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六条 旭

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2012年11月09日
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カテゴリ: 雑記


(多少編集していますが、文章の意味・意図が変わらないように気を付けていますので、ご勘弁を)

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結婚って、「実利」のためにするものだからね。現に、女にはまだ実利残ってるしね。

愛だのと浮ついたことで結婚してたのは、この20年ぐらいにすぎなくて、実利で結婚していた時代の方が遙かに長い。
見合いなんてものは、実利を追求していたわけだしね。
そして保身とは実利を考えて、無謀な挑戦をしないことなわけ。

結婚は、生活を続けていくことなんだから、実利に直結するのは当然で、一人では暮らしにくかった時代の実利追求方法なわけで、いわば昔は結婚自体が保身だったわけだ。
なのに「非婚の保身」という言葉がでている時点で、現代での実利では男にとってみれば結婚より非婚(結婚しない生き方・ライフスタイル)の方が実利がより勝るということを、書き込んだ人間が無意識の理解していることを示している。

結婚派(結婚を礼賛する人達)が結婚のメリットを示せないのは全てコレ。
女が結婚に自分たちのみの実利を追及した結果、男にとっての結婚の実利が無くなってしまった。

だから空疎な言葉で男を煽るしかできなくなった。

そもそもに、結婚の実利とは、家制度と財産と「階級」の保持が、一番の実利。
老後の不安は、家制度と財産と後継世代による再生産、階級の保持で、ほとんどが解決される。

けれど、現代はコレが難しい。日本国憲法による長子相続の否定、財産の均等分割相続の強制は小金持ちを減らし、継ぐものが微々たる物しかない浮遊階級を生み出した。

鎌倉幕府、室町幕府の時代は、実は財産は均等分割で、長子相続ではなかった。
均等分割の最大の問題点は、築き上げた財産を子孫が小金に分けてしまい、スケールメリットを失わせてしまうことで、祖父が一財産築き上げても、ひ孫の時代にはおおよそ屑みたいな値段に均等に配分される。
均等分割制度は家や土地というものの継続性が、システムによって否定されているわけで、結果、鎌倉幕府は細分化された土地によって食っていけなくなった御家人が暴れた所為で滅亡が早まった。
室町幕府が衰退したのも相続制度が定まっていなかったために、お家騒動が各地で勃発して「下克上」の気風が広まったからだ。

徳川家康が「長子相続」制度を強固に押しつけたのは、その反省であって、これにより「家と土地」の存続が長期にわたって可能になった。もちろん無能が長につくという弊害があったわけだけども。

現代は、この均等相続制度(そして相続税)によって、どんな財産を持っていて、3代過ぎれば平民に落ちる。
これはつまり、男にとって結婚して次世代に財産を継がせていく実利がないわけなのだ。
現実に、土地は個人ではなく法人の方が大きな土地を長期間維持できる。

そして女自身が家制度を否定しながら、子供を女の物と見なし、女系血統存続への姿勢を見せ、その他法運用を女性有利に運ぶという副次効果がある状態下になる。
その上、デフレによって現金の保持がもっとも価値があり、加齢に伴って「価値が上昇しない」女性というコストを抱え込むメリットもない。

こうして、男のための家制度と階級と財産を後継させる意味をなくした結婚制度は、男にとって実利をなくした。

だから、サラリ-マン(事業主でないという意味)で、親からの大層な遺産がなく、自分で充分食っていける男は、結婚の意味は無い。趣味の世界のしろもの。

言い方が悪いが、俺も含めて、この条件に当たる人間は、「根無し草」だ。
というと結婚派が喜ぶだろうけれども、あいにく子供を作っても一家まとめて根無し草、流民。
ここに当てはまるほとんどの人間は、死んでもたいした物は残らないだろう。

といっても根無し草を卑下するつもりはなく、血縁や地縁のしがらみから解放されているわけで、駄目な血族と一生涯つきあう必要もなければ、狭い土地の人間関係に汲々として過ごす必要もない。
何かを得ればなにかを捨てなければいけないわけで、根無し草、流民でないこともまた大変な生き方なわけだ。

そういう気楽さが取り柄な俺たちが、結婚でわざわざしがらみを得て、自由さを捨てて、やっかいごとを背負い込むのは「ロマン」でしかない。実利ではない。

根無し草や流民の結婚は、社会的に元来どうでもいい代物。
長屋住まいの住民が結婚しても、結婚届などなく、単に披露宴をひらいて、周知させるだけにとどまったのもその現れだし江戸時代の結婚率が約50%にとどまったのもそれ。

つまるところ、生涯独身率が40%になっても驚くことではない。
結婚に実利がない限り、趣味なんだから、それをやるかやないか、半々なのはあたりまえなのだ。

家制度の否定って、結局は男を結婚から解放することだったんですよ。

女を、夫の家の重圧から解放するのが目的だったと想うんだけど、それって結局姑と嫁問題を家制度にすり替えてただけだったから、家制度がぶっこわれても、嫁姑問題が残り、最終解決として核家族化がすすんだところで、男が働き手として家から出て長時間はたらくうちに、家から疎外されるのを男達がみていった結果

男達こそ「家いらね」って想うようになったわけですよ。
フェミニズムよりラジカル個人主義で、実際個人で働いて暮らしていけるわけで。

家制度の幻想が生きていれば、未だに非婚がここまで進むこともなかったでしょうけど、家制度をぶっこわして、「自立した両性同士の合意のみで婚姻できる」だけなんだから女が自立して男に実利をもたらさなければ、合意は得られないし、得ても一時的ですぐ離婚ってことになるわけでね。

つくづく、女への幻想、家への幻想をぶっ壊した先には、金と安楽しかなくて、女が男にそれを一方的に求めるんなら、両性の合意なんてできないという、当たり前のことしか残らないというみもふたもない話になってしまうわけで。





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Last updated  2012年11月09日 23時15分58秒
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