日記

日記

湯灌


住職さんに会ったり、会社の人、主人のテニス仲間、数知れず、さまざまな人に出会った。はじめて会う人もいれば、なつかしい顔もちらほら。それでも10年以上の歳月を感じた。白髪の人が本当に増えた。

主人の湯灌をした。身内だけ。私と子供たち、兄、兄嫁、義母で。寝たまま入る介護用の風呂桶のようなものが、用意されていた。畳を敷いた部屋にそれは置いてあり、3名の従業員の方(皆白い服を着ていた)が、静かに説明をしながらことを運んだ。177cmの主人の身体はまだまだ死ぬには立派過ぎた。

主人は身体に布をかけられたまま、身体を洗ってもらっていた。そして髪の毛もシャンプーしてくれた。とても丁寧に扱ってくれた。仕上げの頃、私たちもそのお手伝いをした。主人の頭を洗った。死ぬには早すぎる、まだ健康そのものというような髪の毛を洗った。髪の毛なんて洗ってあげたことあったかなあ。なかったかも。

綺麗にしあがったところで、3人分の髪の毛を切らせてもらった。
私と子供たちのお守りとして。ほんの少しだけ。ちゃんと小さなポリ袋が用意されていた。

亡くなると両手を胸の上で組むが、その組み方は非常にぎゅーーーっとにぎっている。死後硬直なのか。それを一旦はずし、身体を清めたあと、また手をもとのように握らせる。そこが疑問だった。あんなにぎゅーっとしたものをどんなふうにしてはずし、また組ませるのか。

聞いてみたら、ある種のマッサージを施すことによって、はずすことができるのだそう。ホントかな?

しかしながら、自分では何も出来ず、恥ずかしいともいえず、ただ人に身をゆだねるしかない主人がかわいそうでたまらなかった。そしてあと少しでさよならのときが来ると感じた。

きれいな顔で横たわった主人。この世のものはすべておいていかなくてはならない主人。何ももっていけない。身につけた知識も資格も、お金も、地位もすべて置いていく。あの世にはいらないもの。私の愛したあの人の横顔。特に好きだった賢そうな鼻筋の通った高い鼻。濃く太い眉毛。細くて垂れた目。小さな顔。みんなさよならなんだね。

爪を切ってもらい、黄泉の国への旅支度をした。そこで私は他の人たちに席をはずしてほしいと言った。みんな出て行ってくれた。わがままと思われてもいい、自分が思うように、後悔しないようにしたかったから。4人家族で、さよならしたかったから。

どんな言葉でさよならをしたのか思い出せない、でも私も子供たちも主人の胸に顔をつけて、抱きしめて、さよならした。長女は頬にキスをした。長男は抱きついた。私は唇にさよならのキスをした。子供が見ている前で初めてで最後の。

またみんなに入ってきてもらって、お棺に主人を入れた。子供たちは入れたかったものがなかなか許してもらえなかった。たとえば、彼が最後の日にはいていたテニスシューズ、長女が主人のために作ったお湯飲み茶碗。結局入れたのは、見せるはずだったテスト用紙数枚。(ちょっと点数のいいのを)

本当にさよならがもうすぐというところまできた。

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