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2009.03.11
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カテゴリ: 地図
米軍は第2次大戦中から戦後にかけ、空襲や原爆で壊滅した日本各地の都市を上空から撮影し、多色刷りの詳細な地図を作っていた
その中に、東京都墨田区周辺の地図もある。
64年前の1945年3月10日、約10万人が犠牲となった東京大空襲の被害の広がりを物語る地図だ。

kushu

観光客でにぎわう浅草・吾妻橋かいわい。
だが、米陸軍地図局(AMS)が作った墨田区周辺の1万2500分の1の地図を見ると、一帯は「焼失」を示す斜線で埋め尽くされている。

注意書きによると、地図は45年3~5月に米軍が撮影した航空写真5枚と、30~40年代に日本陸軍陸地測量部が作った地図、さらに米軍が諜報によって得た情報をもとに作られたとある。
吾妻橋が鉄製という情報も記されていた。

45年8月6日に原爆が投下された後の広島の、1万2500分の1の地図もある。
完全に破壊された地域は濃い赤で、部分的に破壊された地域が薄い赤で示されている。

kushu1


戦後は東京都内に「AMS-FE」ができ、日本の統治と戦後復興を目的に地図を作ったという。
地図をみると、日本の軍事施設や官公庁、皇居などの詳しい形状までが示されている。

これらの地図の所有者は、福岡県古賀市に住む福岡教育大名誉教授(地形学)の赤木祥彦さん(73)。
40年前、転勤する先輩研究者から約4千枚のAMS製の地図を譲り受けた。
その中に、1万2500分の1の詳細な地図が約100枚含まれていた。
国外では、米テキサス大などが同様の地図を所蔵している。

今年1月、朝日新聞に地図の情報を寄せた赤木さんは「空襲の結果を検証するには、地図で確認するのが最も分かりやすかったのだろう。米軍による徹底した空襲の威力を改めて感じる」と話す。

国立国会図書館もAMSの地図3千枚弱を所蔵しているが、1万2500分の1のものは29枚だけ。
同館の地図室の担当者は「AMSの地図は市中に出回っておらず、当時は関係者しか入手できなかった。これほどまとまった数の、この縮尺の地図を所蔵している国内の機関は聞いたことがない」という。

(asahi.comより)





世代が変わり、戦争の記憶は薄れていくが、地図は確かな記録として残る。
我々が想像だにしない惨状が、淡々と地図に刻まれている。
地図とはそういう存在である。

これだけの地図が残っていたことには驚かざるを得ない。
可能であれば公開展示してもらいたい。


AMSは終戦後も日本国内で昭和40年代まで地図を作り続けた。
それは少なからず日本の現在の地図技術にも影響を与えている。

それもまた記録にとどめなければならない現実なのである。





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Last updated  2009.03.11 01:19:03 コメントを書く


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