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御無沙汰してしまいました。専務です。
お盆前から葬儀の仕事やお盆の返礼品の納品などに追われていました(汗)
不謹慎な表現かもしれませんがこれもまた業務の一環。お客様・ご当家様に
御指名頂けるのはありがたいことこの上ありません。
さてそうこう言ってるうちに実は日曜早朝にうちのおばあちゃんが亡くなりました。
88歳。
『働き者』を絵に書いたような婆様で。
幼少期にその頃私の両親だけで経営していた当店で私と妹の面倒を見てくれたのも
ばあちゃんでした。
85歳にして当店の『お客様大感謝祭』に裏方として参戦し2日間で1200個の湯呑を
洗いお湯を沸かし続けてはポットに入れるという作業を延々とやってみせた人で
その様から私には『石橋園会長』と呼ばれていました。
ここ2か月で肺がんを発症し今までゆっくり横にもなったこともないような会長が
病院のベッドで寝たきりの生活を過ごしました。
親戚一同にも多大な影響を与えた人で孫7人・ひ孫10人を抱え昨年3月には
相方の『ねぎしや』で『米寿』の御祝を開催しました。
青春時代を戦時中で失いほどなく結婚。3世代を抱える家庭に嫁いだばあちゃんに
『自分の時間』はなく無我夢中で時代と人生を駆け抜けたばあちゃんは
その『米寿の御祝』でみんなで撮影した写真を眺めては
『おれは本当にしあわせもんだ』と笑っていました。
私自身にもまだ若く仕事も身につかずふらふらとしていた頃
『男には必ず働かなきゃならんときがくるもんだ。その時がきたら必死になって働け』
そういって二十歳過ぎの私に小遣いを握らせました。
やがて時が過ぎ私自身がこうして仕事も板につき新店舗を出店するになった時も
『働け。まずは働け』と背中を押してくれました。
今では葬儀が業務の中心となりそれを知ったばあちゃんは『おれのときもたのむぞ』と笑っていました。
だからではないですが私はこの二日間。一滴の涙もこぼしませんでした。正確には
『出なかった』。
私は私なりに『ばあちゃん』の言葉に忠実に従ったつもりです。
いつか時が流れ今この時を振り返った時自分自身が『愛するばあちゃんの為にすべてをやりつくした』と言い切れるようにただただもくもくと『普段通りの仕事』をこなしました。
それが私とばあちゃんにしかわからない『愛情表現』だと思ったからです。
お通夜前日の夜。
私は一人会場に行き『返礼品』の搬入をしました。そこに会場準備として飾られれていた
ばあちゃんの遺影があり。
なぜか私はその遺影を見て笑ってしまいました。
なぜだか最後の最後に自分の『働きっぷり』を見守られているようでたまらなかったからです。
全ての作業が終わり会場の電気を消しふとその遺影に目をやるとばあちゃんが笑っているように見えました。
夏休みとなえば毎日のようにばあちゃんの元へ行き真っ黒に日焼けして走り回ったあの山道。
あの日こうしてばあちゃんの最後を自分の仕切りで送り出す事になろうとは夢にも思わなかった。
でもあの『夏の日』があったから今もこうしてばあちゃんを『愛する事』が出来ているのだとも思います。
ありがとう。会長。そして
ありがとう。ばあちゃん。
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