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夏休みのこの時期になると、私は、どうしても忘れられないあの夏の日のことを思い出す。
8月の第2週、私は施設実習生として、ある養護施設のお世話になっていた。
養護施設とは、「環境上、養護を要する(養育に不適切な家庭環境、家庭での生活が困難)」と児童相談所長が判断した児童を養育する児童福祉施設である。
8月の第2週はちょうど、夏休みの盆帰省の時期で、学園の子供達は、短い間、家で過ごす時間をもつことになる。
「○○学園」
とてもにぎやかな子供たちの城。
盆の帰省は水曜日の午後から土曜日の午前中いっぱい。その間に保護者が迎えに来て、子供たちが帰っていく。
水曜日の午後になると、玄関の上の窓から学園の門につながる細い長い砂利道の見える階段に子供たちが座り込んだ。子供たちは、保護者がその門から迎えに来るのを、待っていた。
「今度は誰のお父さん」、「今度は誰のおばあちゃん」。「今度は誰のおかあさん」。
誰かの保護者が現れるたびに歓声が上がる。そして、保護者に連れられて、幸せそうに家にかえって行く後ろ姿を、じっと見送る。みんな、自分を誰かが迎えに来てくれるのを待っていた。 けれど、ここにいる子供たちすべてにお迎えが来るわけではないということに、私はこの時、気付かなかった。
木曜の朝になり、金曜の朝が来た。
毎日、階段にすわって、お父さんの自慢話をしていたK君が何も話さなくなった。
階段に座り続けている子供たちは、ほとんどしゃべらなくなっていた。階段の下で喧嘩を始める男の子たちがいた。そのうち、とうとう、階段に座ったまま、声をあげて、5歳になったばかりの女の子が泣きだした。
「お姉ちゃんと遊ぼう。あっちで、あそぼう。」と、思わず声をかけた。そのとき
「あまやかさないで!」と、ぴしゃりとさえぎられた。
6年生になる部屋長の女の子だった。
「甘やかさないで、お姉ちゃん。
お姉ちゃんは、今はいるけど、実習が終わったら帰ってしまうでしょう。
その時、この子を慰めてくれる人は誰もいないの。
この子は帰るうちがあるだけいいの。
帰るうちも、迎えに来る家族もいない子だって、ここにはいるの。
私は、みんなで遊びに行ったときに、交通事故で、
お父さんもお母さんも妹も、みんな死んじゃったの。だから、ひとりぽっちなの。
泣いてもどうしようもないって自分でわかるしかないの。
だから、泣いていてもほっといて。」
「先生、なんでまだ学校なんか行ってるの~?
私、学校大っきらい、だって、いじめられるもん。」
「私は、中学出たら働くんや~。
お金もいっぱいもうけるん(笑)。早くここをでたいもん。」
数日間の子供達とのやり取りが頭をよぎった、私には、 ただ、黙って一緒に階段にすわり続けていることしできなかった。
あれから20年以上がたった。世の中は少しはよくなったのだろうか。むしろ悪くなったのだろうか。ただ、私には、施設保母になる道はえらべなかった。
また、夏が来て、あの学園は、にぎやかな「夏やすみ」をむかえていることだろう。
あのとき、あそこにいた子供たちは立派に成長して、素敵な家庭を築いていると私は信じている。
でも、時折
黙って座っていたあの子供たちと一緒に、あの階段にすわっている自分がまだそこにいるような気がして、心がぎゅっと痛くなる。