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連日連夜のように続けられるトゥパク・アマルのリノへの甘美な「誘惑」――それは、日を重ねるごとに、情け容赦無く、リノの魂を奪い去っていった。そして、今も、鉄格子の向こうから差し出され、優美に妖しく誘いながら手招きする腕に、リノは魔術にかけられたように吸い寄せられていく。鉄格子の前に額(ぬか)づくリノの肩に、トゥパク・アマルのしなやかな腕が這うように回されていく。囚われた時のままのトゥパク・アマルの黒マントは、既に傷ついた翼のように裂かれ磨耗してはいたが、今も蒼白い覇光を放ちながら、相手の全身を、その漆黒の翼の中にどこまでも深く包みゆく。その大きな黒い翼の中で、すっかり心を奪われた虚ろな目でトゥパク・アマルを見上げるリノ――そのさまは、まるで、あの世の闇の帝王と、それに取り込まれてしまった哀れな僕(しもべ)のように見える。だが、この状態まで嵌(はま)りこんでしまったリノは、それが己にとって、どれほど危険でリスクの大きいことなのか、僅かに残された理性が警笛を鳴らそうが、もはや、逃れる術(すべ)を知らなかった。トゥパク・アマルはリノの肩に回した腕にゆっくりと力を込めながら、己の胸の中に落とし込むように抱き締めていく。今、トゥパク・アマルの逞しい肉体の奥で力強く脈動する鼓動の音まで確かめられるほどに、きつく抱き寄せられているリノには、麻薬を打たれたかのように、己の全身に喰い込む鉄格子の痛みさえも心地よく感じられる。そのようなリノを、美しい微笑みを宿した眼差しで見つめながら、トゥパク・アマルは、相手の耳元で甘美に囁(ささや)く。リノの中に残る理性の、最後の灯火を吹き消すように…――。「そなたの名を、まだ聞いていなかったね。名は、何という…?」「…――」恍惚に呑まれながらも言葉に詰まるリノを、トゥパク・アマルが流れるような視線で見下ろす。「そなたも、わたしが口の堅いことを良く知っておろう。決して他言はしない」「…リ……」「案ずることはない。名を申してみよ」「…――リノ…」トゥパク・アマルは横顔で微笑する。「リノ…リノ……リノ…――よい名だ…リノ……」耳元に吐息がかかるほどの距離で、幾度も己の名を囁かれ、頭の芯が痺れるような陶酔に陥っていく。そんなリノの肩を抱く腕に、いっそう力を込めて、トゥパク・アマルが続ける。「リノ…わたしの頼みを聞いてほしい…――。ここから自由になれば、このような鉄格子を挟まずとも、もっと直に、そなたと触れ合うこともできよう。リノ…わたしの言うことの意味を、分かってくれるね…リノ……?」漆黒の強靭な翼で締め上げられるほどに、ますます激しく抱かれていくリノは、もはや、歯車の壊れた機械も同然だった。リノは、ついに崩れるように頷いた。朦朧と消え入るような擦れた声が、リノの口元から漏れる。「ここを出ても、俺のことを…――?」「わたしは、決して、約束は違(たが)えない。…――いい子だね…リノ……」トゥパク・アマルは、その美麗な切れ長の目を薄っすらと細めて、リノの頬に優しく口づけた。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。≪リノ≫トゥパク・アマルが投獄されている牢獄を監視する端役の番兵の一人。スペイン人ではあるが、正規のスペイン人将校たちに比して身分が低く、将校たちが休息する深夜の巡回を担当している。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.05.02
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トゥパク・アマルは、やがて、リノの顔を引き寄せていた指の力を僅かに緩めた。そして、今度は、今までの妖しげな目つきと口調とは明らかに趣の異なる、真摯な眼差しと声音になって言う。「そなたにとっては、非常に危険な要求を突き付けていることは分かっている。そなたには、わたしから、このような要求を迫られる謂(いわ)れも、増してや、このような話に乗らねばならぬ謂れも無きことも、分かっている。だが、こうして、ここで出会ったことも、互いの天運。それ故、そなたが、この流れに乗ってくれるならば、それに相応しき返礼は、決して違(たが)えぬと約束する。我々、インカの人間が嘘をつかぬことは、そなたも知っておろう?もし力を貸してくれれば、わたしは、そなた自身も、そなたの身内も、その身の安全と、そして、この後の生活の安寧を、完全に保障し庇護することを誓おう。…――もちろん、今すぐ、ここで答えを出せなどとは言わぬ。僅かでも、考えておいてほしい」そう言って、ゆっくりとリノの顔から手を離した。リノは、急に夢から醒めたように幾度も瞬(まばた)きをしてから、もう一度、トゥパク・アマルを見る。先程までの姿は、幻覚だったのか…――今、トゥパク・アマルは、一人の逞しい武人らしい精悍な表情に変わり、あの常なる沈着な、深い誠意を込めた眼差しで、リノに向かってゆっくりと頷く。そして、すっと目を細めて静かに微笑むその面持ちは、相変わらず極めて秀麗ではあったが、しかしながら、今のそれは、全くの男性的なものであった。リノは、呆然と、腰を抜かしたように、暫し、その場から動くことができなかった。かくして、その晩から、深夜のリノの巡回の度に、トゥパク・アマルの「誘惑」と「説得」は夜毎に続いた。それと並行して、トゥパク・アマルは、日々の訊問の際にも、僅かずつ、「情報」――実はどうでもいいようなものに限ってはいたが――を話す素振りを見せて拷問の付加をかわし、密かに体力を温存していった。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。≪リノ≫トゥパク・アマルが投獄されている牢獄を監視する端役の番兵の一人。スペイン人ではあるが、正規のスペイン人将校たちに比して身分が低く、将校たちが休息する深夜の巡回を担当している。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.05.01
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そして、そのまま、トゥパク・アマルは、リノの顔を鉄格子を隔てた己の顔の直近に引き寄せた。リノは瞬間、ビクリと身を縮めたが、全く抵抗することができない。むしろ、恍惚とした陶酔感に溺れるように虚ろな目で、降伏したように大人しくなっている。トゥパク・アマルは薄っすらと笑みを湛えたまま、そんなリノの口元に己の唇を近づけて囁(ささや)くように言う。「わたしの頼みを聞いてはくれまいか…――。クスコのある場所に、わたしの手紙を届けてほしい」「…!!」さすがに、その瞬間には、冷や水を浴びせられたように、リノはギョッと目を見開いた。「そ…そんなこと…まさか…――!!」歪んだリノの口角から、震えるような擦(かす)れ声が漏れる。その瞳は、自らの内面の混乱と衝撃と欲望との鬩(せめ)ぎ合いのために、既に涙ぐんでさえいる。トゥパク・アマルは、リノの顎に添えた指先を、さらに己の方へと引き寄せた。「頼みを聞いてくれれば、決して悪いようにはせぬと誓う。力を貸してくれれば、礼金は望むだけ与えよう。他にも、そなたが望むことなら、どのようなことでも…――」「――!!」唇と唇が触れ合うほどの距離で囁かれ、リノは電撃に打たれたように硬直する。 【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。≪リノ≫トゥパク・アマルが投獄されている牢獄を監視する端役の番兵の一人。スペイン人ではあるが、正規のスペイン人将校たちに比して身分が低く、将校たちが休息する深夜の巡回を担当している。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.30
