デカルトは懐疑的に物事を見ていったときの最後に疑うことの出来なかったものが 自分
であると言ったのです。
だって疑って考えているのは自分な訳ですから、それも存在するか疑わしいとすれば、何も疑うことすら出来なくなってしまう訳です。
これは同時に 物事の中心には自分がいる
ことだと言っていると思うのです。
チャイディーの母の言葉によれば、 ”心がここにある”
と言ってました。
自分が中心(絶対的なものとして)で考えることが出来なければなければ、社会と言う相対的な人間関係の中で自分の存在を見失ってしまうと思うのです。
恋愛においては相手に依存した考えでは、相手に自分すらもゆだねてしまうために中心(己の心)からズレた考えとなり、いつかはお互いの気持ちに溝が生じてしまうと思います。それは同時に 自分が中心として考えを持っていなければならないと言うこと
ですし、唯一 絶対的なもの
は自分しかないと言うことだと思います。
ただ社会の中で自分だけを見ていても絶対的な自分の成長はないのです、だから今度は自分自身を客観的に見ることが出来る自分も持たないと強くなれないと思います。
主観的に、時に客観的に ”自分って何なんだろう”
って プラス思考
で見ることが出来たとき、自己は成長していくんじゃないかなと思います。
と、迷いの中にいる自分に言い聞かせました。。チャンッチャンッ
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