わんこでちゅ

息子への手紙







 我が愛すべき息子ルークへ。君ももうすぐ四歳。りっぱな大人になったことだろう。遠く関西と関東に離れ、なかなか会うこともままならず、とうとう私は天国とかいうところに行くことになった。だからこそその前に君に言っておきたいことがある。四歳になった君なら、きっとこの話をきちんと受け止め、真摯に考えてくれることと思う。
 幼いころ遠く離れてしまって、君はまだ母チャニがこいしいかもしれない。まだ少し弱虫なところがあると、飼い主さんから連絡をもらったことがあったが、君のいるべき場所はそこなのだ。そこ以外には有り得ないのだ。運命といっても差し障りはない。実は君の飼い主さんが勤めていたペットショップの前で、ある春の日この父と母ははじめて結ばれたのだ。私の鬼のような飼い主はいつもだめだめばかりで、いっこうに母チャニと、結ばれることはなかったのだが、家の外ならこの鬼の飼い主も注意力散漫、その隙をねらって、母チャニにプロポーズしたのだ。天下の公道。人や車の往来が激しかったものの、私の熱い情熱がそんな障害をのりこえたのだ。鬼の飼い主は
「やめてよ~なんでこんなとこでなのよ~!」
と絶叫して怒りはしたものの、やっとやっとの思いで愛する母チャニとむすばれたのだ。20分間、道ゆく人間どもに奇異の目でみられたり、失笑をかいはしたが、私はなにも恥ずかしくは思っていない。今の君の飼い主のいる店の前、それが運命だったのだ。君がその家にゆくのは天のさだめのような気がしてならない。けして今の立場に不満をいだかず、今の飼い主さんに全幅の信頼をよせ、卑屈になることなく大人になってほしい。
 それから、散歩にゆく運動公園では、他の犬をこわがって、びくびくしているそうだね。父と母が毎日散歩した公園だ。私達との思い出にふけりながら楽しく散歩してくれるとありがたいが、もし怖い犬がきても堂々としていなさい。なぜなら、その公園もやはり、父と母が結ばれたところだからだ。あの店の前でむすばれた翌日のことだが、そうそう、確か春の陽光あふれるグラウンドで少年野球大会の開会式があった日のことだ。選手9人、補欠数名、引率の父兄、監督がひとチームで全部で区内の野球チーム11チームがグラウンドに所狭しと勢ぞろいしておった。はなばなしい開会のファンファーレ音楽をバックミュージックにして、そして大勢の、この子供らの注目と嬌声をあびながらの、かつてない賑やかな結婚式になった。きっと世界中で一番立ち会ってくれた人の多い犬の結婚式だったに違いない。母チャニも感慨がふかかったのか、キャキャキャキャーンとグラウンドに反響するほどの大声で、終始なきどおしだったが、鬼の飼い主もなぜか半泣きしていた。あとでしこたま
「一生分の恥かいたじゃないのよ!!!!」
とおこられたが、、、。
ともかく前述の店か、この公園が君の本当の意味での生をうけた場所だ。君がものごころつく前に私達は遠い関西にすみかを移してしまったが、今いるところこそが君の魂が生まれた場所だ。そう思えば勇気もわくことと思う。そしてそれを心の芯棒にして、のびやかに堂々と生活してほしい。そしていつまでも元気で息災でくらしてほしい。       
ジェームス、T、カーク


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