PR
カレンダー
カテゴリ
コメント新着
キーワードサーチ
こんばんは。
今日はちょっとゾクゾクするテーマを持ってきました。
「卑弥呼と天照大御神って、実は同一人物なんじゃないか」
そんな説があるの、知ってますか?
学校では「卑弥呼は歴史上の人物」「天照大御神は神話の神様」って別物として習いますよね。
でも実はこの2人、驚くほど共通点が多いんです。
しかもその接点には、宇宙規模の天文現象が絡んでくるという、なかなかロマンある話でして。今日はそのあたりを、オカルト風味も効かせつつ、ちゃんとした学説にも触れながら掘っていきたいと思います。
そもそも2人は何者?
まず簡単におさらいを。
卑弥呼は、3世紀頃に日本列島にあったとされる「邪馬台国」の女王です。
中国の歴史書『魏志倭人伝』に登場する、れっきとした記録上の人物。
「鬼道」と呼ばれる呪術的な力で人々を治めていて、生涯独身、宮殿の奥にこもって滅多に人前に姿を見せなかったと記されています。
一方の天照大御神は、『古事記』『日本書紀』に登場する太陽神。
皇室の祖先とされる、日本神話の最高神です。
弟スサノオとの確執の末、天岩戸に引きこもってしまい、世界が真っ暗になる、というあの有名なエピソードがありますね。
片や歴史上の女王、片や神話の神様。
時代も立場も違うように見えるのに、なぜ「同じ人物では」という声が出てくるのか。
ここからが本題です。
気になる共通点たち
いくつか並べてみますね。
・どちらも独身の女性リーダー。
・「日」とのつながり。
卑弥呼という名前は当て字で、本来は「日巫女(ひのみこ)」、つまり太陽に仕える巫女だったのでは、という読み方があります。
天照大御神はそのまま太陽神ですから、「太陽」というキーワードでピタリと重なるんですよね。
・弟との緊張関係。
天照大御神には素戔嗚尊という荒々しい弟がいて対立します。
卑弥呼にも狗奴国という敵対勢力との抗争の記録があり、構図が似ているという指摘があります。
・後継者が若い女性だった。
卑弥呼が亡くなったあと、国は一度乱れますが、親族の少女「台与(とよ)」が女王になることで収まったとされています。天岩戸神話でも、天照大御神が隠れて世界が闇に包まれたあと、再び光が戻ってくる。
この「一度失われた光が、若い女性の即位とともに蘇る」という流れが重なる、というわけです。
ここまでなら「まあ、偶然の一致かもね」で終わりそうな話ですが……ここに天文学が絡んでくるとちょっと様子が変わってきます。
宇宙からのメッセージ?──皆既日食という接点
天岩戸神話の核心は「太陽が隠れて、世界が闇に包まれる」という現象です。
これ、実際の天体現象として考えると、答えはひとつしかありません。
皆既日食 です。
そして面白いことに、天文学的な逆算によると、卑弥呼が亡くなったとされる247年と248年の前後に、日本列島で日食が観測できた可能性があるという計算があります。
特に247年3月24日の日食は、北部九州エリアではほぼ皆既に近い状態だったとする研究もあるんです。
つまりこういうストーリーが浮かび上がってきます。
太陽の巫女として国を治めていた女王が、その死の直前に皆既日食という「太陽が消える」大事件を目の当たりにする。
人々はそれを「女王=太陽の力が失われた」と受け止め、後にその記憶が神話化されて「天照大御神が岩戸に隠れた」という物語になった──。
夜でもないのに空が暗くなり、鳥や虫が鳴きやみ、星まで見えてしまう。
古代の人にとって皆既日食は、まさに世界の終わりを予感させる宇宙的な恐怖体験だったはずです。
それが権力者の死という「地上の一大事」と重なったとしたら、神話として語り継がれてもおかしくないですよね。
夜空の向こうの現象が、地上の伝説を生み出した──そう考えると、なんだかゾワッとしませんか?
この説、実は結構ちゃんとした学者も唱えている
ここでちょっと信憑性の話をしておきたいのですが、この「卑弥呼=天照大御神」説、実はオカルト好きの思いつきというわけではなく、明治時代から続く由緒ある学説なんです。
明治の歴史学者・白鳥庫吉がこの説を学術的に論じたのをはじめ、哲学者の和辻哲郎も著書『日本古代文化』の中で支持を表明しています。
さらに1920年代には笠井新也という研究者が、日食の記録と神話を結びつける考察を行いました。
江戸時代から続く仮説を、近代の歴史学・天文学がバトンを受け継いで検証してきた、という流れがあるわけです。

でも……本当にそう言い切れるの?(ここ大事)
ロマンだけで終わらせないために、あえて水を差しておきます。
国立天文台による詳細な日食計算の研究では、247年の日食は西南日本では皆既にならなかった可能性が高いこと、248年の日食も地球の自転速度の変化(⊿T)の値によっては日本で皆既にならない可能性があることが指摘されています。
むしろ紀元158年の日食のほうが「天の岩戸」の候補になり得る、という説すらあるんです。
つまり「日食のタイミングがピッタリ重なるから同一人物確定!」というほど単純な話ではなく、天文学の世界でも意見が分かれている、というのが正直なところ。
それに、そもそも天照大御神は神話上の存在なので、歴史的に実在した証拠があるわけでもありません。
それでも惹かれてしまう理由
こうして見ていくと、この説は「証明された事実」ではなく「魅力的な仮説」というのが正確なところだと思います。
でも、太陽という同じ天体を通して、地上の女王の物語と天上の神様の物語がリンクしてしまう、というこの発想自体がすごくロマンチックですよね。
古代の人たちは、夜空や太陽の動きを単なる自然現象としてではなく、権力者の生死や国の運命と直結する「メッセージ」として受け取っていたのかもしれません。
宇宙の出来事が地上の歴史を動かし、それが神話という形で数千年後の私たちにまで届いている。
そう考えると、卑弥呼と天照大御神が同一人物かどうかという「答え」よりも、古代人が空を見上げて何を感じていたのか、という「問い」のほうが、実はもっと大きなロマンなのかもしれませんよね。
↓ポチっとしてくださると嬉しいです。
にほんブログ村
にほんブログ村
【全ての願いが叶う お守り】開運 神道護符「天照大御神(アマテラス)」 全ての願いを叶える強力な護符(カードサイズ)吉祥の会 (和紙, 名刺サイズ) 52272-01
アマテラス123g 送料無料 【価格50円割引は、7月末まで延長】【5個以上ご購入の方 神宝塩100g1個 プレゼント】アマテラス Amateras 海塩 岩塩 竹塩 しお ミネラル 多い 硫黄のような香り 神の塩 神塩 美味しい塩 調味料 お塩 食用塩 おにぎりの塩 濃い塩 ブレンド 塩