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リノの理性は、トゥパク・アマルが死んでさえいないのであれば、一切放置して、余計な関りをせぬ方が絶対に無難であると、激しく警笛を鳴らしている。だが、普段は神々しいほどに近寄り難い崇高な雰囲気を持ちながらも、今はまるで妖艶な気配で己を誘惑しているようでさえある眼前の人物に、もっと近づき触れてみたい衝動と欲望を、今のリノには、もはや抑えることは難しすぎた。リノは手に持っていたランプを足元の冷たい石床に置くと、興奮に昂(たか)ぶる足取りで、固唾を呑みながら鉄格子の傍に近づいていく。トゥパク・アマルはまんじりともせず、近づいてくるリノを目の端でじっと見つめている。その瞳に吸い込まれるように、リノは鉄格子を隔ててトゥパク・アマルの脇に膝をつくと、興奮と緊張に震える腕で、その身を起こすために相手の肩の辺りに触れた。その瞬間、リノの意識は、咄嗟に現実に引き戻された。トゥパク・アマルの体は本当に熱く、嘘偽り無く、かなりの発熱を呈していることが分かったのだ。実際、日々の過重な拷問による付加のために、謀(はかりごと)とは別の次元で、トゥパク・アマルの体は高熱を帯びた状態になっていた。「おい、本当に、熱いぞ…!すごい熱があるんじゃないのか?!」再び焦り気味の動揺した声を上げるリノに、「ああ。だるくてかなわぬ。起こしてくれ…」と、先程と同じことをトゥパク・アマルが繰り返す。リノは鉄格子の間からさらに深く両腕を差し入れ、トゥパク・アマルの肩を掴んで何とか起こし上げると、その体を牢内の石壁にもたれかけさせた。その間も、トゥパク・アマルの視線は絡みつくように妖しくリノを見つめ続けている。手の中にあるトゥパク・アマルの逞しく引き締った筋肉の感触と、高熱による燃えるような体温、それらとは対照的に、涼やかで妖艶な視線とに絡めとられ、リノの全身を身震いが走った。動悸も速まるばかりである。一方、トゥパク・アマルはやっと座した体勢になり、「ありがとう…」と低く言うが、顔や手足の随所に血を滲ませた肌が、痛々しくもかえって艶(なまめ)かしく、リノの目の中で、その姿は間近で見れば見るほど、いっそう妖艶で美しい。しかも、今、微かに笑みを湛えた流れるようなトゥパク・アマルの切れ長の目尻は、リノの瞳の奥を完全にとらえ、リノは瞬きすらできなかった。陶酔を誘う甘美な眩暈(めまい)と共に、頭の中が真っ白になっていく。その機をとらえるように、トゥパク・アマルの目の端が、鋭く光った。彼は、ゆっくりと、優美な仕草で、鉄格子の隙間から片腕を伸ばし、褐色のしなやかな指先でリノの顎を掬(すく)い取る。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。≪リノ≫トゥパク・アマルが投獄されている牢獄を監視する端役の番兵の一人。スペイン人ではあるが、正規のスペイン人将校たちに比して身分が低く、将校たちが休息する深夜の巡回を担当している。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.29
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まるで縋(すが)るようなリノの呼び声に、「うう…」と苦しそうなトゥパク・アマルの呻き声が返ってきた。相変わらずグッタリと倒れこんだままだが、とりあえず生きていると分かり、リノはホッと胸を撫で下ろす。そんなリノの内面には気付かぬ素振りのトゥパク・アマルが、伏せたまま呻くように言う。「体中が熱くてかなわぬ…。水を一杯くれないか」「勝手に水は与えられない決まりになっている。知っているだろう!」「そうか…では…」と、トゥパク・アマルの声が低く響く。「せめて、身を起こすのを手伝ってはくれまいか。力が入らず、自分では体勢を立て直せぬ。牢の中に入ってきて、手を貸してほしい……」そう言って、トゥパク・アマルは鉄格子にもたれたまま僅かに顔だけ動かし、リノを上目遣いに見上げる。乱れた漆黒の長髪の隙間から覗くトゥパク・アマルの流れるような切れ長の目は、あまりに妖艶で美しく、同性であるにもかかわらず、リノの心臓を易々と貫いてしまう。全身の血流が逆流するような感覚…――リノは、乾ききった喉から上擦った声を絞り出す。「ろ…牢の中には、入れない…。鍵は全て、アレッチェ様が管理されているのだ」「アレッチェ殿が…――そうか…」トゥパク・アマルの声が、探るように硬く変わるのを、しかし、今のリノは気付かない。暫し、沈黙の後、トゥパク・アマルは再び妖しい気配でリノを斜めに見上げた。その顔に無造作にかかっていた黒髪が揺れながらハラハラと零(こぼ)れ落ち、秀麗な造形の輪郭が現われる。「それでは、鉄格子の外からでよい。そなたも知っての通り、あの拷問以来、わたしの片腕は自由がきかぬのだ。さあ…もっとわたしの傍に来て、わたしに触れ、そなたの腕で、この体を起き上がらせてくれ……」「…――」リノは、ゴクリと音を立てて生唾を呑み込んだ。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。≪リノ≫トゥパク・アマルが投獄されている牢獄を監視する端役の番兵の一人。スペイン人ではあるが、正規のスペイン人将校たちに比して身分が低く、将校たちが休息する深夜の巡回を担当している。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.28
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スペイン人であるとはいえ身分の低いリノにとって、いかにインカ皇帝末裔であろうが、今や「インディオの重罪人」であるトゥパク・アマルは、普段、身分の高い将校たちに顎で使われている己自身の鬱憤を晴らすべく、当初は格好の蔑みの対象でしかなかった。 しかし、そのような蔑みからはじまったリノの監視の目は、時を経るにつれ、次第に変化していった。今宵もその日の長々しい拷問を終え、深夜の暗闇に包まれた牢の中で、瞼を閉じて、じっと精神統一をしているトゥパク・アマルの全身からは、闇を圧倒していく黄金色の覇光が放たれているようにさえ見える…――。日々、その息遣いや体温までが感じ取れるほどに非常に身近な位置から彼を見続けているリノの意識は、それを錯覚だと懸命に否定しながらも、もっと超意識の次元で、トゥパク・アマルの、強靭で、超人的でさえある精神性に、惹き付けられずにはいられなかった。また、トゥパク・アマルのもともとの特質でもある稀有な秀麗さは、この過酷な環境にあって傷つくほどに、むしろ、日増しにいっそうの憂いと崇高さを纏い、浮世離れした妖艶な美しさを高めてもいた。リノは、彼の意識の中では牢の中のトゥパク・アマルを「重罪人のインディオ」として懸命に蔑もうとしながらも、その姿に――血も滴(したた)る傷ついたさまにも、それをものともせぬ、不動の沈着さと高潔な輝きにも――夜毎、傍近く接するうち、己の意思を超えたところで、無抵抗に激しく魅了されていった。一方、観察力の鋭いトゥパク・アマルは、いかに肉体的に傷つき衰弱していようとも、その意識は常に清明に保たれており、日毎に変化していくリノの視線を容易(たやす)く察知していた。ある晩遅く、いつものように巡回に訪れたリノは、深夜の闇の中で、トゥパク・アマルが鉄格子にもたれるようにして倒れているのを発見した。どのような過重な付加を加えられた後でも、倒れこんでいるような姿勢をこれまで一度も見せたことのないトゥパク・アマルの通常とは異なる様子に、リノは慌てふためいて鉄格子の傍に駆け寄った。まさか、自分の見張りの時に死なれでもしようものなら、監視怠慢とされ、いかなる罰を与えられるか…――と、情け容赦の無い冷酷無情な上司、アレッチェの形相がよぎり、リノは顔面蒼白になる。「おい!!どうした!大丈夫か?!」すっかり動転したリノの声が、冷たい闇を震わせる。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。≪リノ≫トゥパク・アマルが投獄されている牢獄を監視する端役の番兵の一人。スペイン人ではあるが、正規のスペイン人将校たちに比して身分が低く、将校たちが休息する深夜の巡回を担当している。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.27
