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何が真実か、何を信じているのか、自分を取り巻く人々の思惑、自分を取り巻く社会一つ一つの性格、言葉一つも人により、そこの社会により受け止め方は種々多様だ。楽しく明るく自分の意のまま、あるいは自分の主張を生かせている世界として生き生きしている人も日々見る。集中した時間に身を置いて何とか逃げ押せた日は幸せなかもしれない。とつとつと送る中で人のずるさ、要領よくやりながらも、人々と小さな幸せを感受して平凡に延々生きていくのが定めなのかもしれない。そんな日々に『絶対美』、譲れない『美』、自分が作ったものでもない、自分のものでもない、『美』を独占し、そうするべきと思った。そこには当然のように『破壊』が待っていた。水の中に立つ『金閣寺』。初めて見た時圧倒的な『美』ではなく『魔物的』な『美』が心を襲った。水に建つ それはかなり心揺るがされました。『金閣寺炎上』すごい!どういう人が!?どうして!その人の顔を見たら恐ろしく悲しかった。周りが誰も許さない。認めない。自分も自分の中で哲学より身が千路困ってこころが体を殺すように幾年かで病死をしてしまった。彼のこころの世界を認める余裕が世間に無かった。貧しい村で村の助け合いのなかでやっと生きていた母は、捕まった息子のところに来たけれど二度と村には帰って生かなかった帰りの列車から飛び降り自殺をした・・・悲しい誰も救えない・・・誰も救わない・・・
2006年05月31日
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霊魂とか幽霊、念写とか信じたり考えた事は無い。友人が自分の前世は○○など言い自慢気に話すのを聞くのは胡散臭く耐え難いものだった。ある日TVで子供達の中に自分が産まれる前の記憶を持っているというのを見て、私が小学3年生くらいまで見ていた苦しい夢はその記憶ではなかったかと思いあたったのです。高熱が3日位続いて、昼も夜もなく苦しい日々宇宙や日本の地の果てを簡単に行き来し母を追いかけたどり着けず、そんな中、頭をどんどん思いっきり圧迫され苦しくもう駄目という時パアッーと明るい世界に引き出され熱も下がりという事が何度か有りそれが産まれる時の経験とおなじ苦しみのために記憶が再現されていたのではないかとおもわれるのです。 それは子供時代の記憶ですが、ここ最近はもっとはっきりとした夢、明け方に多く見るのです。そういう夢は見たくて見るのでも、体験するのでもなく、私に勝手に体験させるのです。その人が他人なら心を寄せていたとか気にしていたとかという風でも無かったり予想もしていない。多くは向こうの意思で私の夢に入り込んで来たのではないかかと思得るのです。
2006年05月29日
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ここ最近油絵を描いていない。目標持って自己表現する世界。自分の表現でも客観性も有り自己洞察も深い。自己表現を目的にした甘い絵は嫌いと思っている。日常の煩雑さ、甘え、全てを消し去り、『絵』そのものだけを考えられるようになるまでまでキャンバス、油絵の具、書き潰して、タブローに納得出来ない日々を続けて幾日か経てどうにか許せる作品が出来たかと思う。日々絵を描く生活ではないのでこういう無駄のような事をしてしまう。歴史上の作品を本物には中々会えないけれど画集でも楽しい時間を過ごせる。最近最後は『キリコ』の作品に集中していました。多くはシュールの世界に関心有り。日常も時を超越した世界が好きです。
2006年05月28日
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自分らしく生きるって今、そしてこれかれも何だろう。自分を表現することに貴女は努力していないという声がした。そうだ、何もしていないよ。嫌な人よと非難してもその人は、自分の目標に努力している。だから それは エライ事だな。そう思ってちょっと友人に言ってみた。私 負けてる と。そしたら彼女は、励ましてくれた。否定されて当然としていたのに、違うよ私も単純かな。体力、経済、余裕が無い。でも、多分体力に余裕の無くなること予想して今 多分 勉強している それにこれから本気で追い込みだ以前は医療事務 医療に関心が強かったのでかなりやったつもりだけれど思うほど進まなかったし就職活動では全く畑違いの方に就職が決まってしまったので色々やってみるけれど 自己表現したい世界は違う
2006年05月07日
