旧・茶々吉24時-着物と歌劇とわんにゃんと-

旧・茶々吉24時-着物と歌劇とわんにゃんと-

PR

×

サイド自由欄

★お勧めホームページ★

【お勧め図書】
ただ今在庫セール中
⚫︎『パーソナリティ千波留の読書ダイアリー』通販サイト
0706book_cover1Web


茶々吉も共著に名前を連ねさせていただきました。
大人でも楽しめる読みごたえのある学習本です。


【送料無料】子どもに教えたいふしぎのお話365


【送料無料】世界を変えた人たち365 [ 田島信元 ]


【茶々吉の写真販売サイト】
PIXTAバナー


お勧めブログ
 ↓
【手づくりケーキ&心の輝きセラピスト 朝ちゃん】
朝ちゃんバナー

イメージコンサルタント&パーソナルカラー診断
創色空間

キーワードサーチ

▼キーワード検索

コメント新着

ミリオン@ Re:群ようこ「きものが欲しい!」(09/26) おはようございます。 着物デビューをしま…
マーシャ@ Re:チャコさん(元宝塚歌劇団 上条晃)を偲ぶ@ともみ先生のストレッチ(11/25) ふと、上条あきらさんを思い出していたと…
Geraldrex@ legal case management system скайп для нокиа н9 с видео. где взять &…
うえだまさし@ Re:優ひかり・真琴愛ディナーショー客席&終演後(04/04) こんんちは。 ちょっと思い出探索で、「八…
gachapin3 @ Re[1]:肉芽治療にクエン酸(07/08) まゆまゆさんへ 大変でしたね。 今きっと…

カレンダー

2010.11.14
XML
カテゴリ: 宝塚
今日、11月14日はなーちゃん(元花組トップスター 大浦みずき)の命日です。

それを私は日付が変わる頃に知り、 泣きながらいろんな思い出の品を取り出し
お酒を飲んで夜を過ごして、ものすごい二日酔いで朝を迎えたのでした。

あれから1年。
たった一人の妹(なーちゃん)をなくされたお姉さま 内藤啓子さんが書かれた
「赤毛のなっちゅん」 が発行されました。
何度も読んで、何度も泣きました。

命日に、内容をご紹介します。


まず、 昨年12月2日に 千日谷会堂で催された
「別れの会」から始まります。
第二章 子どもの頃
第三章 宝塚
第四章 花組時代
第五章 独り立ち
第六章 病気
という構成。

私がなーちゃんにどっぷりはまったのは
第四章 花組時代あたりからなので、第二章と第三章あたりは


もちろん現役時代にも、なーちゃんのパパである
作家 阪田寛夫さんの書かれたエッセイを読みあさって
なーちゃんの素顔に触れた気ではいましたが
父親から見た娘と、お姉さんから見たなーちゃんとでは
近しさが違うというものです。


私が子供時代のなーちゃんで可愛いなと思った点を。

まず、幼い頃のなーちゃんの写真。
意外にも(失礼だけど)丸顔で、
決して美人さんじゃないのだけれど(お姉さまもそう書いていらっしゃる)
なんとも愛くるしい顔をしていて
皆さんに可愛がられていたというのがうなずけます。

運動神経が良く、ちびっこなのに大人の自転車に一生懸命に乗るなーちゃんを
お姉さんが「猿みたい」と笑うと顔を真っ赤にして怒っていたとか
なーちゃんは干支が申で、それをとても気にして、お母様に
「申年って大きくなったら直るの?」と聞いていたという話も
あまりにもカワイイ。

なーちゃんはお父様の影響で宝塚ファンになり、
最初は花組時代のチャッチーさん(元雪組トップスター 郷ちぐさ)
次にオトミさん(元花組トップスター 安奈淳)のファンだったんですって。
ファン時代があったからか、なーちゃんは本当にファンに優しかった。
お姉さまもそれは書いてらっしゃいました。

