CRA'ZY 4 U

CRA'ZY 4 U

散る事は考えないようにして。(3/15)



■散る事は考えないようにして。■














 「お前はさ、なんか。ひまわりみたいだよ」













気持ちがいい朝。
全ての生き物達にとって
新しい一日が始まる。

あたしは
カーテンの外から射す暖かな光に一瞬目を細めた。

「麻美。学校に行きなさい。」
誰にも言われない悲しみを
言われたい言葉を自分で言う事で隠した。


母は2年前に他界した。
父は田舎に帰ってしまった。

あたしは
1人で
ここに残る決心をした。

そう言えば聞こえはいいけれど、
自分がそんな意志の硬い人間ではない事位、分かっていた。

あたしはただ
ヒロと一緒に居たいだけだった。

そんな理由で
あたしは父についていくことを断念した。


ヒロが好き。
好きと言う感情とは
また別な気がする。

ヒロのことが好きなんじゃなくて、
でも、それ以外なんだろう。




ただあたしはヒロのことが好きと言う事実から
目を背けたいだけかもしれない。
人を愛する事は
きっと怖いことだから。

何の理由も無い
けれどもそう、確かに感じる。


ベットから飛び降り伸びをする。
あたしは無意識のうちにカーテンの向こうを見ていた。
外にはポケットに手を突っ込んでつまらなそうに、そして寒そうに立っているヒロがいた。

鼻筋の通った横顔
全てにあたしは熱くさせられている。


あたしは小さく鼻歌を歌うと、ベットによじ登り窓を開けた。

キュルキュルと不快な音を立てて窓はわずかに開く。
外から冷たい風が吹き込む。
寒さに一瞬肩をすくめた。
「ヒロ!」
あたしは起きて初めての笑顔をヒロに向けた。



『おはよう』
そう言ったのだろうけれどヒロの声はあたしに届かなかった。

大きな手が、
そう。
その大きな手が、
あたしのために振られている。

自然と笑顔になる。


あたしは、中に入りなよ。そう叫んで、鍵をヒロのいる方へ落とした。
ヒロはわずかにしゃがんで錆びかけた銀色の鍵を両手でキャッチした。



ヒロの大きな口からは
笑うと白い歯が除く。
割と大きな目も、笑うと細くなる。





あたしに笑いかけた後、
ヒロは窓の外の景色の中から姿を消した。
一階の玄関から
ヒロが鍵を開けるガチャガチャと言う品の無い音が聞こえる。

あたしは、再度ベッドから降りて、ハンガーで吊るされている制服を着た。

カチャッ・・・・
滑らかな木製の扉の金色のドアノブが下りる。
「おはよう」
笑顔で入ってくるのはヒロ。
あたしは急いでスカートのチャックを上げた。
お互いに恥じらいはしない。

