全7件 (7件中 1-7件目)
1
雨がひと段落・・・スッキり・・って訳ではないけれど・・・・・みたいな感じでも、朝晩は、めっきり涼しくなったようです。もう、秋を感じるような涼しさで・・・クーラーの出番も減ってきて・・過ごしやすいデス。8月ももう終わりますね。あっという間です。このように人生アッという間に過ぎてしまうのかな・・・?!なんてことを考えたりしてしまう今日この頃です。今までの人生アッという間は、たいして変わらないまだまだ健康にも気を付けていく年でもなく・・でも、これからの10年後っていうのは、とても貴重な10年だなって思う。10年後って60代手前・・・次の10年は、70代手前・・・そろそろ人生の終りも・・って時期です。病気になってるかもしれないし、なかなか思うように体も動かすことができにくくなっていくだろう年頃・・・そう思うとこれからの10年・・・過ごし方を考えてしまう。親の介護もひと段落・・・子供たちもそれぞれに巣立つだろうこれから・・・自分自身の生き方について色々思う。色々なことが落ち着いてきて・・これからまた何か出てくるかもしれないけど・・・それが人生かも知れないけど・・・今、この時は、幸せだなって感じる・・・大事にしたいな・・・この時間を・・・虫の声が聞こえます・・・今日も一段と涼しい・・・そろそろホント秋・・・ですね
2014年08月31日
コメント(0)
今年の夏は、夏らしくない・・・梅雨が明けたにもかかわらず・・・・梅雨明けから季節外れの台風が来たり、そして、梅雨のような長雨が続いてます。各地で災害も・・今朝からニュースで広島の土砂災害の事が報道されいる。突然の自分の身に起こる災害・・・大切な家族を失ってしまった方もいる・・・なんといっていいのか言葉を失ってしまう・・・どうかこれ以上の被害が出ないことを祈るばかりです。今朝は、もう秋かな?と思うくらいの涼しい風が吹いていて・・・このままだと今年は、あっという間に秋になってしまう気がします。なんだかお部屋の中もジメジメとしてて・・・スッキりと晴れたこの時期は、色々と家の中の片づけをする時期でもあるんですけど・・・今年は、雨ばかりで・・・なんだかジットリ・・・・気分のジットリ・・・断捨離も決意してから・・・何年か経っていながらも・・・なかなか持続せず・・・定期的に片付けの日っていうのを決めて片づけていれば、部屋の中もスッキリとなってるはずだろうに・・・・人って贅沢なんですよね。つくづく思う・・・結婚した当初・・社宅を与えられた新婚時代・・2LDKの社宅でした。当時、私の実家は、賃貸で2DKのマンションでした。それでも、都会なんで結構な家賃・・・4畳半の部屋が唯一私の部屋だった・・それでも、部屋があるだけ有難かった。その前は、大家さんの一軒家の一角を借りた賃貸だった・・・その時は、風呂なしの1DK親子3人で・・・です。だから、新婚当初・・・自分の実家よりも広い2LDKの社宅で2人でこんな広い家に住めるんだって嬉しかったのを覚えています。そして、長男が誕生して・・・主人がもう少し広い社宅を今のうちに借りておこうと社宅で一番広い間取りの3LDKの社宅へと引っ越した時も贅沢な気がして嬉しかった・・・時が経つと・・・それも狭い空間になるのですね。そろそろ一軒家を・・と今の4LDKの一軒家に越してきたときも真新しい新築の一軒家に満足していたはずなのに・・・住み慣れてみると、狭いなぁ・・・と文句が出る始末・・・ナント贅沢なんだろう・・・現状に満足していない・・・きっともっと広い家に住んでもそうなのかもしれない・・・いろんな方のブログを拝見してると綺麗にスッキり暮らしている大事に大事にしてるおうちブログを見ていると頑張らないと・・なんて思うのだけれど・・・・一時頑張ってみるけれど・・・また一諸・・・駄目だなぁ~・・・・こんな風に暮らしたい・・・と思いつつ・・・・「家の中はそのまま自分の心の中を反映している」・・・・と断捨離の本に書いてあった・・・ドキッとした・・・そのまんまかもしれない・・・
