業を続けるよりも勤めた方が良いとの事です。たとえ>どんな仕事でも、人の役に立つ事が出来ます。年齢的な問題とか>中退という事で一流企業で働く機会とか結婚とかのチャンスを>逃している部分もありますが、中堅の会社のようなところに>勤めるのが良いでしょう。適職とのことですがどのような仕事に>ついても上手くやっていけるでしょう。あなたはプライドが非常に>高くて、飽きやすいところがあります。今勤めている企業→従業員160人位(パートや派遣の方も含む)中小企業。けれどもただの中小ではなく中堅でもない。どのような仕事についても上手くやっていけるでしょう→人材不足で新社会人1ヶ月もしないうちにほとんど研修なしで研究機関との共同研究や官民共同プロジェクトなどに参加してます。今までそのような仕事をうちの会社は誰も担当したことないのでどのような仕事についても上手く、というよりどのような仕事も自力で上手くこなさなくてはならず大変です。プライドが非常に高くて、飽きやすいところがあります。→入社3時間で辞めようと思いましたw ただ、辞めてもどこにも行く当てがないので耐えていたら、次第に多忙になってきました。意識的に素直になることを心がけてプライドに対応しようとしていましたので皆さんと和合しています。 続く
2008.11.03
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先日木村藤子さんの3冊目の著書(DVD付)が発売された。私も買って読んでみたが、十数ページにわたりカルマや輪廻転生について触れられていた。 人の魂(スピリット)に全ての行い(カルマ)が記憶されており、それが現世でのさまざまな出来事に干渉していると言うことである。魂(スピリット)はこの世限りのものではなく、生まれては死に・・・を繰り返すそうだ。悪い行いで魂が汚れると輪廻転生が出来ずに不成仏霊として現世をさまよったり、逆に良い行いをして魂を磨いていくと神の世界に行くことができるようである。 内容は非常に簡単に書かれたものだったが、私は木村藤子さんはもっともっと深い神仏霊の世界を知っているのではと思っている。けれども、気づくことによる心づくりが何よりも大切であり、またそれを述べても理解できない人が多かったり悪用する人が出てくる恐れがあるので今はまだ深く語らないのではないかと思う。 今回の本でカルマという言葉が良くわからないという読者の声が書かれていた。また木村藤子さん自身、「心・魂・精神」について多くの人が理解する必要があると感じているだ。それならば読者の質問に答える形で、木村藤子さんが神様にお伺いを立て生きるとは、死後の世界とは、何故苦しまなくてはならないのかなど、神様の視点から見た人の世というものを本にしてはいかがだろうか?現世を生きる人々と『神様との対話』である。 遠い存在であり身近な存在でもある神様。私たちは己の心、魂、精神、そして神様についてあまりに知らなさ過ぎる。それらを理解することで、輪廻転生、自分の行い(カルマ)、魂を磨くことの大切さ、気づきの本当の意味が明らかになると私は感じている。 神仏霊の世界と人間の世界に関わり、様々な事を経験してきたと思う。我々の知りえない世界と我々の生きる世界を繋ぐ事こそが木村藤子さんがこの世に生を受けた真の理由なのではないかと考える時がある。御子息の木村尚士人さんも神職で、行く行くは木村藤子さんの後継者として家を継ぐことになるだろう。人を救う役目をバトンタッチし、木村藤子さんが新たな使命を胸に生きる日がくると私は思っている。 長い神仕えの中で、人の苦しみ悲しみ、そして喜びを見つめ、深い人生経験を得、社会に向かって発言できる立場にいる今こそ、その時なのかもしれない。
2008.10.13
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木村藤子さん関連の本やDVDが発売されるようです。また、講演などもなさるようです。明日から出張?なのでまた今度詳しい情報を紹介いたします。【予約】 あなたを変える「気づき」(DVD付き)
2008.10.01
