標高の低い海辺の町で、屋久島の人々はくらしています。
10月下旬とても、
ここは、 亜熱帯地域 なんですね~
感じながら、
しばし、旅先の海の風に吹かれたことです。
ちなみに、
日本の植物気候帯は標高が高くなるにつれ、亜熱帯⇔暖帯⇔温帯⇔亜寒帯と移うけれど、
屋久島には、4つの気候帯が全てそろって垂直分布しているそうです@@。
森は暖帯~温帯にあるのかな・・
杉 の生育できる南限で、かつ、 アコウ など熱帯樹の北限なんですって!
閑とした 益救神社 (やくじんじゃ)の境内▼には・・
棕 櫚 の 実 (益救神社で)
アコウ というクワ科高木の
空中に伸びる‘気根’が素晴らしい!
根性あるな^^;
沖縄のガジュマルを連想させました。
左の石像は、「あ」「うん」の 仁王さま 。
屋久島町指定の文化財・・・
お地蔵様がかけられるような赤い前だれに、おもわず微笑み^^
天かけるトビは・・・
変わりない、どこでも トンビ のように見えてます。
赤い ハイビスカス も、にっこり
に こ に こ っ
屋久島とは これにて お別れです。
今度また、訪れる機会はあるやなしや・・・
独りごちて、
この後、九州本土に上陸をしたのでした^^
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今では多くの人が訪れる人気スポットの屋久島も、
そのむかしは流人の島でした。
咎人たちは、杉の切り出し労務に使役されていたといいます。
咎(とが)にも色々あるのでしょうね・・・・
金山で流人を働かせた佐渡ヶ島などと同じかな。
トロッコ道沿いに、こんな横穴が残されていました。 ▲
ガイドさんが言うには「わけありの人たち」が居住していた跡だそう。
ここで寝起きして杉の大木を切り出していたのでしょうか。
島の海の幸は、 アゴ (種子島でトッピーと呼ばれているトビウオのこと) と刺身にできる サバ 。
また、食べるだけの米を収穫するのがやっとで、
年貢として納める米が収穫できない貧しい土地だったそうです。
そのため、屋久杉を切り出して上納することが許されていました。
現在ではもちろん、屋久杉の伐採は許されません。
ですが、昔切り出してそこここに寝かせてある 土埋木 (どまいぼく) が、まだ沢山あって、
それを加工し、木工製品として販売しています。
なかなかお高い@@
高価な物には手が届きませんけれど、
私も屋久杉のコースターを一組買ってきました。
こんな花台も。 どうかしら?
(水晶は別のところの産です)
裏に焼印が押されていました。
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