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2泊3日の 「横浜花火大会と神津島クルーズ」。
8/1~8/3
東京から 横浜の大桟橋
まで早めに着いた。
[飛鳥2]
には早めに乗って夕食を済ませる。
船上にもイスが並べられていますし、定刻過ぎに打上げ花火が
上がりましたが、キャビンのベランダは反対側で花火が見えないので、
上のデッキのテラスまで上がってイスに座って花火を見た。
飲み物とおつまみを食べながらのとても素敵な夜の花火も、
台風4号で 横浜開港記念みなと祭
第52回国際花火大会
は
中止になってしまいましたが、こちらは台風5号が来る前に催行。
「横浜・神奈川新聞花火大会」
のきれいな花火を見られた夜でした。 
午後10時に 「飛鳥2」
は、
「神津島」
に向けて出航しましたが、船が東京湾から洋上に出ると
台風5号の余波のため、波が高いので船が揺れはじめました。
風や波が船にあたると、アチコチがギシギシといって、ベッドも泣いています。
翌朝、目覚めると 「神津島」
を目の前にして、 「テンダーボート」
に
帰りは乗客が移れないとのことで、行く先が 「清水港」
(静岡市)に変更になりました。
そして 「清水港」
の 「日の出埠頭」
は、
岸壁に直接、着岸できました。1990年就航 「クリスタルハーモニー」
を
改装した 「飛鳥2」
は、 「清水港」
に何度か寄港しているようです。
外国船籍の 「クリスタルハーモニー」
(48,621トン)が
「飛鳥2」
(50,142総トン)になって、大浴場「グランドスパ」も改装されて,
船の目方も重くなりましたが、何となくペンキの跡などが、船の古さを感じさせます。
日本仕様で [和の心のおもてなし]
の 「飛鳥2」
は、
人気の大型客船。なるほど、夏休みでお子様方も多いですが、
夏は「プール」で遊べるのがいいですネ!

「清水港」
に着岸後、我が老夫婦は単独で、
テクテクと「清水港の名物は?・・・」と言えば~~
暑い中、次郎長一家のお墓のある 「幽香山梅蔭禅寺」
に行ってきました。
ここに行くまでの道、 「ミンミンゼミ」
の声が賑やかに聞こえていました。 
ともかく、暑い中観光コースにもなっている 「次郎長商店街」
の一角にある
「次郎長の生家」
にもよってきました。
この家の間口は狭いが奥に長く、小さな中庭には枯れた井戸や小さな池もあって、
次郎長一家の写真も展示されて、おみやげも売っていました。
清水の生れ「長五郎」は米穀商甲田屋「次郎八」の養子となった。
「 次郎八
」の子の「 長五郎
」ですから 「次郎長」
と呼ばれたそうです。 
午後4時に「清水港」を出港、しばらくすると相模湾は4~5Mの高波です。
[ピッチング]
だけならまだしも、横揺れ防止の 「フィン・スタビライザー」
が
装着されているはずなのに、 [ローリング]
までも~、
~揺れ続けました。
受付にあった酔い止め薬「トラベルミン」を飲んだが、船長のアナウンスでは、
2時間くらいの辛抱とのことであった。8時ころから夕食に下の階に降りて行ったのですが、9~10Fより5Fのほうが揺れが少ない感じでした。
隣に座ったオバチャマも私も、結局、運んでくれた「コース料理」に手をつけられず、
船酔いで何も食べられませんでした。翌日の東京湾に着く頃は、風は強いが
高波からは脱出したので、今朝の朝食は、うれしいことにサラダとフルーツを、
いっぱい食べられよかった、それから下船いたしました。
「飛鳥2」
の乗組員さんはアジア系、南米系?などの外国人が多く、
日本人乗組員が少ないのにビックリしました。
「飛鳥2」
に一度は乗ってみたかったのですが、世界1周をするほど
暇もお金もないし、カーフェリーの個室にクルマを積んで北海道に
行ったときも、台風に遭ったときがあったが、
「フィン・スタビライザー」
が働いていたのか、横揺れがなかったので
船酔いはしなかったです。 「飛鳥2」
で自分が船酔い状態になるとは
夢にも思わなかったのね。
そして、あこがれの 神津島
に行けなかったことが、最高に悲しいことでした!