2014年08月21日
コメント(0)
昨日、娘とショッピングに行きました来月は、親戚の結婚式にお呼ばれしている・・・例のごとく、着物を着ようと思っているのですが、会場までの道中・・やっぱり普段着って訳にも、行かないなっと思い、洋服を思案したんだけど、2年前に出席した、友達の息子さんの結婚式の出席の際に道中に着用したパンツスーツにしようと思ったのですが・・・パンパン??(-_-)ハイ・・・・肥えてます・・着実に・・・この頃は、なんだか普通にしてても日に日に肥えていく気がして・・・・・これも更年期のなせる業?!いろいろ見て回って、少し改まった感じの上の服を購入した。下は、黒のフォーマル用のパンツにして・・・と迷った末に、2着も買ってしまった・・・でも・・帰ってから気づいたのですが・・・・着物着用時って直前の洋服は、確か・・・前開きの物が良かったはず・・・しまったぁ~((+_+))どちらもかぶり・・・・さて・・どうしたものかなぁ~気に入ってはいるのだけれど、前開きの物を持参して直前に着替えて頭をセットしてもらおうかな?!それとも、思い切って今後の為にも、洋装のフォーマルを購入しておこうか・・・・それとも洋装にしてしまおうか・・・でもなぁ・・体型を選ばない着物は、それなりに晴れやかに見えるし、そんな時でもないと着れないしねぇ・・・・この頃は、ほとんど着物って着る人いないですもんね。2年前の友人の息子さんの式でも、着物は、新郎新婦の母親と兄嫁のみで、親族の皆さん、ほとんど洋装でした。私くらいでしたネ…来賓でも・・・葬儀になるとほんと着物を着てる人は、今まで見たことがないデス・・・ちなみに、私は、母・義父・父と喪服の着物を着させて貰いました。葬儀となるとバタバタして着物どころじゃなくなるのですが・・・・母のときに最初に着てから、やはり着物って心が引き締まるというか・・・そこに凛としたものを感じます。でも、一番の理由は、母が私の為に揃えてくれた着物を無駄にしたくなかったから・・・ナント夏用と冬用まで揃えてくれていたのです。私が着るとしたら、主人も私も一人っ子なので親の時以外に着用する機会はないし、今時は兄弟間ではあまり着用しないし・・着物自体あまり着用していないですもんね。夏用なんて短い期間・・・いつの季節に亡くなるか分からないのに・・もしかしたら、一生使用しないかも知れないのに・・ネでも、夏用は7月に亡くなった義父の時に・・・冬用は、3月に亡くなった母と11月に亡くなった父の時に着用した。着物は、まだまだ有って・・・まず喪服夏用・冬用から始まり、訪問着・附下・紋入り無地・普段着の小紋・結婚式にもOKという大正ロマン風小紋・そして・・留袖・道行・紋入り黒羽織・雨コート・ウールの普段着着物に続いて、母の物でまだ未使用な紋付無地・文無し無地・・・とまだ袖も通したことない着物も有る。これらは、けっして裕福な家庭ではなかったのに、母が振袖から始まって・・・いつか私が結婚した時のためにコツコツとパートの稼ぎからローンを組んで揃えてくれた物たち・・・嫁入り道具ですね。こんなに要らないよって・・どうせ着ないし・・ってよく言ってた若かりしの私を想い出します。それでも、当時母の頃は、兄弟姉妹が多かったせいで着物を着る機会が多くて・・・その時に自分は、粗末な着物しか持っていなかったりで・・惨めな思いをしたそうで・・・そういう気持ちを味あわせたくないという母の想いだったようなのです・・・そう思うとやはり。。。この着物の数々・・・無駄にはしたくないと思うのです。着付けもいつかやってみたいなって思いつつも・・・・着物って着るだけでお金のかかる代物で・・・着付け・セット・クリーニング代など・・・だけどもやっぱり着てあげたいと思うし・・そして、出来たら娘にも残してあげたいなって・・・思うのです・・母の着物・・・あ~でも、どうしようかなっ!洋装・・・・しかし、自分の体型が9号から11号に確実に変化していたことを思い知った昨日でした・・・・痩せない・・・・恐るべし!更年期!!
