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。あっでも、午後従姉妹んちの子守頼まれてたっけ。5ヶ月になる赤ちゃん♀なんですけど、結構気分屋さんで、
てたかと思ったら、数秒後には
…おまけに最近人見知りが始まって、ちょっとお母ちゃんいないと
。でも、姉妹同然に育った従姉妹の赤ちゃんなので、般若の様な顔して(笑)大号泣されてもカワイイ
のです。 午後は気合入れて
皆さんに母のことについて沢山書き込んでいただきましたが、どれもお褒めの言葉ばかりで、恐縮です。 母と私の関係ですが、私は母に何でも話せて、とても信頼していて、母も私と良い距離感を持って接してくれています。
ですが、それまではそんな良い関係などではなく、今のような良い関係になったのは、今年に入ってからなんです。私がうつになったことがきっかけだったと思います。
学生時代までは、私は母に「頼る」ではなく、「依存」していました。「母がいなければ生きていけない」、そんな感じでした。母もとても私を過保護に育て、全く子離れには程遠かったです。そんな私達の関係が初めて変わったのは、私が就職して、ある男性と(旦那とは別の人です)恋愛し始めたことがきっかけでした。今考えればその恋愛は、けして私にとって幸せなものではなく、ただ彼に依存していただけだったと思います。依存の対象が母から彼に移って、私は母を遠ざけるようになってしまいました。その彼にのめり込む私を心配し、彼と引き離そうとする母を私は疎ましく思ってしまい、母との間に壁を作ってしまいました。それからは、母に対しては何でも隠し、母から遠ざかり、表面的な付き合いしかできなくなりました。母も、そんな私に対してどう接したらいいのか、日々悩んでいたようです。
そんな母との関係が4年程続き、そんな時、私は発病しました。発病してももちろん母には何も話しませんでしたし、話せませんでした。話せば、「過保護な母のことだから、家に引き戻され(当時私は既に一人暮らしをしていました)、絶えず心配され、家に閉じ込められる。」と思ってしまったのです。発病して1年程は母に病気の事も休職し始めたことも隠していました。母からのにでたり、実家に帰る時は、自分が元気な姿を演じられる時だけでした。ですが、何も言わなくても、明らかに痩せていき、顔色も悪くなっていく私を見ていた母は、心配でたまらない様でした。「大丈夫?何かあったの?」そう母に聞かれても、「何でもない」としかその当時は答えられませんでした。 ですが、心の中では私は、本当は母に打ち明けて「助けてほしい」と思っていました。
そんな、母とのとても遠ざかった、表面的な関係が変化したのは、私が病気の事を母に打ち明けた時からでした。あれだけ避けていた病気の話をなぜ打ち明けたかというと、職場から実家に私が休職中であるというがいってしまい、話さざるを得ない状況になってしまったのです。その時私は最初は「話したらどうなってしまうんだろう。家に引き戻されるのかな…閉じ込められるのかな…私がうつ病なんて聞いたら大騒ぎするに決まっている。」とパニックでした。ですが、その当時旦那と付き合い始めていて、彼が「大丈夫何が起こっても俺が傍にいるから。大丈夫
」と支えてくれ、そして母に打ち明ける勇気がでました。思い切って母にで話すと、「そっかぁ。」と言い、どんな症状なのか、いつから休職しているのか、等聞いてきたのですが、私が考えていたよりも、母は全然落ち着いた対応でした。打ち明けた後も、「家に帰ってきなさい」といったことも全く言ってきませんでした。時々、「体調どうだい?」と気にかけてくれる程度でした。今思えば、母は私の事がとても心配で不安で仕方なかったのではないかと思います。ただ、彼(旦那のことです)との付き合いで私が精神的に落ち着いてきているのを感じており、彼のこともとても信頼していましたので(旦那はおバカだけど、結構できた人間なんです
)、彼を信じて、私をそっと見守ろうとしてくれたのかもしれません。
母に病気を打ち明けてからは、だんだんと母との距離が縮まってきました。過保護にならず、騒がず、ただ私を見守っていてくれる母の態度に、私は安心したのだと思います。それからしばらくは、私は反抗期()に突入しました。元々私は思春期に反抗期を経験していませんでした。その頃は家の中が父のせいでグチャグチャで、反抗期どこれはなかったもので。その経験していなかった反抗期がなぜかその時始まってしまったのです。そしてしばらく母への反抗期が続き(20代にもなって始まった私の反抗期に対して、母はほとんど文句を言いませんでした。)、やがてそれが治まってきた頃、ある日私は母の前で大号泣してしまったのです。その時何を母に話したかあまり覚えていませんが、「ごめんね。ごめんね。」と何度も謝ったことだけは覚えています。そんな私を見て母は笑って「何謝ってんのお前に何言われたって、されたって、気にもしたことないよ具合の悪い娘のした事を責める母親なんかじゃないよあたしは」と言って、ずっと泣き続けていた私を優しくなだめてくれました。
そうして、母に対して何でも話せる今の関係になれたのです
。今私は母に依存することはありません。けれど、元気なフリをすることも無いですし、悩んだ時は母に
し話します。もちろん、喧嘩もします(母はとぉーっても頑固ものなので)
そんな、母との関係が良い方向に変わったことも、私の病気が少しづつですが良くなってきていることに関係していると思います。「母に何でも話せる、いつでも母が味方でいてくれる」、そう思える 母の存在や、いつも一番傍で支えてくれている旦那の存在ができたことで、今まで中に浮いているように心が不安定だった私ですが、今は自分の足元にしかり支えがあるように思えます