加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

October 1, 2005
XML
カテゴリ: 世の中
 今日から、学習院の生涯学習センターというところで担当している、カルチャー講座が始まった。

 講座は午前中なので、終了後、常連さんとご飯を食べることがよくある。
 今日は目白の中華料理やさんへ行った。

 音楽とは打って変わり、選挙やら「小泉語」やら、かしましい話になったのだが、どちらかというと私自身より私の両親の年輩に近い皆さんが、かなり気になっているらしかったのは、
 「今時の若いひと」(まあみんなそうですね。われわれも時々話のタネにいたします)がどーのこーの、と、
 「ニート」でありました。
 皆さん、あちこちで、「ニート」の例を聞いては、かなり引っかかっているようだったのだ。
 「親がいるうちはいいけど」に始まり、

 という結論に、だいたい落ち着いたのである。
 「ハングリー精神がない」
 という声も聞いた。

 「ハングリー精神がない」
 それもそうなのだろうけれど、今の時代にそれを言うのは、ちょっと残酷なような気もする。
 私たちの世代もそうだが、今の日本にはとにかく欲しいものは何でもある、ありすぎる。氾濫して、アップアップしている状況だろう。
 そのただなかにいて、ハングリー精神を持て、と言われても、そりゃ難しい。
 それに、このような消費社会を作ったのは、物のない時代に育った、ハングリーだった人たちでもある。
 もうこんな状態はごめん、という原動力が、高度成長、経済成長を促進した面もあるだろう。
 その結果、とにかく次々と作り、売り、消費する、という社会ができあがってしまった。
 こう商品が多くては、選択する力が育つ前にこちらの方が埋もれてしまう。


 いろいろな世代の音楽ファンと接するけれど、年輩の音楽ファンを、うらやましいと思うことがけっこうある。それこそ終戦直後の何もない時代に、砂漠に水がしみこむように、限られた機会を必死に求め、なけなしのお金をはたいた。その経験は、絶対消えることはないだろうから。
 今のように提供が異常に多いと、好きなものを見つけることが逆に難しくなってしまうのだ。
 その点、今の学生さん(出ました、本当はこんな言い方は禁句ですね)、は不幸かもしれない。私の時代でも、かなりそうだったと思う。(自分の不勉強を棚にあげてよく言うよ、と自分でも思うけれど)

 そういえば、「ニートの子供を家から出せ」という意見のおじさまの家には、一流企業に勤める40近くの息子さんがパラサイトしている。
 かくいう私も、結婚までパラサイトしていた。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  October 6, 2005 12:14:39 AM
[世の中] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

プロフィール

CasaHIRO

CasaHIRO

フリーページ

バックナンバー

August , 2026

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: