2021.09.04
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今西錦司をちょっと脇に置いてダーウィンの「種の起源」(Origin of Species)をパラパラとめくっていて、ふと気になりはじめた、evolution(「進化」)という言葉はいったいどこで使われてるんだろう。テキスト検索をしたところ、面白いことがわかった(注1)。

「種の起源」初版(1859年)にevolutionという言葉は全く使われていない、 evolveという動詞がただ一度だけ、最後の最後で次のように出てくる。 「・・・from so simple a beginning endless forms most beautiful and most wonderful have been, and are being, evolved.」 Evolutionの代わりに、 descent with modification (修正しながらの世代継承)もしくは transmutation of species (種の変容)という句が使われている。1872年の第6版にはようやくevolutionやevolutionistという言葉も数カ所で使われている。ということは、 「evolution=進化」 という言葉自体は、ダーウィンが使ったから広まったものではなく19世紀後半の西欧社会一般にじわじわ普及していたもので、ダーウィンも第6版になって一部にそれを採用した、ということのようだ。その間の歴史については、あまりにも込み入っていて全貌は見渡せない。いくつか目についた点だけを以下に書きとめておこう。

19世紀中ごろまでは、evolutionという言葉は主として胎児が徐々に形を成していくことに使われていた。語源であるラテン語の意味は、巻物状のものを開く (unroll) とか折り畳んであるものを開く (unfold) 、というもので、胎児の形成に使用するのは納得がいく。もっとも、胎児の形成は当時の発生学 (embryology) では、既に存在しているミニチュアが成長していくという考え方もあれば(こちらの方がラテン語の原義に近いか)、卵が徐々に分化して部分が形成されていくという理論もあり、そのどちらにも evolve

ダーウィンの友人でもあった地質学者のライエル(Charles Lyell)が、その著「地質学原理(Principles of Geology)」の第2巻で、evolveとevolutionを数回使っている。 「・・・in support of the hypothesis of a progressive scheme, but none whatever in favour of the fancied evolution of one species out of another (下線は引用者、2nd ed.、1832年、p.63)」 種は斬新的に変化していくが、一つの種から別の種が分岐するようなevolutionという現象には証拠がない、とライエルは書いている。evolutionのここでの意味はtransmutation of species(種が別の種へ変異していくこと)だった。ライエルは、1832年の時点ではダーウィンのtransmutation of species説を否定していた(注3)。

一方、19世紀中ごろから活躍した社会思想家にハーバート・スペンサーがいた (Herbert Spencer、 1820-1903年)。1851年の著作 「Social Statistics (社会静学)」は、日本でも1884年に松島剛訳「社会平権論」として紹介され、自由民権運動に大きな影響を与えたことで知られている。スペンサーの1852年のエッセー 「The Development Hypothesis」 (注4)には、 「Theory of Evolution」 という言葉が、transmutation of speciesと同義で使われている。どうやらこの頃には、 evolution = transmutation of species という同義関係は比較的広く受け入れられていたようだ。

スペンサーは次のように主張する。世の中には何百万という数の生物の種が神によって創造されたと考える人もいるようだが、たとえ一つの種であってもどうやって創造されたのか、知っているのなら教えて欲しい。これに対して development仮説では、有機的自然の全体が生物に影響を及ぼしそれに適応するため生物は変わっていく、徐々に起きる長期的な変化がやがて別の種を産みだす、あるいは単細胞生物が哺乳類へと変化していく、とこのように考える。スペンサーの development hypothesis は、ラマルク(Lamarck、1744-1829年)が1809年頃に提唱した「用不用」説と「獲得形質の遺伝」説に依拠している。(ラマルクについては、別の機会に紹介したい。)

evolution とは異なる。しかし、スペンサーがevolutionという言葉を種の変化のプロセスを表すのに使用し、一般に広めたことはたぶん間違いない。(ちなみに、 survival of fittest 、適者の生存、という言葉の造語者もスペンサーである。)スペンサー達の広めた言葉がまずます日常化されてしまったため、ダーウィンの理論も 「evolutionary theory、進化論」 と呼ばれるようになったのではないだろうか。


注1 その後いろいろ調べてみると、1859年のダーウィンがevolutionという言葉を使っていないという事実は、進化論を扱っている人たちにとっては常識のようだ。たとえば、Jacques Barzun 「Darwin-Marx-Wagner」 2nd ed. 1958, p.38とか中原英臣、佐川峻 「新・進化論が変わる」(講談社ブルーバックス 2008年) p.97などあちこちで指摘されていた。そりゃそうだよね、ダーウィンのことは何万何十万という人たちが研究してきたんだから、これくらいのことは指摘されているはずだ。

注2 単語evolve/evolutionの歴史については、 Peter Bowler "Changing Meaning of Evolution"

注3 ダーウィンがビーグル号(イギリス海軍の測量船)に乗って学術調査に参加した時(1831-1836年)、ライエルの「地質学原理」を読んでいたことはよく知られている。

注4 1852年に週刊新聞The Leader、3月20日、に匿名で掲載された短いエッセー。後にEssays Scientific, Political & Speculative, Williams and Norgate (3 vols 1891)に再掲された。 このサイト で読むことが出来る。