2014年08月17日
コメント(0)
母が、脳梗塞で倒れてから・・幸いそのときは、なんの後遺症も残らなかった・・でも、少し腎臓の機能が落ちているということで治療を始めた・・・結局は、最後は透析をすることになっていくのですが・・・その間に、脳梗塞からのパーキンソン症候群になった・・・歩いていても小走りになり、自分で止めることが出来なくなる・・・顔の筋肉が固まるのか?表情が乏しくなる・・・自分で自分の病気の症状に頭が付いていかず・・出来ると思って今まで同じように動いても、つまずいたり失敗したりする・・・・どれだけ歯がゆかっただろう・・・まだ、透析をしてない頃、なんとかパーキンソンの方だけでも症状が治まらないかと、こちらの大きな病院で診てもらうために春休みに迎えに行き、3カ月ほど一緒に過ごしたことがありました。空いてるスーパーで母と買い物に出かけた・・・こけると大変なので私は、スーパーのカートを母に持たせて買い物をしていた。少し母と離れて、食品を手にしていた時・・・母の前方に、今の年齢の私と娘くらいの親子が、母を見た。その時、今の娘と変わらないくらいの21~22歳くらいの娘さんが欲した言葉・・・・「こわっ!」・・と言ったのです・・・・母は、パーキンソン病のせいで、表情が乏しく・・・歩くと小走りで止まらなくなってしまうので、ゆっくりとカートを押さないといけない・・・乏しい表情でカートをゆっくり押す母の姿は、確かにおかしい・・滑稽に見えたでしょう・・・確かにどこか不気味に見えたのだと思います。でも、「こわっ!」と・・・小声で言った娘さんに・・・怒りを覚え・・・そして・・・その娘さんを叱りもせず、同じような視線を母に向けた・そのお母さんの姿にも怒りを覚え・・そして何より・・何より・・悲しかった・・・・母と私もかつてはあなたたちのように、仲よくスーパーで買い物をしていた。母は、好きでこんな姿になったのではないのに・・・今もしっかり生きているのに・・・ってその時・・・思った母に気づかれたくないし・・・文句も言えないまま・・買い物を終えたけど・・・私は、絶対娘をそんな言葉を欲するような娘には育てない!・・・固く心に決めた・・・そのことを先日、あの頃「こわっ」と言った娘さんと同じような年齢になった娘に話したら・・・呆れた顔で・・・憤慨してくれた・・・娘は、ちゃんと育ってくれたなって思う・・・・息子も・・・優しい人を思いやれる人に・・・母がもう長くないと・・・父が子供たちに会わせておいた方が良いと言われた6年前の年末・・・慌てて子供たちを連れて家族4人で病院に会いに行った・・・私は、母の様子をたびたび一人で帰省していたので分かっていたけど・・・子供たちは、元気な母の姿しか知らなかったから・・内心驚いていた・・・物を食べるのに・・腕を口まで運ぶ筋力が無くなってきて・・・食べても呑み込む力が弱くなり・・・流動食を入れられていた・・・座るのもベットの背もたれクッションで支えてあげながらで、ないと体が傾いてしまう・・・息子と娘で母の手を握って母は、久々に見た孫の顔に嬉しそうにしていた・・・関西に居てた頃は、隣に県にお互い住んでいて、パートが休みの土日を使って、2週間に一回は、泊りにきてくれて小さな子供たちをよく見てくれた。孫が本当に可愛くて・・・一人娘の私の為だけに生きてくれてたような人だった・・・もうタイムリミット・・・帰らなきゃいけなくなった・・船の時間がある・・・私は・・・母に・・・別れ際・・・・「おかあちゃん・・・大好きやでぇ・・・」って泣きながら言った・・・・母は、少し微笑んで・・・「わかってる・・・・」ってひとこと言った・・・・今のあの時の母の「わかってる・・・」って言葉が・・・私をホッとさせる・・・大好きなのに・・感謝してるのに・・今、帰らないといけない自分・・・ゴメンなって気持ち・・・あの時・・母は、全部ひっくるめて・・「わかってる・・・」って言ったんだと思う・・・別れ際・・・・母が起き上がり・・・手が上がらないはずが・・・息子たちに笑顔で手を振った・・・息子が後で言った・・・・「ばあこ・・すごいな・・びっくりした・・」って・・あの状態で手を振ってくれるなんて・・振れるとは思わなかったらしい・・・母は、笑顔だった・・嬉しそうだった・・・あれが子供たちが見た母の最期の姿だった・・・・
2014年08月15日
コメント(0)