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ミカエラや息子たちを救出するためにも、そして、何よりも、外界で今も果敢に展開しているであろう反乱を成就して民を解放するためにも、この身を何とか自由にすることはかなわぬものか…――と、彼は本気で考えた。トゥパク・アマルは、再び、重々しい足枷に視線を走らせる。(牢を破る手立ては…――)この期に及んでも、決して諦(あきら)めることの無いトゥパク・アマルの不退転の精神は、健在であったのだ。彼は、アレッチェが自分たちインカ(皇帝)一族を、「見せしめ」として公衆の面前で処刑にすることを強く望んでいることをよく認識していたため、役人たちが如何なる拷問を加えようとも、獄中で致死に至らしめるまでの付加は加えまいと見切っていた。それは、己自身に対しても、ミカエラや息子たちに対しても同様のはずである。監視の厳しい獄中からの脱獄など針の穴を潜(くぐ)るほどに困難なことではあるが、僅かな可能性でも、ゼロではないはずだ。トゥパク・アマルは、己の身辺で監視の目を光らせているスペイン兵たちを、首尾よく抱きこめまいかと思案した。そして、監視のために己の周りをうろついている兵たちを一人一人つぶさに観察しながら、スペイン側の中枢部に帰属意識の高いスペイン人将校たちは避けて、スペイン人ではあるものの身分の低そうな番兵たちにその狙いを定めた。そんなトゥパク・アマルが白羽の矢を立てたのは、リノというスペイン人の番兵だった。リノは、正規の将校たちが休息をとる深夜を中心に、見張りの巡回に来ている端くれの番兵の一人である。トゥパク・アマルは、最近、リノが自分に、ある種の特別な関心を持ちはじめていることを敏感に察知していた。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.26
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実は、この頃、トゥパク・アマルは、次第に本気で脱獄を考えはじめるようになっていた。このまま牢につながれていては、迫り来る処刑の日を待つばかりである。アンドレスやディエゴたち、外界の反乱軍の動向を頼もしく感じ取りながらも、やはり、己の身柄が獄中にあるのは、決して便利のよいことではない。トゥパク・アマルは、今も強い光を変らず宿した切れ長の目を、思慮深く細める。彼は、もはや、外部からの軍事的行動によって、現在のクスコの厳戒態勢を解いて牢から自分たちを救出するのは不可能であることを深く悟っていたため、残された可能性は、己自身が獄中から何らかの手を打っていくことしかないと考えていた。己と同様、非道な拷問に晒(さら)されている妻ミカエラや息子たちの、その身の、そして、その心の安否を思うと、己自身に加えられる如何なる拷問よりも激しい心痛に苛(さいな)まれずにはいられなかった。トゥパク・アマルに敢えて聴かせることを狙ってのことであろうが、深夜にもかかわらず、時折、血生臭い牢の澱んだ空気を震わすように、役人の怒声と共に流れ来る、まだ8歳の末子フェルナンドの泣き叫ぶ声に、彼の心はとめどなく血を流した。恐らく、この暗黒の牢のどこかで、ミカエラやイポーリトも、同じ心痛に身を切られる思いをしていることだろう。そのイポーリトでさえ、最も年長の息子とはいえ、まだ、たった12歳の子どもにすぎない…――その性格から気丈に耐えていようが、その内心では、どれほど恐怖と不安に圧倒されていることか。さらには、ミカエラは…――あれほどの類稀な美貌を備えているが故に、かえって、その身に加えられているであろう仕打ちを思うと、トゥパク・アマルの心は凍りついた。彼は、非常に険しい目で、闇が支配する牢獄の宙を見据えた。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.25
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ところで、この頃、インカ帝国の旧都クスコにて幽閉されている、トゥパク・アマルたち家族は如何なる状況になっていたであろうか。それは、連日繰り返される執拗な訊問と過酷な拷問に明け暮れる日々であった。特に、此度の反乱の「首謀者」たるトゥパク・アマルに対する仕打ちは言語を逸するものであり、日毎に増していく過重な付加による身体的疲弊と負傷によって、もはや、独力で自由に身動きすることもままならぬ、酷い身体的状態に陥っていた。だが、それにもかかわらず、トゥパク・アマルは少しも意気沮喪などしてはいなかった。外界では、アンドレスやディエゴたちの率いる反乱軍が、粘り強い果敢な行動で敵軍に挑み続けていることを、獄中にいながらも、トゥパク・アマルは、はっきりと感じ取ることができていた。かのアンドレスが、たとえ物理的な距離が如何に離れていようとも、トゥパク・アマルとのつながりを明瞭に確信していた、まさにその通りに、トゥパク・アマルは、生身の肉体は獄中にあれども、その精神は、これまでと変らず反乱の中心に立ち、常に反乱軍及び全てのインカの民と共にあった。実際、このインカの地に生きる民にとって、トゥパク・アマルは、獄中にあろうが、如何なる状態にあろうが、今もかつてと少しも変ることなく、彼らの絶対的な精神的支柱、全ての中心、そのものであったのだ。そのトゥパク・アマルは、隣国ラ・プラタ副王領に残ってソラータ奪還に賭けているアンドレス、また、ペルー副王領で粘り強い死闘を展開しているディエゴやビルカパサ、さらに、全ての反乱軍の兵たちを、深夜の獄中で静観し、力を送りながら静かに微笑む。そして、インカの地の全ての民を思って、祈りを捧げる。それから、今も己の肉体を獄中に縛り付けている忌々しい足枷(あしかせ)と冷たく黒光りする鉄格子に視線を走らせた。彼は、褐色のしなやかな指先を、精悍な横顔の輪郭に添える。(さて…何とかして、この牢を出る手立ては無いものか…。外界のインカ軍が奮戦しているという中、このわたしの身が処刑に向かってこのように拘束され、「人質」さながらとあっては、反乱の展開にとって大いなる足枷以外の何物でもなかろう…――)【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.24
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アンドレスは、いっそう強く、相手の額に冷たい銃口を捻(ひね)り込んだ。彼はピネーロを蔑むような形相で睨んだまま、低い声で、凄むように続ける。「ピネーロ殿、ならば、スワレス大佐に伝えよ。おまえたちに、もう一度だけ、最後のチャンスをやる。期日は、改めて、知らせる。その時は、我々インカ軍の陣営で、和議の場を持つ。今度こそ、スワレス大佐自身が来るように伝えろ。もし来なければ、おまえたちは、ニ度と、生きてソラータから出る機会を失う。たとえ人質にされた住民が巻き添えになろうとも、もはや、それも尊い犠牲としてやむを得ぬ。もし、次こそ来なければ、おまえたちが最後の一兵まで死に果てるまで、俺はソラータの包囲を続ける覚悟だ」ピネーロが何か口を開きかけた瞬間、だが、アンドレスは鋭く相手の急所に肘鉄を打ち込むと、そのままピネーロは気を失って床に崩れた。「アンドレス様、そろそろ…!他の敵兵たちに気付かれる前に!」彼の護衛兵がアンドレスに耳打ちすると、彼は俊敏に頷き、刃物のように鋭利になったままの、その目で撤退の合図を送る。彼ら一行は素早くピネーロの館を出ると、獣のような敏捷さで夜闇に霞む裏道を抜け、インカ軍の本営へと急ぎ馬を駆った。かくして、陣営に帰還したアンドレスたちの無事な姿を見て、皇子マリアノやベルムデスをはじめ、インカ軍の兵たちがどれほど安堵し、歓喜したかは言うまでもない。しかしながら、またもやのスペイン側の裏切り行為に、皆、激しい怒りと落胆の表情に顔を歪めざるをえない。しかも、こうしている間にも、時は砂が零(こぼ)れるように刻々と流れゆくのだ…――!(トゥパク・アマル様…――!!)アンドレスは、ますます険しさの増した表情のままに、今度こそインカ軍の陣営にて、スワレスと対峙する段取りを抜かりなく進めるため、即座に軍議を開いた。軍議は深夜まで続けられ、そのまま夜明けと共に準備が開始された。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪アンドレス≫トゥパク・アマル(インカ皇帝末裔で反乱軍総指揮官。現在は囚われ、幽閉されている)の甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ピネーロ≫アンドレス軍(インカ軍)が包囲網に封じたソラータのスペイン軍を指揮するスワレス大佐の副官。今宵は和議を結ぶための会合に招かれたはずのアンドレスだったが、またもやの裏切りに…――。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.23
