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2006年03月29日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今、特定の人と遠隔グループ治療に取り組んでいる。

グループ治療というのは、同じ病を持つもの同士が交流を持ち合い、お互いの経験や議題を話し合ったり、雑談を交わしたりする中で、お互いの病気を自らが見つけなおすキッカケを作り、その事を自らが考えていく事でお互いの病気をよくしていきましょう、というのが狙いの治療方法だ。

この治療方法の性質上、グループ治療のメンバーは特に慎重に選ばなければならないのだが、最初ただの知り合いの知り合いとして知り合って(?)、そのうち同じ病である事を知り、交流をもつようになった人がいて、フト気付いたら、それは「グループ治療」というものであるという事になっていた。

双方の主治医に「この交流を続けても大丈夫か?」と確認してみたところ、両方の主治医が
「この治療は相手を選ぶので、相手選びが難しいのだけれど、今回の場合治療成果が上がっているように見えるので、是非このまま続けて欲しい。」
というお墨付きをくれ、メールのやりとりやチャット、深刻な話題になった時にはネット電話を使ったりして、交流を続けている。

で、昨日、こんな話題がでた。

『病気だからできなくなったのか』

それとも、

『モトモト苦手で、病気になったからそれが益々負担になって出来なくなったのか』

『病気だからできない』


『モトモト苦手で、病気になったからそれが益々負担になって出来なくなった』
というのなら、例え病気がよくなったとしても、病気になる前より出来るようになる筈がないので、苦手なものは苦手なまま残るはずである、と。

では、今、私達が『出来ない事』というのは、どちらにあてはまるのか?というのを考えてみた。

「モトモト苦手だったのの延長として出来なくなった」ものを「病気のせいでできなくなった」事にしてしまうと、病気がよくなって緩解に持ち込めたとき、「こんなはずでは!!」と落ち込むことになる。

出来ない事を病気のせいにしていると、病気という原因がなくなったとき、まだそれが出来ないでいる自分に愕然として落ち込み、病気が再発しやすくなるという話だ。

これは、まぁお互いが何度となく主治医から話されていた事で、私は去年の今頃一度先生と「病気でできないのか、それともモトモト苦手なのか」を考えてみた事がある。

分かり易く例えを出してみると、例えば私は今「家事全般が殆どできない」状態であるが、それは全部病気のせいか否か?

・料理 → 病気になる前は普通に作っていたから、これは病気のせい

・洗濯 → 病気になる前は普通にしていたから、これは病気のせい

・掃除 → 病気になる前から苦手であったから、これは性格のせい

・かたずけ → 病気になる前から苦手であったから、これは性格のせい


これを全部病気のせいにしてしまうと、病気がなおったとき、家がきれいに掃除できない・かたずかないことでまたつまずいて、元の木阿弥になってしまう可能性があるね、という話になった。

上記については、昨年先生との対話の中で気付いた話なので、今回のグループ治療では、「例えばね・・・」という事例のひとつに上げられたに過ぎず、昨日はもっぱら

『じゃぁ、今他に病気のせいにして逃げてしまっているものはないかどうか?』

を話し合って(チャットして)いた。

まず今自分ができないものを上げて、それがどちらに当てはまるものなのか、それを見つめなおす作業を話し合いながら進めて行った。
できない事を上げていくことは簡単だけれど、それがどちらに当てはまるのかを考える作業は結構苦しいものだ。


まぁ、答えが早々簡単にみつかる筈もなく、夕べはめずらしく夜中遅くまで話し合ったのだけれど結論は出ず、
「数え上げられた『できない事』がどちらにあてはまるのか」
を時間をかけてゆっくり話し合っていこうという事になった。

うーん、こう書いてみると、すごく治療らしいことをしているみたいだ(笑)。
だけど普段はもっと雑談っぽいことも話しているし、治療とは全然関係ない話題で盛り上がったりもしている。
でも、この一見治療とはなんの関係もないような雑談も実は、鬱傾向が強い(というか鬱病)の人だったりすると、「会話が弾む」事自体が『グループ治療の課題』として充分成り立ったりするので、それはそれでいいのだそうだ。

実際、普段はそんな雑談の方が多かったりするのに、お互いの主治医が目を見張るほど、お互いが元気になりつつある。
まだ薬を減らせる程ではないけれども。

「こういう治療もアリ」なのだということを、同病の人にもっと知って貰えたら・・・と思う。
なぜなら、今まで知らずに来た事がとても残念な程効果的だから。まぁ、それには治療のパートナー選びが不可欠で、そこが一番難しいのだ、と先生は言っていたけれど。





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最終更新日  2006年03月29日 11時54分29秒
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