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木村藤子さんにはじめて御会いしたのが昨年の9月11日。その時から既に一年が経過した。昨年の今頃を思い出すと進む道をどうしようか迷っていた自分がそこにはいた。今ようやく就職をし2ヶ月が過ぎたが、この一年あっという間に過ぎていった感がある。めまぐるしく環境が変化し、私自身も少しだが変わっていった気がする。正直言って何も出来ない自分にもどかしさを感じたり、悔しい思いをしたりすることもしばしばある。けれども木村藤子さんから伝えられた神様の御言葉を今なお心に刻みながら、大変だけれどもなんとかやっている。「今の学業を続けるよりも勤めた方が良いとの事です。たとえどんな仕事でも、人の役に立つ事が出来ます。年齢的な問題とか中退という事で一流企業で働く機会とか結婚とかのチャンスを逃している部分もありますが、中堅の会社のようなところに勤めるのが良いでしょう。適職とのことですがどのような仕事についても上手くやっていけるでしょう。あなたはプライドが非常に高くて、飽きやすいところがあります。それを乗越えていくのがあなたの今世での修行なんですよ。今までは兎と亀の兎のように生きてきて、何故自分が出来て他の人がまだ出来ていないかと思ったこともあるでしょう。けれども、これからは亀になって生きていきなさい。一歩一歩着実に事を進めるのです。大変な事があっても亀のように焦らず怠けず着実に歩んで生きなさい。それが今回あなたがこの世に生まれてきた人生の修行です。」 私にとって神様の御言葉は、私の未来を伝えただけでなく乗り越えるべき人生の課題を指し示してくれた人生の羅針盤のようなとても大切な言葉だ。一つ一つ人生の課題を乗り越えていった時、私がいつの日か今世での修行を終えた時、穏やかで平安な境地があると信じ生きていこうと思う。
2008.09.23
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ようやくこの頃になって、一ヶ月前にひいた御神籤の意味がわかってきた。以前木村藤子さんに御会いした時に自分勝手に解釈し苦しんできた思い出があったので平静を装うことにした。けれどもやはりなんだか気になり、地元の大きな神社で御神籤をひくことにしたのだった。 いつもすがすがしい雰囲気が充満しているその神社は、江原氏の本で紹介されているところであった。自転車で40分ほどなので時々御参りに行く神社なのだが、御祭神として御祀りされている神様は、偶然にも私が生まれるご縁を取り持って下さった神様である。参拝したあと、どうか私の進むべき道を照らし出してくださいと祈りながら御神籤をひいた。 そこに書かれてあったのは、今回の機会を逃すともう後はないと思いなさいとの事であった。その御神籤を見た瞬間、もう不要なプライドで突っぱねていないで、素直にどこか御縁があった所に勤めさせて頂こうと心の中で思った。そして、ご縁のあった所に勤めるとどうなるかという気持ちで御神籤をまたひいたが、悩み苦しむこともあるかもしれないが常に偽りのない心をもってことにあたれば後々吉に向かう兆(うらかた)なり。とのことであった。(後日、またひいたら同じ御神籤がでた・・・) このように書くと、依存の対象が木村藤子さんから御神籤に移っただけじゃないの?と思われるかもしれないが、神仏霊をあまり気にしなくなった。 (あくまで日々の感謝と自分への戒めという捉え方をするようになりました。) そしていろいろなことがありようやく私は新しい道に進むことが出来るようになったのだった。(内容が内容だけに人物が特定できますので詳しく書けません。御了承願います。透視できる方は遠慮なさらずにどうぞ!) そして不思議なことに、余命いくばくと医者から言われていたはずの祖母は点滴を外してきちんとした食事が摂れるようになり、時々体調を崩したりするものの元気に生きている。(私と会ったことは覚えていなかったが。) 6月27日、木村藤子さんの第二冊目の著書となる『絆の幸せ』が出版された。そしてこの日、私の就職が決まった。面接の帰り私は書店で『絆の幸せ』を購入し、不思議な縁と出会いに目頭が熱くなっていた。様々な人とのつながり、そして絆。私はこの4ヶ月間に、その有難さを感じながら生きてきた。偶然だとは思うが、頭が上がらない想いが常に心の中にある。様々な御縁のおかげで、ようやく新しいスタートに立つことが出来るようになった。そして今回ブログの更新を再開することに決めたのだった。