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あまりの瞬時の出来事に、ピネーロは驚愕しながらも、さすがに戦歴豊富な軍人らしく取り乱すことなく、低く硬い声を漏らす。「アンドレス…気付いていたのか」「不自然に小銃を隠し持っていれば、俺は服の上からでもそれは分かる。だが……何故、おまえたち白人は、こうも裏切りを繰り返すのか!!」アンドレスは、ピネーロを壁に押し付けた腕に、獰猛なほど強く力を込めた。その瞳に、憤怒の焔が燃え上がる。さらに、ピネーロの額に押し当てた、小銃に添えられた褐色の指にも、きつく力が篭(こも)っていく。「ピネーロ殿…これは、総指揮官のスワレス殿が仕組んだことか?和議の話し合いなどと称して、俺たちを殺そうと?その後は、どうしようとしていた?殺しておきながら、人質として捕えたなどとインカ軍を偽って脅し、生きてもいない俺たちの身柄と引き換えに、包囲網を解かせようとの見え透いた魂胆か?」「…――」アンドレスの怒りに震える指は、引き金に添えられたまま、その銃ごとピネーロの頭蓋骨を突き破るのではないかと見えるほどに、ますます激しく力が入っていく。「ピネーロ殿、お答えになられぬか?」この状態に及んでも取り乱すことなく冷静さを装うピネーロは、しかし、実際には、アンドレスの完璧に容赦無い目の色に晒(さら)され、その顔面の白い皮膚からは無数の冷や汗が滲み出し、横顔をジワリと伝って流れている。「アンドレス…これは、わたしの一存でやったこと。スワレス大佐の意図ではない」「ふ…ん…そうか…――。おまえたち白人にも、人を庇(かば)う良心があるとは驚いたな」「……」【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪アンドレス≫トゥパク・アマル(インカ皇帝末裔で反乱軍総指揮官。現在は囚われ、幽閉されている)の甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ピネーロ≫アンドレス軍(インカ軍)が包囲網に封じたソラータのスペイン軍を指揮するスワレス大佐の副官。今宵は和議を結ぶための会合に招かれたはずのアンドレスだったが、またもやの裏切りに…――。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.22
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ピネーロは、大理石の飾り柱の聳(そび)え立つ豪奢な邸宅の中へと、アンドレスたち一行をいざないながら、彼もまた、自軍の護衛兵たちに何かの鋭い合図を目で送る。恐ろしく緊迫した空気が張り詰めた。奥の客間に通じる、だだっぴろい広間のような回廊に、硬い無数の足音のみが響く。空間が軋(きし)みを上げそうなその緊迫感の中、回廊を歩みながら、口火を切ったのはアンドレスの方だった。「ピネーロ殿、スワレス大佐はどこです?館の奥でお待ちなのですか?」そのアンドレスの問いに、少し先を歩むピネーロは、「いいえ」と、振り向きもせぬまま感情の見えぬ声で応える。「スワレス大佐は、本日はご体調が優れず、会合には欠席なのだ。そのかわりに、わたしが代理として、和議の話し合いに出させていただく」「え?!」即座に、アンドレスの表情が、非常に険しくなる。「スワレス大佐は、今宵の和議の話し合いに来ないのですか?!それでは、話が違う!ここまで我々が来たのも、総指揮官のスワレス殿が、直接、話し合いに応ずるとの約束があったからです!!」そのアンドレスの鋭い声に、不意にピネーロが振り向いた。振り向きざまに、ピネーロの豪腕が懐(ふところ)から銃を抜き取り、目にも止まらぬ敏捷さでアンドレスを狙った。だが、そのピネーロの動きよりも、間一髪、アンドレスが足を蹴り上げる方が速かった。彼の蹴り上げた鋼鉄のような長い足は、ピネーロの手にある小銃を、数メートル先まで叩きつけるように弾き飛ばした。けたたましい金属音と共に、銃が回廊の床に落ちて激しく回転する。それと同時に、アンドレスの後方に控えていたインカ兵たちが、ピネーロの護衛兵よりもいち早く懐から小銃を抜き、間髪入れずに、ピネーロ以外の、その場にいた全てのスペイン兵たちを撃ち抜いた。それは、完全に、一瞬の出来事だった。まもなく沈黙に閉ざされた屋敷の回廊一帯には、スペイン兵たちの亡骸が倒れ、その場の敵兵の中で生き残っているのは当のピネーロのみである。アンドレスは、そのピネーロの額に己の銃口を突き付け、そのまま鬼のような形相で壁際に相手を押し付けた。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪アンドレス≫トゥパク・アマル(インカ皇帝末裔で反乱軍総指揮官。現在は囚われ、幽閉されている)の甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ピネーロ≫アンドレス軍(インカ軍)が包囲網に封じたソラータのスペイン軍を指揮するスワレス大佐の副官。今宵は、和議を結ぶための会合に招かれたはずのアンドレスだったが…――。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.21
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やがて、スワレス大佐に指定された豪奢な館が、今は無残に荒廃した、そのメインストリートの突き当たりに見えてくる。和議の会合場所に指定されたその豪邸は、敵将スワレス大佐の副官ピネーロが、本来の住人であるインカ族の豪族から強奪し、当地での仮住まいとしているものだった。愛馬を慎重に進めながら、アンドレスたち一行は、いよいよ周囲の気配に神経を研ぎ澄ます。館から出てきたピネーロは、鋭い眼光を利かせた十数名の護衛兵を従えたまま、アンドレスたちを出迎えた。このピネーロは、40代前半と見える紳士的な雰囲気のスペイン人で、さすがに副官という高位の軍人だけあって、その風貌も態度も威厳に満ちている。だが、それは、むしろ、どこか本質的には人を寄せ付けぬ威圧感と言った方がしっくりくる、そのような雰囲気でもあった。ピネーロは、馬を降りて先頭を切って歩み来るアンドレスの方に、社交辞令の笑みを向ける。「ようこそお越しくだされた」到底、親和的とは言えぬ硬い声で、ピネーロが形ばかりの礼を払う。そして、「あなたが、将のアンドレス殿か?」と、まるで値踏みするように目を細め、さらに、アンドレスの全身を眺め渡した。一方、アンドレスも、「お招き、かたじけなく思います」と、丁寧に礼を返しながらも、貫くように相手の方を見据え返す。アンドレスもまた、相手の全身を上から下まで、鋭い視線で一瞥した。彼は、一瞬、その目をハッと見開くが、素早く目を細めると、サッと感情を消した表情になった。そのまま彼は、敵の死角に下げた己の片手で、俊敏にその指を動かし、味方の兵たちに何かの合図を送る。彼の護衛兵たちはアンドレスの合図に息を呑むが、無言のままに、その瞳だけを僅かに動かしてそれを読み取った。【お知らせ】ご来訪くださいまして、どうもありがとうございます。大変励みになっております。ところで、最近、国内外にて、いたましい銃撃事件が続いておりますが、そのような時期と重なり大変苦い思いなのですが、明日、こちらの物語でも、銃撃シーン(この辺では明日のみ)が出てくる予定です。物語の展開上やむをえず、また、極力生々しさを避けた瞬間的な描写の予定ですが、お読み頂けます際には、予めお心積もりの上、ご覧頂けましたら幸いです。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪アンドレス≫トゥパク・アマル(インカ皇帝末裔で反乱軍総指揮官。現在は囚われ、幽閉されている)の甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.20
