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こんばんは。
今日は、ちょっとマニアックだけど知れば知るほど鳥肌が立つ人物を紹介させてください。
その名もウォルター・ラッセル
彼のことを調べれば調べるほど、「え、そんな人が実在したの?」と疑いたくなるレベルのエピソードが次々に出てくるんです。
画家として一流、彫刻家として一流、建築家として一流、音楽家としても一流。
しかも正式な科学教育を受けたことがないのに、独自の宇宙論を打ち立ててしまった人。
そして極めつけは、あの ニコラ・テスラ が彼の理論を見て「これは1000年封印すべきだ」と言った、なんて話まで伝わっています。
盛りすぎでは?と思うかもしれませんが、一つずつ見ていくとこれがまた面白いんです。
今日はその前編として、ラッセルという人物のバックグラウンドと、多分野にまたがる異常なまでの才能について書いていきますね。
貧しい少年が「五つの芸術」を極めるまで
ウォルター・ラッセルは1871年、アメリカ・バージニア州の決して裕福とは言えない家庭に生まれました。
学校教育もそこまで長くは受けていません。
それなのに、大人になったラッセルは次のような肩書きを同時に背負うことになります。
画家
:若い頃から才能を発揮し、20代でヨーロッパの国際展覧会で受賞するほどの評価を得ています。
彫刻家
:マーク・トウェインやトーマス・エジソンなど、著名人の胸像を手がけました。
建築家
:ニューヨークで数千万ドル規模の集合住宅開発に関わり、実際に建物を設計・建築しています。
音楽家
:作曲活動も行い、芸術と科学、そして哲学を融合させることをライフワークにしていました。
普通、人は一つの分野を極めるだけでも大変です。
それなのにラッセルは、絵を描き、彫刻を彫り、建物を設計し、曲を作る。
しかもどれも「趣味レベル」ではなく、その道のプロたちと肩を並べる、あるいは凌駕するレベルでやってのけていました。
だからこそ後世、彼を評して「20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼ぶ声もあるくらいです。
ダ・ヴィンチもまた、芸術と科学の両方で規格外の存在でしたよね。
ラッセルはまさにその再来のような人物だったわけです。

そして人生は「49歳」で一変する
ここまででも十分すごいのですが、ラッセルの物語の本番はここからです。
1921年、ラッセルが49歳のとき、彼の人生を決定づける出来事が起こります。
俗にいう「宇宙的覚醒(cosmic illumination)」と呼ばれる、39日間にも及ぶ意識変容状態を経験したと、本人が語っているのです。
この間、ラッセルは「創造の秘密のすべてが自分に開示された」と表現するような、強烈な体験をしたとされています。
あまりに様子がおかしかったため、家族が精神科医への相談を検討したというエピソードまで残っているほどです。
しかし、この体験のあとにラッセルが書き記した内容を見た専門家たちは、単なる妄想として片付けられないものを感じ取りました。
この体験をベースに、彼は独自の宇宙論・自然哲学を体系化していくことになります。
それが後に『The Universal One(ユニバーサル・ワン)』という著作としてまとめられ、1926年に出版されました。
正式な物理学や化学の教育を受けていない人間が、宇宙の成り立ちについて独自理論を展開する。
しかも、その中には後に周期表で発見される元素の存在を先取りしていたとされる記述まで含まれていた、という話も伝わっています。
これが本当にただの「思いつき」で片付けられる話なのか。それとも、何か常人には掴めない直観を持っていた人物だったのか。
後編では、この「ラッセル宇宙論」の中身と、そして冒頭でお話ししたニコラ・テスラとの伝説的なエピソードについて、じっくり掘り下げていきますね。
(後編に続きます)
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