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六条 旭

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2011年04月24日
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カテゴリ: 戯言




大震災等の災害は、多くの死者を生む為、死を身近に感じさせる良い機会なのです。

生まれも育ちも能力も、全てにおいて不平等である人間にとって、唯一平等に訪れる、死。

これに対して向き合う良い機会だったのですが、多くの者は放射性物質に対して過剰反応するのみであり、「死」その物と向き合う者は殆ど見受けられません。
誠に残念です。

そもそも、各種食品添加物や、飲酒喫煙の方が、低濃度の放射性物質よりも遥かに有害です。それ等を気にせずに放射性物質のみを気にするは、愚かと言えるでしょう。

それに、放射性物質を摂取しようがしまいが、五年後・十年後にどうなるかは分からないのです。今や三人に一人がガンで死亡する時代ですし、それ以前に事故や急病・喧嘩で命を落とすかも知れません。

しかし、人々は放射性物質による十年・二十年後の病は警戒しますが、何時訪れるか不明な「死」からは目を背けます。

死とは身近なものです。ですから、死と向き合い、死して悔い無き人生を送る事が望ましいのではないでしょうか?

一日一日、一瞬一瞬を全力で駆け抜ける。

何をしたいのか、どう生きたいのか、そしてどう死にたいのか。

いつ、どこで、どのように死んでも良い様に、死と向かい合い、可能な限り死に備える。

決してこれは老人だけの問題では無いのです。老若男女、万人の問題です。

自らの命を、限り有る命を、「どのように使うのか」、「何の為に使うのか」、目的意識を持って生きると宜しいかと。


「弾丸雨飛の合間にも、二つ無き身を惜しまずに、進む我が身は野嵐に、吹かれて消ゆる白露の、儚き最後を遂ぐるとも、忠義の為に死ぬる身の、死して甲斐ある物ならば、死ぬるも更に恨み無し、我と思わん人達は、一歩も後へ退くなかれ。敵の滅ぶるそれまでは、進めや進め諸共に、命散る剣抜き連れて、死する覚悟で進むべし」ってね。

身命とは、消耗品です。
使う物なのですよ。







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Last updated  2011年04月24日 19時33分19秒
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