加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

February 26, 2015
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 (ギリシャ神話の)「オイディプス王」。

  バッティストーニの著書、「Non e musica per vecchi」のなかの「リゴレット」を語るページにこの言葉を見つけたとき、へえ、と思いました。

 「リゴレット」の主人公を、ヴェルディが当時構想を練っていた「リア王」の主人公と重ねる意見はたくさんききますが、「オイディプス王」にたとえた意見は初めてだったからです。

 「目隠しされてしまうし(オイディプス王は盲目になる)、運命に翻弄されてしまうところ」

 今回本人にきいたら、そんなことを言っていて、なるほどねえ、と思ったことでした。何度も接してきた作品での、新しい発見。

 講演会でも、彼は「リゴレット」の新しい側面をたくさん教えてくれたわけですが。

 言葉だけではなかった。公演も、そうでした。「新しい発見」に満ちた公演。バッティストーニが指揮した二期会公演「リゴレット」の感想をひとことで言えば、そうなります。 

 まずはとにかく音楽がエレガント(これは彼の個性でもあります)。指揮ぶりがダイナミックなので派手な音楽が出てくるかと思いきや、決してそうではない。すみずみまで考え抜かれている。もちろん鳴らすところもありますが、それもがんがん鳴らすのではなく、引き締め方、着地の仕方がほんとうにうまい。歌手のこともよく見ていて、歌手にあわせてコントロールしている。知的な指揮なのです。

 なぜこんなことを書くかというと、「リゴレット」のような、一見単純に見える音楽、一見伴奏に見えてしまう音楽というのは、指揮者によってはなかなかしんどいだろうなと思うからです(ちなみに今回の公演は、このことを改めて考えさせてくれました)。この作品は、見方によっては、シンプルな伴奏が続き、たまに爆発する、というふうにしか見えない。シンプルなところでは歌手にあわせてがまんしなければならないから、その爆発する部分でやたら鳴らしてしまう。そういう指揮者、そう捕らえてしまう指揮者も少なくありません(「椿姫」もそうですね)。

 (これは「リゴレット」ではなく「ナブッコ」の話ですが、ある有名なロシア人指揮者が指揮した「ナブッコ」をきいて、何と野蛮な音楽だとこりてしまい、「ナブッコ」はムーティの指揮でもいかなかったというオペラ通の方がいました。まさに指揮者の責任ですね)

 でも、バッティストーニにかかると、「がまん」は一切ありません。というのも、彼がこの音楽をきちんととらえ、深く掘り下げているからです。(講演会でも語ったように)「シンプルな音楽は必然性があってそうなっている」ことをよくわかっている。だから、「ウンパッパ」的な音楽は一切聴こえてこないのです。

 たとえば第1幕第2場で公爵がジルダに愛を告白する場面の音楽も、極端にいえば「ウンパッパ」なのですが、それがちゃんと、(おそらくヴェルディが意図したように)公爵のあたたかな心の鼓動を伝えるものになっている。音楽だけ聴いていても、ジルダの前にひざまずく公爵の姿が目に浮かんでくるようでした。

 譜面はシンプルであっても、弦の音色はグラデーションに富み、管楽器はどのパートも雄弁です。 第2幕の最後に置かれたジルダとリゴレットの二重唱で、恥をうちあけるジルダの言葉を先駆けるオーボエの音色の、頼りなく悲しげなことといったら!ジルダの切ない心情を語ってあまりあり、それだけで涙があふれてきそうでした。

 低弦の表情も、これまで聴いた「リゴレット」のなかでダントツに多彩で雄弁。第3幕で、ジルダの身体の入った袋を運ぶスパラフチーレに伴うチェロの音の不気味さといったら!ここにこんなに雄弁でドラマティックな音があるなんて、気づきませんでした。ほとんど「オテロ」第4幕で、オテロがデスデモナを殺すために寝室に入る時のコントラバスの音のよう。私はこの2作はつながっていると思っていますが、今回この部分で再認識してしまいました(ああ、ジェノヴァで超名演だった彼の「オテロ」(ストリーミングでしか見ていないので)、日本でも聴きたい!)

