ちょうじの「とほほ日記」

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2005年01月29日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
脚の痛み少しひいてきた気がします。
でもまだ脹れはある。。。
薬で痛みとめてるので、回復度はわかりませんが、良くなる方向みたいです^^
この間は尻で階段降りてましたから^^;

先祖のことって皆さんのうちではどう伝えられてらっしゃいますか?
うちの苗字は馬場といいます。
九州などにも多い姓らしいですが、九州の「馬場」がどういう由緒なのかはわかりません。。。
「馬場」で一番有名なのは馬場美濃守信房という武田の侍大将です。有名人の子孫ということにしたがる傾向から、馬場姓の家は、たいてい家系伝説として「美濃守」の子孫ということになってます。大学時代、医務室の婦長さんがやはり馬場姓で、美濃守の子孫といっていました。
うちもそう伝えられてきたのですが、わたしは疑問を持っていました。

武田氏の家紋は有名な「武田菱」。馬場も武田支流(ただし美濃守は、教来石氏という土豪から馬場家を継いだ)ですから、菱紋なんです。花菱と呼ばれるものです。
ところがうちの紋は「違い釘抜き紋」。
分家になると紋を変形させることはよくあります。
でも、「違い菱」なら納得できますが、似てはいても釘抜き紋は正方形です。長い間に間違って伝承されて釘抜き紋になるということも考えられなくはないですが、本当に「武田」家臣団の流れを汲むなら菱紋にこだわるのじゃないでしょうか。。。
というわけで、まず美濃守とは関係ないのでは?と思っていました。
。。。うちで本当に分っているのは祖父からです。家系図なんてものもないですし。
祖父は立志伝中の人で服部時計店の丁稚から身を興して、一時、蔵前・名古屋・大阪(大阪は細々残ってます)に店を構える問屋(といっても商社化していた)を作り上げました(今は霧散しています)。
服部に丁稚にでるくらいですから、そう裕福な家ではないですね。
。。。ところで、インターネットは便利ですね。
菱紋でなく「釘抜き紋」の馬場があることが、検索で分りました。
長い間の疑問が解けました。

この馬場家が釘抜き紋です。
領地は美濃国土岐・可児・恵那郡にあったそうですが、うちには祖父の前代か前々代の頃、美濃から東京に出てきたらしい、とも伝承されてます。
維新以降、領地に戻っていた馬場の支族のひとつが、版籍奉還で居場所をなくて東京に戻ってきた、と考えるとつじつまが合うような気がします。。。
あるいは明治の創氏の際に、領主の名前を使って戸籍をつくった、美濃の百姓かも知れません。
姓・紋・美濃出身伝承、という3本の線がようやく一本につながる推理が出来たので、ちょっと落ち着きましたw

。。。付け加えますと、歴史上「よい評判」の先祖ならいいんですが、悪名高い祖先だと困ることもあるようですw
たとえば、
「世ふけて通るは何者ぞ?加賀爪甲斐か泥棒か、それとも坂田の三十か。。。」
といわれる悪名高き旗本奴の加賀爪家・坂田家だって、ちゃんと残ってるわけでw
何かの本で子孫の方が先祖を弁解してましたw
う~ん。いずれにせよ有名すぎる先祖は重荷のようです^^






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最終更新日  2005年01月30日 00時26分29秒
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