4月12日 しいちゃんのアトリエ舞踏 185
春愁
わらしべ長者
春愁
春はあけぼのではない、春は愁いが多い。
気が付けば、老人の私は終わりが 見える時を生きている。
しかも、私は母より先に死ねない。
そして20年間、T氏のもとで文芸活動をしてきたが
3月に突然にT氏が病に倒れられた。
年老いた母と暮らし、T氏の走る後をずっと走ってきた。
うかつにも私は、そうして生きていけばいいと思っていたのだ。
はじめて私は、一人で生きていかなければならないことに気づく。
やつてくる大きな喪失感と、一人で生きていく明日に今頃気付いた。
昨日のことだ、電話で百二歳の母をおいて、老いた娘たちがリスボンへ
行くわけにいかないと 娘に言うと、
多分この旅が私の 最後の長旅になるだろうから
もし母が亡くなっても、兄と従妹と相談して
なんとかして、葬式は後にすればいいから、行って来いと言う。
いろんなことが終わっていく。老いるとはそう言うことなのだ。
さよならだけが人生ならば・・と言ったのは寺山修司だったか。

わらしべ長者
息子は私のことを、わらしべ長者だと言う。
わら一本が馬になり、しまいにお金持ちの家のお婿さんになる話。
今年の畑のチューリップは少し丈が短く小ぶりだった。
畑の近くに住むYさんに自由にとって下さいと電話した。
お金持ちのYさんには、欲しいものはこの世の中にあまりない。
息子の作る安納芋やチューリップを喜んでくれて
ご子息のところやお嫁さんの母上に届けると言う。
すると次の日、紬の着物、塩瀬の帯、有田の大皿、私が買うことが
出来ない高価な物が届く。私は有難くいただく。
今年は床に敷いた布団から起きにくくなって、小さなベッドを買った。
続き部屋の居間のソファーを仕事 部屋に移し、買った小さいベッドを
居間において、昼は薄茶の綿のカバーをかけソファーのようにした。
Yさんが訪ねてきて、その居間でお茶をした。
次の日、畑のチューリップのお礼にと、レースのベッドカバーを
プレゼントしてくれた。
私はベッドを仕事部屋に移して、貰ったレースのカバーをかけた。
赤いカバーをかけたソファーをもとあった居間に戻した。
コピー用紙や雑多な物をレースのカバーをかけたベツドの下に入れた。
小さな二つの続き部屋が、なんだか春の女らしい部屋になった。
金曜に息子が帰ったら、わらしべ長者の報告をしよう。