文の文

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sarisari2060

sarisari2060

2004.07.01
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カテゴリ: エッセイ
京浜東北線ですわっていると、前に上司と女性部下が並んで立った。上司は50半ば、女性は30前半というところだろうと見当をつける。

上司が「あれはどうなってる?」と聞く。女性はすかさず「カジワラさんに連絡済みです」と答える。上司は続けて「何日はどこそこで、何日はだれそれがきて、何日は半日休む」とかいう予定をぺらぺらぺらと話し続ける。

いかにも切れそうな顔つきの女性は低い声で、「あれは、それは」と確認をしたあと、「はい、はい、はい、わかりました」と答える。

その会話の途中、ぱらんぱらんという乾いた音が聞こえた。女性が定期入れのプラスティックの部分を爪ではじいている音だった。上司が喋る間中それは続く。

わたしがその指先を見つめているのに気付いた女性は、顔色も変えず、それをやめた。

上司の話は「伊香保温泉がいいらしいぞ」と続いている。「ああ、そうらしいですね」と答えながら、女性はブラウスの縫い目の端っこを指の間にはさんで小刻みにこすり続ける。

「今度行こうじゃないか、みんなで」と上司が言うと「ええ、いいですね。カジワラさんやモリタさんもいっしょに」と同意する。

しかし、その言葉を裏切るように、こすり方がだんだん大きくなり、今度はズボンの腿のあたりをつねり始める。細身の腿の辺りに皺ができはじめる。

数回、身体の横を軽く叩き、またブラウスをこする。場所を変えながら止まるこことなく指先が動く。



派手なネクタイの上司は、休むことなく話しかける。

ひっつめの髪で口紅もない、歳を重ねた菅野美穂がだまりこんだような雰囲気のするこのひとは、にこりともせず、てきぱきと返事しながら、いつまでもいつまでもブラウスのはしをいじっていた。





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Last updated  2004.07.02 01:53:25
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