そして無事宝塚音楽学校に入学。
音楽学校の文化祭で「ロミオとジュリエット」の主役ロミオを演じ
東京・大阪の親戚一同で見に行ったそうです。
「法事以外でこんなふうに集まれるなんて良いね」と。
阪田寛夫はエッセイ「ロミオの父」で、娘を見守る父親の
心境を書きましたが、
どうやらそれについて誰かに何か言われたようで
なーちゃんはお父さんに
「今度書いたらぶっ殺す」と凄んだんですって。
笑えるわ~。
「アンダーライン」のレナードみたいに言ったのかなって。

そして歌劇団に入団したときの成績が良かったので
恒例の初舞台生とトップスターとの会談のメンバーに入れてもらえて
ツレちゃん(元星組トップスター 鳳蘭)と話をさせてもらい
「ダンスが上手なんだって?喜多弘先生が『飛び上がるくらい上手だ』と
言ってらしたよ」と誉めていただいたこと、
その時にツレちゃんに言われた「人の悪口を言ってはいけません」
という忠告を素直に守りとおしたと書いてありました。

確かになーちゃんは人の悪口を言わない人だったようで、
元々の性格もあったのでしょうが、お姉さまは
このときの鳳さんの言葉が大きかったと。

その他エピソードを引用しだしたらキリがありません。
第五章までは、私が知らなかったなーちゃんや
知っているなーちゃんがいっぱいで、
わくわくしながら読みました。

そして第六章。
この章は辛くて、心が痛くてたまりませんでした。
ただ、やっぱりなーちゃんだなと思ったエピソードが二つ。

本当は肺がんだったのに、最初に受けた検査の結果
「繊維筋痛症」ではないかと診断され、しばらく
適切な治療ができなかったことをお姉さまが悔いたら
なーちゃんは穏やかに
「そういう病気があって、苦しんでる人がいるってことを
知っただけでも良かった」と言ったそうです。

また、がんの症状が一層進んだことを告げられた時には
「先生、言うのつらかったでしょ」と逆に主治医を慰めたとか。

これは私の知っているなーちゃんです。
なーちゃんは私たちファンに決していやな顔をしなかった。
今思うと、そうとう鬱陶しいこともあっただろうに
本当に本当に優しい人でした。
怒った顔を見たことがなく、
たまに困ったような顔をされることがあって
「あ、今なーちゃん、本当は嫌なんだな」と感じるくらいでした。

生きるか死ぬかの、自分が一番しんどい時に人を思いやれる、
なーちゃんは舞台の上でも輝いていたけれど
最期まで素敵な人だったのだな、と思うと嬉しくて寂しくて。

とりとめなくて、ごめんなさい。
最後に、宝塚時代のエピソードの中からもう一つだけ
相手役キャルさん(元花組トップ娘役 ひびき美都)について。

キャルさんはダンスが上手だったからなーちゃんの相手役に
選ばれたのだと思っていましたが、ただうまいだけじゃなかったのです。
腕の力がないなーちゃんがリフトで支えていなくても、自力で
勝手に浮かんでいてくれたそうです。(そんなことが可能なのか?!)

「ショー・アップ・ショー」の時に、なーちゃんは立っているだけで
キャルさんがなーちゃんにつかまって、一人でぐるっと周りをまわって
下りてきたことがあると。

見ている側にはそんなことはちっともわかりませんでしたが、
それはなーちゃんにとってどれほどありがたかったことか。

それを知った後で、二人のダンスを見ると
より一層の感慨があります。



これからも、時々「赤毛のなっちゅん」を読み返して
在りし日のなーちゃんをしのぶことになりそうです。

またいつかなーちゃんと会える日が来ますように。

今日の日記を気に入ってくださったら↓ポチっとクリックお願いします。
人気ブログランキング2010年バナー






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010.11.14 08:32:24
コメント(6) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: