茶楽人の茶の湯

茶楽人の茶の湯

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

宗磨

宗磨

コメント新着

☆itihana☆ @ Re:書き込み返信編(11/27) お元気で何よりでした(^-^☆/ 新しい事…
☆itihana☆ @ Re:書き込み返信編(11/27) 暫くです~♪大変申し訳ありません!ブログ…
goldorca @ 気になること。 あのぉ~。なぜか、ここのブログにだけ、…
goldorca @ こうした茶事の経験が積み重ねられるといいですね。 さすがの総括ですね。なんか、もう、総括…
goldorca @ すまん・・・・。今頃になって気付いた。 和運、和運って・・・・。ワンワンに掛け…
2005年09月23日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類


高校生の時にすでにお茶を習っていた友人が、お茶っていうのは掛け軸を見て一言褒めなきゃいけないし、お茶を飲んでまた一言茶碗を褒めなきゃいけないし、すっごく大変、といっていたのを聞いて決して茶道なんてやらないわ、と思っていました。

ところがなぜお茶のお稽古をすることになったのかさっぱり記憶はありませんが、生花だけを習っていたのに以前の先生は生花のお稽古とお茶のお稽古を一緒にしてしまう方でしたので、私が生花をしていて、お茶のお稽古中、生徒さんのお茶が点つと私もお抹茶を頂いていました。

恐らくそんなことを何回か繰り返しているうちに、お点前の美しさに魅入られたのかも知れません。なぜなら元々生花も芸術的なことをしたくて習い始めたもの。高校の時の友人の解説の中には茶道にとても芸術的なものを感じることができるものがありませんでしたが、実際にお茶に触れてみて芸術的な動作というものがあると感じたのかもしれません。

そしていつの間にか入門。

いつしか学生だった私も就職、その後転職して今の会社で働き始め、シフトのきつさで家を出てもう少し会社に近い今の土地に移り住むと、月4回行っていたお稽古を月2回にし、最初習い始めた生花を辞め、それでもお茶のお稽古を続けていたのですが、それもきつくなってきたので先生にしばらくお休みを頂くことにしました。それまでが10年ほど。そしてある日仕事をしている私に生徒さんのひとりから電話がありました。

私はすぐに直感しました。それは先生の他界を知らせる電話でした。

毎年一月には初釜といって新春を祝うお茶会をします。今から思うと先生はひとりで全部を用意されていました。その年も例にもれずひとり初釜の用意をされ、お茶会用の器はもちろんのこと、灰も炭も懐石料理も全部され、さあ一息つこうとお風呂に入られたそうです。そしてそのまま天に召されました。

まったく先生らしい茶の湯だと思います。利休さんとあちらの世界で面会されているのかもしれません。私はこの先生のお茶のお点前も茶花、いけばな、ともに好きでした。もう、お点前を拝見することもお花を拝見することも叶わないのは残念でなりません。

先生のご冥福をお祈りいたします。

その後今の流儀に替えたのはまた明日。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年09月24日 04時14分05秒
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: