文の文

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sarisari2060

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2004.06.01
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カテゴリ: 読書感想文
この本を読んでいるとふっとかつて見た映画やコミックや小説が浮かんでくる。

交通事故以後は80分しか記憶をもてない主人公のひとりである数学の博士の向こう側に、ダスティン・ホフマンが演じた自閉症のレインマンやガラス窓に数式を書き続ける統合失調症の数学者を演じたラッセル・クロウが見えた。

大島弓子さんの描いた「金髪の草原」の痴呆の老人と若いお手伝いさんの交流も浮かんでくるし、義姉を思い、交通事故にあうのは吉野朔実さんの作品にあったように思う。

そして、初老で穏やかな教えるひとということでは川上弘美さんの「センセイの鞄」の主人公、背筋の伸びた先生をも連想させる。

しかし、いずれも浮かんではすぐに消えてしまい、ひたすらにぐいぐいと博士の住む数字の世界に引き込まれてしまう。そして、数字にはこんな秘密があったのか。これほどに美しく詩的に表現しうるのかと唸り続ける。

たとえば
「24。ほお、実に潔い数字だ。4の階乗だ」
「220の約数の和は284、284の約数の和は220、友愛数だ。滅多に存在しない組み合わせだよ。神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ」
「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらずに自分のなかにかくまってやる実に寛大な記号、ルートだ」



「そんな数は、ないんじゃないでしょうか」
慎重にわたしは口を開いた。
「いいや、ここにあるよ」
彼は自分の胸を指差した。
「とても遠慮深い数字だからね、目に付くところには姿を表さないけれど、ちゃんと我々の心の中にあって、その小さな両手で世界を支えているのだ」

素数、完全数、双子素数。作者の想像力が数字に血を通わせる。主人公たちといっしょに、そのうつくしさ、健気さ、いじらしさに酔いながら、ページをめくり続ける。完全数28を背負って投げたタイガーズの江夏の思い出を共有しながら。

「センセイの鞄」がそうであったように、初老の主人公がいれば、ページの残りが少なくなってくると不安でしかたがない。永遠のお別れが来る予感でページがめくれない。

そうして読み終わってみて、博士の愛した数式をもう一度眺めてみる。

≪Πとiを掛け合わせた数でeを階乗し1を足すと0になる≫

小川洋子さんはこの式をこんな風に読み解いてくれた。

「果ての果てまで循環する数と決して正体を見せない虚ろな数が簡潔な軌跡を描き一点に着地する。どこにも円は登場しないのに、予期せぬ宙からΠがeの元に舞い下り、恥ずかしがり屋やのiと握手する。彼らは身を寄せ合い、じっと息をひそめているのだが、ひとりの人間が1つだけ足し算をした途端、何の前触れもなく世界が転換する。全てが0に抱きとめられる」









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Last updated  2004.06.02 10:37:35
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