それほどに
ヒロはあたしに近い存在である。
そんな風に考えて気を紛らわせた。


本当は
あたしの事を女と思っていないんだ。
と、気付いていた。


「ノート見せてね」
朝に良く似合う笑顔で、
ヒロは勝手に勉強机の横にしゃがんで置いてある鞄を開ける。

こういうときに見える
ヒロの後姿。
茶色い思わず触りたくなる位に柔らかそうな髪。
大きな背。
あの背にあたしは何かを期待しているのかもしれない。



ヒロはブツブツと何かを呟きながら
自分のノートに書き写していた。

ヒロヒロヒロヒロヒロヒロヒロヒロヒロヒロヒロヒロ

あたしは壁に寄りかかって
ヒロが立ち上がるまで
ヒロを見つめ続けた。
ヒロを
できる限り長く
見つめていたい。


「?」
ヒロは立ち上がるとあたしを不思議そうに見た。
あたしは両手を振って誤魔化した。
自分の気持ちを誤魔化した気がした。

ヒロは鞄を徐に持ち上げると肩に掛けた。
その動きすらもかっこいいと思ってしまうあたしはかなりの重症だと思った。


けど、好きなわけではない。


自分に何となく強気に言い聞かせた。


「パン焼くからね。」
あたしはヒロの近くにおいてある鞄をサッと拾うと、部屋を後にした。
ヒロの顔。
あたしこれ以上見られないかもしれない。


食卓の周りを囲む椅子に鞄を乱暴に置いた。
「あ。」
食卓の上には先ほど落とした鍵が置いてあった。
あたしはそれを掴むと鞄に押し込んだ。
ヒロ。


トースターに2人分のトーストを入れて深呼吸をした。
気が付いたらあたしの心臓は尋常でないほどの速さで上下していたから。


この生活のリズムは
しばらく前から崩れていない。
あたしの家にヒロがやってきて
ヒロの分の朝食もあたしが作る。

ヒロの両親はあたしの父が帰った田舎に住んでいる。
ヒロは1人暮らし。
そんなヒロの少しでも支えになれているのなら、あたしはそれだけで良かった。

ヒロを知ったのはあたしが3歳の時。
両親の故郷であるその場所へ越したときのことだった。
祖父と祖母と母と父それからヒロ。
ヒロには親はいなくて、ヒロのおじいちゃんとおばあちゃんに大切そうに育てられていた。
そこで、あたし達家族は8年過ごした。
そして東京に再び戻ってきた。
そのときに祖父、祖母それからヒロとは別れなくてはいけなかったけれど、11歳の子供にしては幼すぎたあたしは、さよならの意味が良く分かっていなかった。

それから4年。
高校受験のためにヒロは1人で上京してきた。


大きな鞄を肩に掛けて、
4年。
たったの4年の間にヒロは大きく成長してあたしの前に現れた。
そのときに感じたあの妙な感情は
今でもよく分からない。
一瞬時が止まったみたいだった。


大きな口を空けて「よう」そう言って片手を挙げた。
はにかんだような表情
やっぱり
4年経っても変わっていないのかもしれないと思い直した瞬間だった。



うちの家族はヒロの事を良く思っていたからか、
1人暮らしのヒロといつも食事をしていた。
そんな幸せも1年で終わってしまった。
あたしは1人、
ヒロも1人。

でも今でもあたしはヒロの面倒を見ている。
気付けばそこにいる。
まるで空気みたいに。




タンタンタン・・・
ヒロが階段から降りてくる音がする。

「ヒロ。ご飯できたよ!」
笑えば笑ってくれる。
「いただきます」
話せば答えてくれる。
















教室
あたしが机の中へ教科書やらノートを入れているとどこからともなく声が、降ってきた。

「麻美、江田とどういう関係なの?」
江田。
ヒロの名字。
あたしは声の主秋穂を見つめた。
「どういう関係って?」
あたしの机の後ろが秋穂の席。
秋穂は椅子にまたがってあたしを覗き込んだ。

「同棲してるって本当?」
首を振った。
どこからそんな噂が。
「だって何か朝一緒に家から2人が出て来たの見たって人いっぱいいるんだよ?」
あたしは細かい所までいちいち説明するはめになった。
嫌なわけじゃなかったけど、付き合ってもいないのに、あたしは何やってるんだろう、と。

「そっか。安心した」
秋穂はあたしの話にしつこいくらいの相槌を打ち、最後まで話し終えると笑って顔を上げた。
「へ?」
「へってなによ。」
秋穂はあたしの額をつついた。「痛い」
「知らないなんて言わせないわよ。江田もてるんだからね。」
「む。。」
「早くしないと危ないんじゃない。」
上目遣いで不適な笑みを浮かべる秋穂。
「そーだね~」
あたしは窓の外。ネコの形をした雲を見つめた。

ガタッ

秋穂が椅子を引いて遠のいた

「え、どうしたの、秋穂!」
「あんたさ、前も言ったかもしれないけどホント。天然?」
「どうしてよ。」
負けじと秋穂を見つめたけれど、
窓の向こうの雲が形を崩すのを見てすこし気分が重くなった。

「はぁ。。もういい。説明するのも面倒くさいよ。」
「・・・」

秋穂に呆れられてしまったようであたしは少し落ち込んだ。
「まぁ、麻美ほどいいポジションにいる人もいないんだから
頑張りなさいよ。早くしないと盗られちゃうんだからね。」
「何の話してるの?」
「江田でしょ!!!!」

ぼんやりと、ヒロの事を考えていたあたしは跳ね上がった。
「う、うん・・・・。」








早くしないと盗られちゃうんだからね。











帰り道
ヒロ
あたし
隣の人
ヒロ
すれ違う人
ヒロ

「どうしたの?顔が真剣。」
「何かね、ちょっとこれ。見てみいー?」

そういいながらもヒロは「見て」欲しいものを出そうとはしなかった。
「・・・。」
あたしは何かが壊れて言ってしまう気がして
それを急かそうとはしなかった。

何かが変わることは
時として凶器に変わる。
いつの間にかそう感じるようになった。
それはつまり今が幸せということで、
今のままでいて欲しいという事で、
こうやってずっとヒロの隣を何事も無く歩きたいわけで、