2008.08.18
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それからも私は家に閉じこもるような日々が続いた。さすがに自分でもやばいと思っていたが、就職活動ではどうしても書類選考で落とされてしまう。社会人経験がない私にとって転職サイトはあまりにも不利なのであった。何もしないことに焦りを感じ、何も出来ない自分に対し孤独と嫌悪感が常に付きまとっていた。 加門七海さんの本の中に、「やらない人に何かを教えては駄目。その人の傷になってしまう。」という霊能者の言葉が書かれてある。傷になる・・・その言葉の意味がやっとわかってきた。わかったところで何もならないというのも理解していた。 ちょうどその頃、家の近くに楽そうな仕事の求人がありまったく興味が持てなかったが応募しようかと思っていた。けれども御神籤のことが頭の隅に残っていたため、応募を取りやめることにした。 そんなある日のこと。以前就職活動で知り合った友人からバイトしない?と電話がかかってきて、私はそのバイトをすることになった。バイトに出かける日々が続き何とか家に閉じこもる事から脱出できた。ただ、そのアルバイトは精神的にものすごくきつく、虚しさだけが募っていった。しかし親のありがたさを改めて感じる良い機会を与えてくれた。キツイバイトをするうちに、どうにかしなくてはいけないなぁ今まで研究してきたことに囚われるのではなく、新しい道を探す必要もあると思い始めてきたのだった。 意識を変えて心が少しずつ変化していった五月の中旬、私はとある会社に面接に行くことになった。残念ながらそこは落ちてしまったのだけど、その会社の社長さんに違う人物を紹介していただき、そのことがきっかけで私はその業界人が集まる所で少しだけ御時間を頂いて自己紹介させてもうらう機会を得たのだった。(私でも???と思うような御縁だった。)
2008.08.03
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今から2年半前、全てはここからはじまった気がする。この神社に御参りに行った後、突然大雨が降り空に部分的な二重の虹がかかったのだった。それから、私を取り巻く環境が大きく変わり、何かに導かれるように神仏霊に興味を持つようになったのだった。【苦しみの中で】人生の転落と私のルーツ(私の不思議?体験 6) 茜色にそまる神社の境内は相変わらず静かであった。その中に入ると自分の生まれてきた場所に立っているのだという実感がこみ上げてきた。その頃、就職活動でなかなか思うように行かず、それが自分のせいであると考えるようになっていた。 自分の過去は自分で決定し動いたからそうなったのだ、だから責任は自分にもある、と。人の責任にしても結局は自分の人生誰も責任を負ってくれないし負うこともできない。それならば自分で辛いことも乗り越えなくてはならない。 そのような自分を省みる心が働く一方、希望の見えない未来に私は心底焦りを感じていた。そのため、働ければもうどこでもいいやと投げやりになり始めていた。しかし、選択次第で自分の人生を大きく左右してしまう時期にいるためどうして良いのかわからなかった。そこで未来を占う意味で私は御神籤をひくことにした。 この御神籤をひいた人は、自分の必要とする項目をよく読むこと。吉なれば更に幸を増し、たとえ凶なりとも信心深ければその身に吉が授けられます。 小吉 なんとなく全てにはっきりしない。つまり「夜明け前」という状態です。こういう時はよい先輩や友人のアドバイスを素直に受けて行動するとよい。焦って独断で冒険をすると危ない。時間はかかるが明るい展望がつかめる可能性があるので、この際はじっくりと腰を落ちつけ一歩一歩大地を踏みしめて歩むこと。仕事交渉取引 よいプランが立たず、目処がつかない。 部下の問題に注意せよ。調子のよい話に 乗っては駄目。 帰り、父親に私の今の就職に関する気持ちを相談したのだが、そんなの自分で考えろという感じで、大変落ち込んだ。考えてもどうしようもないから相談したのに・・・。 溜息と共にやはり御神籤は御神籤なのかもなぁ、とその時私は思った。