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道を歩いている時、お布団にもぐった時、ふと悲しくなり涙がこぼれ「ごめんなさい」と言う。「ごめんなさい」という言葉しかこの宇宙に存在しなくなってしまう。自分が死の床にいる時、最後に会いたい人と私は言うだろうか。また、たとえお願いしても来てくれることがあるだろうか。アップルパイが好きで食べる時、コーヒーに砂糖を入れない時、これって感化されたんだったなと思い出す。あらゆる物事はそれを選びそれが私の運命だったと受け入れていく。バイオリオズムか何か、色々言われるけれど、その渦中は自分自身なのだから。だから「ごめんなさい」とつぶやいても、「さようなら」「さようなら」と繰り返してしまう。
2006年05月04日
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ここ最近はは海辺のカフカを読んで昨夜読み終えました。村上春樹の作品を一時読み漁ったけれど「ノルウェイの森」がかなり印象的でした。鬱病に代表されるかと思われる精神の病に何故!?ってと深く関心を寄せていましたので、一時期何度も読み返し、聖書のようでした。(それ以前は、夏目漱石の「こころ」でした。何故自殺なのか!?読んでは大粒の涙ボロボロでした。)短い期間に転居を繰り返し忙しさに紛れいつの間にか本箱から消えていたので、最近は読むこともなくなつかしい感じです。 キズキは自分が一番幸福なときに死を選択し直子の心に自分を残したのでは。ミドリって私の一番の友人にそっくりです。賢くて庶民的な家庭を隠しお嬢様ばかりの学校に行っていたというところが。別にそれを彼女は悩んでいる風でもなかったけれども。
2006年05月04日
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不吉な内容で公開して良くないのではとなかなか書けませんでした。私の意識の中で想像したり考えたりしてもいないことが夢に出て単に夢でなかった事が何度かありました。他の人もそういう経験があるのか、真実を知りたい、いや一体どうしてなのかを知りたいのです。いくつかの一つですが、記載してはいけない事か、しかし不吉を心に留め置いて置かないで何かわかる人に教えて頂ければとおもっています。ひやかしは止めて欲しいです。一番新しい事は、会社の方で嘱託でスポーツ中に倒れた方で、良くなっていると聞いていたのですが、退職されたかたで、朝、我が家の仏壇のいつもお線香の箱を置いているところに目をしばたたきながらぬいぐるみが寝いるようにタオルに包まって横になっているのです。他の状況は忘れてしまいましたけれどその日の夜似亡くなったと連絡が入りました。 母の時は1ヶ月間暗い三途の川でボートに乗って凝っと私見ているという夢が続きました。呼ぶ訳でもなくずうと見ている。私の結婚が終わったら一切夢に出なくなり今まで通りお見舞いに行き、4ヵ月後に亡くなりました。母は孫が幸福な人生を送れるよう常に心配をしていました。もう一つはっきりしている事は夫の父が亡くなった通夜に生地(せいち)の信頼している格の高いお坊さんが遠くから来て下さりお経を上げ始めたら空が俄かに掻き曇り通夜の簾越しに雷鳴が轟いたのです。そして夫の父泣き笑いをしながら喜んで雷鳴轟く空へ吸い込まれていく様子でした。その後火葬場に行き火を焚きゴウゴウいう中、お坊さんのお経が続き、夫の父が泣きながら笑いながらありがとう、ありがとうと天国に昇っていく霊が見え聞こえました。私の叔母が火葬場に入った時は静かで何の声も霊も感じず静かでした。
2006年05月03日
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虹を見ると、幸せな気持ちになります。ある日高台の住宅地から正面海側の空にまん丸な虹が左右に二つ、くっきりとみえたのです。感動し、その虹はなかなか消えず、次にやらなくてはならない事を考えたら消え入るまで見ていられませんでした。その後見ることが無く、二つのまん丸の虹は印象的で忘れられないものです。少し残念なことにその話題が周囲の人たちから聞かれなかったことです。天然自然現象に皆忙しくて関心を持てないのかなとそのまま思い出のひとつになっています。 もうひとつ、その後も起きたかもしれないけれど、次第に自分自身も天然現象に関心を払い切れなくなって来て、一度だけの経験ですけれど。大きな蓑虫が街路樹に大量発生したのです。蓑虫って、自分で衣を作って糸にぶる下がり風に揺られて可愛らしい存在に思っていました。でもそれは太く大きく可愛いよりグロテスクでした。
2006年05月03日
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