こ、告・・・告白してまで
何かを

変えるつもりは無い。



「気にならないの?」
少し前を歩くヒロは意地悪そうな瞳であたしを覗った。
ハッと我に返る。

「見せてくれるなら見る。」
「ふふ~・・・どうしようかなぁ。。。」
恥らったように笑うと、ヒロは頭をかいて前を向いてしまった。
あたしはわずかに頬を膨らませた。

ヒロを追おうとすると
突然ヒロは立ち止まりクルッと振り向いた。

「わっ」
ぶつかりそうになる。

「だ、・・・誰にも言うなよ?」
「誰にも言わない。」
ヒロはポケットに無造作に手を突っ込んだ。



「ほ・・・ほら」
小刻みに震える手がくしゃくしゃに丸められた紙を差し出した。

「何?」
「だから見てみればいいんだろ。」
決して冷たくは無い言い方で、ヒロはあたしの両手にそれを握らせた。

一瞬触れたヒロの暖かい手が
心地よい。

丸まった紙を見つめた。
見たくない
けど
見たいけど

慎重に開くと
ピンクのかわいらしい便箋が現れる。

「あぁ、これ・・・・?」
文を確認するより早く、あたしはヒロを悪戯っぽく見上げた。
ヒロは目を逸らしてどこでもないどこかを見ていた。



そう
これはラブレターだ。



足がすくんだ。






そして気付いた。
ヒロは
これに


喜んでいるんだ。








だって

そうじゃなきゃ






こんなに恥らったりしない。










告白・・・・・。









しなくて正解だったね。









読まずに元通りに丸めた。
その先に待つものはいくらあたしでも分かっていた。


「どうなったの?」
「ん・・・。」
ヒロはあたしからそのラブレターとやらを受け取るとポケットにしまった。
乱暴なのは照れ隠しなのかな。


「付き合うことになった。」
「・・・・え?」

体重が2倍にも3倍にもなった気がした。
足が重たくて動かなくなる。

立ち止まるあたしは
ヒロの視界から消えた。


「どうしたの?」
またその笑顔。
「いや、意外!」
「どうして?」
あたしも負けないように笑ってみた。
すると自然と歩む事が出来た。
ただ頬は引きつっていた。

「何かもてなそうじゃん?ヒロってさ。」
冗談で言ったつもりが
声は驚くほどに冷えていて、『しまった』と思ったときには遅かったようだ。
ヒロは、あたしと一瞬目が合ったかと思うと、目を伏せ歩いていってしまった。

「まっ・・・・」
『待って』そんな呼びかけも虚しく、
ヒロは振り返ることは無かった。

馬鹿だな。あたし。


「馬鹿。」



けどヒロはもっと馬鹿だ。









何で?











「付き合うなんて」





馬鹿じゃない。
いや、
馬鹿じゃ、ないよね。

ヒロは
何も悪くないのに。


遠くで
ヒロの大きな背中が揺れている

今駆け出せばヒロに、
ヒロに、
けど、
あたしは何がしたい?


一歩もその場を動けない悔しさと、
そして受け入れたくない事実の悲しさで
視界が一瞬ぼやけた。
零れる前に袖で拭った。




もう
この気持ちは本物だった。
まちがいない

あたしは



あたしは


深呼吸をした。
そして気持ちを飲み込んだ。
こんな変な思い
初めてだと思う。















次の日
ヒロの分のパンを焼いて
ノートを出して
鍵を手に持ち窓の外を眺めて
ヒロを待ったのに、

ヒロは来なかった。


来たのは
はにかんだ様に笑うヒロと、
そして彼女。



「何でかな。」
一番に思いつく言葉がそれで、
「何でかな。」
その後に出る言葉もそれで、

我が目を疑った。






ヒロの隣を
秋穂が歩いている。





「あれ、、、おかしいな。」
あたしは目を擦ってもう一度道を見下ろした。
それでも
そこを。
微妙な距離を保って歩く2人は
ヒロと

そして、秋穂。



――――早くしないと盗られちゃうんだからね。

何で秋穂・・・
盗ってからそんなこと言うかな・・・

あたしは一人ごちて苦笑した。


――――そっか。安心した

あの時
もっと何かを聞けば
きっと秋穂なら恥じらいながら、それでも素直に喋ってくれる。

はずだよね?


違うの?秋穂。





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