6年前・・・最後に母と別れ際に交わした言葉・・・・もう言葉を欲することが出来なかった母は、頷くことしかできなかったけど・・・もう何度かの危篤を乗り越えていつも帰るたびに病室で、これが最後の別れになるかも?!・・と思いながらも何度か帰り際の母と接してきた・・・その日は、・・「次は、春休みはいってからに来るね」・・・3月の上旬だった・・・それまで正月明け10日間ほど付きっ切りで母と病室で過ごした。その後、2週間ごとに病院で一泊か二泊してた・・・もうそろそろ限界かな・・・って思いながらも・・・家に残してくる家族にも迷惑もかけれないなって思い始めて・・次は、春休みかなって思っての発言でした。母は、いつも私が帰るときは、笑顔で見送ってくれた・・・すんなりOKが出てたのに・・その日は、「・・・・」無言だった・・・聞こえてないのかな?って思ったけど・・違った・・・たぶん・・・次はないなって自分で感じてたんだと思う。来るたびにどんどん痩せてもう・・ミイラのような身体だった・・・でも・・・母が帰る間際に何か言葉を言おうとしてた・・・たぶん・・・「気を付けて帰りよって言ってるんやろ?」って言ったら・・少し笑いながら・・「うんうん」・・と頷いた・・・それから眠ったようなかんじだったけど・・もう力が出なかったんだと思う・・・どんな状態でいても母は、私の心配をしてくれていた・・・「帰らないで!傍に居て!」とは言いたくても決して言わなかった。入院中2度だけ母の無言の涙を見た・・・・静かに一筋だけ涙を流した・・・・母は、強くて優しい人だった・・・・・・・これほどまでに、我慢強い人はなかなかいないと思う。母の妹である叔母は、あの状態で愚痴ひとつこぼさない姉さんは、姉さんだからできることなんやろうなって・・立派だと言ってくれた・・・母は、優しくて強い女性だった・・本当に・・・
2014年08月15日
コメント(0)
13日が迎え火で15日が送り火なんですよね。とりあえずは、父の初盆は、終わろうとしてます。静かに・・・ネ今年の夏は、梅雨が明けてからどうも雨ばかり・・・・今週は、ずっと雨らしい・・・今朝も朝からずっと降りつづけていますなんだか・・最近は、やらなければいけないことを先延ばしにしてしまう癖が付いたようです。うーーーーん以前は、先に先にやってしまってないと落ち着かないというか・・・そんな急がなくても?!と思うくらい早めにしてきてた気がするのに・・・まぁ・・・ちょうど良いかと言えば、ちょうど良いのかもしれないけど・・・・でも、きっと先延ばしにするのは、めんどくさいんかもしれない・・=さほどやりたくないこと・・なのかもしれない・・無気力?!・・罪悪感・・・たとえば、最近では先延ばしにしていた事・・・お盆のお料理の予約・・・一応家族だけでも13日にお盆用の鉢盛を頼む予定だった・・・結局・・前日に注文の電話を入れたんだけど・・・「もう、明日の注文の受け付けは終了しました」ってお言葉・・・あらまぁ・・・で、もう一つの宅配専門店のお寿司を注文したんだけれど・・・・うーーーんまぁ・・・大したことでなく、結局その店に拘らないければ、注文出来ない訳でなくて・・どうしてもその店で・・って訳でもなかったからどうってことは、ないんだろうけど・・・・やらないければいけないこと・・・すぐ忘れそうになるから・・メモは欠かせないけど・・・残ってるメモの雑務はそんなに急がなくても良い事・・・・でも、やらなきゃいけないこと・・・まず、優先的にやらないければいけない、最近のメモ書きの要件は、来月の親戚の結婚式の当日、着物を着る予定にしてるんだけど・・・・その当日の美容院への予約・・・でも、着物着たいけど・・・式場まで車で2時間はかかるんですよね。それで式は、朝の10時から・・・・2時間前に到着として・・・6時前には出発?!でも、洋装にするにしても・・・40代後半の洋装って難しいですよね。何着たら良いのか?!黒のフォーマルじゃ地味すぎるし・・・スタイルが良ければそれなりにも・・・装えるんでしょうけど・・って・・・・ネガティブ・・・まだまだ・・・先延ばし事項の重要な課題は、「親の家の片づけ」・・・今、本も出てますね。NHKのTV番組でもやってた・・・まぁ・・それは、生きてる親との「親の家の片づけ」でしたけどね。