2008.08.02
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人生悪いことは続くものである。その時私は、祖母はもう立ち直ることが出来ないと考えていた。(他の人もだが)精密検査を受けた祖母は心臓が弱っているほかに、腸に穴が開き腹水がたまっているとの事だった。高齢のため手術も出来ず余命はもって2週間。親戚中がお葬式の準備とかあわて始めているなか、私は新幹線を乗り継いでお見舞いに行った。 現在はモルヒネで一時的に痛みをとっているとのことで、チューブにつながれた姿が痛々しかった。しかし、ここ数日症状が安定しており面会には最適な日々でしょうと担当医が仰っていた。 祖母に会ったとき、「もう思い残すことはない。けれども○○、(私の名前)お前のことだけが心配だ。大きな会社は競争とか激しいから中くらいの会社に勤めて欲しい。」と言われた。自分のふがいなさを恥じると共に木村藤子さんからも「中堅企業が良いでしょう。」と言われた事を思い出した。私は以前から気になっていた私のルーツ(先祖)についてたずねてみた。そうすると、□□城のそばに住んでいたことがある。との返答がかえってきた。その後、しばらく他の人達とも面会をし、疲れたのか眠りについた。 お見舞いが終わったあと、父親に頼んでその場所に連れて行ってもらった。その場所は、私がこの世に生を受けることになった父と母が結婚式を挙げた神社のすぐ隣だった。父親いわく曾祖母がこのお城のすぐ隣の場所に住んでいたとの事だった。今はそのお城は見る影もなく土塁や堀の跡が残るだけだが、お城が建っていたと思われる場所には何かの石碑のようなものがたくさん建っていた。(遠くから見ただけなので何かはわからなかった。)もしかしたら私の前世はこの場所にゆかりのある人物なのかなと思いつつ、私が生を受けるご縁を頂いた神社に御参りに出かけた。
2008.07.29
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就職活動を再開したものの、なかなか就職先が見つからなかった。それは中退ということと、何よりも自分自身の中にあるこだわり、プライドがあまりに高すぎているためであった。毎日転職サイトをチェックするものの、実務経験がないことから来る自信のなさ、プライドの高さから来る仕事のえり好み、未来に対する不安から来る社会生活への恐れと絶望。それらに囚われなかったのは木村藤子さんに御会いして1ヶ月くらいだけであり、あとは自分に自問自答する日々が続いていた。あの時、何故、どうして・・・というように。 実はその時の生活を送るきっかけとなった出来事があった。それは今から一年半前のことである。その人生のターニングポイントで私は今の状況につながる道を選択せずに、上手に立ち回り良い就職先を探そうと思っていたのだった。けれども、ある人物の悪気がない嘘に似た発言を信じて私は今の状況につながる道を選択したのだった。 時々外には出るが、独りで家に閉じこもっているとどうしてもその事が残念に思えてならなかった。その人物は決して悪い人ではない。悪気があってそのような発言をしたのではないと私はわかっていた。そのため相手を責めようとは思わなかったが、何故、どうしてと本人からその発言について問いただしたいと思うようになっていた。 自分だけでなく他者にも落ち度がある場合、人はどうしても自分のことを棚にあげて他人を責めようとする。けれども、自分の心で乗り越えなくては平安は決して訪れない。 私の予想になるのだが、木村藤子さんに相談に行ってよい答えをもらい頑張ろうと思った人の中には、次第にその気持ちを忘れていつもの生活に戻ってしまう人も少なからずいるに違いない。特に、何かしらの課題、乗り越えなくてはいけないカルマを抱え今世に生まれてきた者にとって、神様から指摘された心の問題はすぐに解決できるものではない。私にとってプライドの高さと飽きっぽさを乗り越えるのは非常に難しい問題だったのである。 心の葛藤で一日が矢のごとく過ぎ去る日々が続いたある日、90歳を超える祖母が心不全で倒れたのだった・・・
2008.07.27
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