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はいご無沙汰です。7巻の映画は2部作になるそうですね。監督さんもイェーツさん続投とか。なんで全作同じ監督が手がけないのか不思議ですが。7巻は長さで言ったら2番目?かな。一番長い5巻も端折らず作って欲しかったっていうか、映画7,8作でまとめようって言うのがそもそも間違いかも。連ドラ仕立てでTV放送とかどうだろう。私個人の興味で言えば、ジブリでアニメ化なんですが。(興味と言うより趣味だな)さて今日も忙しいのですが、ふと思い立ったので、今までなんでスルーしてきたの?っていう先生とトンクスについて。ちょこちょこ触れてはいたんですけど。以下反転。トンクスって、先生とのうんぬんがなかったら、愛すべきドジな魔女で嫌いな人なんていないだろうなってキャラクターだったと思うのです。異性同性構わず仲良くなれそうな、人気のありそうな、そんな女の子。そんな彼女が盲目的にルーピン先生に惚れちゃった!っていうなさそでありそな展開はいいのです。私だって惚れてる。(どうでもいい)だけど、彼女の恋愛の仕方ってどうなの?って疑問。彼女曰く、100万回の告白もお断りされたわけです。お断りされた理由が、ルーピン先生の体質のことだったり境遇のことだったりってなんだか一方的に決め付けてるんじゃないの?とふと思った。彼女のことを、先生は憎からず思っていただろうけど、それが恋愛感情だったかどうかなんてトンクス自身分かったの?人狼という体質ゆえに愛されることがないと思い込んでいる先生が、自分の愛情をありがたく受け止めないなんて!という傲慢さがない?それでも6巻までは、先生は表現の仕方が分からないだけでトンクスのことを好きなんだろうなと思う事もできた。んで、問題の7巻ですよ!なんで、トンクスは先生の意思を無視して子供を作ったか?もちろん、トンクスが一人で勝手に作ったわけではないんですが、避妊だってできるでしょうが。(生々しい話ですみません)避妊もまあ、先生もすればいいわけなんですけど。(どんどん生臭い話に…)つまりですね、先生が自分の体質を受け継ぐ子供を作りたくないという気持ちをトンクスはどう思っていたのかってことですよ!いざ子供が出来て、先生は子供の未来を悲観して自暴自棄とも言える精神状態。先生がそんな状態であるにも関わらず、トンクスは生き生きしてる。こんなの相思相愛のカップルって言える?そりゃさ、先生のどん底に付き合ってトンクスまで沈んじゃダメだろうけど、ハリーふっとばすほど追い詰められた先生をどうしてフォローしてくれないのよ!ああ、話が逸れるけど、先生はハリーに喝を入れて欲しかったのかな。ハリーなら、自分をだらしないと一喝してくれるって、心のどこかで思って行ったのかな。そうだといいな。もし、あそこで先生がハリーたちについていってしまって、もしくはどこかに行方知れずになってしまっていたら、トンクスはどうしたんだろう。先生はそんなことしないって信じてたのかな。そうだといいんだけど、あまりにも本文の中の描写が少なくって分からないよ。それにしたって、トンクスの覚悟も伝わってこない。人狼の先生と結婚するくらいだから子供が人狼でも気にしない?正直私はそうは思えないよ。あんたが気にしなくったって、子ども自身はどうなの?もしそれでも私は受け止めるんだ!って覚悟があって子供を産んだとしても、どうしてその子を置いて戦いの中に出て行ってしまうの?もしかしたら過酷な未来が待っているかもしれない子供なのに。結果として、テディは人狼にもならず、アンドロメダやハリー、騎士団の仲間に支えられて大切に育ててもらえたけど、トンクスはそこまで見通して子供を置いていったの?そしてそこに先生の希望はあるの?どうしても、私にはトンクスの先生に対する愛情と言うものが、一方的なような気がしてならないのです。彼女が先生のことをひたすら愛していたんだということは分かるけれども、それは自己愛にすぎないのではないかという疑惑。ルー先生は、もっと、労わるような愛情で報われて欲しかった。トンクスがそういう風に先生を慈しんでいる、そして先生がそれを幸せいっぱいに受け止める、そういう描写がもっと原作中にあったらよかったのになぁ。死んでからが一番幸せそうに思えるのが、本当に悲しいのです。トンクスのばか。(あ、言っちゃった!)
2008.03.17
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愛しのルーピン先生のお誕生日ですね!一応ここからネタばれ話題も含みますので反転で。せっかくのお誕生日も、お亡くなりになっていると思うと切ない。でもこうしてお誕生日が判明しているだけいいのかな~。シリウスは未だに謎のままだもんね。日本版7巻の表紙も発表されましたね。上巻だけみたいですが。たぶんあれは7人のポッター大作戦のシーンですね。(くそぅ泣けてくる。これじゃとても邦訳なんて読めないよう!!)ローリングさんはデビュー作でこれだけの大作を、ものすごいプレッシャーの中書き上げたわけで、やっぱりそれは大変なことなのだと思うのだけど、ルー先生ファンの私には、帳尻あわせのしわ寄せが先生に及んだことが許せません。人間の二面性というものをローリングさんは意識したのだと理解はできるけど、ルー先生の場合は二面性というより人格が変わってしまっているようにしか思えないので。これが帳尻あわせのしわ寄せのように感じられるから。たとえばスネイプ先生は一貫してキャラクターが出来上がっていたから、1巻からのどう見ても意地悪な最悪の先生に描かれていても、決して少なくないファンがついたのだと思う。ルー先生は、私からすると明らかにアーサーパパに代わって死なせるためのお膳立てとして性格が歪められてしまったようにしか見えない。そんなのいくら物語が作者に委ねられているからって許せない。自分の愛するキャラが、作者に愛されていないようにみえる。そんな扱いはやめてほしい。ローリングさんは心外に思うかもしれない。作者にとっても大事なキャラクターさえも死んでしまうのが戦争なのよって言いたいのかもしれない。でも、戦争を表現するのに大事な人が理不尽に死んでいくっていうの、安易に使いすぎだよ。それに、私がイヤなのは、簡単に人柄を変えてしまわれたことなのよ。まあこんな世界の片隅で愚痴グチ言っても仕方ないんだけどさ。これから3月10日が来るたびに、お祝いする気持ちに冥福を祈る気持ちを重ねなきゃいけない。(大げさな!!)邦訳を読む勇気が未だに湧いてきません。どうしましょう。
2008.03.10
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