空き家になってる父の家・・・母が亡くなり・・・祖母が亡くなり・・持病がある父が一人で住んでいた家は、片づけるにも母の物・・祖母の物もわずかに帰省する2泊か3泊かの間にしか片づけられなかったから、母の服や祖母の服なんかをごみ袋に詰めて2階に放置したまんま・・・・40袋近くある・・・7回忌だった今年(母&祖母)・・ということは、6年前からそのまんま・・・ほんとは、せめて、一カ月に一回くらいは、空気の入れ替えなんかをしないと家は、どんどん傷むんだと思うんだけど・・もう築80年は、経ってる代物だから・・・古いし、2階は傾いてる・・・離れの6畳の家の天井は、以前の雨漏りから天井が落ちてきていた・・・葬儀の時の後に、母が亡くなり祖母が亡くなってから、使用してなかったから良くみてなかったけど・・・どんどん傷んできてる。もうこの家は、父が関西から故郷に戻るときに、自分たちの代だけで住める家を購入したので・・・古い家を購入してリフォームして・・・父は、大工だったので材料だけ購入して後水回りは、専門に頼んでたけど、床や天井なんかは、自分でリフォームしてた・・・そこは、初めての両親にとっての持ち家になった。母は、心なしか楽しそうだった。初めころ・・・働きづめだったから、やっと年金暮らしで細々とのんびり暮らすはずだったんだけど、一年もなかったな・・・母が脳梗塞で倒れてから・・・母が闘病生活に入っていったのは・・・・ゆっくりとゆっくり・・・悪くなっていったから・・・・私に兄弟姉妹が入れば、親の家の片づけも捗ったのかな?まだ・・父の家でいろんなものを一人で帰省し、あの家でいろんなものを処分する勇気がない・・・元気なうちにスムーズに動けるうちに、片づけておかないといけない・・・墓の事もそう・・・遺骨だけ3つ入れてあるお墓・・・どうするのか・・・子供たちにこの面倒な要件を残してはいけない・・・元気なうちにちゃんと扱いやすいように処分しておかないと・・・・主人の実家も・・・どうなるのか・・・今は、義母が住んでいるから・・・田んぼも主人がしてるし、定年したら故郷に帰って田んぼをしながら、細々と年金生活をするのが夢だった主人・・・今もそうしたい気持ちはあるみたいだけど・・・私の意見としては、これまで親の介護や死に直面してきて・・・子供に出来るだけ迷惑をかけないで老後自分たちでやっていくには、傍に住んでいるのが一番良いのではないかって・・・結局のところ、迷惑かけないといっても自分で自分の事が出来るのは、限りがあって・・・いつかだんだんと出来ないことが増えていくのが、年を取るという事・・部屋の掃除・病院の送迎・・ちょっと具合の悪い時・・・仕事帰りに寄れるくらいの距離や仕事を休んでまで行かなければならなくなる距離に居てると・・どうしても入院した時帰らない訳には行かない・・・ぽっくり逝ける事が親の望みかも知れない・・・多くの親は、子供に迷惑をかけたくない・・子供の生活に自分たちが重荷になりたくない・・そう思うと、病院も近くにない・・・不便な田舎に今更住んで、年を取ったら子供に精神的な負担をかける・・・それだけは嫌だと思う。私や主人には、それでも両親の叔父や叔母が居た・・・従兄たちも・・・頼れる存在の人がまだいたけど・・私たち夫婦には、一人っ子同士の結婚だから・・・そういった親戚が子供たちに居ない・・・そう考えただけでも、私たち家族は、離れるべきじゃないと思ってしまう・・・子供たちが結婚したとして・・・そこから家族の輪をつなげて濃いものしていきたい・・・そう願う・・私たちがいつかこの世を去った時に子供たちが孤独にならないように・・・って・・・考え過ぎかな・・・
2014年08月15日
コメント(0)
早いなぁ・・もうお盆です。今年は、父の初盆・・・これといって特別なことはしないですが、一応母の時にも用意した小さな回転灯篭と父の故郷用の灯篭は、用意できなかったけど、ネットで購入した家紋入りの白い提灯・・・そして、いつものお花屋さんで購入した仏事用の生花を飾ってます・・・・しょぼいかもしれないけど・・・許してね。明日の迎え火は、この提灯に灯りを灯すから・・・故郷ではなく、こっちにかえってくるんだよ。祖母の7回忌でもある明日は・・・家族4人だけで迎えます。・・と言っても旦那は、実家に帰省中・・息子は仕事・娘は、夕方からバイト・・・ちょっと寂しいかもだけど・・・私が居るから良いよね(^-^)
2014年08月12日
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1