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かくして、アンドレスたち一行が馬を駆りながら、敵の立て篭もるソラータの市街地に到着する頃には、かなり日も落ちていた。愛馬を疾走させながらも、アンドレスは、荒廃しきった周囲の状態に鋭い視線を走らせる。既に薄闇に包まれて、街中の様子は鮮明には見えにくかったが、それでも、その殺伐とした気配は、肌に突き刺すほどに伝わってくる。殆ど無法地帯と化していると見られる街中に人影は無く、住人たちは、皆、隠れるように家に堅く引き篭もっているものと思われた。人気(ひとけ)の無い夕刻時の中央通りに軒を連ねる建物群はすっかり荒れ果て、恐らく、かつては華やかな商店街を成していたと思われるが、今は、いずれも扉や窓が打ち破られ、外からも見える内部は大地震の後のごとくに家財が転倒し、商品らしきものは何一つ残ってはいなかった。スペイン兵から強奪を受けたのか、あるいは、食糧の完全に尽きた住民たちが一揆のごとくに、それら商店を襲ったのか…!ここでも、インカ族同士の非情な殺戮劇が展開したのかもしれぬ…――しかも、己の敷いた包囲網のせいで……!アンドレスは、自分の心臓を鷲づかみにされるような胸痛と息苦しさを覚える。しかし、今は、感傷に浸ってなどいる場合ではない。彼は、敵将スワレス大佐に指定された館へと続く道程に、意識を集中させた。その表情は、いっそう苦渋に満ち、だが、それ以上に非常に険しくなっている。(このような悲惨な状態を、これ以上、絶対に、続けさせるわけにはいかない!何としても、和議を成立させ、スペイン軍をここから即座に撤退させなければ!!そして、俺自身も、ここにいる兵たちも、必ずや、生きて帰還してみせる…――!!)今や、深く眉間に皺を寄せたアンドレスの、その張り詰めた厳(いかめ)しい面差しは、まだ18歳の若者には、到底、見えぬものだった。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪アンドレス≫トゥパク・アマル(インカ皇帝末裔で反乱軍総指揮官。現在は囚われ、幽閉されている)の甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.19
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一方、敵地に出立するアンドレスの方を、まだ10歳の幼い皇子マリアノが、衛兵たちに守られるようにして少し離れた位置に立ち、一心に見つめている。マリアノの瞳は大きく揺れながら――父上も母上たちも囚われた上に、今度は、アンドレスまでが、いなくならないで……!!――そう激しく訴えているのが、アンドレスには痛いほど伝わってくる。だが、マリアノは唇をきつく引き結び、涙の零(こぼ)れそうになるのを、健気(けなげ)にもぐっと堪(こら)えている。そんなマリアノに、アンドレスは誓いを立てるように、深く礼を払った。(大丈夫です!マリアノ様、俺は、何があっても、あなた様の元に必ず戻って参ります。だから、ご案じなさいますな)それから、周囲の兵たちに向き直って、力強くも真摯な瞳で礼を払うと、共に敵陣に乗り込むことを申し出てくれた十数名の護衛兵たちを従えて、逞しい黒馬に跨(またが)った。「それでは…――!!」手綱を握るアンドレスたち一行に、陣営に残るインカ兵たちが、一斉に、祈るような眼差しを向ける。既に、時は、透明な茜色の空に染まる夕刻時である。ソラータのスペイン側は、此度の和議の場として、敵将スワレス大佐の副官ピネーロの館にて、アンドレスを主賓とした晩餐の宴席を用意していることになっている。果たして、如何なる夜が待ち受けていることか…――アンドレスは鋭い眼差しで、決然と前方を見据えた。決意と覚悟からであろうか、あるいは、インカの地と民への真(まこと)の思いからであろうか、今、朱色の西日を受けるアンドレスの横顔は、そして、命をあずけて彼に従う護衛兵たちの横顔は、皆、非常に鋭利に研ぎ澄まされ、息を呑むほどに美しい。精悍な掛け声と共に、その凛々しく秀麗な横顔の残光を見送る兵たちの心に深く刻み込んだまま、一行は夕刻の市街地に向けて駆り出していった。勇ましい蹄(ひづめ)の音と共に、その軌跡に舞い上がる黄金色の砂塵を、マリアノもベルムデスも、そして、本営に残った兵たちも、皆、いつまでも、いつまでも、見守り続けていた。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】《マリアノ皇子》トゥパク・アマルと妻ミカエラの間に生まれた第二皇子(10歳)。父トゥパクに似た、利発で勇敢な少年。血縁関係にあるアンドレスとは、兄弟のような間柄でもある。マリアノの実の兄弟である長男イポーリト(12歳)と末子フェルナンド(8歳)は、逃亡中に既に囚われ、トゥパクらの幽閉先に投獄されている。≪アンドレス≫トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ベルムデス≫トゥパク・アマルが全幅の信頼を置く、高齢の重臣(60歳代)。高徳の賢者。トゥパクの父の代から王族を支え、此度は皇子マリアノを敵の魔手から庇護しながら当地に来訪。現在は、アンドレスの陣営で彼を支えている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.18
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ベルムデスは眉間(みけん)に深い皺を寄せて、アンドレスの瞳の奥を見据える。(アンドレス様…!和議の話し合いなどと建前に偽って、逆に、あなた様を人質にとり、我らに無条件降伏を迫ってくるなど、あの白人たちには朝飯前のことなのです。いや、それだけではない。「人質」にしたなどと言って、その命と引き換えに条件を呑ませておきながら、実際には、その人質は、早々に虐殺されていた、など、あの者どもの、あまりにも使い古された常套手段なのです…!)そんなベルムデスの噛み含めるような心の声を聴き取りながら、アンドレスは、その老賢者の肩を支える腕に力を込めて、深く頷いた。「ベルムデス殿、俺だって、みすみす囚われ殺されに行くのだと思えば、こんな話には乗りません。ですが、今の俺には、あのトゥパク・アマル様が常に共に居て、しかと守ってくださっている気がしてならないのです。だから、此度も…――無謀と思われるかも知れませんが…俺は、ここに、必ず生きて戻ってくるという直観…――いや、確信があるのです。ですが、万一にも、もし…もし俺が人質にとられるようなことがあれば、どうか躊躇せず、俺のことはお見捨てください。そして……」ベルムデスが息を呑んで目を見開く間にも、アンドレスは声を低めて、真正面から真っ直ぐにベルムデスを見つめたままに続ける。「もし、俺に万一のことがあれば、どうか、マリアノ様のことを、くれぐれもよろしくお願いいたします」「アンドレス様…!!」もはやアンドレスの決意の固く変らぬことを悟ったベルムデスは、これまでに見せたことの無いほどに深刻な眼になって、アンドレスの漆黒の目の奥の奥まで貫くように見据えた。「いいえ、アンドレス様。必ず、生きてお戻りなされませ!!」アンドレスは、力強い笑顔で頷いた。「はい。必ず――!!」【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪アンドレス≫トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ベルムデス≫トゥパク・アマルが全幅の信頼を置く、高齢の重臣(60歳代)。高徳の賢者。トゥパクの父の代から王族を支え、此度は皇子マリアノを敵の魔手から庇護しながら当地に来訪。現在は、アンドレスの陣営で彼を支えている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.17
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かくして、翌朝、ベルムデスの進言は、すぐにも軍議にかけられた。軍団の将アンドレス自身の決を既に見ていたこともあり、また、実際、他の妙案があるわけでもなく、ベルムデスの進言は、そのままの通りに承認を得た。さて、いざや和議を進める運びともなれば、「籠城」に巻き込まれたソラータの住民たちを、その過酷な飢餓状態から一刻も早く解放したいアンドレスは、速攻、使者を当地のスペイン軍総指揮官スワレス大佐の元に飛ばした。そして、ベルムデスの予測していた通り、完全に飢えに陥っていたスワレスはじめスペイン側の兵たちは、アンドレスの提案に前向きな姿勢を示した。ソラータからの即時撤退については即答を避けながらも、話し合いには応じる意向を示し、兎も角も、食糧の補給をすぐにもしてくれと、さすがに切実な様相で求めてきた。アンドレスはそれを承諾し、すぐさま、立て篭もり中の敵軍、及び、ソラータの住民たちに、十分な食糧の補給を開始した。敵側も、この期に至っては、アンドレスの要請を無視することはできず、敵将スワレスが、直接、和議の話し合いに応じると返答してきた。しかしながら、和議の話し合いに応じる条件としてスペイン側が出してきたのは、その会合の場をソラータの街中に定める、というものだった。