わたしは価値を創る

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September 12, 2012
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カテゴリ: 仕事以外の日記
10歳で始めて7割、8割がしんどいことで、残りの2割、3割の喜びというか充実感を追い続けて苦しんだ。そんな野球人生です

引退表明の阪神・金本「新井兄弟が後押ししてくれた」一問一答全文

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■偉大。という言葉が当てはまる人です。

フルイニング連続試合出場の記録ではありません。存在そのものが偉大な選手でした。

阪神の歴史の中で、これほどの選手はいなかったでしょう。

■一人のカリスマが組織を変えることはめったにありません。

私は仕事柄、そんな劇画のようなことを否定しています。

実際、一人の人物が、突出した実績を上げたとしても、チーム全体に及ぼす影響はごくわずかです。

カリスマに頼るよりも、チームプレイに徹した方が、全体の成績は上がります。

ところが、阪神に関する限り、金本という一人の選手が、チーム全体を変えていきました。



多少の怪我どころか、骨折しても休まず成績を残す選手です。その裏側には、超人的な努力があることは間違いありません。

彼の姿を見て、少々の怪我や違和感で休みたいという選手は、阪神にいなくなりました。身体のケアという言葉が、阪神においてはより強靭に鍛えるという意味となり、選手全体を逞しくしていきました。

その金本をして「もっとバットを振っておけば、成績を残せた」というのですから、見習わなければなりません。

■よく知られるように、金本は広島のドラフト4位ですから、テスト生と変わらないぐらいの扱いです。

最初は非力で、打撃投手のボールでさえ前に飛ばすことができなかったらしい。1年で解雇されても仕方ない存在です。

同じように、テスト生に近い扱いだった野村克也は、頭を使うことで足りない才能を補完しようとしました。

やはり期待されていなかった落合博満は、独自の打撃理論と練習法を追求することで才能を超えようとしました。

それに対して、金本知憲は、身体を鍛えぬくことで、才能ある人間に対抗しようとしました。

金本の鍛え方は徹底していたようです。通常の練習に加えて当時一般的ではなかった筋トレを積極的に行い非力さを克服しました。筋力はもちろん、柔軟性や耐久力も手に入れて、鉄人と呼ばれるようになるのですから、その身体づくりの知識と探究心は、超人的です。

思うに、最初から才能に恵まれた選手も称賛に価するのですが、尊敬しようとは思いません。しかし金本や野村や落合などの努力を重ねた選手は本当に立派です。

■一昔前のプロ野球選手は、プロは個人成績を出してナンボやと公然と発言していましたし、阪神というチームはそういう個人主義者の集まりであるような印象がありました。



ところが星野監督時代にFAで金本が入団しました。ちょうど、星野監督得意の大リストラを敢行した時だったので、タイミングもよかったのでしょうね、狙い通り、阪神の体質は変わりました。

金本は何よりチームプレーを第一とする選手でした。1年目は3番打者として、赤星の盗塁をアシストする役割を担いました。その後、4番打者として活躍するようになるものの、チーム全体の成績に責任を負い続けました。

その意味では、この数年間はつらい日々だったでしょうね。

■今回の引退会見で「連続無併殺記録」を誇りに思うっていう発言がありました。

これが何とも金本らしい。



我々阪神ファンは、金本のことを誇りに思います。

いつまでも忘れません。





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Last updated  September 13, 2012 09:57:21 AM コメントを書く


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