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・2、11、火
今 親鸞聖人の伝記を読んでいる。
これは丹羽文雄が、小説風に親鸞の5歳のころから入滅するまでを描いた大長編作品である。
今 親鸞は30歳半ば。
後鳥羽上皇の本願念仏宗弾圧にあって、越後に流罪となったところである。
法然、親鸞の生き方を見ていると、何だかばかばかしいようにも思うし、またよく思索してみるととても深い哲学のようにも思える。
法然に言わせれば、何につけても「念仏を唱えなさい。念仏さえ唱えればどんな罪深い者でも仏は極楽浄土へとお救い下さる」という。
それ一辺倒である。
しかし「南無阿弥陀仏の一言だけでよい、あとのことはすべて捨ててしまえ」というところに行き着いた法然の教えには、それまでに何十年という迷いと思索と苦悩があり、万人を平等に救いたいという強い信念があるようだ。

バス停に辿りつくとそこに一人の男が立っていて、僕は彼の何処かにちょっと腕が擦れたようだ。
確かに、当たったというより擦れたという感じだった。
すると男は突然わめき始めた。
「おいおまえ、危ないだろ、気を付けろよ!
おい、反省してるのか、何とか言え!
どういうつもりだ!」
僕は「ああ、またこの手合いか」と思い、彼に背を向け黙って立っていた。
男は僕の背に向かって続け様に毒突いた。
こういうことは時々あるのだ。
見えない者などに絡んで憂さを晴らそうとする輩である。
でも頭のおかしな者にいちいち相手になっていては大変なので、たいがいは無視して過ごす。

その一言は今となっては思い出せない。
今日僕は別に虫の居所は悪くはなかった。
むしろエネルギーが余っていたのかもしれない。
僕は黙ってゆっくり男に近づき「おい、もう一度言ってみろ」と低い声で脅した。
「人に当たっておいて、その態度は何だ!」と男が喚いたので「これが見えないのか」と言って僕は白杖を男の顔に押し当てた。

僕はその言葉に再び色をなした。
男はただの与太者や酔っ払いとは違い、何処か弁の立つところがある。
年は僕と同じぐらいか、少し上ぐらいに感じる。
確かに彼の言うとおり、僕は彼に向かって「ごめん」の一言も口にしていないのだ。
だがぶつかってもいないのにどうしてこんな輩に謝らねばならないのか、という気でいた。
そこで僕の口から突いて出た一言に、自分自身深い自己嫌悪を感じることになる。
「貴様障害者に手を出して、それでただで済むと思うのか!」
自分自身、救いようもない情けない一言だ。
自分の口から出た一言とは信じられなかった。
すると男は言った。
「俺も障害者だ、お前こそただでは済まんぞ!」
それまで気が付かなかったが、男は片手に杖を持ち、足を引き摺っている。
「お前のそれが思いあがりだというのだ!」と男は何度もわめき続けたので、腹立ち紛れにおもいっきり彼の手から白杖を奪い取った。
その反動で男は歩道の上に仰向けにひっくり返った。
「ああ!」という男の声と、彼の杖の転がる音が響いた。
僕はそれも無視して彼に背を向けてバスが来る方向に立った。
男はゆっくり立ち上がり、まだ僕の背中に向かって毒突き始めた。
「このまま後ろからブスリとやられるかもしれないな」などと考えていた。
それでも余りひどいので、再び男ににじり寄ると、わめきながらも男は後ずさりした
。
どうやらこちらの殺気に恐怖を感じているようだ。
「これ以上激する自分を抑えられないと、傷害事件になるかもしれないな」と頭のどこかで考えていた。
今僕は犯罪者になる訳にはいかない。
男が訴えれば、今でも暴力を奮ったことになるのかもしれなかった。
男から離れてベンチに戻ると「ここ、空いていますよ」と席を譲る若い女性の声が聞こえた。
「大変な災難でしたね、お気の毒です」という感じが伝わって来た。
しかし僕はその災難よりも、自分が思わず発した一言に深く落胆し、打ちひしがれる思いだった。
僕は自分の障害を喧嘩の道具に使い、それで人を脅そうとしたのだ。
最も軽蔑に値する行為だった。
法然の前にひれ伏し、愚かな我を懺悔せねばならない。
仏に救いを求めるべき、いや、仏に救われるべき愚者である気がした。
でも法然も親鸞も言うだろう。
「凡庸にまみれ、欲に打ち勝てず苦しみ惑うのが人間であり、それを隠す必要はない
。だからこそ念仏を唱え、仏の救いを得るのだ」と。
そして僕は今、あえて恥ずべき今日の行為をここに記す。






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最終更新日  2014.02.12 23:50:46
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