もちろん、敵も、此度の会合の場での身の安全は保障する、と言い添えてはいたが。だが、スペイン側の、インカ側に対する裏切り行為を、王家に仕えてからの半世紀に渡って散々に見尽くしてきたベルムデスは、さすがに、そのような申し出であれば話は違う、決して乗ってはいけないと激しく反対したのは言うまでもなく、他のインカ兵たちも強い難色を示した。一方、アンドレスとて、リスクの大きさに無頓着ではなかったが、あくまで敵陣付近での会合を強硬に要求する敵方と揉めている時間さえ彼には惜しかった。加えて、前々から、アンドレスの中には、ソラータの街の実態を己の目で確かめておかねばならぬ、という気持ちもあった。敵陣に乗り込む決意を示すアンドレスに、ベルムデスは、もはや、縋(すが)るようにして引き止める。ベルムデスから見れば、この状況下で敵陣にくだるアンドレスの行為は、全くもって、自ら死にに行く自殺行為にも等しく映ったのだった。だが、敵が絶対に折れぬ姿勢を貫く以上、こちらが妥協せねば、膠着(こうちゃく)していた戦況がせっかく動き出した今の流れを堰(せ)き止めてしまうことになる。話し合いの機会そのものを反故(ほご)にするのか、要求に応じて相手の土俵に乗り込むのか、そのどちらかしか道は無い。しかし、ベルムデスは、普段の、あの温厚な表情さえも影を潜めた険しい面持ちになって、アンドレスの前に立ちはだかるようにして引き止める。「アンドレス様、此度の和議の一件、どうかお諦(あきら)めくださいませ。わたしから言い出しておきながら、誠に恐縮ではありますが、このままソラータの街中に入られるのは、あまりに危険でございます。どうか、アンドレス様…!あなた様が纏う御身の、インカにとっての重要なることを、今こそ御心にお留めくださいませ」他方、アンドレスは真摯な眼差しでベルムデスの両肩をガッシリと支え、首を横に振る。「ベルムデス殿、あなたが仰られた通り、敵が決して自ら降伏してこぬ以上、彼らが籠城を完遂して果てるまで待つ時間は、我々にはありません。トゥパク・アマル様の処刑は、このままでは、決して遠くはないはずです。今は、一秒たりとも、俺は惜しい。一刻もはやく当地を奪還し、再び、インカ軍の勢いを盛り返さねば!!それに、こうして、我らがここに包囲網を敷き続けている以上、仮に、ソラータに入った先で、スペイン側が俺を捕えたり、殺したりしようものなら、ここにいるインカ軍が黙ってはいないことぐらい敵も充分に予測しているはずです。彼らは、今度、俺たちを本気で怒らせれば、次こそは、完全に食糧の補給を絶たれ、弱りきったところを攻め込まれて全滅させられかねぬことも、重々分かっているはずです。彼らだって、みすみす再び逃げ場を失い、自らの首を絞めるような真似を、そう安易には行いますまい?」思慮深い眼差しで語るアンドレスに、しかしながら、ベルムデスの厳然たる険しい形相は変わらない。(なりません…!アンドレス様は、まだ、あの白人たちの、本当の恐ろしさを分かってはおられない……!)【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪アンドレス≫トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ベルムデス≫トゥパク・アマルが全幅の信頼を置く、高齢の重臣(60歳代)。高徳の賢者。トゥパクの父の代から王族を支え、此度は皇子マリアノを敵の魔手から庇護しながら当地に来訪。現在は、アンドレスの陣営で彼を支えている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.16
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「もはやソラータの街は完全に食糧が尽き、住民たちはラバや犬、猫、鼠ばかりか靴の踵(かかと)まで食べていると聞いております。敵兵たちが住民たちから食糧を奪っていたとしても、さすがに、それも尽きた頃…。食糧の欠乏とは、想像を絶する過酷なものです。今なら、いかに強情な敵と言えども、聞く耳は持つはず。アンドレス様、住民たちのためにも、一刻を争います。ご決断をなされませ」そう語るベルムデスの表情は、今、鋭いほどに真剣になっている。「ラバや犬、猫、鼠…そんな…靴の踵まで…?!」アンドレスは衝撃の眼で蒼白になり、その手で思わず己の胸元を強く押さえ込んだ。同様に苦渋の表情で頷くベルムデスの視界の中で、アンドレスは精神統一をするかのように瞼を閉じ、深い思考の状態に入っていく。引き締った彼の片腕は、まるで大木から何かの力を受け取ろうとするかのごとくに、しっかりと、その太く逞しい幹に添えられていた。固く閉じられた瞼が、時々、痙攣するように微動する。そのまま数十分の時が流れた。深い瞑想状態に入ってしまったがごとくのアンドレスの様子を、傍らに立つベルムデスは、黙って静かに見守っている。濡れたような白い月光に照らし出されたアンドレスの横顔は、次第に澄みゆき、迷いの色が遠のいていく。やがて目を開けた彼は、ベルムデスを真っ直ぐに見つめ、そして、深く頷いた。「明朝の軍議にかけて最終的な結論を出すことになりますが、俺の気持ちは固まりました。ベルムデス殿、あなたの進言通り、明日にでも早々にスワレス大佐に和議を申し入れる方向に、今後の方針を定めて参ります」力を宿した表情で語るアンドレスと、そして、そんな彼に微笑みながら頷き返すベルムデスを、大きく包み込むように、秋にも関わらず無数の葉を抱いた大木の枝々が、厳かに、悠然と、深夜の風に揺れていた。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪アンドレス≫トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ベルムデス≫トゥパク・アマルが全幅の信頼を置く、高齢の重臣(60歳代)。高徳の賢者。トゥパクの父の代から王族を支え、此度は皇子マリアノを敵の魔手から庇護しながら当地に来訪。現在は、アンドレスの陣営で彼を支えている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.15
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やがて、アンドレスの思考が、目前の現実的な問題に戻っていくのを、その表情から見届けると、ベルムデスは変らぬ穏やかな声で語りかける。「アンドレス様。先ほどは、ソラータの住人たちのことを、案じておられたのですな?」アンドレスは素直に頷き、応える。「はい。完全に食糧が欠乏しているにもかかわらず、敵は降伏をしてくる気配も無く…。その傍らで、住人たちは、今にも飢え死のうとしているのです」アンドレスの声に再び苦渋が滲むのを聴き取りながら、ベルムデスは続ける。「アンドレス様、お一人でお苦しみなさいますな。この老いぼれ、インカのため、そして、アンドレス様の御為であれば、どれほど干上がった脳でも、最後の一滴までをもお絞りいたしましょうぞ」「ベルムデス殿……!」ベルムデスは深く頷き、沈着な、そして、深遠な声音で言う。「アンドレス様、もしや、そろそろ潮時かもしれませぬ。当初から、敵は、この状況を狙っていたはずです。そして、住民たちを見捨てられぬアンドレス様が、いずれは包囲網を解くであろうと…」ハッとアンドレスは瞳を見開く。そして、驚きを隠せぬ声を上げた。「え?!ベルムデス殿…潮時とは?!では、そろそろ包囲網を解く時であると?!」「いいえ、アンドレス様」ベルムデスは、ゆっくり首を振る。「包囲網を解いては、敵の思う壺です。そうではなく、アンドレス様の方から、敵に休戦を申し入れてはいかがでしょうか?」「休戦を?!」いっそう驚いたように声を上げるアンドレスに、あくまで老賢なベルムデスは「はい」と落ち着いた微笑みを絶やさない。「包囲網を敷いたまま、しかし、一時休戦ということにして、敵に食糧などの必要な物資を補給するのです。もちろん、その機に、住民たちにこそ十分な食糧を!そして、敵方と和議の話し合いを持たれてはいかがでしょうか?」「えっ、和議を?!こちらから申し入れて、ですか?!」ますます驚愕の表情のアンドレスに、ベルムデスは変わらぬ微笑みを湛えたままに、だが、その皺の寄った目元に真剣な光を宿して続ける。「はい、アンドレス様。確かに、このまま包囲網を張り続ければ、住民の犠牲は伴えども、いずれ敵は飢えて死に、ソラータはあなた様の手に落ちましょう。