PR
Free Space
Comments
Category
Freepage List
Keyword Search
Calendar
連日連夜のように続けられるトゥパク・アマルのリノへの甘美な「誘惑」――それは、日を重ねるごとに、情け容赦無く、リノの魂を奪い去っていった。
そして、今も、鉄格子の向こうから差し出され、優美に妖しく誘いながら手招きする腕に、リノは魔術にかけられたように吸い寄せられていく。
鉄格子の前に額(ぬか)づくリノの肩に、トゥパク・アマルのしなやかな腕が這うように回されていく。
囚われた時のままのトゥパク・アマルの黒マントは、既に傷ついた翼のように裂かれ磨耗してはいたが、今も蒼白い覇光を放ちながら、相手の全身を、その漆黒の翼の中にどこまでも深く包みゆく。
その大きな黒い翼の中で、すっかり心を奪われた虚ろな目でトゥパク・アマルを見上げるリノ――そのさまは、まるで、あの世の闇の帝王と、それに取り込まれてしまった哀れな僕(しもべ)のように見える。
だが、この状態まで嵌(はま)りこんでしまったリノは、それが己にとって、どれほど危険でリスクの大きいことなのか、僅かに残された理性が警笛を鳴らそうが、もはや、逃れる術(すべ)を知らなかった。
トゥパク・アマルはリノの肩に回した腕にゆっくりと力を込めながら、己の胸の中に落とし込むように抱き締めていく。
今、トゥパク・アマルの逞しい肉体の奥で力強く脈動する鼓動の音まで確かめられるほどに、きつく抱き寄せられているリノには、麻薬を打たれたかのように、己の全身に喰い込む鉄格子の痛みさえも心地よく感じられる。
そのようなリノを、美しい微笑みを宿した眼差しで見つめながら、トゥパク・アマルは、相手の耳元で甘美に囁(ささや)く。
リノの中に残る理性の、最後の灯火を吹き消すように…――。
「そなたの名を、まだ聞いていなかったね。
名は、何という…?」
「…――」
恍惚に呑まれながらも言葉に詰まるリノを、トゥパク・アマルが流れるような視線で見下ろす。
「そなたも、わたしが口の堅いことを良く知っておろう。
決して他言はしない」
「…リ……」
「案ずることはない。
名を申してみよ」
「…――リノ…」
トゥパク・アマルは横顔で微笑する。
「リノ…リノ……リノ…――よい名だ…リノ……」
耳元に吐息がかかるほどの距離で、幾度も己の名を囁かれ、頭の芯が痺れるような陶酔に陥っていく。
そんなリノの肩を抱く腕に、いっそう力を込めて、トゥパク・アマルが続ける。
「リノ…わたしの頼みを聞いてほしい…――。
ここから自由になれば、このような鉄格子を挟まずとも、もっと直に、そなたと触れ合うこともできよう。
リノ…わたしの言うことの意味を、分かってくれるね…リノ……?」
漆黒の強靭な翼で締め上げられるほどに、ますます激しく抱かれていくリノは、もはや、歯車の壊れた機械も同然だった。
リノは、ついに崩れるように頷いた。
朦朧と消え入るような擦れた声が、リノの口元から漏れる。
「ここを出ても、俺のことを…――?」
「わたしは、決して、約束は違(たが)えない。
…――いい子だね…リノ……」
トゥパク・アマルは、その美麗な切れ長の目を薄っすらと細めて、リノの頬に優しく口づけた。
【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】
≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠にはめられて囚われ、現在は投獄されている。
≪リノ≫
トゥパク・アマルが投獄されている牢獄を監視する端役の番兵の一人。
スペイン人ではあるが、正規のスペイン人将校たちに比して身分が低く、将校たちが休息する深夜の巡回を担当している。
◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆
ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。♪BGM♪入りでご覧頂けます。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆
ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。
コンドルの系譜 第八話(323) 青年インカ 2008.02.28 コメント(4)
コンドルの系譜 第八話(322) 青年インカ 2008.02.27
コンドルの系譜 第八話(321) 青年インカ 2008.02.26