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最終更新日  2021.09.05 06:15:04
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Re:進化論 2.Evolutionという言葉(09/04)  
ranran50  さん
evolutionと言う言葉が最初は胎児が徐々に成長していくことだったと言うのはびっくりです。

Theory of evolutionなのに、ダーウィンさんが、声高く「Evolution」と言ってなかったのが、ダーウィンさんを勉強していらっしゃる方々のなかでは常識と言うのも面白いですね~。

(2021.09.07 13:07:43)

Re[1]:進化論 2.Evolutionという言葉(09/04)  
cozycoach  さん
ranran50さんへ

このようなあまり皆さんの興味のない話を読んでいただきコメントまで、ありがとうございました。それにしても、いろいろと読んでいきますと、高校の世界史の教科書に書いてある「この学説は従来のキリスト教的人間観に大きな衝撃をあたえ・・・」ことなどが、ちょっと眉唾だなと感じます。と言いますのも、ダーウィンの書いたことは、そのほとんどがもうすでに他の人達があるていど主張していたことで、衝撃というほどのものだったのかな、という気がします。 (2021.09.07 14:20:28)

Re[2]:進化論 2.Evolutionという言葉(09/04)  
ranran50  さん
cozycoachさんへ

いえいえ~。

いろいろ知らない世界の事を教えていただいて感謝です。

読ませていただいても、全部理解はしてないのが恥ずかしいですけど~。

日本の高校の授業は、今思い返すととってもいろいろな分野がカバーされていて面白かったのに、あの頃は受験勉強にばかり没頭して、もったいなかったな~と思います。

大学になると、日本もアメリカも専門のことしか学びませんが、高校の時には、自分が興味ない(笑)専門外のことも教えてくれてありがたいことだったのに、その価値を分かってなかったのですね~。

後悔先に立たずですね。 (2021.09.07 15:39:31)

Re[3]:進化論 2.Evolutionという言葉(09/04)  
cozycoach  さん
ranran50さんへ

確かに、高校時代はもっと記憶力もあっただろうし、受験勉強のない社会に生きていたら自分の興味のあることを勉強できたかもしれないですね。しかし、遊ぶことしか興味がなかった自分の未熟さを思うと、多分時間があっても無駄にしてただろうなと思います。だいたい、大学に入ってからほとんど勉強してないですものね。だから、後悔はしません、あれはあれで楽しかったのだから。思うに、今時間的に余裕があり、自分の興味のあることについて読むことができるのは、そうなるべくしてなったんだと思います。 (2021.09.07 21:25:08)

Re:進化論 2.Evolutionという言葉(09/04)  
JAWS49 さん
年の瀬にこっそり忍び足。

約8年前に編まれた『知のトップランナー149人の美しいセオリー』というインタビュー集をようやく読み終わりました。

「あなたのお気に入りの、深遠で、エレガントで、美しい説明は何ですか?」という問いかけに対し 回答者から最も支持されたのが進化論関連だったようです
*件数を自分では確認していませんが、確かにそこそこあったような気がします。
*訳者の長谷川さんがコメントされている通りこの質問自体に随分無理がありますが まあ悪戯心や洒落も含んだ パーティ会場での会話のきっかけ作りのような色彩を帯びていると割り切るとして。。。

一線級とされる知識人達が何に感銘を受けているのか、短い回答ながらも彼らの見解が興味深かったです。博識なcozycoachさんが目を通されれば進化論以外の分野でも興味深い記述に行き当たるかもしれないなと思いお伝えしました。
*固有名詞や内容的に和文でないと理解しづらいと見切った私は訳本を購入しました。
*原題はこちらのようです:
『This Explains Everything: Deep, Beautiful, and Elegant Theories of How the World Works』

個人的には色々な驚きや気付きがあり 中でも脳科学や進化心理学について興味を新たにした回答が多かったです。
年始にお時間あるようでしたらAmazon書評欄でも御覧ください。すでに読了済みでしたら悪しからず。 (2021.12.30 11:44:59)

Re:進化論 2.Evolutionという言葉(09/04)  
cozycoach  さん
この本はバスルームで読むのによさそうですね。(本の質を貶めているわけではなく、一つ一つが比較的短いので読みやすいからです。以前、塚本邦雄の一日一言みたいな本を読んでましたが、そんな感じです。)Google BooksのPreviewで少し読みましたが、頭からDarwinの進化論ですね。今西からみたら、そんなに単純じゃないよと言うと思うんですが、西洋では通じませんね。僕は、二つ目のDNAコードの発見の方により惹かれます。とにかく、いい本ですね。ご紹介下さり、ありがとうございました。

もしも質問が「心を惹かれた説明」ということであれば、僕の限られた知識の中では、吉本の自己表出・指示表出、柄谷のいくつかの逆説的指摘(例えば、意味という病とか風景の発見とか)、丸山圭三郎の身分け・言分け、プランクの捻出したクオンタに繋がる公式、シュレディンガーの波動方程式、ジョン・レノンの幸せは撃ったばかりの銃、富永仲基の加上の説、今西錦司の棲み分け論、などがとりあえず心に浮かびます。

僕からも一つ推薦を。このポッドキャストは対話形式ですが、質問する方が食い下がりますので、比較的リッチな内容になっています。
https://newbooksnetwork.com/category/academic-partners/ideas-roadshow-podcast (2021.12.30 15:55:51)

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