それは、あなた様の大きな戦果ともなりましょう。ですが、此度の真の目的は、敵を殲滅(せんめつ)させることではありますまい。もちろん、敵を倒せればそれに越したことはありますまいが、そんなふうに全てを成し遂げられずとも、このソラータの地を、我がインカの元に奪還することさえ出来れば良いのです。この地が、この後の戦(いくさ)の拠点となればそれで良いのです。あの者たちのこと、無条件降伏など、決して有り得ぬこと。それを待っていては、住民たちの犠牲が増えるばかりか、無為な時ばかりが流れ、その果てには、住民たちや敵兵たちの屍(しかばね)の山が残るのみ。それよりも、アンドレス様の方から、助け船を出されませ。ソラータのスペイン側に和議を申し入れるのです。即座の十分な食糧の補給とソラータに立て篭もっているスペイン兵たちを安全に当地から立ち退かせることを条件に、ソラータはすぐにも明け渡すようにと、あのスワレス大佐と話し合いをされるがよろしいかと。完全に食糧の尽きている今、命の保証と逃げ道を与えれば、あの者どもとて、その機会を無碍(むげ)にはせぬはずです。折れて、そして、最終的に、何としても譲れぬものだけを、しかとその御手に。アンドレス様、あなた様にとりましても、インカにとりましても、それこそが真の勝利へ続く道となりましょう」アンドレスは非常に思慮深い眼差しで、この老練のベルムデスの言葉に深い敬意を払いつつ聴き入り、「なるほど」と、素直に頷き返す。しかし、一方で、まだ顔を曇らせたまま言う。「だけど、あの者たちが、話し合いなどに応ずるだろうか……」【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】 登場人物紹介より≪アンドレス≫トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ベルムデス≫トゥパク・アマルが全幅の信頼を置く、高齢の重臣(60歳代)。高徳の賢者。トゥパクの父の代から王族を支え、此度は皇子マリアノを敵の魔手から庇護しながら当地に来訪。現在は、アンドレスの陣営で彼を支えている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.14
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暫し時が流れた頃、アンドレスが、空を見つめたままポツリと問う。「あの…ベルムデス殿、ご存知でしょうか?トゥパク・アマル様の本隊にいた負傷兵たちは、どうなったか…」「え?負傷兵、でございますか?」「あ…その…負傷兵の皆とか、その周りの者たちとか……」「負傷兵や、周りの者?…ですか」予想外の質問に、ベルムデスは、一瞬、目を瞬かせながらアンドレスの横顔を振り向いたが、すぐに上空に視線を戻して穏やかな声で言う。「トゥパク・アマル様の元にいた本隊の負傷兵たちは、ビルカパサ殿の連隊から分遣隊を編制し、ビルカパサ殿の精鋭の兵たち、それから、マルセラ殿が率いる軍勢に庇護されながら、当地に向かっておるはずです。周りの者とは、従軍医や、看護の義勇兵たちですかな?その者たちならば、負傷兵を看病しながら、共に当地に向かっているはずです」アンドレスは喰い入るように、ベルムデスを凝視した。「マルセラの連隊が…!当地に向かっているのですか!!それで、その部隊は、まだ無事なのでしょうか?!」いつしか身を乗り出して己の方に真正面から向き直り、ひどく真剣な眼差しで迫るように問うてくるアンドレスに、ベルムデスは、時折、皺のよった目元を瞬かせながらも、静かに応じる。「アンドレス様…この時勢では、それぞれに分かれて行動している部隊の行動は掴みにくく、正確なところは分かりかねるのです」アンドレスは、険しい眼差しで固唾を呑む。そんな彼に、ベルムデスは宥(なだ)めるように続けた。「ですが、別段、悪い噂も聞いてはおりませぬ。アンドレス様、どうか、あまりご案じ召されますな。きっと、皆、今頃、この同じ夜空を見上げておることでありましょう。今宵は、一際、星々が美しいですからな」ベルムデスの言葉に、アンドレスも、再び天空を振り仰いだ。それら星たちを映し出す彼の澄んだ漆黒の瞳は、大きく揺れ続ける。(あのコイユールのことだ…負傷兵たちの傍で、今も、懸命に頑張っているに違いない。俺たちは約束したんだ…――必ず、また生きて会うって……!それに、当地に向かっているって?!ならば、信じて待とう…!そして、俺も、今すべきことを、精一杯に、やり抜くんだ…!!)アンドレスは、ついに、こらえきれずに溢れ出した涙を、慌てて、手の甲で拭った。だが、涙しながらも、その横顔に若者らしい鋭気と力強い光が甦るのを、そっとうかがいながら、ベルムデスは瞳で頷き、その目を細めた。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】 登場人物紹介より≪コイユール≫インカ族の貧しくも清らかな農民の少女(18歳)。「コイユール」とは、インカのケチュア語で「星」の意味。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけに幼き日にアンドレスと知り合う。やがて、成長と共に、二人は身分や立場を超えて愛し合うようになっていく。反乱には義勇兵として参戦し、遠征中のアンドレスからは離れ、トゥパク・アマルの率いていたインカ軍本隊にて負傷兵の看護にあたっていた。≪アンドレス≫トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ベルムデス≫トゥパク・アマルが全幅の信頼を置く、高齢の重臣(60歳代)。高徳の賢者。トゥパクの父の代から王族を支え、此度は皇子マリアノを敵の魔手から庇護しながら当地に来訪。現在は、アンドレスの陣営で彼を支えている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.13
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振り返るアンドレスの目に、包み込むような温厚な笑みを、静かに湛えたベルムデスの姿が映る。「ベルムデス殿…!!」アンドレスは大木の下から、慌てて立ち上がった。既に己の苦悶の様子を見られてしまったことの決まり悪さから、彼は思わず視線を泳がせる。そんなアンドレスに、ベルムデスは、深い慈しみの眼差しのままに、微笑んだ。それから、すっと天を振り仰ぐ。「今宵の夜空は、格別に美しいですな」ベルムデスの穏やかな声に、アンドレスも、つられるように空を振り仰いだ。夜の深まりと共に、先刻にも増して、いっそう多くの流星たちが天空に光の尾を引いて舞い降り、霊峰に吸い込まれるように消えていく。空近いこのアンデスの地では、流星も、まるで手に取れるかと思われるほどに、至近距離まで迫り来る。しかも、その数も、1分間に軽く10個は数えられるほどに、とても多い。まるで宇宙空間の中にいるかのようだ。それら流れる星々の光を目元に反射させながら、じっと空を見つめるアンドレスの横顔に、ベルムデスは再び微笑みかけた。「アンドレス様は、好いておられる姫君はおられるのですかな?」「!…――えっ?!」あまりに唐突な問いかけに、アンドレスは咄嗟にベルムデスの顔に振り向いて、ただでさえ大きな漆黒の瞳を、いっそう大きく見開いた。「いや…アンドレス様、そんなに…」と、ベルムデスは可笑しそうに笑って、「驚かせるようなことを聞きましたかな?」と、茶目っ気のある口調で言う。「アンドレス様のお年頃ならば、普通のことです。むしろ、どなたにもご関心が無いなどと言われたら、このジイは、心配になってしまいますぞ」「…――!」言葉を継げずに己の方を凝視したまま、明らかに頬を上気させているアンドレスに、ベルムデスは微笑ましげに目を細めた。そして、再び、天頂を振り仰ぐ。また、つられるように、アンドレスも空を見た。流星以外の星々とて、いずれも手を伸ばせば届くほどに間近に輝く。そんな純白の星々を見つめる彼の胸の内では、大切な人への愛おしさと切なさとが、とめどなく溢れだす。トゥパク・アマルの捕縛を知らされて以来、まるで堅く蓋をするかのように心の奥に押し込め、見ないようにしてきた気持ちだけに、一旦、箍(たが)がはずれると、それは、とどまるところを知らぬ勢いで溢れ続けた。(コイユール…――!!)上空を見据えるアンドレスの目元に微かに光るものの滲むのを、しかし、ベルムデスは見ぬ素振りで、幾筋も流れゆく流星の軌跡を追いながら、ただ、黙って傍に居た。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】 登場人物紹介より≪コイユール≫インカ族の貧しくも清らかな農民の少女(18歳)。「コイユール」とは、インカのケチュア語で「星」の意味。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけに幼き日にアンドレスと知り合う。やがて、成長と共に、二人は身分や立場を超えて愛し合うようになっていく。反乱には義勇兵として参戦し、遠征中のアンドレスからは離れ、トゥパク・アマルの率いていたインカ軍本隊にて負傷兵の看護にあたっていた。≪アンドレス≫トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ベルムデス≫トゥパク・アマルが全幅の信頼を置く、高齢の重臣(60歳代)。高徳の賢者。トゥパクの父の代から王族を支え、此度は皇子マリアノを敵の魔手から庇護しながら当地に来訪。現在は、アンドレスの陣営で彼を支えている。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.12