 そして彼がこの作品の特徴だと語っていた「コントラスト」も素晴らしかった。講演会でも語っていた、美しい追憶の部分の「ベルカント」と、宿命的な暗い部分の「ほとんど表現主義的」な音楽のコントラスト。とくに後者は凄みがあり、その効果でベルカントの美しさがさらに際立つのです。

 たとえば全曲幕切れのリゴレットとジルダの二重唱はまさにそれ。天国にいるようなジルダの辞世の歌と、リゴレットの絶望の交錯。その辞世の歌が何と美しく、この世のものでないように感じられたことでしょうか。彼女はもう向こうへ行っているのだ、と感じられてしまったことでした。まさに光と闇の音楽。

 そして何より、今回の「リゴレット」、どこをとっても血が通っていました。体温がある。登場人物の体温、ヴェルディの体温、そしてバッティストーニの体温が。 

 以前もこのブログで書いたのですが、「リゴレット」はおそらく人生で一番見ているオペラで、ムーティをはじめいろんな指揮者で聴いてきましたが、このスコアからこれだけの音楽が引き出されてくるのを聴いたのは、多分初めてではないかと思います。匹敵するとすればムーティですが、ムーティの場合はどこか全体に君臨しているところがあり、一体感がちょっと違うのです。バッティストーニは彼が主導権をにぎりながらも、皆で作って行く感触を大切にしている印象を受けるのです。その分、こちらも共感できるかもしれない。ムーティのように圧倒されるというより、彼のつくる音楽のなかに抱かれる、溶け込んでしまえる感覚がある。

  書いていて思い出しました。昨年1月、彼と東京フィルの定期で共演したピアニスト、清水和音さんが、「レコード芸術」のコラムで語っていた言葉です。清水さんは、「彼が指揮をしていると、とても心地いい。彼の器のなかに入って、リラックスして弾けてしまう」とおっしゃっていたのですが、バッティストーニはひょっとしたら聴衆もその器の中に入れてしまうのではないかと、今回思ったのです。

 さらに清水さんは「偉大なというレベルの指揮者は、作品やオーケストラを自分の身体の一部にしてしまえるのではないか」と続けているのですが、ひょっとしたら聴衆も、彼の身体の一部になってしまうのかもしれない。 

  それほど、客席にいるこちらも、音楽にドラマに固唾を飲み、一体化していた、濃密な時間でした。

 日本人キャストも大健闘。とくにAキャストは充実していました。主役3人、声の質も役柄にそれれぞれ合っていたと思います。出色だったのはタイトルロールの上江隼人さんで、2012年の「ナブッコ」から長足の進歩。役柄に入り込む「声」も含めた演技は秀逸でした。第1幕第2場のスパラフチーレとの二重唱、それに続くモノローグは(スリリングな音楽とも相まって)、リゴレットが抱える底知れない怯え、不幸を伝えて白眉でした。 名アリア「悪魔め、鬼め」も、急速なテンポで畳み込みながら、緩急をたくみに使い分けて豊かな表情を与えた指揮に支えられた絶唱でした。

 上江さんの演唱がよかったのは、彼が役柄に共感し、深く掘り下げていたことも大きいように思います。あとでご本人がこう語っていて、納得でした。ご本人のお許しをいただいたので転載します。 

 「本当に凄い作品。作品の奥深さを改めて思い知りました。あまりにも深すぎて、勉強不足を痛感しています」

 そして、バッティストーニについてもこんな感想を。

 「音楽を楽しんでいる彼の姿は本当に音楽家として尊敬に値するものです。これからのイタリアオペラは彼にかかっているといってもいいかもしれません。本当に素晴らしいマエストロです」

 音楽を楽しんでいる彼の姿。それは、客席からも見て取れるものでした。音楽に魂を捧げている、けれど知性をもって。

 今回、講演会と公演を通じて、その「知性」を確認できたのは大きな収穫でした。作品についてこれだけ掘り下げているから、このような音楽が創れるということが納得できたのです。

 加えて、自分の持っているものをオーケストラや歌手へ伝達できる能力。

 バッティストーニは、指揮の振りが大きいことでも有名です(イタリアの批評ではしばしばネガティブに取られていますが)。これも、彼の伝達能力の重要な部分らしい。これは主催者から聞いた話なのですが、結局歌手やオーケストラも、彼の身振りや表情をみているという。目力もすごい(それはわかります。。。)。それは、天性のものなのでしょう。

 聴き古した(うまくない言い方ですみません)オペラの、新しい一ページ。それこそ、バッティストーニが目指している解釈だと思います。もちろん、奇をてらうことなく。(このような有名なオペラは、演奏の伝統があるから、それをいったん精算しなければ、というのも彼が語っていたところでした)

 イタリアの劇場にでもいるような、オーケストラの響き。解釈を共有した歌手たち。そしてなにより血の通った、ドラマや感情をしなやかに映し出す音楽。「リゴレット」の新しい一ページは、間違いなくめくられた、と思います。 

  






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最終更新日  February 26, 2015 04:06:03 PM


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