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しかし、深く苦悩しながらも、それでも、アンドレスは決して投げ出しはしなかった。投げ出したら全ては終わってしまう…インカの運命さえも、完全に尽きてしまう!!…――この期に及んでは、もはや極端とも言えぬその一念が、今にも崩れそうになる己自身を懸命に奮い立たせていた。とはいえ、殆ど、寝る間も、食事をする間も惜しみ、事態の収拾方法を模索して奔走するアンドレスの表情は、ますます焦りと苦悶に歪み、鬼気迫るものとなっていく。そんな彼を、かつてトゥパク・アマルの知恵袋でもあった老練のベルムデスは、深く案じる眼差しで見守っていた。深夜、兎も角も、その日の全ての任務を終えて、しかしながら、全く落ち着かぬ心境のままに、アンドレスは一人、己の天幕近くに凛と佇む大木の前に立った。もう最近では、それは、殆ど毎晩の日課のごとくになっていた。彼の前にあるのは、かつて、トゥパク・アマルの声が聞こえた気がした…――いや、確かに、あれはトゥパク・アマル自身の声だった、と、今も確信している――あの大木であった。秋の深まりと共に、アンデス高地の空は清涼な冷気に満たされて澄み渡り、そのさまは、見上げる者を、身も心も無条件に呑み込んでしまいそうなほどである。その圧倒的な引力に引かれるままに、ただ自然の流れにその身をあずけ、まるでそれを喜びとしているかのごとくに、遥かな天頂射して、大木はどこまでも高く、遠く、そして、ますます厳かに聳(そび)え立つ。天空から無数に降り注ぐ巨大な流星たちを背景に大木が放つ、その堂々たる存在感は、アンドレスにとって、まさしく、トゥパク・アマルの気配そのままである。「トゥパク・アマル様…!!」生粋のインカ族ともスペイン人とも異なる、精悍でありながらも柔らかな混血児らしい造形の横顔で、今は相当に険しくなった、それでも、彫像のように精巧で美麗な目元が、苦渋に歪む。(今、ソラータの街は完全に食糧が尽きていると聞く…!!なのに、敵は、何の動きも見せようとはしない。こんな状態で、ただ敵の降伏を待っていたら、住民たちは本当に死に絶えてしまう!!)アンドレスは、地に吸い込まれるように、大木の真下に膝をついた。(ああ…!!本当に、一体、どうしたらいいんだ……!!)大木の前に蹲(うずくま)り、太い幹にもたれるようにして頭を抱え込んでいるアンドレスの傍に、ベルムデスがそっと近づいた。ベルムデスにとっても、その内心に渦巻く苦悩のさまはアンドレスと変わらず深く、その上、目の前で苦悶に喘ぐアンドレスの姿は、もはや見るに耐え難い。「アンドレス様」背後から不意に己の名を呼ばれ、アンドレスは、はじかれたように顔を上げた。【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】 登場人物紹介より≪アンドレス≫トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。≪ベルムデス≫トゥパク・アマルが全幅の信頼を置く、高齢の重臣(60歳代)。高徳の賢者。トゥパクの父の代から王族を支え、此度は皇子マリアノを敵の魔手から庇護しながら当地に来訪。現在は、アンドレスの陣営で彼を支えている。◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.11
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ペルー副王領の獄中で、トゥパク・アマルらに対する非道な拷問が行われていた頃、隣国ラ・プラタ副王領のソラータではアンドレスが、そして、同副王領ラ・パスではアパサが、いよいよ激しい死闘を展開していた。ペルー側へ戻らず当地へ残ることを決断した時点で、トゥパク・アマルの命を見捨てたも同じと、身を切る自責と心痛に苛(さいな)まれながらも、アンドレスは、今でも一筋の希望を捨ててはいなかった。――トゥパク・アマル様が存命中に、何としても当地での勢力を確実なものとし、ペルーでの勢力も盛り返し、トゥパク・アマル様たちの処刑など絶対に実行させはしない!!――そんなアンドレスが指揮するソラータ包囲作戦は、暫く前から順調に推移しており、この頃には、彼の元にある2万の軍勢は、スワレス大佐率いる強靭なスペイン軍を圧倒し、悲願のソラータ完全包囲に成功するに至っていた。とはいえ、スワレス指揮下の頑健なスペイン軍は、そもそも容易に降伏するような面々ではなく、完全包囲された今となっては、彼らはいよいよソラータの町中に深く立て篭もり、戦況は本格的な「籠城戦」のごとくの様相を呈していた。そのような状況下にあるアンドレスの心境は、ますます逼迫(ひっぱく)した状態に追い込まれていた。(こんな時に、本当なら、敵の籠城戦などに付き合っている時間なんて、少しも無いのだ!トゥパク・アマル様の処刑だって、そう遠くはないはずだ…!もう、全く時間が無いのに…――!!)ちなみに、このソラータ戦でスペイン軍の指揮を執るスワレス大佐は、当地ラ・プラタ副王領のスペイン軍総指揮官フロレス直下の部下であり、武芸については申し分無い豪腕であった。だが、一方で、あの公明正大なフロレスとは性格がかなり異なり、勝つためには手段を選ばぬという、いかにも当時のスペイン軍人らしい気質を備えた厄介な相手でもあった。しかも、アンドレスによって包囲網に封じられたスワレスは、自軍をソラータの街中に「籠城」させるにあたって、当地の一般人たち――インカ族の者たちや、当地生まれのスペイン人などの非戦闘員――の町からの脱出を阻み、人質として彼らをスペイン軍と共に強引に立て篭もらせていた。そのことは、アンドレスの頭を深く悩ませていた。このまま敵の立て篭もりが長引けば、軍人以外の庶民たちもが、食糧の欠乏によって過酷な飢えに苛まれることになるであろう。(トゥパク・アマル様のお命の期限が、刻一刻と迫っているのに……!こんな時に、今、多くの民が、ソラータの街中で飢えに苦しみはじめているのだ。俺の攻め方は、失敗だったのか…?ああ…そうだったのだ…手はずが足りなかったのだ!!…なら、一体、どうしたらいい?トゥパク・アマル様…――!このような時、トゥパク様――あなた様だったら、どうされるのか…?!)己の中で虚しくこだまするばかりで、今は応えの無いトゥパク・アマルに、それでも、アンドレスは心の中で問いかけずにはいられない。【はじめての読者様へ:アンドレスについて】 トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年(18歳)。若くして剣術の達人であり、2万の軍勢を率いるインカ軍最年少の連隊将。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。 ◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。 HPの現在のシーンへは、こちらからどうぞ。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効) (随時)
2007.04.10
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